「まさか、私を送りに選んでくれるとは……。あなたも大分変わり者ですね?」
「いえ、仕事もできてイケメンで、非の打ちどころもないYUKIさんが、猫じゃらしに反応しちゃう姿が可愛らしくて……。そのギャップにやられてしまいました」
「あ、あれは、猫の本能ですから! いいですか? あれは私の本当の姿ではありません!」
「ふふっ。そうですよね」
そう言いながらも頬を赤らめるYUKIさんを、可愛いと思ってしまう。
いつも耳と尻尾をピンと立たせ、隙のないYUKIさんの可愛らしい姿を見て、ギャップ萌えをしない女の子はいないだろう。
「あ、姫。雪が降ってきましたよ」
「本当だ。綺麗」
「薔薇園の薔薇にも、うっすらと雪が積もって綺麗ですね」
「本当ですね。……クシュン」
私は寒くなってしまい、体を縮こませる。「担当を問い詰めてやるんだ!」と息巻いて家を出たため、薄着で出て来てしまったのだ。
今思えば、それも本当に馬鹿な話なのだけれど……。
「姫、寒いですか? では、どうぞこちらに」
「え?」
私は考える暇もなく、YUKIさんが着ていたコートの中に引き込まれていた。
背中に感じるYUKIさんの体温と、高価そうなコートがとても温かい。
気持ちがよくて、私はYUKIさんにそっと体を寄せる。すると、YUKIさんの鼓動が聞こえてきた。
きっと、こんな風に女の子と接する機会が少なかったのかもしれない。YUKIさんの鼓動がどんどん速くなっていくのを感じた。
その不器用なりに、私に寄り添ってくれる優しさが、堪らなく嬉しい。
そして突然、腰に白い物が巻き付いてくる。
(え? なにこれ?)
私は突然の出来事に驚いてしまい、それがYUKIさんの尻尾だとわかるまでに、少しだけ時間がかかってしまった。
私がびっくりしていると、YUKIさんが耳元で囁いてくる。
「白猫は警戒心が強いけれど、一度心を許した相手には一途なんです。これは、『あなたを独占したい』という私の意思表示ですよ」
「そんな……」
腰に巻き付いた白い尻尾を見ていると、少しずつ体が火照っていくのを感じた。
「これで寒くないですか?」
「はい……」
「よかった」
初めてYUKIさんを見た時には、インテリっぽくて、冷たそうな人だな……って勝手に思っていた。
でも、YUKIさんはとても優しい。ただ、不器用なだけなんだって気が付いた。
「姫、そろそろお別れの時間です」
「え? でも、私もっとYUKIさんと一緒にいたいです」
「そう言ってもらえて私も嬉しいですよ」
YUKIさんがにっこりと微笑む。こんな風に笑うYUKIさんを見たのは初めてで、私の胸が甘く締めつけられる。
「初めて姫と会った時、申し訳ないのですが、『面倒くさそうな小娘が来た』と思いました」
YUKIさんが「すみません」といったような顔で肩をすくめる。その仕草を見て、真面目で、誠実な人だな、と思った。
「でも今は違います。もう姫が帰ってしまうことが寂しくてなりません」
「YUKIさん……」
「いや、引き留めるつもりはないのです。姫にも予定があるでしょうから」
YUKIさんはそう言いながらも、コートの中に私を閉じ込めたままだ。この温もりを手放せば、二度と会えないのではないか、と案じているように。
「外は寒いから気を付けて帰ってくださいね。姫が無事に帰れたかどうか、今夜は落ち着かなそうです」
「そんな。子どもじゃないんだから……」
「それだけ、姫が大切って言うことです」
いつもは理性的で、感情を完璧にコントロールしているであろう彼が、ほんの一瞬だけ見せた、独占欲に切ない弱さ。それが堪らなく愛おしい。
「でも、そうですよね。もう子どもじゃないんだから、一人で帰れますよね?」
「はい」
YUKIさんは急に恥ずかしくなったのか、私からそっと体を離す。
腰に巻き付いていたフワフワの尻尾も、遠くへ行ってしまった。
突然寒さに襲われた私は、体だけでなく、心まで凍り付いてしまいそうになる。
「では気を付けてお帰りください」
「はい。YUKIさん。色々とありがとうございました」
「いえ、とんでもない」
YUKIさんは照れ隠しなのか、いつもの『非の打ちどころのない紳士』の表情に戻ってしまっていた。
でも、その瞳の奥には、自分自身の寂しさを呑み込もうとする、揺れる光が残っていた。
「お気をつけて」
少しだけ寂しそうな顔をしたYUKIさんに背中を押された。
「はい。ありがとうございました」
私はYUKIさんに背を向けて歩き出す。
YUKIさんは本当にインテリ系で不器用な人だ。でもその不器用なりに、精一杯私と向き合ってくれたことが、本当に嬉しかった。
あんなに大好きだった担当が、クズ男に思えるほどに……。
最後にそっと振り返ると、いつものように背筋をピンと伸ばし立っているYUKIさんがいる。その姿は、自信と誇りに満ち溢れているように感じられた。
まるで彫刻のように美しい。
「では、またのお越しを」
最後まで真面目な彼は、私に向かい深々と頭を下げてくれる。
(もう振り返るのはよそう)
私はYUKIさんに一礼してから、一歩、また一歩と歩き出す。
(今度は、絶対に振り返らない)
さよなら、YUKIさん。
さよなら、Kitty Cat――。
私は扉を開けて、外の世界へと、その一歩を踏み出した。
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