俺と水城先輩の境界線


 こんな時間に体育館に行くなんてドキドキしてしまう。
 寮から体育館まで少しだけ距離があるけれど、校内に生徒がいる気配はない。真っ暗な教室に校庭。みんなもうとっくに帰宅したか、寮に戻ったのだろう。

(お化けが出そう……)

 俺は恐怖心から体を縮こまらせているのに、水城先輩はそんなことはお構いなしに、どんどん先を歩いて行ってしまう。
 校庭の隅で満開に咲いていた桜が、夜風で空高くに舞い上がった。
 俺が高校に入学してもうすぐ一か月がたつ。もう桜の花も散って、季節は夏へと向かっていくのだろう。
 そんな時間の経過に、俺はまるで逆行してしまっているかのようだ。
 家に帰りたいって泣くなんて、本当に子どもみたいだ。
 ふと顔を上げると、目の前にはジャージを着た水城先輩が見える。その背中は大きくて、とても逞しい。

(きっとこの人は、心もすごく強いんだろうなぁ)

 水城先輩を見ていつも思う。きっと彼は誰の意見にも左右されることなく、自分の信じた道を突き進む強さを持っている人。
 そして、勉強も運動もできて、見栄えもいい。
 俺は今までこんなにも完璧な人間に会ったことなんてなかったから、水城先輩は神様のように感じられた。
 俺がどんなに手を伸ばしても届くはずなんてないし、天才と凡人という境界を超えることなんてできない。
 水城先輩と俺は、住んでいる世界が違うんだ。
 そんな人の傍にいられることはとても光栄だけれど、悲しいし、寂しくもある。
 俺は水城先輩と仲良くなりたい。でも、そんなことを思うことさえおこがましいように感じられて……。

(あの部屋にある境界線を越えてみたい)

 そんな衝動を、もう何度も堪えてきた。

「ほら、体育館についたぞ」
「あ、はい」
「寮に体育館の鍵があるから、こうやって好きな時に自主練ができるんだ」

 そう言いながら、水城先輩は体育館の照明をつけてくれる。
 真っ暗だった体育館に、オレンジ色の優しい明りが灯されて、俺はなんだかホッとしてしまう。
 俺はオレンジ色に包まれた体育館が好きだった。

「ストレスが溜まったり、モヤモヤしたりしたときに、夜こうやって一人で体育館(ここ)に来るんだ。一人でいると、なんだか落ち着く気がして」
「え? 先輩でもストレスが溜まることなんてあるんですか?」
「はぁ? お前何言ってんの? 俺だって人間なんだけど?」
「あ、そうですよね。すみません!」

 水城先輩みたいに完璧な人でも、ストレスを感じることがあるんだ。
 そんなことを想像もしていなかった俺は、だいぶ失礼な質問をしてしまったらしい。水城先輩が俺のことを横目で睨みつけてきた。

「俺だってストレスが溜まるし、イライラすることも、落ち込むことだってある」
「先輩が落ち込むんですか?」
「だーからー、俺だって人間だってぇの」

 また余計なことを言ってしまった俺は、慌てて両手で口を塞ぐ。
 でも、俺は少しだけ嬉しかった。
 こんな完璧な水城先輩も、俺と同じように落ち込むことがあるんだ――。ほんの少しだけ、水城先輩に親近感を覚えてしまった。

「じゃあ、シュート練するか」
「はい!」

 水城先輩は持っていたボールを床に叩きつけると、ボールは高くまで跳ね上がる。
 そのボールをジャンプしてキャッチする姿に、俺は思わず見惚れてしまう。

 俺は小さい頃からバスケが大好きだった。
 ボールとコートに叩きつけるとダンッという音がするのも好きだし、バッシュを履いて急に止まるとキュッキュッと音が鳴るのも好きだ。
 何よりも、バッグボードに当たることなく、パシュッという音と共に、ボールがゴールに吸い込まれていく瞬間が好きだった。
 でも、今は色々なプレッシャーから基本的なシュートさえ外す始末だ。
 身長が小さいことがコンプレックスで、入部早々、退部することを考えてしまっている。
 でもこんな風に、まるで背中に羽が生えたかのようにコートの中を走り回る水城先輩を見ていると、やっぱりバスケを続けたいと思ってしまう。
 水城先輩が放ったジャンプシュートは綺麗な弧を描き、パシュッという音と共にゴールに吸い込まれていった。

「凄い……」

 その洗練された動きは、俺の全身に鳥肌がたつほどだった。

「さてと、お前セットシュートが入らないことに悩んでるんだろう?」
「……はい。俺、昔からシュートには自信があったんです。でもそのシュートすら入らなくなっちゃって……」
「ふーん。じゃあさ、とりあえず今シュート打ってみてよ」
「え? 今ここで、ですか?」
「ここじゃなくてどこでシュートを打つんだよ」
「確かに……」

 俺は思わず唸り声をあげてしまう。
 こんなにも、バスケが上手な水城先輩が見ている前でシュートを打つなんて……。
 緊張した俺の体は、どんどん強張っていく。呼吸が浅くなって、鼓動がうるさいくらい鳴り響いた。

「よし、やるぞ」

 俺は気合を入れて、ゴールに向かってシュートを打つ態勢をとる。
 水城先輩の視線が気になるけれど、今はそんなことを言っている場合ではない。

(とにかくシュートを決めないと)

 集中してコートを見つめると、監督と先輩の怒号が頭の中を過る。「ヘタクソが!? ゴールも入れられないのか!?」という怒号に、俺の心は委縮してしまう。
 手に嫌な汗が滲み、体が小さく震え出す。
 それでも思い切ってシュートを打てば、バックボードに跳ね返りボールは的外れな方へ飛んで行ってしまった。

(やっぱり駄目か……)

 俺は大きく息を吐きながら、コートの中をコロコロと転がるボールを見つめる。

(俺の実力は、高校では全く通用しないんだ)

 目頭が熱くなり唇を噛んで俯いた。
 自分の無力さに、打ちひしがれてしまう。できることなら、声をあげて泣きたいくらいだ。

「なるほどね……」
「え?」
「わかった」

 水城先輩は納得したように頷きながら、俺に向かってボールを投げてくれた。

「お前さ、緊張するとシュートを打つとき、利き手の右手が上がる癖があるんだな」
「え? そうなんですか?」
「前からそう思ってだけど、やっぱりそうだ。一回シュートを打つときの態勢をとってみろよ」
「あ、はい」

 俺がボールを構えると、水城先輩が俺のすぐ後ろに立った。
 え……? と思う間もなく、水城先輩が俺の右手に触れた。

「もう少し右手を下げてみ?」
「あ、はい」
「で、右肩も下げる」

 水城先輩は丁寧に説明してくれながら、俺の手と肩にそっと手を添えた。
 ネクタイを結んでくれた時にも感じたけれど、水城先輩の手はいつも冷たい。その手が俺の体に触れると、あまりの冷たさにピクッと反応してしまう。
 まるで水城先輩に、後ろから抱き締められているような態勢に、俺の鼓動がうるさいくらい高鳴りだす。
 耳元で先輩の呼吸を感じた俺は、思わず全身に力を込めた。

「ほら、また力が入る」
「す、すみません」
「で、手はこの高さ。肩の力は抜くんだ。これでシュート打ってみ?」
「はい」

 水城先輩が教えてくれた通りシュートを打つと、綺麗な弧を描いてボールがゴールの中に吸い込まれていった。

「入った! 入りました、先輩!」
「うん。お前はシュートの筋はいいから、もう少し肩の力を抜けばまた入るようになるよ」
「あ、ありがとうございます」

 水城先輩の言葉に、今度は嬉しくて涙が溢れ出しそうになってしまう。
 それにきっと、水城先輩は練習中に俺のことを見ていてくれた。だから、俺の癖を見抜いてくれたのだろう。
 でもそれを問いただしたところで、「んな訳ねぇだろう」と露骨に嫌な顔をされてしまうのなんて、目に見えている。
 それでも、普段は素っ気ない水城先輩の優しさが堪らなく嬉しかった。

「先輩、ありがとうございます」
「礼はいいからもっと練習したら? 油断するとまた外すぜ?」
「はい」

 俺は嬉しくなって床に転がっていたボールを拾う。そしてそっと抱き締めた。

(よかった。またシュートが入って)

 そう心の中で呟きながら、優しくボールを撫でる。

「それからさ……」

 先ほどまで俺に背を向けていた水城先輩が俺を振り返る。
 その頬が少しだけ赤らんでいるのは、俺の気のせいだろうか?

「チビって言われても気にするな」
「あ……」
「バスケには、背が低い人が向いているポジションだってある。それに……」
「それに?」

 突然黙ってしまった水城先輩を見つめながら、俺は息を呑む。
 水城先輩は、何を言いたいのだろうか。なんだか緊張してきてしまう。

「チビの方が、頭を撫でやすくていいじゃん?」
「え?」
「犬みたいで可愛いよ」

 そう言いながら、俺の頭を乱暴に撫でてくれる。
 水城先輩が頭を撫でてくれた……。
 俺の頭の中は真っ白になってしまう。水城先輩も恥ずかしいのか、鼻の頭を掻きながらそっぽを向いてしまった。

(そう言われるとチビも悪くないのかも……。シュートも入ったし、先輩のおかげだ……!)

 水城先輩に、今すぐにでも「ありがとうございます!」と飛びつきたくなる衝動が込み上げてくる。
 でも、さすがにそれをしたら「調子に乗るな」と怒られてしまいそうだ。だから俺は、小さな声で「ありがとうございます」と呟くだけにする。
 俺と水城先輩の間には、越えてはならない境界線があることを思い出した。

「まだ消灯までに時間があるから、練習に付き合ってやるよ」
「本当ですか?」
「その代わり、あのお菓子、俺にも寄こせ」
「はい! いっぱい持ってきたので、たくさん食べてください」
「うん。サンキュー。それからさ……」

 水城先輩が急に俺の顔を覗き込んできた。
 水城先輩に見つめられると、その綺麗な瞳に吸い込まれそうになってしまう。突然のイケメンのドアップは、本当に心臓に悪い。

「このボール、ごみ箱に捨てたの、お前か?」
「あ……」

 水城先輩は、先ほどまで背負っていたリュックサックから、今まで使っていたボールよりも一回り小さいボールを取り出した。

「子ども用の小さいボールが寮のゴミ箱に捨ててあったから、お前のかなって拾ってきた。お前、このボールを抱き締めてよく寝てたじゃん」
「あ、はい。そのボールを捨てたのは、俺です……」
「やっぱり。じゃあ、このボールが大事なんじゃねぇの?」
「大事、でした……」
「でした? はぁ? 意味がわかんねぇ」
「大事だったけど、今は大事じゃないんです」

 俺の煮え切らない言動に、水城先輩が綺麗に整った顔を顰める。

「大事な物なんだろう。ほら!」
「わ!」

 水城先輩が突然ボールを俺に向かって投げてきたから、俺はもう少しで取り損ねるところだった。
 受け取ったボールをもう一度よく見ると、もうボロボロで薄汚れている。
 バスケが上手くなりたくて、毎日このボールを使って練習をしてきた。だから、このボールは今でも俺の宝物なんだ。

(捨てたりして、ごめんね)

 俺は心の中で謝罪してから、ギュッとボールを抱き締めた。

「もう少しだけ、バスケ頑張ってみろよ」
「先輩……」
「勉強の合間だけど、時々こうやって一緒に練習してやるからさ」
「……ありがとうございます」
「それから、そのボールも大事にすること。わかったか?」
「はい」
「じゃあ、もう少しだけ練習するか」
「はい! よろしくお願いします!」
「よし、いい子だ」

 その時、水城先輩が微笑んだ気がして――。俺の心臓がトクンと跳ねる。
 それは俺の気のせいかもしれないけれど、心の中がポカポカと温かくなっていく。
 水城先輩を見ていると、中学生の頃、試合前に落ち込んでいる俺を励ましてくれた人のことを思い出す。
 あの人も、常盤学園高校の制服を着ていて、水城先輩みたいに背の高い人だった。

(もしかしたら、あの人は水城先輩だったのかな……)

 時々そう感じることがある。
 そんなことを考えていたら、バスケットボールが背中に飛んでくる。

「わッ!?」
「よそ見してるからだよ。バァカ」

 水城先輩が俺に向かってまたボールを投げたらしい。至近距離でも、手加減をしてくれたようで痛くはなかったけれど……。驚いた俺は素っ頓狂な声をあげてしまった。
 慌てふためく俺を見て、水城先輩が笑っているように見えたのは、きっと気のせいじゃない。

(水城先輩が、笑ってる?)

 そんな水城先輩を見ていると、俺まで笑顔になってしまった。

「せっかくだから、1on1やろうぜ?」
「はい!」

 俺と先輩は、その晩、消灯時間が近づく頃まで一緒にバスケをした。
 今まで俺は、水城先輩のことを怖いとしか思っていなかった。
 そんな水城先輩がこうして優しくしてくれるのは嬉しいけれど……。逆に戸惑いも感じてしまう。

 ねぇ、水城先輩。
 あなたは冷たい人なんですか?
 それとも、優しい人なんですか?

 俺は問いかけてみたかったけれど、「そんなの、どうでもいいだろう」と突っぱねられてしまう気がして。俺は口をつぐんだのだった。

◇◆◇◆◇◆

 俺がバスケ部に入部した一か月後、他県の高校と練習試合が行われることとなった。
 もちろん俺や有馬は三軍で、ベンチにすら近づくことはできない。
 その日は朝から、マネージャーたちが忙しそうに準備をしていた。
 バスケ部のマネージャーは五人いて、四人は女子生徒だけれど、一人だけ男子生徒のマネージャーがいる。
 その男子生徒は三年生で、以前はバスケ部員だったらしい。
 しかし、試合中にケガをしてしまい、それ以来マネージャーに転向したという噂を聞いた。
 その先輩の名前は国分(こくぶ)先輩。彼がバスケ部のマネージャーをまとめているようだ。
 きっと彼らがいなかったら、俺たち一年生の負担は、今以上に大きかったことだろう。
 でも、国分先輩は時々口調が強くなることがあるから、俺は少し苦手だった。彼はきっと、元々気の強い性格なのだろう。
 それに最近気づいたのだけれど、俺が入寮した日に、水城先輩と抱き合っていた人物と、国分先輩がよく似ているような気がするのだ。
 あの時は気が動転していたから、相手の顔をじっくり見る余裕なんてなかったけれど……。
 国分先輩を見れば見るほど、あの日の人物に思えてならない。
 そんな国分先輩たちは、大量のスポーツドリンクを体育館に運び込んでいる。
 その後はスコア票の準備をするらしい。とても忙しそうだ。

「おい、一年! 動きが遅いぞ!」
「すみません」

 国分先輩に怒られた一年生が、泣きべそをかいている。
 何も先輩に怒られるのは、俺たち選手だけではないようだ。
 俺はコートの掃除をしながらその様子を眺めていた。そんな俺に有馬がそっと話しかけてくる。

「国分先輩、なんだかちょっと怖いよね」
「うん、わかる。俺もああいうタイプの人、ちょっと苦手かも……」
「だよね」

 俺が「うんざりだ」という顔をすると、有馬がくすくすと笑っている。

「でも、水城先輩と国分先輩が付き合ってるっていう噂があるの知ってる?」
「え? 水城先輩と国分先輩が? だって男同士じゃん?」
「うん。でも、糸瀬先輩がそんな噂があるって言ってた。時々水城先輩が、国分先輩を寮に連れ込んでるとか……」
「へぇ……」
「クラスも同じだから、元々仲が良かったみたいだよ。でもどちらかと言うと、国分先輩が水城先輩に惚れ込んでるみたいだけどね」
「そうなんだ……」

 そんな噂を聞いたことがなかった俺は、思わず顔を顰める。
 やっぱりあの日、部屋にいたのは国分先輩なのだろうか……。
 もし本当に、水城先輩と国分先輩が付き合っているとしたら、俺は面白くない。
 しかもあの部屋に連れ込んでいるなんて……。
 寮に他室の生徒、ましてや寮生でもない生徒を連れ込むなんて、ルール違反にもほどがある。
 しかし、俺が入寮してきた日、あの部屋には国分先輩に似た男子生徒がいた。
 ……今思えば、あの時二人は一体何をしようとしていたのだろうか。考えたくもないけど。

(考えれば考えるほど面白くない)

 俺は手に持っていたモップの持ち手を、力任せに握りしめた。

(面白くない……!)

 様子がおかしい俺に気が付いたのか、有馬が慌てて声をかけてくれる。

「で、でもあくまで二人が付き合っているのは噂だから。気にすることないよ!」
「え?」
「変なこと言ってごめんね」
「いや、別に……。俺は全然気にしてないけど……」

 突然有馬に謝罪された俺は困惑してしまう。
 これではまるで、俺が国分先輩に嫉妬しているようだ。
 水城先輩は俺のものだ! という雰囲気が自然と出てしまっていたのだろうか。
 だとしたら、俺はとんでもなく独占欲の強い男に思われてしまったことだろう。
 有馬の気遣いが逆に恥ずかしくて、顔から火が出そうになってしまう。

「一年男子! コートの掃除は終わったのか!? もう対戦相手が着くぞ!」
「あ、はい。すみません」

 俺と有馬は慌ててコートの掃除を再開させる。
 国分先輩の顔をよく見たことはなかった。こっそり彼を盗み見ると、気は強そうだけれど、綺麗な顔立ちをしている。
 みんなに指示を出す姿は「できる男」そのものだ。
 もしかしたら、水城先輩は国分先輩のようなしっかり者が好きなのかもしれない。

「でも、やっぱり面白くない」

 俺は小さく舌打ちをしてから、唇を尖らせる。
 どう背伸びしたって、俺は国分先輩には適わないだろう。
 だって俺は三軍の選手で、彼はこのバスケ部に必要不可欠な人物だ。
 自分の無力感を痛いほど感じた。


◇◆◇◆◇◆


「マジか……」

 俺は練習試合の相手を見て言葉を失ってしまう。
 他県の高校からわざわざ出向いてくれのだが、大型バスが数台学校の駐車場に止められている。
 部員数は常盤学園高校と大して変わらないけれど、その迫力に圧倒されてしまった。
 それでも水城先輩はいつもと変わらず、飄々としている。それがとても頼もしく感じられた。

「あの人、俺と同室の先輩なんです!」

 と、大声で自慢したくなる衝動を必死に堪えた。

 いざ試合が始まると、体育館の雰囲気が一変する。俺はコートの中にすら入れず、体育館の二階から試合を見ることしかできない。
 今の俺と水城先輩の距離は、部屋に貼ってある境界線以上のものに感じられた。

「水城先輩かっこいい……」

 思わず零れ落ちた言葉。
 水城先輩は、背中に羽が生えたかのように高く飛び上がり、まるで獲物を狙う獅子のような勢いでコートを走り抜けて、軽々とゴールを決めてしまう。
 そして、その隣には糸瀬先輩の姿が……。

「糸瀬先輩、かっこいい」

 隣で試合を見ていた有馬が、瞳をキラキラと輝かせているものだから、なんだかおかしくなってしまう。
 同室の先輩は距離が近い分、かっこよく見えてしまうのかもしれない。

(でも、水城先輩が一番かっこいい!)

 俺は水城先輩に向かい、必死に声援を送り続ける。
 試合は一進一退の攻防戦だ。まさに手に汗握る展開に、俺は水城先輩の姿に釘付けになってしまう。
 俺がバスケをしているわけではないのに、全身汗まみれだし、叫びすぎて頭の血管が切れてしまいそうだ。

「水城先輩頑張ってください! ナイッシュー! ヤッター!」

 今の俺には水城先輩にエールを送ることしかできない。
 長時間大声を上げていたから、喉がカラカラだし、ヒリヒリする。
 この大声援の中、俺の声が届くなんて思ってもいない。でも、俺は水城先輩を応援したかった。
 だって、俺は水城先輩を誰よりも応援しているんだ。
 だから伝えたい。
 誰よりも大きな声で、誰よりも熱い心で――。
 水城先輩は、俺と同室の先輩なんだ。境界線があっても、もうそんなことは関係ない。だって、水城先輩はあんなにも格好いい。
 キラキラと眩しくて、見惚れてしまうくらいだ。

 試合の結果は僅差だったけれど、常盤学園高校が勝利する。
 水城先輩は大声援の中、天井を見上げてから大きく息を吐く。
 その姿があまりにも綺麗で、俺の鼓動は高鳴りっぱなしだ。

「水城先輩、すごい……」

 俺は胸がいっぱいになってしまい、涙で先輩の姿が揺らいで見えた。

◇◆◇◆◇◆

 試合が終わったあと片付けをして寮に戻ると、珍しく水城先輩がベッドで眠っていた。
 水城先輩は一体いつ寝ているのだろう、と思うくらい寝ている姿を見たことがなかった。
 遅くまで勉強しているから俺の方が先に寝てしまうし、朝もボールを投げつけて起こしてくれる。
 そんな水城先輩の寝顔に、少しの間見とれてしまう。

「先輩の寝顔可愛い。余程疲れたんだろうな……」

 俺は境界線を踏まないよう腕を伸ばし、先輩の机の上にあのお菓子を置いた。
 この前母親に頼んで、また送ってもらったのだ。

「お疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね」

 今瞳を閉じるだけで思い出すことができる、水城先輩のファインプレーの数々。
 あの熱狂の渦の中に、再び戻ってしまったような高揚感さえ覚えた。
 水城先輩は、あの大勢いた選手の中で誰よりもバスケが上手くて、輝いていた。
 本当に格好良くて、俺もいつかあんな選手になりたいって思う。
 確かに水城先輩は、口は悪いし、俺には冷たいけれど……。あのプレーを見てしまえば、俺にとって憧れの人には変わらない。
 そんな余韻に浸っていると、不機嫌そうな声が聞こえてきた。

「お前の声援がうるさくて堪らなかった」
「え?」

 突然目を開いた水城先輩に、俺はびっくりしてしまう。
 狸寝入りだったのか……? そう思うと恥ずかしくなってしまった。

「あの大声援の中、不思議とお前の声が聞こえたんだ」
「あの中で、ですか?」
「そう。茹蛸みたいに真っ赤な顔して、デッカイ声出して。見てて恥ずかしかった」
「す、すみません……」
「でも、一生懸命応援してくれてるお前を見つけた時、なんだか元気が出た」
「……ほ、本当ですか?」
「あぁ。だから試合に勝てた気がする。ありがとうな」

 その時、水城先輩の口元が緩んだ気がした。

(あ、水城先輩が笑った……?)

 水城先輩の笑顔に、俺の鼓動が再び速くなっていく。

(嬉しい……。嬉しい……!)

 胸が熱くなって、ギュッと締め付けられる。思わず服の胸のあたりを強く掴んだ。

「夕飯の時間になったら起こして。一緒に飯食いに行こう」
「は、はい!」
「お前は本当に元気だな。ふあぁぁ……」

 水城先輩はそう言った後、大きな欠伸をしてから再び瞳を閉じる。

「先輩、おやすみなさい」
「うん。静かにしてろよ」
「……はい」

 俺は先輩を起こさないよう、静かにベッドに腰を下ろす。
 あの大声援の中、先輩が俺を見つけてくれていた――。
 それが嬉しくて、俺はベッドに転がっていたバスケットボールを抱き締める。
 胸がドキドキして、叫び出したくなるくらい、嬉しかった。

「嬉しい!」

 そう叫びたい衝動を必死に堪えて、俺は水城先輩の寝顔を盗み見たのだった。