「星七さん……綺麗な名前だなぁ。きっと星七さんって、名前みたいに綺麗な人なんだろうなぁ……」
私は年下のタイプより、役職がついている年上のホストをいつも指名してきた。
理由は簡単で、年上の幹部の方が仕事もできるし、気か利くから。
でも、人見知りのホストって一体どんな感じだろう。私はみんなでワイワイ楽しく飲むのが好きだから、人見知りのホストなんて想像もつかない。
なによりお金を払ってホストクラブに行って、姫が気を遣うなんて……。ちょっと割に合わない気もする。
そんなことを考えているうちに、廊下を誰かが歩く音が聞こえてきた。
「失礼します。はじめまして」
ドアが静かに開き、大人しい印象の人が入ってきた。
彼の足音は静かで、部屋の空気を揺らすこともない。
瞳に映るのは、柔らかい笑顔と、少し照れたような表情。
部屋の雰囲気は、彼の存在によって柔らかく変わっていく。
「わぁ、綺麗な髪の色……」
猫本に柄はグレーと書いてあったが、その男性の髪もグレーだ。サラサラと揺れる絹のような髪が顔にかかる度に、髪を搔き上げる仕草がなんとも言えず色っぽい。私は、一瞬で彼の虜になってしまった。
灰色の毛で覆われた耳は、少しだけ垂れ下がり、それが更に彼の妖艶さを引き立てている。
「こんにちは、姫。私は星七と申します」
「はい。よろしくお願いします」
「では、失礼しますね」
「はい!」
星七さんが私の隣に腰を下ろしたものの、その距離が異常に空いていることに気が付いて、私は寂しくなってしまう。
馴れ馴れしく近づいてくる人は苦手だけど、遠すぎるのも寂しい。これが彼なりの配慮なのかもしれないけれど、悲しくなってしまう。
「星七さん、もっとこっちに来てください」
「え? でも……」
「姫がいいって言っているんですから、大丈夫ですよ。星七さんが遠くて寂しいです」
「じゃあ、失礼して……」
星七さんの腕にしがみつき、彼を自分の近くに引き寄せる。
なんて大胆なことを……と、冷静になった瞬間思う。でも、私はもっと近くで星七さんの顔を見てみたかったのだ。
星七さんの顔を近くで見ると、想像以上に綺麗な顔立ちをしている。それにとてもいい香りがする。美しいグレーの尻尾が優雅に揺れていた。
その穏やかな表情を見ているだけで癒されるし、なんだか放っておくことができない。
まるで女性のように可憐で、
(私が彼を守るんだ!)
と、変な使命感に駆られてしまった。
それを見た星七さんが、「姫は元気な方ですね」と表情を緩める。その笑顔が透き通っていて、私は彼に吸い込まれそうになってしまった。
ホストクラブの決められた時間、ただ彼の顔を見ているだけでもいいかもしれない。
それはまるで、水族館の水槽を何も考えずに眺めているときの気持ちと似ている。
とにかく、星七さんを見ているだけで癒されるのだ。
すると、突然晴さんが私の方を向いてにっこりと微笑んだから、思わず言葉を失ってしまう。
「姫。リラックスの目的で、ここで一つクイズを出してもいいですか?」
「クイズですか?」
「はい。あ、でも大丈夫ですよ。簡単なクイズですから。そんなに緊張なさらないでください」
星七さんの柔らかな笑顔を見ていると、心の中に淀んでいた汚いものが浄化されていくような不思議な感覚に包まれる。
私は笑顔で「どうぞ。クイズを出してください」と星七さんの誘いに応じた。
一体どんなクイズだろうか? なんだかドキドキしてしまう。
「それでは問題です。私はグレーの毛色をした猫なのですが、一般的に言われている、グレーの毛色の猫の性格は次のうちどれでしょう?」
A.フレンドリー
B.ツンデレ
C.穏やか
「さてどれでしょう? わかりますか?」
星七さんからどんなクイズを出されるかと思ったら、なんだ、こんなクイズか……。
こんなの簡単よ! だって今までの星七さんを見ていれば、一目瞭然だもの。私は自信満々に答えたわ。
「グレーの毛色の猫の性格は、Cの穏やかです」
「わぁ、大正解です。素晴らしいですね。グレーの毛色をした猫は、一般的に穏やかな性格をしている、なんて言われています。でもお恥ずかしいことに、怖がりだったり、警戒心が強い、などとも言われています」
「恥ずかしくなんてないですよ。怖がりだとか、警戒心が強いなんて、可愛らしいじゃないですか? だって、星七さんを見ているだけで癒されますもの」
「そう言ってもらえるなんて、本当に嬉しいです。こんな私ですが、仲良くしてくださいね」
「はい」
星七さんの優しい雰囲気に、心の中のザワザワしていた波が、静まっていくのを感じる。
それなのに、星七さんは申し訳なさそうに俯いた。
「姫、大変申し訳ないのですが、私はホストのくせに人見知りなのです。こんな私と一緒にいてもつまらないでしょう?」
「そんなことないです。星七さんを見ているだけで落ち着きます」
「ふふっ。それは嬉しいです。私は人見知りなのですが、一度仲良くなってしまえば気を遣わずに、普通におしゃべりができるんですけどね」
「へぇ、そうなんですね」
「はい。でも姫は優しそうな方なので、すぐに仲良くなれそうです」
「本当ですか? 嬉しいなぁ……」
「実は私、おしゃべりは大好きなんですよ」
「へぇ……」
なんだろう。星七さんを見ていると無性に『落としてみたい』という感覚に襲われる。
星七さんに自分だけを見ていてほしい、自分だけと仲良くしてほしい。そんな独占欲が芽生えてくるから不思議だ。
星七さんの隣にいるのは自分であってほしいし、その穏やかな笑顔を自分だけに向けてほしい――。
そんなことを思わせる、不思議なタイプの男性だった。
星七さんが近くにいるだけで、体の力がスッと抜けて、嫌なことも全て忘れることができる。私はそんな安心感に包まれた。
「あの……。私、何もできないんですけど、私の好きな物をおねだりしてもいいですか?」
「星七さんの好きな物、ですか?」
「はい。私の好きな物を覚えてくださってますか?」
「えっと、確か……」
「じゃあ、ヒントを出しますね。次の三つの中から選んでください」
A.チキンジャーキー
B.ビーフジャーキー
C.高級なカリカリ
「ふふっ。どれでしょう?」
星七さんはそう言うと、少しだけ楽しそうな顔をしながら私の顔を覗き込んでくる。
(私に少しずつ心を開いているのかな? この少しずつ距離が縮まるパターンも好きかも……)
私は星七さんに見惚れながらも、メニューを指さす。
「星七さんが好きなのは、Aのチキンジャーキーですよね?」
「正解です。よく覚えていてくれましたね。私、とっても嬉しいです」
星七さんの綺麗な三角の耳がピクピクと動く。その透き通るような笑顔が眩しくて、私の胸は高鳴った。
「じゃあ、姫。一つだけいただきますね」
「はい、どうぞ。ぜひ召し上がってください」
「ありがとうございます」
そう言うと、星七さんは硝子の器からチキンジャーキーを取り出す。
どうするんだろう……と、その光景を見ていると、星七さんが突然チキンジャーキーを綺麗に二つに割った。
(え? なんで?)
私がびっくりしていると、星七さんが私に向かって微笑んだ。
「姫、せっかくなら半分こして食べましょう。これは人間が食べても大丈夫なものですから。美味しいので、是非食べてみてください」
「え? いいんですか?」
「はい。 だって二人で食べたほうが美味しいでしょう?」
「ありがとうございます」
「いえいえ。お礼を言うのは、私の方ですから」
その優しい星七さんの笑顔に私は救われた。
星七さんって、優しい……。
「そう言えば姫、先程から時々悲しそうな顔をされるのですが、何かあったんですか?」
「え?」
「私にはわかります。姫が無理して笑っているのが……」
「星七さん……」
「私でよければ話を聞きますよ? あ、大きなお世話だったらすみません」
星七さんは焦っているようだけれど、私は嬉しかった。
私は担当のことを、星七さんには話していない。それなのに、私の小さな心の揺れを感じ取ってくれたこと。
そして、そんな私に、優しく寄り添おうとしてくれていることが――。
きっと星七さんだったら、全てを受け入れてくれる。私はそんな安心感に包まれた。
「星七さん、聞いてください。実は今日、凄く悲しいことがあったんです」
「やっぱり……。大丈夫ですか? 無理はせず話してくださいね」
「はい。でも私、星七さんに聞いてほしくて……」
「わかりました。私でよければ、いくらでも聞きますから。どうぞ話してください」
「ありがとうございます。星七さん、ありがとう……」
子どものように泣き出した私の背中をそっと擦りながら、ハンカチで涙を拭いてくれる。「ハンカチが汚れちゃいます」と言っても「大丈夫です。お気になさらずに」と笑ってくれた。
星七さんは私のくだらない担当との出来事を、真剣に聞いてくれる。
決して私を否定したり、咎めたりせず「そうですか」と静かに耳を傾けてくれた。
星七さんの耳と尻尾は垂れ下がり、星七さん自身も悲しんでくれているようで……。私はそれが嬉しかった。
(私の気持ちをわかってくれているんだ)
そんな風に感じることができた。
星七さんに話を聞いてもらった私の心は晴れ晴れして、いつの間にか涙も止まっていた。
「私に話して、少しは落ち着きましたか?」
「はい。子どもみたいに泣いてすみませんでした」
「いいえ。素直に気持ちを打ち明けてくれたことが、私はとても嬉しかったです」
にっこりと微笑みながら、もう一度背中を擦ってくれる。
この大きな手が、私にどんなに安らぎを与えてくれたことだろうか……。
「すみません。私はこうやって、話を聞いてあげることしかできなくて」
「いえ。今私が望んでいたことは、話を聞いてもらうことだったから。これでいいんです。本当にありがとうございました」
「なら、よかったです」
最後にそっと、私の髪を撫でてくれた。
(星七さんって、本当に優しい)
私は安心して、急に眠気に襲われてしまった。
その時、遠くからチリンチリンとベルが鳴る音がする。それを聞いた星七さんが、寂しそうな顔をした。
「十分経ったみたいなので、私とのお話はこれで終わりです」
「え? もうですか? 私、もっと星七さんと一緒にいたかったです」
「それは私も同じですよ」
私の背中を優しく擦りながら、星七さんが寂しそうに笑う。「もう泣かないでくださいね」なんて耳元で囁かれたら、星七さんのことを好きになっちゃいそう……。
「もしよければ、私を『送り』に選んでください。そうしたら、もう少しだけ私とお話ができますから」
「星七さん……」
彼は少し震えながら俯いたままだ。唇を噛み締め、何度も深呼吸をしている。
そして、ようやく私の目を見つめてくれた。
「私は、誰かのことを好きになったら一途なんです。だから、もう一度あなたと話がしたい……」
「そんな……」
「もっともっと貴方のことを知りたい。そして、もっともっと仲良くなりたいです」
「ありがとうございます。私、とっても嬉しいです」
「本当ですか? それはよかった……」
そう言いながら、星七さんが私に微笑みかけてくれる。
きっと彼なりに、精一杯私に歩み寄ってくれたのだろう。そう思うと、心の中が甘く締めつけられた。
「では、失礼しますね」
星七さんは一生懸命私に想いを伝えてくれた。私はそれがとても嬉しくて、鼓動が少しずつ速くなっていく。
星七さんは深々と私に向かい頭を下げると、扉の向こうに消えていってしまう。
そして部屋の中には、彼の優しさだけが残された気がした。
では姫、この後はどうされますか?
1.他のホストには会わず、星七を送りに指名する⇒19ページに進んでください。
2.もう一度会うホストを決めたい⇒猫本のページへお戻りください。
3.誰も送りに選ばず、このまま帰る⇒では気を付けてお帰りくださいませ。
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