いらっしゃいませ、お姫様 ―Kitty Catへようこそ―


「あー、帝さん、緊張するなぁ」
 だって彼は雄の三毛猫だ。雄の三毛猫といったら、生まれてくる確率は0.003%とかなり低い。
 しかも三毛猫は性格的に、プライドが高いとされている。
(私のような者が会ってもいいのだろうか……)
 緊張はどんどん高まり、私は何度も深呼吸を繰り返す。鏡に映る自分の姿が、とても貧相に見えた。
 あの扉が開けば、そこには憧れていた彼がいる。
 期待に胸が高鳴る一方で、もし幻滅してしまったら、あるいは自分がガッカリされてしまったら……。そんな不安が、指先の震えとなって現れる。
 会いたい、でも、会うのが怖い。その矛盾した感情が、私の体温をジリジリと上げていった。
 その時――。


「入るぞ」
「あ、はい。どうぞ!」
 あまりの緊張から声が裏返ってしまった。
 ドアが開いた瞬間、室内の騒音が僅かに静まり、光が彼に集まる。
 彼は何も言葉を発することなく、ただ肩から風を払い、ゆっくりとした、しかし淀みのない足取りでこちらに向かって歩いてくる。
 その仕草一つ一つに無駄がなく、洗練された美しさがある。彼が歩を進める度、彼の纏う冷たい香りが室内を一瞬で塗り替えていく。
 彼が『そこにいる』というだけで、他の全てが背景になってしまう。
 そして、白、黒、茶色の三色の尻尾がユラユラと優雅に揺れていた。


(こんなイケメン初めて見た……)
 私の中の時が止まる。
 彼は、今まで私が指名してこなかったタイプのホストだ。どちらかというと晴さんのように、話しやすいタイプが好きだったから。
 帝さんはちょっと、高嶺の花過ぎる……。


「で、お前が俺を指名してくれたの?」
「あ、はい」
「そっか、サンキュー」
「え?」
 見た目からして怖い人だと思っていただけに、その笑顔で私は肩透かしを食らってしまう。
(この人、こんな風に笑うんだ……)
 一瞬でギャップ萌えにやられる自分がいた。

「何をしけた(ツラ)をしてんだよ。貴重な雄の三毛猫を前に……」
「あ、そうですよね。大変失礼しました!」
「あははは! 冗談だよ、冗談! 別に構わねぇよ」
 すると、突然帝さんが私の方を向いて悪戯っ子のように笑うから、心臓が止まってしまいそうになった。


「あ、そうだ。姫、ここで一つクイズを出してもいいか?」
「クイズですか?」
「そう。俺に関するクイズ」
 帝さんが意味深な笑みを浮かべるものだから、私の心臓はドキドキしっぱなしだ。イケメンの笑顔が、こんなにも心臓に悪いんだということを初めて知った気がする。
 私は緊張の面持ちで「どうぞ。クイズを出してください」と答えた。
 帝さんに関するクイズ……。一体どんなクイズだろうか? やっぱり胸がドキドキしてしまう。
「じゃあ問題を出すぞ」
「はい」
「俺は三毛猫だけど、一般的に言われている、三毛猫の性格は次のうちどぉれだ?」


A.気が強い
B.おっとり
C.警戒心が強い


「さて、どれだ?」
 帝さんからどんなクイズを出されるかと思ったら、なんだ、こんなクイズか……。身構えていた分、一気に緊張から解放された気がする。
 こんなの簡単よ! だって帝さんを一目見れば、すぐにわかってしまうもの。私は自信満々に答えたわ。
「三毛猫の性格は、Aの気が強いです」
「おお! 大正解! 凄いじゃん。三毛猫は気が強いとか、マイペースって言われることが多いんだ。あと、俺はよく、晴さんに口が悪いって怒られるんだよね」
「晴さんにですか?」
「そう。どうしても思ったことをつい口に出しちゃうんだよなぁ。全く悪気はないんだけど……」
「ふふっ。帝さんは、やっぱり三毛猫ですね」
「まぁ、俺は別に気にしてないけどね。こんな俺だけど、仲良くしてくれよな」
「はい」
 帝さんのマイペースな雰囲気に、自分の荒んだ気持ちが少しずつ丸くなっていくのを感じる。
(こんな風に、人目を気にせず、自分らしく生きていけるって素敵だな)
 私はそう感じていた。
 もしかしたら、私の緊張をやわらげるために、帝さんはわざわざこんなクイズを出してくれたのかもしれない。


「今日なんかあったのか? さっき、晴さんから少しだけ聞いたけど」
「あ、はい。担当と色々ありまして」
「なるほどな。でもホストなんて腐るほどいるからさ、あんまりメソメソすんなよ。こっちまで気分が落ち込んでくる」
「す、すみません……」
「嫌なことは飲んで忘れろ。まぁ、これジュースだけどさ」
 私にリンゴジュースが入ったグラスを手渡しながら、帝さんが微笑む。
 この人、いい人なのか、嫌な人なのかがわからない……。私の頭は混乱してしまいそうだ。
 そんな私に、帝さんが声をかけてくる。


「あ、そうだ。俺にご褒美頂戴? 勿論、俺の好物、覚えてるだろう? 三つの中から選べよな」


A.高級なピューレ状のおやつ
B.高級なカリカリ
C.高級なねこじゃらし


「まさか、忘れてないよな?」
 帝さんはそう言うと、ニヤリと口角を上げながら私の顔を覗き込んでくる。
(くぅー! イケメンに意地悪されるって、こんなにも幸せなの!?)
 私は溢れ出しそうな涙を堪えながら、メニューを指さす。
「帝さんが好きなのは、Bの高級なカリカリですよね?」
「おー、正解! 見た目より馬鹿じゃないんだな?」
 三色の耳が嬉しそうにピクピクッと動く。
 もう何とでも言ってください。
 帝さんにならなんと言われても、神の思し召しにしか聞こえません。
「じゃあ、遠慮なくいただくな」
「はい。召し上がってください」


 帝さんはテーブルの上に置かれていた、ガラスの器からカリカリを一つ取り出すと「美味い」と食べ始める。
 きっと彼には、もう私なんて見えていない。カリカリに夢中になっているはずよ。
 でもそれでいい。その美しい姿を拝見できるだけで……。
 余程カリカリが美味しいのか、帝さんはカリカリといい音をたてながら、黙々と食べている。時々揺れる三色の尻尾が可愛らしい。


「あ、そういえばお前がいたんだっけ?」
「え? はい。先ほどからいましたが……」
「悪ぃ。接客中だっていうのを、すっかり忘れてた。また晴さんに怒られちまうとこだった」
 帝さんが私の方を向いてにっこりと微笑む。初めて見た帝さんの笑顔に、私の胸がギュッと締め付けられた。
「忘れてたお詫びにこれやるよ」
「え? でも……」
「これ、人間も食えるやつだから。一つやるよ」
「え? え? で、でも……」
「いいから、口開けてみ?」
「はい? 口を、ですか?」
「うん。お前、口以外から飯を食うの?」
「あ、いや、そういうわけじゃ……」


 もしかしてこれは俗に言う「あーん」というやつでは?
 「あーん」は恋人同士にしか許されない行為のはず。それを帝さんにしていただけるなんて、罰が当たってしまう……。
 私が試行錯誤していると「いいから、大人しく俺の言うことを聞けって」と帝さんがニヤリと笑う。
 その笑顔に吸い込まれるように口を開ける。恥ずかしくて、ギュッと目を閉じてその瞬間を待ちわびた。
「ほら」
 その声と共に、ひとつだけカリカリが口に放り込まれる。
 恐る恐る咀嚼すると、本当だ。すごく美味しい……。
「あははは! さっきのお前の顔、超不細工で笑えた!」
「な、え、ひどい!」
「でも、楽しかったな」
「……え? 楽しかった?」
「うん。超楽しかったよ」


 帝さんは本当にマイペースで、思ったことは口に出すし、客である私を忘れるし、失礼にも程がある。
 でも、彼の笑顔はやっぱり特別だ。
 彼がこちらを向いてふっと笑った瞬間、その表情から光が溢れ出す。
 冬の朝の光のように透き通っていて、それでいて心の一番奥まで温かくしてくれるような、純粋で無防備な笑顔。
 その輝きに射すくめられた私は、言葉を失い、ただ鼓動が速まるのを感じた。


 その時、遠くからチリンチリンとベルが鳴る音がする。それを聞いた帝さんが、少しだけ残念そうな顔をした。心なしか耳が垂れ下がっている。
「もう十分経ったみたいだな。俺との時間はこれでお仕舞だ」
「え? もうですか? 私、もっと帝さんとお話してみたかった」
「それは、俺も同じだ」
 突然帝さんの顔から笑みが消える。
 その真剣な瞳に、思わず吸い込まれそうになってしまった。
 そして急に腕を引かれ、帝さんとの距離が一気に縮まる。「え……」と思う間もなく、そっと耳打ちされた。


「俺を『送り』に選べよ。そうしたら、もう少しだけ俺と二人きりになれるから」
「帝さん……」
「そしたら、気持ちいいことしてやるよ」
「え? 気持ちいいこと?」
「そう。いい子いい子、してやる。じゃあ、またな」
 帝さんは笑顔で私に手を振りながら、扉の向こうに消えていってしまう。
 耳打ちされた耳が熱くて、私は両手で耳を抑えた。
「ヤバイ……死んじゃうかも……」
 私の心臓はドンドンと太鼓のように高鳴り、今にも外に出てきてしまいそうなほど、ドキドキしていた。


 では姫、この後はどうされますか?


1.他のホストには会わずにこのまま帰る⇒気をつけてお帰りください。またのお越しを心よりお待ちしております。

2.他のホストには会わず、帝を送りに指名する⇒14ページに進んでください。
 
3.次のページのYUKIと話をする⇒6ページに進んでください。

4.もう一度会うホストを決めたい⇒猫本のページへお戻りください。


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