いらっしゃいませ、お姫様 ―Kitty Catへようこそ―


「やっぱり俺を送りに選ぶと思ってたぜ」
「しょうがないじゃないですか? やっぱり№1はかっこいいですもん」
「まぁ、これが俺の実力ってことかな」
 私に向かって、ウィンクなんて普通ではあり得ないことをしてくるけれど、彼がやると胸がときめいてしまうから不思議だ。
 耳と尻尾が今にも踊り出しそうに揺れている。
(結局ホストは顔なのかなぁ……)
 悔しいけれどそう思ってしまう。


「でもさ、№1を取り続けるのも大変なんだぜ?」
「え?」
「お前の担当がどれだけ売れてるかなんて知らないけど。俺は、いつもナンバーを落としちゃいけないって心を砕いて。でもそれを見せたらいけないって虚勢を張ってさ。時々それが疲れちまう。だって帝は、いつも一番でいなければいけないんだからさ」
「そっか。№1には№1の苦労があるんですね」
「そういうこと!」
 帝さんは足元に積もった雪で雪玉を作り、それを空高く放り投げる。
 私はその様子をただ黙って見つめていた。
 初めて見た帝さんの本音に胸が締め付けられる。№1でいることの大変さなんて、姫である私にはよくわかっていなかったのかもしれない。ただ、担当のナンバーが上がること、指名本数を増やすことだけに必死になっていたから。
 初めて見せる王者の弱さに私の心は震える。
(もしかして、私だから弱みを見せてくれたのかな?)
 なんて勘違いをしてしまいそうだ。


 真っ白な雪が降り積もる中、真っ赤な薔薇が咲いている庭園を歩く帝さんは、本当に綺麗だ。
 この瞬間を切り取って、写真として残したいくらい……。
 そんなことを思っていると、帝さんが突然私に向かって笑いかける。
 その笑顔が本当にかっこよくて、私の心臓は止まりそうになってしまった。


「そうだ、俺を送りに選んでくれたら、『気持ちいいこと』してやるって約束したよな?」
「き、気持ちいいこと?」
「あ、お前、今一瞬エロいこと考えただろう?」
 帝さんの言う通りで、私は一瞬卑猥な想像をしてしまった。
 一気に頬が熱を帯びたから、慌てて冷たくなった手で自分の頬を冷やす。
「ほら、来いよ」
「え?」
「だから、抱っこしてやるから来いよ」
「でも……」
「いいから来いって言ってんの」
 帝さんはそう言うと、少し乱暴に私の体を引き寄せる。気が付いた時には、私は帝さんの逞しい腕の中だった。
(こ、これはヤバイ……)
 私は未だかつて、これほどまでのイケメンに抱き締められたことがない。
 そんな私の心臓はうるさいくらいに鳴り響き、今にも止まってしまうのではないか? と心配になった。


 帝さんはそんな私を見て「あははは! 面白ぇ!」と声を出して笑っている。
 私は勇気を振り絞り、帝さんの腰に腕を回した。
「また寂しくなったらここに来いよ」
『また』なんて、本当にあるのだろうか?
 そう思うと、心の奥がギュッと締め付けられる思いがした。
「姫はいい子だな。俺も、また会いたい」
「本当ですか?」
「本当だ」
 その言葉が嬉しくて、私は帝さんにしがみつく腕に力を籠める。
 この言葉がホストのリップサービスでも構わない。今だけは、帝さんの魔法にかかってしまおう……。そう思った。
「いい子だな」
 帝さんの大きな手が、私の頭を優しく撫でてくれた。私はその手が気持ちよくて、うっとりと目を細める。
 帝さんは約束を守って「いい子いい子」してくれた。
 それに、こんなにも気持ちがいい。
 でも、こんな時間が長くは続かないなんて、私は知っている……。


「じゃあ、そろそろ送ってくよ」
「はい」
「よし、じゃあ行くか?」
 帝さんは、いつも不敵に笑っている。そして、何があっても動じない強さも併せ持っている。
 その強さとしたたかさで、彼は常に№1に君臨しているのだろう。
「また、すぐに会えるだろう?」
 そう言いながら、帝さんは私から体を離す。
 それからにっこり笑って、私に向かって手を振った。
 だけど、彼の瞳の奥に一瞬、寂しさが見えた気がした。
 それは、まるで雪の結晶のように、触れたら溶けてしまいそうな繊細な想い。
 そんな帝さんの表情を見たら寂しくなってしまって、ずっとここにいたいと思った。


 でも、本当は私とお別れするのが寂しいんじゃないの?
 だって、誇り高かった耳と尻尾が垂れ下がっているもの。
 まるで、迷子になってお母さん猫を探す子どもみたい……。
 そんな帝さんを、置いて帰ることなんて、私はできない。


「帝さん、私、まだここにいたいです」
「それは駄目だ」
「嫌だ。私、ここにいたい」
「いいから、もう行けって」
「でも……」
「ほら、行けよ」
 私の気持ちに勘づいたのか、帝さんが私の背中をそっと押す。
 私は後ろ髪を引かれる思いで歩き始めた。


 それでも――。
 最後にそっと振り返ると、ポケットに手を突っ込んで笑っている帝さんがいた。
 もう耳だってピンとしているし、尻尾だって優雅に揺れている。そうよ、帝さんはいつも自信満々でいてほしい。
「もう振り返んなよ、バーカ!」
 そんな憎まれ口さえ愛おしい。
「バイバイ。またな!」
 私に向かい手を振ってくれている。


(もう振り返るのはよそう)
 私は最後に帝さんに手を振って、一歩、また一歩と歩き出す。
(今度は、絶対に振り返らない)
 さよなら、帝さん。
 さよなら、Kitty Cat――。
 私は扉を開けて、外の世界へと、その一歩を踏み出した。


 ここまで読まれた方は、エピローグ1まで進んでください。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆