「姫、ぼくを送りに選んでくれてありがとう!」
「そんなことないよ。蓮君凄く元気だったから、私どうしても、もう一度会ってみたくて……」
「本当? 嬉しいなぁ! あ、姫、雪だ。雪が降ってきたよ!」
「本当だ! 綺麗ね」
蓮君が空を見ながら嬉しそうに笑う。
そう、私はこの笑顔に会いたかったんだ。この子どものように無邪気な笑顔に……。
私の汚れている心だとか、思考を全て綺麗にしてくれる。蓮君は、そんな不思議な魅力を持っている子だ。
だって、まさかホストクラブで鬼ごっこをするとは、思わなかったもの。
「雪が積もったら、姫と雪合戦をしたり、雪だるまを作りたかったなぁ」
蓮君が少しだけ俯きながら、寂しそうに笑う。
(そっか。私たちは雪が積もるまで、一緒にいることができないんだ)
そう考えると、急に寂しくなってきてしまう。
(楽しかっただろうなぁ。蓮君との雪遊び……)
色々なことを想像すると、なんだか泣きたくなってしまった。
「私も蓮君と雪遊びしたかったな」
「姫……」
「大きな雪だるまを作りたかった。凄く凄く大きいやつ!」
でも、それは叶わない夢だって知っている。だって、私たちはこれでお別れなんだから。
だけど、こんな我儘、最後くらい言わせてよ……。
「うーん」
私の我儘に困ってしまったのだろうか? 蓮君が首を傾げて何か考え込んでいる。それから、「あ、そうだ!」と薔薇が咲いている庭園に向かって走って行ってしまった。
(蓮君、何をしようとしてるんだろう)
私が蓮君の手元を覗き込むと、薔薇の葉に積もった雪を一生懸命集めて何かしている。
雪を触っている蓮君の指先は真っ赤になってしまっていて、自分が我儘を言ってしまったことを後悔してしまう。
それから、蓮君が私の方を嬉しそうに振り返った。
「はい、姫。雪ダルマだよ!」
「え?」
「姫が言うような大きな雪だるまはできなかったけれど、今日はこれで我慢してくれるかな?」
「蓮君……」
蓮君の手の平に乗っている雪だるまはとても小さくて、今にも消えてしまいそうだ。
でも、蓮君みたいにとても可愛らしい。
「今度、このお店に来てくれた時に、もっと大きな雪だるまを作ろうね!」
「……うん。そうだね」
蓮君の『今度』という何気ない言葉が、薔薇の棘のように私の胸に突き刺さる。
果たして、今度はあるのだろうか?
私たちは、また再会できるのだろうか?
そう思うと、急に寂しさが押し寄せてくる。
だって、私、また蓮君に会いたい。
「じゃあ、姫。ぼくが送ってあげられるのは、ここまでだから」
「そっか……」
「猫じゃらしで遊んだり、雪だるまを作ったり楽しかったね」
「うん」
蓮君の手に触れると氷のように冷たい。
私の為に、頑張って雪だるまを作ってくれたんだね。
胸がキュッと締め付けられて、蓮君への感謝の気持ちが溢れ出してくる。
「こんなに冷たい手になっちゃって……」
「別にいいんだよ。姫が喜んでくれれば」
「ありがとう、蓮君」
蓮君の冷たい手を握り締めると、そっと優しく、その手を振り払われてしまった。
「じゃあ、またね」
いつも元気な蓮君の声に、寂しさが籠っている。
彼の目を見ると、少しだけ輝きが消えている。耳も尻尾も垂れ下がって、いつもの元気な姿とは違って見えた。
雪が降り続いて、すこしずつ蓮君の足元に雪が積もっていく。
(でも、これじゃあまだ、雪だるまは作れないね)
私は悲しくなってしまう。
蓮君は降り続ける雪を見上げながら、少しだけ立ち止まる。私は何も言えずに、ただ蓮君の横に立ち尽くす。
そんな蓮君が少しだけ、大人びて見えた。
本当は、もっと彼の傍にいたかった。
彼の足跡が雪に埋もれていくのを見ながら、私の心も冷えていく。
その時――。
「気を付けてね」
少しだけ寂しそうな顔をした蓮君に背中を押された。
蓮君も寂しいのだろうか、三角の耳と尻尾が垂れ下がっている。
「うん、またね」
私は蓮君に背を向けて歩き出す。
蓮君からはたくさんの笑顔をもらった。
感謝してもしきれないよ。
最後にそっと振り返ると、いつも見たいに元気に笑う蓮君がいた。
私に向かい「じゃあね」と手を振ってくれている。
(もう振り返るのはよそう)
私は蓮君に手を振って、一歩、また一歩と歩き出す。
(今度は、絶対に振り返らない)
さよなら、蓮君。
さよなら、Kitty Cat――。
私は扉を開けて、外の世界へと、その一歩を踏み出した。
ここまで読まれた方は、エピローグ1まで進んでください。
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