今日は常盤学園高校の入学式。
まだ数回しか袖を通していない制服のブレザーは、固くて着心地が悪い。何度も練習したけれど、ネクタイも上手く結べなかった。
何よりも、今日の朝、水城先輩がいつもみたいにバスケットボールを投げてくれていなければ、今頃寝坊していただろう。
お菓子を投げてくれることや、朝起こしてくれることは嬉しいし、助かってもいるのだけれど、境界線であるガムテープが剥がされることはない。
なんとか制服を着た俺は、ふと水城先輩の方に視線を向けた。
先輩の首からぶら下がる、赤い布。それを見て、思わず言葉を失ってしまう。
「あの、赤いネクタイ、特別進学クラスじゃ……」
俺は自分の目を疑ってしまう。
それと同時に、こんなに近くにいるにもかかわらず、俺は水城先輩のことを何も知らないのだと悲しくなった。
常盤学園高校には、五つのコースがある。
特別進学コースに、進学コース。それから普通コースと体育コースに芸術コース。
成績があまりよくない俺は、中学時代にバスケを頑張ったおかげで、なんとか体育コースに進学することができた。
そんな体育コースのネクタイの色は青色だ。
水城先輩がつけている赤いネクタイは特別進学コース。学年の中で成績がトップクラスの生徒が集められた少人数のクラスだ。
勿論、俺から見たら雲の上のようなクラスだ。
(頭もよくて、イケメンで、バスケも上手い……。この人は凄い人なんだ)
そう思えば、部屋の真ん中に境界線を貼られてしまっても仕方がないと納得してしまう。だって、俺と水城先輩は住んでいる世界が違うのだから。
天才と凡人。この境界線は、二人の優劣の差を表していたんだ。
常盤学園高校は、全国から入学希望者が集まるから、生徒の数も多い。
部活動も盛んだし、専門的な教育を受けられることから、俺のように親元から離れて寮生活を送る生徒もいる。
俺は入学式で久しぶりに両親と再会した。「元気で頑張ってる?」と俺に向けられる笑顔は、全然変わっていない。
咄嗟に「頑張ってるよ」と返事をしたけれど、もう何度も家に帰りたいと涙を流した。
だけど、そんなことは言えるはずがない。本当は、地元の高校を受験すればよかったって後悔している。
そんなことを両親が知ったら、きっと心配することだろう。
だから、無理やり笑顔を作ることしか、俺にはできなかった。
入学式は厳かに終わりを迎える。
俺にとって唯一の救いだったことが、有馬も体育コースだったということ。
俺と有馬は入学式までの間に、とても仲が良くなっていた。
だからきっと楽しい高校生活が送れるはずだ――。そう何度も自分に言い聞かせる。
「たまには帰ってきてね」
「うん。わかった」
笑顔で手を振りながら学校を後にする両親を見て、「一緒に帰りたい」と言いかけた言葉を俺は呑み込む。
寮に帰れば水城先輩は変わらずイヤホンをつけて、勉強をしている。
(今の、俺の居場所はここなんだ)
そんなことはわかっているのに、境界線を見た瞬間、今まで堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出す。本当は、両親と一緒に自宅に帰りたかった。
俺はその場に崩れ落ちるように座り込む。
どうせイヤホンをつけているのだから、水城先輩には聞こえないだろう。俺は声を上げて泣いた。今まで我慢してきていたものが、一気に心から溢れ出してきてしまったようだ。
いくら拭っても、涙は止まってはくれない。
「う、うぅ……」
嗚咽を漏らしながら、俺は泣いた。
いっそのこと、こんな境界線なんて剥がしてしまおうか。
そんな考えが頭を過ったけれど、弱虫な俺にはできるはずなんてない。
弱い自分が情けなくて、悔しくて。俺は泣き続けた。その時――。
コツンと頭に何かが当たる。慌てて顔を上げると、俺のすぐ近くに水城先輩が座り込んでいる。
びっくりした俺は尻もちをつきそうになるのを何とか堪えた。
水城先輩は俺の顔を覗き込んでいるけれど、その切れ長の瞳からは、今彼が何を考えているのかを読み取ることができない。
突然至近距離に現れたイケメンに、俺の鼓動がどんどん速くなっていった。
「ほら、お菓子」
「え?」
「お前もこのお菓子好きなんだろう?」
「……なんで知ってるんですか?」
「送られてきた段ボールに入ってたから」
「見てたんですか?」
「まぁな」
今まで、水城先輩は自分に興味なんてないと思っていたから、俺はびっくりしてしまう。
(俺のことを見ててくれたんだ)
予想もしていなかった出来事に、俺の心が少しずつ温かくなっていくのを感じた。
「ようやく泣き止んだか?」
「はい。すみません……」
「別にいいよ。ほら、それ食って元気出せ」
「ありがとうございます」
「よし」
そう言いながら水城先輩が、俺の肩を叩いてくれる。
これが、不器用なこの人なりの優しさなのだろうか、と自分の都合のいいように考えてしまいそうになった。
(でも、嬉しい……)
俺は涙を拭いながら、水城先輩からもらったお菓子を抱き締める。
(もう少しだけ頑張ろう)
そう思える自分がいた。
入学式の翌日、俺は意気揚々とバスケ部に入部届を提出した。
常盤学園高校のバスケ部は全国大会の常連で、部員数も多い。高校でもバスケを頑張りたい。その思いから常盤学園高校を選んだことに間違いはないけれど……。あの人に、また会いたい。やっぱり、その思いも抱かずにはいられない。
中学生の頃、試合を前に落ち込んでいる俺を励ましてくれた人――。
あの人は常盤学園高校の制服を着ていた。この高校にいることは間違いないし、会って、きちんとお礼を言いたい。
「よし、行こう!」
鼻息も荒く、有馬と体育館に出向いた俺は、驚愕のあまり言葉を失ってしまう。
バスケ部は三年生まで入れて五十人近い。
噂には部員数が多いことを聞いていたけれど、いざその人数を目の当たりにしてしまうと思わず逃げ腰になってしまった。
その中で試合に出ることのできる一軍、補欠としてベンチに入ることとなる二軍、その他戦力外が三軍と、三つのグループに分けられている。
今年、バスケ部に入部したのは十七人。大体一年生は三軍で、二年生になると二軍、余程センスがあれば一軍に上がれるらしい。
みんなが一軍入りを目指し切磋琢磨していく。それは、周りの部員たちは仲間であると同時にライバルでもある。
そして、そのバスケ部をまとめる部長が水城先輩、副部長が糸瀬先輩だ。
水城先輩は一年生で二軍入りしたらしく、本当に雲の上のような存在に感じられる。
ますます、部屋に貼られた境界線の意味を思い知らされた。
何より俺が驚いたことは、みんな身長が高いことだった。水城先輩も百八十センチくらいあるように見えるし、糸瀬先輩も有馬も背が高い。
百六十八センチしかない俺は、まるで大きな山に囲まれたような気持ちになってしまう。
「俺って、なんてちっぽけなんだろう……」
突然強い無力感と不安に襲われる。
俺は小さい頃からバスケをしていて、中学では部長を務めるくらいバスケには自信があった。
その自信が、たった今粉々に崩れ落ちていくのを感じる。
「じゃあ、部活始めるぞ。一年も集合しろ」
水城先輩の呼びかけに、俺は走ってバスケットコートへと向かった。
入学式以来、俺の生活は一変してしまう。
部屋に境界線はあるものの、水城先輩との同室生活に俺は順応しつつある。
しかし、新しい校舎に、新しい教室。そして見ず知らずのクラスメイトたち。
幸いにも有馬と同じクラスだったけれど、目まぐるしく変わっていく環境に、俺は少し疲れを感じていた。
何より、慣れない授業を終えた後の部活動――。それが一番の悩みの種だった。
一緒に入部した一年生は、みんな背が高くて、バスケもとても上手だ。
俺は中学と高校のレベルの違いを、嫌というほど思い知ることとなる。
体力をつけるために一日何キロも走り込みをする。それからバスケの練習になるのだけれど、俺はその走り込みが終わった段階で音を上げてしまいそうになった。
フラフラとおぼつかない足取りで、パスやシュート練習をするのだけれど、途中で意識が遠のいたりして危うかった。
他の一年生も俺と同じ思いをしているようなのが、唯一の救いだ。
顔を顰めながら有馬が「超キツイね」と言ったことに、俺は苦笑いを返すことしかできない。
でもこうやって有馬と仲良くしていられるのも今のうちで、いつかはレギュラーを争うライバルとなる。
とりあえずは、三軍から抜け出すことが目標なのだけれど……。
バスケ部の部員はみんな背が高いから、目の前でジャンプをされると、まるで大波が襲ってきたような恐怖を感じる。
それと同時に、百六十センチ台の自分の身長を呪ってしまう。
……そういえば身長が百七十センチない男子はどうのこうの……言われたこともあったような。なんで境目が百七十なんだ。
部活が終わった瞬間、力尽きた俺はコートに倒れこむ。
天井を見上げると、眩しいライトが輝いている。もう何度もこうやって天井を眺めてきた。
イケメンで、成績優秀、おまけにバスケ部の部長の水城先輩は、練習が終わった後も糸瀬先輩たちと普通に雑談をしている。
本当にすごい人だな、と感心してしまった。
(早く部屋に帰って寝たい)
俺は心の底からそう感じる。もうこの際境界線なんてどうでもいい。
温かい布団に包まって眠りたい。そんなことを考えているうちに眠くなってきてしまった。
「おい、帰るぞ」
「へ?」
「それともここで寝るのか? 別に俺は構わないけど」
頭の方から声が聞こえてくる。驚いた俺は慌てて声がする方に視線を向けた。
「帰るぞって言ってんの。夕飯の時間過ぎちまうぞ?」
「あ、はい」
「ほら、起きろ」
俺に声をかけてきてくれたのは水城先輩だった。
まさか自分に声をかけてきてくれると思っていなかった俺は、心臓が口から出そうになってしまう。
でも、凄く嬉しかった。
「チビなりに頑張ってたじゃん」
「え? 先輩、俺のこと見ててくれたんですか?」
「まぁな。ちっこい幼稚園児が混ざりこんでんな……って思いながら見てた」
「ひ、ひどい……」
「いいから、行くぞ」
水城先輩は俺の腕を引っ張って立たせてくれる。その力強さに、俺は思わず先輩の方に倒れそうになってしまった。
危ない――。もう少しで水城先輩に抱き着いてしまうところだった。
俺の頬が自然と熱を帯びていく。
「よく頑張ったな」
「ほ、本当ですか?」
「うん。チビなりに頑張ってたんじゃん?」
「……そう、ですかね。ありがとうございます。そう言われると、嬉しいです」
水城先輩は、にっこり微笑んでくれるわけではない。
それでも、俺は水城先輩のその言葉が、涙が出そうなくらい嬉しかった。
部活で疲れ切った俺は、夕食を食べたあと部屋に戻り、すぐに寝てしまったらしい。
翌朝、また水城先輩が投げてくれたバスケットボールで叩き起こされた。
寝ぼけ眼のまま朝食をとり、慌てて制服に袖を通す。昨日の部活のおかげで、体が鉛のように重たい。少し力を抜くだけで、瞼が下りてきてしまう。
「おい、遅刻すんぞ」
「はい……」
水城先輩に急かされて、鞄に教科書を詰め込む。水城先輩に起こしてもらったおかげで、なんとか遅刻せずには済みそうだ。
ただ、バスケットボールを投げて起こすのだけは、びっくりするから正直やめてほしい。
でも、起こしてもらえるだけありがたいのは事実だ。
「ほら、ネクタイが曲がってるぞ」
「はい?」
「お前、ネクタイ締めるの初めてか? すげえ曲がってんじゃん。こっち向いてみろ」
突然水城先輩に腕を引かれた俺は、態勢を崩しそうになってしまう。
そんな俺のことなど気にする様子もなく、水城先輩は俺のネクタイを直し始めた。
俺たちは境界線を越えてはいないけれど、その近すぎる距離に俺の鼓動が徐々に速くなっていく。イケメンのドアップは、いつになっても慣れそうにない。
時々俺の首筋に当たる水城先輩の冷たい手に、ピクッと体が反応した。
「ほら、できた。これでよし」
「あ、ありがとうございます」
「今度、ネクタイの上手な締め方教えてやるから。今日はとりあえずこれで行ってこい」
「はい」
「お前は本当に手がかかるな」
「ご、ごめんなさい……」
俺は水城先輩と視線を合わせることが恥ずかしくて、小さな声で謝罪してから俯いてしまう。
でも、水城先輩の声がいつもより優しく聞こえたのは、俺の気のせいだろうか――。
◇◆◇◆◇◆
一日の授業が終わると、また部活が始まる。
強豪校のバスケ部なのだから、練習が厳しいことは想像していた。でもその練習量は、俺の想像以上だった。
加えて外部から来てくださっている監督が鬼のように怖いのだ。
いつも顔を真っ赤にして「そうじゃないだろう!?」「同じミスは絶対にするな!」と大声を上げ続けている。俺にはその監督が閻魔様のように見えてくる。
その監督の顔を見るだけで、胃がキリキリと痛むのだ。
加えて身長も低く、特に取り柄のない俺は、監督に厳しく指導を受けることとなってしまう。
「星野! お前は身長がないんだから、ゴール前のシュートは絶対に外すなよ!」
「はい!」
俺は大勢の前で「身長がない」と言われたことが悔しくてならない。まるで「使い物にならない」と言われたような気がしてしまうのだ。
(このシュートだけは絶対に外せない)
そう思うと、全身に緊張が走る。
でも俺は、バスケを始めた頃からシュートは得意だった。
(外すなんてありえない……!)
俺がゴールに向かってシュートを放つと、バッグボードに当たりボールが弾かれる。
(外した……!?)
「星野!!」
俺が目を見開いたとき、監督の怒号が体育館に響きわたる。その後は敵チームの選手にボールを奪われ、あっさり得点を決められてしまった。
俺はそれを呆然と眺める。
遠くから、監督の大声が聞こえてくるけれど、もうそんなものは耳に入ってはこない。
俺は、自分に失望して、自信を失ってしまった。
一緒に入部した有馬や他の生徒たちは、どんどん上達しているのが目に見えてわかる。
焦りや悔しさを感じた俺は、部活が終わってからも一人で練習を続けた。
鍵を閉める当番の先生が体育館に来るまで。俺はひたすらシュートの練習を繰り返す。
手の皮は剥け、両腕は高く上げるだけで強い痛みを感じるようになった。それでも、一向にシュートの感覚を取り戻すことはできない。
焦りと悔しさから、俺はどんどん本来の自分のプレースタイルから、かけ離れていってしまっている気がする。
「やっぱり俺は駄目なんだ」
俺はコートに蹲り肩を落とす。
「俺にはバスケの才能なんてない。何を自惚れていたんだろう」
そう思うと、自分が情けなくなってくる。
重たい足取りで部屋に戻ると、ベッドの上に置いてあるバスケットボールが目に留まる。その瞬間、俺の中で張りつめていた糸が、プツンと音を立てて切れたような気がした。
俺はボールを抱えて部屋を飛び出すと、夢中で廊下を走る。
「こんなもの、もういらない!」
俺は寮の片隅にある大きなごみ箱に、ボールを投げ入れた。
そのボールは五歳の時に買ってもらった、両親からのプレゼントだった。それは、俺にとって宝物だったし、お守りでもある。
でももう、今の俺には必要なんてないんだ。
「もうこんなボールなんていらない。俺にはもう、必要なんてないんだ……」
俺は「さよなら」という思いを込めて、ごみ箱に捨てたボールに背を向けた。
部活が終わると、俺は夕食も食べずに布団の中に潜り込んだ。
「シュートだけは自信があったのにな……」
ポツリ呟く。
バスケ部の強豪校で、スタメンを勝ち取ることが俺の夢だった。
でもいざバスケ部に入部すると、周りの生徒はみんな高身長で、バスケも上手だ。
(なんで俺は、こんなにチビなんだろう)
それが俺のコンプレックスだった。
でも、昔からセットシュートには自信があった。
もう何度も俺のシュートで、チームを勝利に導いてきた。だから、俺はシュートだけは誰にも負けない自信があったのに……。
最近は監督や先輩に怒られてばかりで、シュートまで入らなくなってしまった。
ゴール前でシュート態勢に入ると、無意識のうちに筋肉が強張る。妙なところに力が入ってしまえば、シュートはまったく決まらない。もうそんなことがずっと続いていた。
(もう、俺には何の取柄もない)
そう考えると、涙が頬を伝い枕にシミを作る。
(バスケ部を辞めて、家に帰りたい……)
部活をしなければ、自宅から学校まで通学できない距離ではない。
チビな上、シュートさえ決められない俺には、バスケ部にいる意味なんてないだろう。
電気のついていない部屋は、いつの間にか真っ暗になっていて、窓から空を眺めると星がガラス細工のように輝いて見える。
でも、実家から見た星空の方が何倍も綺麗だった。
(帰りたい……)
涙は幾筋も頬を伝い、枕に音もなく吸い込まれていく。
そんなことを考えていると、突然部屋に電気がつけられる。
眩しさを感じた俺は、慌てて布団の中に潜り込んだ。
「何してんだ? 夕飯は?」
「……食べたくありません」
「ふーん。一応、食堂のおばちゃんにおにぎりを作ってもらってきた」
食堂から戻った水城先輩は、小さな皿に乗ったおにぎりを、俺の机の上に置いてくれる。
その優しさは嬉しいけれど、それで俺の心が癒されることなんてない。
「で、お前は何を落ち込んでるんだよ? 学校生活のこと? それとも部活のこと?」
ぶっきらぼうに問いかけられた俺は、布団から少しだけ顔を出す。そこには腕組みをした水城先輩が、俺のことを見下ろしていた。
「いいから話してみろよ」
「…………」
「話せって。ほら」
俺は下唇を尖らせてだんまりを続ける。こんなに格好悪いところを、すべてにおいて完璧な水城先輩に見られたくなかったのだ。
しばらくの間、沈黙が続く。その後、いつものように俺のお腹に向かってバスケットボールが飛んできた。
「わッ! びっくりした!」
「声出るじゃん。話せよ」
水城先輩の低い声に、俺は渋々布団から顔を出す。
それから鼻をクスンと鳴らしてから、小さな声で話し始めた。
「俺、バスケ部で活躍したくてこの高校に来ました。でもやっぱり強豪校のバスケ部は、みんなバスケが上手で、背も高い。それなのに、俺はチビです……」
「ふーん……」
「でも、俺、シュートだけは自信があったんです。それなのに、監督や先輩に怒られてばかりで委縮しちゃって……。最近は基本のシュートすら入らなくなってしまいました。あんなに自信があったのに……」
「…………」
「俺はチビだし、シュートも入らない。何もいいところなんてないんです」
水城先輩は何を言うでもなく、黙って俺の話を聞いてくれている。だから俺は話を続けた。
「こんなんじゃ俺、絶対に三年間三軍です。それなら、部活を辞めて家に帰りたい。部活は厳しいし、家族がいなくて寂しいし。俺、家に帰りたい。帰りたいです」
思わず本音を吐露した俺の瞳から、再び涙が溢れ出す。
泣き過ぎた目は赤く腫れ、涙がしみて痛い。
「帰りたい……」
そう呟いてから、俺は手で涙を拭った。
「あー、もう本当にウザい。お前ウジウジしすぎなんだよ。いつも泣いているし。その泣き虫、なんとかなんねぇの?」
「で、でも……」
その後しばらく続いた沈黙を破ったのは、水城先輩だった。
「俺がシュートのやり方を教えてやる。今から体育館に行くぞ」
「い、今からですか!?」
「そう、今から。まだジャージ着てんだろう?」
「はい。着てますけど……」
「ならついて来い。お前ならすぐに感覚を取り戻せるはずだから」
そうつっけんどんに言い放つ。それから水城先輩は、バスケットボールが入ったリュックサックを背負って部屋から出て行ってしまう。
(ヤバイ、追いかけなくちゃ)
俺は涙を両手で拭って、水城先輩の後を追いかけた。



