「姫、僕を送りに選んでくれてありがとう」
「うん。だって私ももう少しだけ、蒼月君と一緒にいたかったから」
「本当に? 嬉しいなぁ」
少しだけ先を歩く蒼月君が嬉しそうに笑う。その時チラッと見えた白いフワフワの毛が、彼は特別な存在なんだと感じさせられる。
私が送りに選んだ相手は、蒼月君だった。
「ねぇ、暗闇に出たら、蒼月君が見えなくなっちゃわない?」
「そうなんだよ! たまに晴さんたちに踏まれちゃうこともあるし」
「本当に? 面白い!」
「笑い事じゃないよ! この前は尻尾を踏まれて、本当に痛かったんだから」
「なにそれ面白い!」
蒼月君には申し訳ないけど、私はお腹を抱えて笑ってしまう。
それを見た彼が「ひどいなぁ」なんて唇を尖らせていた。
でも、そんな姿も可愛らしい。
「あ、姫。雪が降ってきたよ」
「本当だ!」
「今度は逆に見つかりやすくなっちゃうなぁ」
「フフッ。黒猫って、色々大変なんだね」
「まぁね。でも、雪が降るとなんだかワクワクしちゃうよ!」
蒼月君が空を見上げながら、意味深そうに笑う。
そんなミステリアスな雰囲気が、彼には ある。それはやっぱり、蒼月君が黒猫だからだろうか?
蒼月君は、子どものようにも、大人のようにも見える。
子どものようにはしゃぐときもあれば、嫌に大人びて色気を感じることもある。でも、そのギャップが私には堪らないのだ。
真っ暗闇の中で揺らめく尻尾が、とても綺麗で……。私はほんの少しだけ見つめてしまう。
その時、蒼月君の手が、そっと私の指に触れた。
冷たいと思っていたはずの手の平が、想像以上に熱を持っていることに気付かされた。
「今日会った時、もし僕を送りに選んでくれたら『本当の僕』を見せてあげるって、約束したじゃない? 覚えてる?」
「うん。覚えてるよ。私、本当の蒼月君を知りたいよ」
「本当の僕はね……」
その言葉の後、私は蒼月君に手を握られる。
びっくりした私は、反射的に手を引こうとしたけれど、彼の熱が私を留めた。
いつの間にか指と指とが絡み合う。その小さな接触が、私の中の何かに点火したみたいに、全身を電流が走り抜けた。
「本当の僕は、凄く甘えん坊なんだ」
蒼月君のその言葉に、顔が熱くなるのを感じる。
繋がれた手の平から、彼の覚悟や戸惑いまでが伝わってくるようで――。
私はただ、目を伏せることしかできなかった。
蒼月君も照れくさいのか、耳が蕩けたように垂れ下がっている。そんなところも、凄く可愛い。
「寒くない?」
「うん」
「よかった。手を繋いでると、温かいね」
「そうだね」
そんな蒼月君の優しさが嬉しくて、泣きたいくらい胸が痛くなった。
「じゃあ、姫。僕が送ってあげられるのは、ここまでだから」
「そっか……」
「じゃあ、手を放すね」
「うん」
蒼月君の手が私の手から離れた瞬間、何とも言えない寂しさに襲われる。
あの温もりがもう一度欲しい、心がそう叫んでいる。
でももう、お別れの時間なんだね。
「じゃあ、またね、姫」
さっきまであんなに寂しそうな顔をしていたのに、今はいつもの蒼月君に戻っている。
でも、耳と尻尾が垂れ下がっているから、本当は寂しいって思ってくれていることがバレバレだよ。
(もう、強がっちゃって……)
本当は甘えん坊なのに強がる彼の姿が、私の胸を締め付けた。
雪が降り続いて、すこしずつ積もり始めている。
だから、蒼月君の姿がよく見えるね。
つい先ほどまで私に甘えていた彼が、ゆっくりと距離をとる。
手を繋いでいた時の温もりが消えていく寂しさと、冬の空気が入り込んでくる冷たさ。
蒼月君は何も言わずに、ただ私を見つめている。
甘えん坊の彼なら「行かないで」って子どもみたいに袖を引くだろうに、今の彼の瞳には言葉にならない決意が滲んでいて。
私はもう一度蒼月君に歩み寄ることができなかった。
繋いでいた手の平から、少しずつ熱が逃げていく。その『隙間』がもう埋まることのない距離なんだって、体が理解していた。
「気を付けてね」
少しだけ寂しそうな顔をした蒼月君に背中を押された。
「うん、またね」
私は蒼月君に背を向けて歩き出す。
蒼月君からは、たくさんの笑顔をもらった。
それから素直に甘えられることが、頼られているみたいで嬉しかった。
蒼月君には、感謝してもしきれないよ。
最後にそっと振り返ると、いつものように元気に笑う蒼月君がいた。
私に向かい「じゃあね」と手を振ってくれている。
(もう振り返るのはよそう)
私は蒼月君に手を振って、一歩、また一歩と歩き出す。
(今度は、絶対に振り返らない)
さよなら、蒼月君。
さよなら、Kitty Cat――。
私は扉を開けて、外の世界へと、その一歩を踏み出した。
ここまで読まれた方は、エピローグ1まで進んでください。
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