俺と水城先輩の境界線


 インターハイで輝かしい成績を残した常盤学園高校の選手たちが帰還する。
 会場に行くことができなかった俺たちは、体育館でそれを出迎えた。

(久しぶりに水城先輩に会える)

 そう思うと、俺の心が高鳴っていく。

 おめでとうございます?
 お疲れ様でした?
 おかえりなさい?

 一体なんて声をかければいいのだろうか? 俺は色々と考えを巡らせてみるけれど、なかなか気の利いた言葉は思い浮かばない。
 ただ、水城先輩に会いたくて、寂しくて……。黒猫を何度抱きしめたことか。
 でも、ようやく水城先輩に会える。俺の心が躍った。
 水城先輩たちが体育館に来た時には、ひどく疲れた顔をしていた。余程厳しい試合を繰り広げてきたのだろう。俺は、水城先輩を抱きしめたい衝動に駆られる。
 そんな水城先輩の第一声に、俺は耳を疑ってしまった。

「ベスト8なんて成績で、すみませんでした」

 その言葉を聞いた瞬間、俺の中の時間が止まったような気がした。
 すみませんでした――。
 水城先輩はなんでそんな悲しいことを言うのだろう。
 きっと、俺たちが想像している以上に、辛かっただろうし疲れているはずだ。それなのに、「すみませんでした」だなんて……。

「去年、常盤学園高校(うち)はベスト4まで勝ち上がっています。でも今年はベスト8。優勝には程遠い成績でした。これも、全てはキャプテンである俺の責任です。本当にすみませんでした」

 深々と頭を下げる水城先輩を見ていると、胸が痛くて張り裂けそうになった。

(違う。水城先輩は頑張ったんだ!)

 俺はまた泣きたくなってしまう。
 今ここで「すみませんなんて言わないでください!」と、大声で叫びたいくらいだ。
 でも、水城先輩たちが経験したインターハイという世界を知らない俺が、そんなことを言えるはずなんてない。俺は拳を強く握りしめた。
 そんな水城先輩のリュックサックにつけられている白猫が、ゆらゆらと揺れている。

(ずっと白猫(あの子)と一緒にいてくれたんだ――)

 水城先輩を見ていると幸福感で満たされるのに、こんなにも苦しい。
 それでも俺は、水城先輩に心から賞賛を送った。


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「あー、久しぶりに帰ってきたって感じだな」
「はい。お疲れ様でした」

 寮の自室に戻ると、水城先輩はベッドに倒れこむ。
 大きな欠伸をしながら、今にも眠ってしまいそうだ。

「水城先輩、リュックサックに白猫をつけてくれてたんですね」
「あー、うん。遠征中、ずっと一緒だった」
「そうですか。嬉しいなぁ」

 俺は自分のベッドに座っている黒猫の頭を撫でながら、笑いかける。
 でも、水城先輩がキスした黒猫に、自分もキスしたなんてことは……絶対に秘密だ。

「なぁ、寂しかった?」
「え?」
「俺がいなくて寂しかった? って聞いてんだよ」
「あ、あ、はい……。寂しかったです」
「ふーん」

 水城先輩は素っ気ない返事をしたけれど、なんだか嬉しそうだ。
 本当のところ水城先輩がいないこの部屋は、いつもより広く感じた。
 時々口論はするけれど、話し相手もいないし、いつも一生懸命勉強をしている水城先輩の姿を見ることができなかったのは寂しかった。
 だから、またこうやって一緒にこの部屋にいられることが、俺はとても嬉しい。

「おかえりなさい」
「あー、ただいま」

 天邪鬼な水城先輩だから、素直に「ただいま」なんて言ってもらえるとは思ってはいなかった。
 でも、それでもいい。またこうやって水城先輩と一緒にいられるのだから――。
 思わず口角が上がっていく。
 そんな俺に向かって水城先輩が微笑んでくれる。
 その笑顔に、俺の心がトクンと跳ね上がった。

「なんか部屋に帰ってきて『ただいま』って出迎えてもらえるのいいな」
「本当、ですか?」
「あぁ、なんだかホッとする。サンキューな」
「い、いえ」

 俺の頭をガシガシと乱暴に撫でてからリビングへと戻っていってしまう。
 水城先輩が撫でてくれた部分がジンジンと熱を帯びていく。

(心臓が爆発しそうなくらい嬉しい……)

 水城先輩の手の平の感触が、頭皮を通して、脳にまで伝わってくるようだ。俺の頭の中はフリーズしてしまう。
 「サンキュー」という言葉が嬉しくて仕方がない。
 こんな穏やかな時間がずっと続けばいいのに――。
 ただ、それだけを願っていた。

 でも俺は、ずっとモヤモヤしていることがある。
 どうしても、それを水城先輩にぶつけたかった。「うるさい」と言われても構わない。だって、どうしても自分の心の中に留めておくなんて、今の俺にはできそうにないのだから。
 俺は決心して話し始めた。

「水城先輩、さっきなんで『すみません』なんて言ったんですか?」
「あぁ?」
「だっておかしいじゃないですか!? あんなに頑張って全国ベスト8まで勝ち上がったんですよ? 謝るところなんてないじゃないですか!?」
「あー、それか……」
「そうです! 俺は納得できません!」

 俺が体を乗り出して水城先輩を問いただすと、面倒くさそうに俺を振り返る。
 一瞬、水城先輩の威圧感に負けそうになってしまう。だけど、俺はこのまま黙ってなどいられなかった。

「常盤学園高校は、バスケの強豪校だ。バスケだけじゃない。全国から有能なスポーツ選手が集まる高校でもある」
「それくらい知ってますよ!」
「そんなバスケの強豪校が、ベスト8の成績しか残せなかったんだぞ? 去年はベスト4まで勝ち上がれたのに……。俺たちバスケ部は勝って当然なんだ。だって俺たちが目指しているのは全国制覇なんだから」
「そんな……」
「だから、ベスト8なんて情けない成績……。本当に笑っちまうよな」

 水城先輩は笑って見せるけれど、瞳の奥は笑っていないように見える。
 心の奥底に、きっと誰にも言えない悲しみを秘めているようで……。俺は悲しくなった。

(俺には、本当のことを話してくれたらいいのに……)

 そう思わずにはいられない。俺は寂しそうに笑う水城先輩を見ていられなくて、黙ったまま俯いた。

「俺は何をやっても駄目なんだ」
「そんなことないじゃないですか!? 水城先輩は頭もいいし、バスケだってできる。水城先輩みたいな完璧な人はいないです!」
「あははは……。だから、前にも言ったけど、俺は完璧な人間じゃないんだって」
「そんなことないです……」

 水城先輩は一瞬、はにかむように笑った。
 でもその笑顔は眩しすぎる光のようで、かえって彼の心の奥にある影を際立たせたように感じられた。

(もしかして……水城先輩、昔、何かあったのかな……?)

 俺は咄嗟にそう感じる。でも、それが何なのかを聞く勇気はない。

「夕飯の時間になったら起こして。少し寝るから」
「はい。おやすみなさい」
「あ、それから……」
「はい?」

 水城先輩が何かを思いついたかのように、俺の方を振り返った。

「白猫ありがとう。いつも千尋が傍で応援してくれているような気がして、嬉しかった」
「あ、いえ……」
「じゃあ、おやすみ」
「……はい……」

 ありがとうは俺のほうなのに――。
 俺は黒猫をギュッと抱きかかえる。俺だって、一人で寂しい時には黒猫にいつも慰めてもらっていたんだから。

(もう俺は、水城先輩のことが大好きだ……)

 それでも俺はそんなことを言えるはずなんてない。言葉が喉につかえて、体が火照りだす。「好き」という感情が、言葉ではなく体の高揚となり波のように襲い掛かってくる。

「水城先輩が好き……」

 俺は誰にも聞こえないような小さな声で、そっと呟いた。


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 インターハイが終わると、三年生は部活を引退してしまう。
 勿論国分先輩も、だ。
 新しい部長と副部長も決まって、水城先輩が作り上げた時代が終わりを迎えた。
 インターハイが終わったあと、バスケ部はしばらく、部活動は休みとなる。少しの間、ゆっくりできそうだ。

「水城先輩は夏休み実家に帰るんですか?」

 いつものように勉強をしている水城先輩に、恐々と話しかける。
 俺が入寮したての頃、水城先輩はいつもイヤホンをつけていた。きっと俺のことをうるさく感じていたのだろう。
 でも最近、水城先輩がイヤホンをつけることはない。
 だから、こうやって話しかけることができるようになった。俺はそれがとても嬉しい。
 それは、水城先輩が俺のことを受け入れてくれたように感じたから――。
 俺は、水城先輩の騒音から、生活音に変わることができたのかもしれない。

「帰らねぇよ。これから、学校の近くにある塾の夏期講習に通う予定だから」
「夏期講習、ですか?」
「あぁ。俺は部活を引退したから、これからは受験生モードに切り替えないとだからさ」
「そうですよね……」

 その言葉を聞いた俺は、ハッと目を見開く。

(そうだ、水城先輩は部活を引退したんだから、これからは受験勉強を頑張らないといけないんだ)

 俺は、水城先輩が希望している進路なんてわからないけれど、気軽に声をかけてしまったことを後悔してしまう。

(これからは、勉強の邪魔をしないように気を付けないと……)

 そう思いながら、静かに後ずさる。そんな俺に、今度は水城先輩が声をかけてきた。

「千尋は実家に帰らないの?」
「あー、お盆あたりに部活が休みになるから帰ろうかな? って悩んでるところです」
「ふーん」
「あ……」

 水城先輩が俺を軽く睨みつけてくる。
 俺は最近わかったことがある。水城先輩は機嫌が悪くなると「ふーん」と気のない返事をしながら、俺を睨みつけてくるのだ。

「あ、あの……俺も帰らないほうがいいですか?」

 水城先輩の顔色を窺うように、その顔を覗き込んだ。

「……寂しいから、帰るなよ……」
「え? 水城先輩、今、なんて……」
「だからぁ、帰るなって言ってんの!」

 突然水城先輩が大きな声を出したものだから、俺はびっくりしてしまう。でも、そんな水城先輩の頬は真っ赤に染まっていた。

「俺はずっと寮にいるから、お前も帰らないで(ここ)にいればいい」
「はぁ……」
「お前がいないと、この部屋が静か過ぎて寂しいからさ」
「わ、わかりました……」

 水城先輩のその言葉を聞いた俺の心が喜びで打ち震える。
 「寂しいから帰るな」なんて言葉を、水城先輩の口から聞けるなんて、思ってもいなかったのだ。

「寂しい、か……」
「あぁ? なんか言ったか?」
「別に何も言ってません。じゃあ、俺も夏休み、ずっと(ここ)にいますね」
「うん。そうして」
「はい」

 天邪鬼な水城先輩の何気ない言葉が、俺の心の中にじんわりと広がっていく。
 水城先輩の顔を盗み見ると、頬が赤くなっていた。その色を見て思わず、心臓がトクンと跳ね上がる。

(水城先輩は、俺がいないと寂しいんだ……。そっか……)

 つい声を出して「ウフフッ」と笑ってしまう。ニヤニヤが止まらない。
 世界がキラキラと輝き出して、嬉しさが胸いっぱいに広がった。

 それから、俺と水城先輩の関係が、他にも少しだけ変わったような気がする。
 俺が糸瀬先輩や有馬と食事に行こうとすると、「千尋は俺と飯に行くんだろう?」と腕を引かれる。
 そんな水城先輩を、糸瀬先輩と有馬が「信じられない」といった顔をしながら見ていたっけ。
 この前は、有馬と話をしていると「俺以外と仲良くするなよな」と、拗ねたように俺を睨みつけてきたこともあった。
 そんなことをされたら、普通は迷惑に感じるのかもしれないけれど……。俺は違った。

「水城先輩、それってヤキモチですか?」

 そうからかうように水城先輩の顔を覗き込むと「そんなんじゃねぇし」と、怒ったような顔をしてそっぽを向いてしまう。
 でも、俺は知っている。
 水城先輩が少し不機嫌そうに、俺と誰かの会話に割って入ってくるのは、俺に対する小さな独占欲だ。
 そして俺は、それが嬉しくて堪らない。
 まるで、水城先輩が自分のことを必要としてくれているような気がして、心が満たされていくから。

「飼い犬がしばらく世話しないうちに、他の奴に懐いてたら気分が悪いだろう? それと同じだよ」
「ふふっ。そうなんですね」
「あぁ、そうだよ!」

 こうやって、水城先輩と一緒に過ごす時間が増えたことが、俺は嬉しかった。

 
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 その事件は、普段と変わらない昼食後に起きた。
 朝から燦燦と日差しが差し込み、室内から一歩も外に出る気力さえ出ない、そんな熱い昼下がりの出来事――。

「はぁ!? なんだよ、これ!?」

 俺の机の上に無造作に置かれていた「ある物」を見て、水城先輩が悲鳴に近い声を上げた。
 水城先輩がそんな声を出すことは本当に珍しいから「どうしましたか!?」と俺はベッドから飛び起きた。
 何事かと水城先輩が持っている物を見た俺の全身から、一瞬で血の気が引いていく。
 それは、俺の一学期の通信表だった。

「ちょっと待て、なんだこれは?」
「一学期の、通信表ですけど……」
「そんなことはわかってんだよ。なぁ、体育コースは三段階評価なのか?」
「いえ、他のコースと同じで五段階評価です」
「じゃあ、これはなんなんだ? 2ばかりじゃないか?」
「そんなことはありません! 体育は5ですし、家庭科は3です」
「でも、後はほとんど2じゃん」

 元々運動が得意な俺は、いつも体育だけは5だ。
 あとは家庭科もまずまず得意で3くらい。音楽は音痴だから苦手だし、絵を描けば幼稚園児レベルだ。
 そして勉強は元々得意じゃないから、ほとんど2で、たまに3……。
 水城先輩はこんなに驚いているけれど、俺にしてみたら普段通りの通信表だった。

「お前、単位とか大丈夫なのか?」
「先生から何も言われてないから、大丈夫なんじゃないでしょうか?」
「補習授業とかは?」
「それも別に何も言われてません。でも水城先輩、見てくださいよ! 1はないんですよ? それだけでも凄いじゃないですか?」
「あぁ、千尋はそういう感じなんだな……」
「はい?」

 水城先輩は眉を顰めているけれど、俺には彼が何を言いたいのかがよくわからない。
 1が一つもないのだから、十分頑張った成果が出ているではないか? 「失礼過ぎませんか?」と文句の一つでも言ってやりたくなった。

「じゃあ、水城先輩の通信表はどうなんですか?」
「音楽が4だったけど、後は全部5」
「えぇ!? 水城先輩凄いですね!」
「別に、いつもそんな感じだよ。俺、音痴だから音楽は苦手なんだよね」
「あ、俺と同じですね!」
「千尋と一緒にはしないでほしい」
「す、すみません……」

 水城先輩のような完璧な人間が、俺と同じ音痴だなんて……。
 せっかく共通点を見つけて喜んだのも束の間だった。ぬか喜びしている俺に向かい「一緒にするな」と言い切られてしまう。

「そうですよね。俺と水城先輩が同じわけないですもん」

 がっくりと肩を落とした俺に向かい、水城先輩が大きく息を吐いた。

「このまま二学期を迎えたら本当にヤバいから、俺が勉強を教えてやるよ」
「本当ですか? 嬉しいなぁ。あ、でも水城先輩は受験勉強があるんじゃ……」
「うーん、確かに……。じゃあ、俺が勉強してるとき、隣で一緒に勉強してればいいじゃん」
「え? いいんですか?」
「別にいいよ。わからないとこがあったら聞いてもらってもいいし」
「あ、ありがとうございます!」
「よし、じゃあ少し勉強するか」
「はい!」

 俺は嬉しさのあまり、勢いよく机に向かう。そして夏休みの課題であるワークを開いた。勿論、まだ全然手をつけていないから真っ白な状態だ。

(あー、これはヤバイ……)

 もう夏休みも中盤だ。今から夏休みの課題を始めても終わるのだろうか? 俺はどんどん不安になってしまう。
 そんな俺を見て、水城先輩がクスッと笑った。

「お前が勉強しているとこ、俺、初めて見たかも」
「あ、そういえば……。水城先輩は、いつも勉強してるのに……」
「なんかさ、こうやって並んで勉強するのも楽しいかもな」

 俺たちの部屋には未だに境界線があるものの、勉強机は境界線を挟んで並んで置いてある。
 水城先輩が言う通り、こうやって並んで勉強するなんて、初めてかもしれない。

(俺はどれくらい勉強してこなかったのだろうか……)

 そんな事実を知ってしまうと自己嫌悪に陥ってしまう。

(よし、少しでもやるか……)

 俺は鼻息も荒くペンを握る。ワークの最初のほうは中学の復習のようなものだから、なんとかなるだろう。

「頑張るぞ!」
「おー、いいねぇ。頑張れ」
「はい!」

 水城先輩の声援を受けながら、俺は課題に取り掛かった。
 しかし、二十分を過ぎた頃、俺は早くも集中力が切れ始める。気合を入れ直すために頬を叩いてみたけれど、失われた集中力は戻ってきてくれそうにない。

(なんて駄目人間なんだ……)

 俺は再び自己嫌悪に襲われてしまう。
 隣で勉強している水城先輩は、ペンを止めることなどなく一生懸命に問題を解き続けている。

(水城先輩の横顔かっこいい)

 しばらくの間、勉強のことなど忘れて水城先輩の横顔に見とれてしまう。
 それから「もう駄目だ」と机に突っ伏した。

「あー、もう頑張れない……」

 ポツリと呟いた瞬間、コツンと頭に何かが当たる。「なんだ?」と顔を上げると、俺たちが好きなお菓子を、水城先輩が投げてくれたようだ。
 コロンと机の上にお菓子が転がっている。

「なに? もうギブアップ?」
「情けないけど、その通りです」
「あははは! 早くね?」
「俺と水城先輩では、出来が違うんですよ」

 水城先輩が声を出して笑ってくれることは嬉しい。
 でも、「何もそこまで笑わなくてもいいじゃん?」と、少しだけイラっとしてしまう。

「もう放っておいてください」

 そう言いながら水城先輩から視線を逸らす。

(どうせ、できのいい水城先輩には俺たち凡人の気持ちなんてわからないんだ)

 クスンと鼻を鳴らしたとき、ふわりと髪に何かが触れる。
 俺がちらりと水城先輩の方を向くと、優しい笑みを浮かべた水城先輩が俺の頭を撫でてくれていた。
 水城先輩の手は筋張っていて、俺の手よりかなり大きい。
 そして、いつものように冷たかった。

(この手で、インターハイまで行ったんだ)

 そう思うと、俺の心が熱くなった。

「ほら、そのお菓子食って、もう少し頑張れ」
「水城先輩、もう俺には無理です」

 子どものように甘えた声を出すと、もう一度優しい笑みをくれる。

「千尋ならやれるよ。だから頑張れ」
「え?」

 その言葉と、中学生だった俺のことを励ましてくれた人の言葉が重なる。

『お前ならやれるよ。だから頑張れ』

 やっぱり、あの人って……。
 色々考えてみたけれど、頭を撫でてくれる水城先輩の手が気持ちよくて、俺は目を細める。

(水城先輩、優しい……)

 こんな風に頭を撫でられたら、眠くなってしまうじゃないか……。
 水城先輩の優しい笑顔が、ふっと俺の心を擽ってくる。「頑張れ」って声をかけてきてくれるだけで、胸の奥がムズムズして、甘酸っぱい電流が体中を駆け巡る。

(こうやって優しくされると、嬉しくてどうにかなっちゃいそうだよ)

 出会った頃の水城先輩のイメージは本当に最悪だった。だからこそ、こうやって優しくされると、嬉しいけれど戸惑いも感じてしまう。
 でも、俺は――。
 この擽ったい感じが、すごく好きだった。