いらっしゃいませ、お姫様 ―Kitty Catへようこそ―


「私を送りに選んでくれてありがとうございます」
「いえ、私が星七さんと一緒にいたかっただけですので……」
「本当ですか? 嬉しいなぁ」
 私が送りに選んだのは星七さんだった。
 どうしてもまた、星七さんに会いたくなってしまったのだ。
 私が送りに選んだことが嬉しいのか、フワフワの耳がピクピクと動く。そんな姿も可愛らしい。


 星七さんの周りの時間だけ、ゆっくり流れているように感じられる。
 彼の話し方はまるで、春風のように優しいし、私を見つめる瞳は夜の海のように穏やかだ。
 だから、星七さんといると落ち着く。
 それは、私の汚れた心を浄化してくれているようだ。
(なんて心地いいんだろう)
 星七さんと一緒にいる時は本当の自分でいられる気がする。
 だから、私は送りを星七さんに選んだのだ。


「あ、姫。雪が降ってきましたよ」
「本当だ。綺麗……」
 星七さんの言葉に私が空を見上げると、白い粉雪がひらひらと舞い落ちてきていた。
 舞い降りた粉雪が、星七さんの綺麗なグレーの髪に音もなく落ちて、スッと消えていく。
(綺麗だなぁ)
 私はそんな光景に思わず視線を奪われる。
 星七さんは、本当に綺麗だ。
「あ、姫の髪が濡れてしまいます」
「だ、大丈夫ですよ! 健康だけが取り柄ですから」
「でも、風邪を引いたら大変です」
 そう言いながら、星七さんは私の髪についた雪を、そっと払ってくれた。


「そう言えば、今日が初雪ですね」
「そう言えばそうですね。初雪を星七さんと見られるなんて、幸せです」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」
 星七さんが少し頬を赤らめながら笑う。それからこう話を続けた。
「初雪を二人で見ると、恋が叶うっていうジンクスを知っていますか?」
「恋が、叶う……」
「そうです。恋が叶うといいですね……」
「……え……?」
 星七さんは空を見上げた後、深く息を吸う。それから、私を穏やかな眼差しで見つめながら言葉を紡いだ。
 でも、その目にはいつもとは違う強い光も宿っている気がして、私は何かが起こるのを感じていた。そして、彼の唇から溢れ出した言葉が、私の心を揺さぶった。

 
「私、本当はあなたを帰したくありません」
「え?」
 その言葉は静かだったけれど、私の世界を一変させた。
 普段は自分の心を押し殺しているような彼が、こんなにも勇気を出して、私と向き合ってくれているのだ。
「あなたと、もっと一緒にいたい」
「星七さん……」
 震える声で伝えてくれた言葉は、驚くほどか細くて、今にも消えてしまいそうだ。
 それでも、心臓の音がうるさいくらいに胸を叩いてくる。
 星七さんの言葉が嬉しくて、一瞬視界が歪む。
 けれど、不思議と胸の中がポカポカと温かかった。


「でも、そんな我儘言っていられないですよね。雪が降っているから、あなたが濡れてしまいます。私が送って差し上げられるのはここまでです」
「星七さん、私も……」
「それ以上はどうか言わないでください。私の決心が鈍ります」
 星七さんのフワフワの耳が、まるで闇夜に溶け込むように垂れている。そんな切なそうに顔を歪める星七さんも、とても綺麗だ。
 それから星七さんは、私に「シーッ」というジェスチャーをして見せる。それから、ふわりと笑った。
「最後くらい、笑ってお別れしましょうね」
「……はい」
 

(あ、いつもの星七さんの笑顔だ)
 最後にこの笑顔を見られて良かった……。
 これで、笑って「さよなら」ができるね。
 先程まで垂れ下がっていた耳も、いつもみたいにピンッと立っている。私はその耳にそっと手を伸ばし、心を込めて撫でた。
「擽ったい」
 そう言いながら、星七さんが笑う。

「では、また」
 いつも温和な星七さんの声に、寂しさが籠っている。
 彼の目をもう一度見つめると、とても寂しそうで……。私の胸が引き裂かれんばかりに痛む。
(本当はもっと一緒にいたかった)
 心の奥がギュッと締め付けられる。
 私が話をするだけではなくて、星七さんの話を聞いてみたかった。
 本当は、もっと彼の傍にいたかった。 
 でももう、これでお別れだ――。


「気を付けてくださいね」
「はい」
 私は星七さんに背を向けて歩き出す。
 星七さんからはたくさんの笑顔と優しさをもらった。それは、私が一番欲しいものだった。
 だから、星七さんには感謝してもしきれない。


 最後にそっと振り返ると、いつも見たいに穏やかな笑みを浮かべる星七さんがいた。
 私に向かい「また、お会いしましょうね」と手を振ってくれている。
(もう振り返るのはよそう)
 私は星七さんに手を振って、一歩、また一歩と歩き出す。
(今度は、絶対に振り返らない)
 さよなら、星七さん。
 さよなら、Kitty Cat――。
 私は扉を開けて、外の世界へと、その一歩を踏み出した。


 ここまで読まれた方は、エピローグ1まで進んでください。


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