Colored by Your Voice ─きみの声で、色づいていく─

 村上の「初・路上ライブ」に向けて、俺たちはあの後も、放課後になると何度か待ち合わせては一緒に時間を過ごした。
と言っても、特別な場所に行くわけじゃない。いつものファミレスか、公園のベンチに座って、並んで話すだけだ。

 ライブをやる場所はどこがいいか。
 その日に配る宣伝用のビラは、どんなデザインにするか。
 活動の記録として立ち上げたSNSでは、一日一投稿を目標にして、何日前からカウントダウンを始めるか。

 思いつくことを一つずつスマホに打ち込んで、消して、また拾い上げて。
 学生の俺たちにできることなんて限られているけれど、それでも「やれることは全部やってみよう」という結論だけは、自然と一致していた。

 村上は夢の話になると、いつもより少しだけ真剣な顔になる。
 時々黙り込むこともあったし、俺の意見を真っ向から否定してくることもあった。
 でも、そういう部分を俺に見せることを、もうためらってはいなかった。

「一分以内にサビを収めたショート動画で、見つけやすくしてもらうとか。
 動画編集のアプリ使って、歌詞も文字入れしてみるのはどう?」

 ただ、さすがに動画の撮影と編集には落ち着いた環境が必要で。
 そんな当たり前の理由で、次はどこで作業するかという話になり――

「じゃあさ、俺ん家来る?」

 そう軽く言われて、俺は少しだけ驚いた。
 けれど、断る理由も見つからなくて、頷いた。



「村上ん家って、俺ん家からそんな離れてねーのな」

「マジ?じゃあ俺ら、今までわざわざ遠いところで待ち合わせしてたんじゃん。ウケる」

 時間にすれば、徒歩十五分ほどの距離。俺と村上の家が、思っていたよりずっと近いことを、そのとき初めて知った。

 村上のマンションは六階建てで、
 一番奥の部屋のドアには、ローマ字で「MURAKAMI」と書かれたプレートが掛かっていた。

 ドアを開けると、部屋の奥から聞き慣れない大きな外国語が飛び込んできた。

「ウィナアコー!」

 その直後、村上がさらに大きな声で、何語なのか全く分からない言葉を話し始めたので、思わず固まる。
 「入って」と声をかけられ、緊張しながら玄関でローファーを脱ぎ揃えると、派手なワンピース姿の女性が笑顔でやってきた。

「レオ! お友達連れてきたの?」

「うん。部屋でちょっと話すから」

「オッケー、わかった。後でね」

 村上のお母さんを、初めて見た。エキゾチックな顔立ちだけど、片言(カタコト)の日本語で普通に会話している。
 長い髪を揺らし、テレビでしか見たことのないようなウィンクと笑みを向けられ、俺は緊張で小さく頷くことしか出来ないまま、部屋の中へ足を踏み入れた。

 村上は自分の机にカバンを置き、ブレザーを椅子に掛けた。
 その背中を見つめながら、俺は少し言葉を選んで声をかける。

 「村上のお母さんって、外国の方なの?」

 答えはあっさりだった。

「ああ、うん。父さんが日本人で、母さんはフィリピン人」

 それは、ちょっとした衝撃的な事実だった。まさか村上がハーフだとは知らなかったから。
 見た目は至って普通の日本人だし、そのルーツを聞いたこともなかった。

「小さい頃から、日本語と英語と……それに、母さんがタガログ語を喋るから、家の中の言葉はめちゃくちゃでさ」

「さっきのは、何て言ってたの?」

「『ただいま』のタガログ語版」

 俺のブレザーを受け取ると、村上は皺にならないよう丁寧にハンガーに掛けてくれた。
 この前、耳にしたあの滑らかな英語の歌声も、こうした多言語環境のせいなのか、と自然に合点がいった。

 視線を移すと、向かいの部屋のドアは開けっ放しで、インテリアやポスターから、男兄弟がいるとすぐに分かった。

「村上って、兄弟居るの?」

「……弟。力也(りきや)って言うんだ。今、中三だよ」

 村上はローテーブルの前に腰を下ろす。
 俺のために、隣に座るスペースをひとつ空けてくれた。

「村上の家族の話、何気に初めて聞いた」

 口にした瞬間、その表情が曇ったように見えて、少し後悔した。
 俺、何か失礼なことを言っただろうか。
 内心慌てて顔を上げると、村上は目を合わせず、静かな声で答えた。

「家族のこと、友達にあんま言わないようにしてたかも」

 なんで、と疑問に思って視線を向けると、苦笑いしながら村上は言った。

「……小学生のときにハーフだって言ったら、『雑種じゃん』ってからかわれたことがあって」

 それは、もうずいぶん前の話のはずなのに、未だに村上の中で尾を引いているのが伝わる。
 俺は眉間に皺を寄せ、少し強めに言った。

「はぁ? 何それ。小学生だとしてもありえねーわ。
 つーか、言い方が最悪。ソイツに角に小指ぶつける呪いかけとく、俺が」

 言い切った後、村上は「ふはっ」と笑い声を漏らし、ベッドに背中を凭れて俺を見る。

「俺よりお前が怒ってどーすんの」

「いや、だって普通にムカつくじゃん。友だちがそういう風に言われんのは」

 どこのどいつだよ、と毒づく俺を見て、村上は少しだけ楽しそうに笑っていた。

「悠楽、大人しそうに見えて実は、結構毒舌じゃん。
 俺も実は心の中で、そんな風にディスられてんの?」

「いや、お前のことはそんな風に思ったことないって」

 慌てて否定すると、村上は何も言わずに立ち上がり、学習机の横に置かれたキーボードの電源を入れた。
 部屋に小さな起動音が鳴る。

 楽譜も置かれていないのに、指慣らしみたいに鍵盤に触れるだけで、ちゃんと伴奏っぽくなっていた。
 適当に弾いているはずなのに、その動きから目が離せない。

「すげー。ギターだけじゃなくて、ピアノも弾けんの?」

「うん。力也と一緒に、小学校の間ずっと習ってた」

そう答えてから、少し間を置いて、村上はこっちを見た。

「……ちょっと試しに歌うからさ。撮ってみてくんねぇ?」

「いいよ」

 スマホを取り出して、ベストな角度になるよう微調整し、ホルダーにセットする。
 縦長、九対十六。さっき調べたばかりのベストな比率を思い出しながら、画面の中に村上を収めた。

 歌い始めると、部屋の空気が変わる。
 近くで聴いているはずなのに、どこか遠くへ連れていかれるような感覚があった。

 俺たちは、スマホでかき集めたばかりの知識をフル活用して、邦楽のカバーを三曲分、続けて撮影した。
 息を整えながら再生ボタンを押し、仕上がりを確認する。
 歌詞を表示するか、映像に少しだけ加工を入れるか。
 そんな話をしていた、そのときだった。

「腹減ったぁー!」

 玄関が静かに開くと、廊下の奥から賑やかな声が飛び込んできた。

「父ちゃんに、帰り迎えに来てもらったー!
 ……あれ、にーちゃん、友達来てんの?」

 声の主は、村上の弟だった。部屋を覗き込むように顔を出し、その小麦色の肌とくっきりした二重瞼は、お母さんにそっくりだった。
 その後ろにはお父さんらしき人が立っていて、俺は思わず立ち上がる。

「こ、こんにちは。お邪魔してます、首藤(しゅとう)悠楽(ゆら)です」

「レオの友達かぁ、よく来たねぇ」

 小柄で日に焼けた肌をしている、村上のお父さん。笑うと頬がふわっと赤くなる人だった。目を細め、どこか愛嬌のある表情で作業着と帽子を脱ぐ。
 その顔を見た瞬間、村上のあのいつもの笑顔と重なり、俺は思わず二人の顔を交互に見比べてしまった。

「ユラくん、晩ゴハンたべてくか?」

 明るい調子の日本語で村上のお母さんに尋ねられ、慌てて手を左右に振る。

「いやいや、申し訳ないんで! 大丈夫です、もう少しで帰ります」

 だが、お父さんもお母さんも楽しそうに微笑みながら俺を見つめる。

「一緒に食べよ。レオのトモダチ来たの、ワタシうれしいよ」
「いいじゃないか、食べていきなさい」

 歓迎ムードが強すぎて、俺は軽く困惑した。
 すると、隣の村上も困ったように笑い、肩をすくめて言った。

「……迷惑じゃなかったら、食ってかねぇ? 悠楽の家族がオッケーならだけど」

 俺は慌てて母さんにメッセージを送り、了承を得る。
 食卓にはすでにカレーとサラダが並んでいて、俺は村上の隣に腰を下ろした。

「ユラくん、良かったらこれもたべて」

 フルーツにヨーグルトのようなものがかかっている。
 初めて見る料理を覗き込む俺に、村上が笑顔で説明した。

「『ブコサラダ』っていう、フィリピンの定番のデザート。甘いの好き?」

「え、めっちゃ好き」

「なら口に合うかも。ヨーグルトに、生クリームが入ってんの」

 口に運ぶと、カレーもサラダも、普段食べている家庭の味とはまた違う異国情緒があった。
 スパイスの香りがほんのり鼻をくすぐり、口の中で新しい味わいが広がる。

「やば、全部うますぎ。フツーに二杯目いけそう」

 それを眺める村上の嬉しそうな顔は、少し誇らしげに見えた。

「ユラくん、おかわりあるよー、いっぱい食べて」

 キッチンから元気な声が飛んできて、俺は笑顔で軽く相槌を打つ。
 食事の間、俺は村上のお父さんと弟に質問攻めに遭った。答えるたびに「なんでもっと早く遊びに来なかったんだ」とか「今度カラオケに一緒に行こう」と誘われた。

 やがて、村上家の歴史みたいな昔話が始まった。フィリピンのバーで歌手をしていたお母さんに、一目惚れしたお父さんが手紙でプロポーズした話。
 弟の力也くんが、今度の地元の夏祭りにロックバンドとして出演する話。
 それぞれの言葉の端々に、家族の距離感や温かさが滲んでいて、一様に音楽好きなのが伝わる。
 俺は頷きながら時間が経つのも忘れて、その話に聞き入った。

「うわ、もうこんな時間だ。悠楽くん、家まで送って行くよ」

 気付けば、時計の針はとっくに二十時を過ぎていた。
 帰りは駐車場で俺の自転車を積み、村上のお父さんの車で送ってもらうことになった。
 車内には爆音でR&Bが流れている。曲に合わせて皆が口ずさみ、笑い、手を叩く。まるで即席カラオケ。
 というか、もうこの数時間のうちに何度も思ったけど、めちゃくちゃに家族仲が良すぎる。
 海外にルーツがあるせいなのかは分からないけど、その陽気さに、俺はただただ驚くばかりだった。
 降りる間際にSNSで村上のお母さん、力也くんとまで繋がることになり、お父さんにはLINEの連絡先を交換させられた。

「遅くまで拘束してゴメン、またあとでメッセする」

「ううん、村上の家族と会えて嬉しかった。
 今日はご馳走様でした。……また、ブコサラダ食べたいです」

 俺がそう言うと、わざわざ車に一緒に乗って見送りに来たお母さんも力也くんも、「ムラカミだって」と笑い転げるように声をあげた。
 確かに、そう言われてみればそうだ。ここにいるみんな「村上さん」だから、口に出して笑うのも無理はない。
 少し恥ずかしそうに目を逸らしたまま、村上がぽつりと言った。

「いい加減、呼び捨てしろよな。
 中学ん時から、俺だけ悠楽って呼んでんだし」

 その一言で、心の距離がぐっと縮まった気がした。
 胸の奥がむず痒くなるような、少しくすぐったい感覚が広がる。

 車はエンジンをかけ、爆音が漏れないよう窓を閉めて走り出した。
 角を曲がり、車が見えなくなるまで。最後にこっちを振り返った「怜央」に向かって、俺は大きく手を振った。

 *

 翌週の日曜日。
 俺と怜央は、路上ライブを実行するべく、駅前を出たところにある商店街のアーケードを目指して歩いていた。
 今までも、そこで歌うシンガーソングライターの姿は何度か見たことがある。まさか、自分の友達がそっちの側に立つなんて、思いもしなかったけれど。

 名前の書かれたボードをギターケースに立掛けるように置き、怜央はゆっくりとネックストラップを掛けた。
 普段の明るい笑顔は消え、眉をひそめるように集中するその表情を見て、歌わない俺の方まで何故か緊張してきた。

「……うわ、やばいかも。すっげー手ぇ震えてんだけど」

 声に力がなく、普段の自信あふれる姿からは想像できない弱さが垣間見えた。
 俺は手にしたスマホを握りしめ、撮影の準備を一旦止めると、必死で励ましの言葉を探した。
 でも、頑張れとか、きっと出来るとか――浮かんだのは、ありきたりな言葉じゃなかった。

「怜央が、こうして初めて人前で歌った時のことも、いつか思い出すんじゃないかな」

 言葉は綺麗ごとでも、方便でもなかった。

「それくらい、もっとたくさんの人の前で歌う日が……俺は、必ず来ると思う。そのスタートラインだよ。
 今まで実現に向けて頑張っては来たけど、今日がゴールな訳では無いじゃん?」

 俺が怜央に対して抱く理想と未来を、全力で詰め込んだ励ましだった。

「……ありがと。やっぱ悠楽が居てくれて良かった」

 怜央は小さく唇を動かしてリップロールをし、心を落ち着ける。
 一度息を吐き、静かに俺を見上げた瞳には、ぎらぎらとした気合と決意が宿っていた。

「撮影、頼んだ。あとビラ配りも」

 言葉の端々に信頼が滲み、俺は力強く頷いた。
 ほぼド素人の俺たちには、少ない小遣いでマイクもアンプも用意することが出来なかった。
 それでも怜央はギターをしっかり抱え、声を空気に放った。
 低くも力強い歌声が、雑踏のざわめきに混ざりながらも確かに耳に届く。
 足を止めた人々の表情、興味を示す視線、後ろ髪を引かれるように立ち去る人の後ろ姿――そのどれもが、怜央の歌に巻き込まれている反応だ。
 
 俺は、路上で聴き入っている女子高生らしき二人組に、小さなビラをそっと差し出しながら、怜央について軽く紹介した。ぎこちなさを自分自身で感じながらも、必死に噛み砕いて伝える。

 「年齢は?」「次のライブはどこでやるの?」と、次々に質問が飛んでくる。
 高校のクラスメイトとすら気軽に話すことができない自分が、知らない人たちを前にして説明を任されている。
 怜央の歌を邪魔しないように、声のトーンや間の取り方まで意識した。
 軽い気持ちで引き受けてしまったけれど、これは思った以上に重大な任務だと、内心で次第にプレッシャーが膨らんでいく。

 二曲目が終わったところで、ずっと立ち止まっていた女性が一歩近づいてきた。明らかに怜央に話しかけたくて仕方ない様子だ。手を差し出して、微かに震える声で言った。

「か、感動しました!……本当に、今日が初の路上ライブなの?」

 怜央は一瞬驚いた表情を浮かべ、しかしすぐに嬉しそうに目を細めて「はい」と笑う。
 女性は「応援してる!フォローと拡散するね」と言い残し、ビラを鞄にしまうと小走りに立ち去った。

 怜央が三曲目に取り掛かろうとした瞬間、今度は意外にも自分の父親たちと同じくらいの年齢の男性が足を止めた。まさか年配の人にまで聴いてもらえるとは思っていなかったみたいで、怜央は少し照れたように笑みを浮かべる。
 歌い終えるまで腕を組んで聴き入っていたその男性は、財布から千円札を取り出し、ぐっと怜央に差し出した。

「おにーちゃん、すんげー上手いじゃん!
 おっちゃん、英語はわかんねぇけどさ、めちゃくちゃ泣きそうになったわ!」

 早口で捲し立てる男性に、俺も怜央も笑いながら頷く。
 受け取れないですと何度も断り続ける怜央に、男性は半ば強引に千円札を握らせると、時計を見て慌てた様子で駅の方へと歩き去った。

 最後の曲を歌い始めるつもりで、怜央がギターのチューニングを微調整していると、俺たちの背後から声がかかった。

「君たち、高校生かな?」

 振り返ると、恰幅の良い男性と女性の二人組が立っていた。二人は上着の胸元から黒い二つ折りのケースを取り出し、こちらに向けて開いた。

「私たち、この近辺を私服巡回している警察官です」

 本物の警察手帳を目の前で示され、俺も怜央も思わず息を呑む。緊張で皮膚がひりひりと、心臓がひと回り大きくなったような感覚に襲われる。
 歌の続きを待っていたお客さんたちも「警察」という言葉に反応して、ちょっと距離を置くように四方へ散ってしまった。

 警察官たちはすぐに手帳をしまい、怜央に向けて鋭くも優しい視線を送った。その声のトーンには柔らかさがあり、説明したい意図が伝わってきた。

「驚かせてごめんね。実は、ここでの路上ライブの取り締まりを強化しているところなんだ。
 本来なら車両の中で話を聞かないといけないんだけれど、未成年っぽいから……とりあえず、厳重注意にしておくから、今すぐ片づけてくれる?」

 人生で初めて、警察官とまともに会話する瞬間だった。緊張で喉の奥がぎゅっと締め付けられる。俺も怜央も、頷くことしかできず、ぎこちなくギターをケースにしまい始めた。

「本来は道路交通法に違反する場合もあるけど、大抵の人は無許可でやってるんだ。それで商店街から苦情が出て、通報されることもあるんだよ」

 男性警察官は苦笑いしながら、丁寧に教えてくれる。俺たちは恐縮しながら「すみませんでした」と一緒に頭を下げた。

「いいんだよ、知らなくて当然だと思うし……じゃあ、これからは気をつけてね」

 警察官が立ち去った後、怜央はギターケースを背負い、黙ったまま歩き出す。さっきまでの自信に満ちた笑顔が消え、しょんぼりとして見える。俺も残ったビラをサコッシュにしまいながら、その隣を黙って歩いた。
 さっきまでは勇気づけることができたのに、今はどう声をかけたらいいのか分からない。怜央の横顔をちらりと盗み見ると、どんな言葉も喉まで届かずに消えてしまった。
 初めての路上ライブが、こうして後味悪く、中途半端な形で途切れてしまうなんて、俺たちは予想すらしていなかった。

 アーケードを抜けた先の路地を歩くと、小さな公園が視界に入った。錆びついた滑り台とブランコがあるだけ。人通りはほとんどなく、わずかに鳥の声とバイクの音だけが響いていた。
 怜央は、吸い寄せられるようにベンチに腰を下ろし、俺も隣に座った。座面は冷たく、塗装は剥げて、動くたびに軋むような音を立てた。

「びっくりしたね」

 口をついて出たのは、そんな言葉だけだった。苦笑いを浮かべて怜央を見やると、顔は硬く強張っていた。悔しさがじわりと滲んでいて、声をかけるのがためらわれるほどだ。今は無理に言葉を出すより、黙っていた方がいいのかもしれない。

 俺が息をひそめて見守る中、怜央は突然、ベンチから立ち上がった。勢いよく俺の方を向いたかと思うと、まっすぐに視線を送って寄越す。

「……すっげぇ嬉しかった!」

 公園中の空気を震わせるような大声に、思わず俺は目を丸くした。硬さの残る表情から、頬が少しずつ紅潮していくのが見える。その瞳には、さっきまでの緊張や戸惑いが嘘のように消え、夢への情熱がみなぎっていた。

「あんな風に、人が立ち止まってくれるなんて正直思ってなかったし。感想も生で返ってきて……握手までされて、こんな風に、お金まで払われて!」

 怜央はポケットから、さっきおじさんに貰った千円札を取り出し、両手で俺に広げて見せた。その指先の震えや、声に乗る高揚感から、体の内側から湧き上がる熱量が伝わってくる。話す速度は加速し、止まることを知らないようだった。

「俺、この千円だけは一生使わねえ。 家に帰ったら飾る。大事にする。……今日は中途半端に終わって悔しいけど、もっとやり方とか考えて……投稿にも、力入れるわ!」

 ボディバッグからスマホを取り出すと、怜央は俺の隣に座り直し、瞳を輝かせながら提案する。

「悠楽、次に投稿する歌、何にするか考えるのも手伝ってくんね?」

「俺、あんまり音楽は詳しくないけど……いいの?」

「そういう、悠楽みたいな人でも知ってる曲のカバーとかしたいし。今度やってみようかなって思ったのはこういうのなんだけど……」

 俺だったら、あんな出来事があったら出鼻をくじかれた気分になって、そこで諦めてしまうだろう。だけど怜央は、恥ずかしさも悔しさも、すべて乗り越えていた。ネガティブな感情があったとしても、もう次の瞬間には目を輝かせて、地続きの夢の途中をどんな風に歩いていくかを考えている。ワクワクが彼の身体全体から溢れ出していた。

「いいね。……洋楽だけじゃなくて、日本のポップスとかも入れてみたら?」

「日本の九十年代のシティポップスとか、カバーしてみたいなって思ってて。そしたら、海外の人にも興味持ってもらえるかな。うわー、やべぇ。ドーパミン?アドレナリン? 俺、めっちゃ今興奮してるわ!」

 その言葉に、思わず俺も笑ってしまう。午後の公園の静けさの中で、その熱量だけは消えずに漂い続けていた。
 肩を寄せ合うようにしてスマホの画面を覗き込み、俺が知らないと言った曲は怜央がYouTubeで再生してくれた。半分こしたイヤホンの反対側から、怜央の鼻歌が聞こえてくる。

 その鼻歌のひとつひとつが、やっぱり上手くて、ずっと聴いていたくて。

 ただ二人で音楽に浸っている今だけでも、俺は十分に楽しかった。
 まだ見ぬ夢の先へとつながる、ほんの小さな始まりの一歩が、ここに確かに存在していることを、二人で分け合えたような気がした。