私吉沢琴葉、二十四歳。
世間でいうところの『ホス狂い』だ。
ホス狂いとは何かって? 言葉の通りにホストに狂っている女の子のことよ!
私がホストにハマったのは約一年半前。友達に嫌々連れていかれたホストクラブで、運命の出会いをしてしまったの。
ホストクラブは何もかもがキラキラと輝いていて、まるで夢のような世界だった。
平凡なOL生活を送っていた私からしたら、そこはまるで別世界だったわ。
そしてそこには、大勢のイケメンがいるの。
今までろくな恋愛なんてしてこなかった私は、はじめは驚いたわ。だって、みんながみんな私のことを『姫(※ホストクラブでは、女性客のことを姫と呼ぶ)』と呼んで、本当にお姫様のように扱ってくれるの。
ソファーに腰を下ろせばブランケットを持ってきてくれるし、何も言わなくても目の前にお酒が用意されている。グラスに水滴がつけば、おしぼりで綺麗に拭いてくれるんだから。
みんなが私のことを「可愛い」「スタイルがいい」なんて褒めてくれるの。今までそんな風にちやほやされたことなんてなかったから、最初は抵抗があった。
でも今は「可愛い」と言われ過ぎて、自分って可愛いんだ……。なんて勘違いをするまでになってしまった。
そんな私の目の前に現れた運命の王子様――。
彼を一目見た時、私は一瞬で恋に落ちた。まるでジェットコースターの一番高い所から、一気に落ちたような感覚だったの。
見た目も声も、仕草さえも私のタイプで……。その瞬間から、その人が私の『担当』となった。
それからの私の生活は一変する。
大好きな担当から毎日送られてくるメールに、時間があれば電話だってしてくれる。
担当と待ち合わせをして、彼が予約してくれたお店で食事をしてからホストクラブに行くこともあった。私が行ったことのないような豪華な料理が次々と運ばれてくる……。そんな素敵なお店だった。
担当はいつも優しくて、私のことを「可愛い」って言ってくれた。「琴葉が一番可愛いよ」って。
そんな扱いを受けていると、次第に勘違いをしてしまうの。
――私、この人の特別な存在なのでは? って。
担当はいつも私のことを「一番可愛い」って言ってくれてるし「大切だよ」と言ってもくれる。
だから、私の思い上がりはどんどん加速していった。
――私は他の被り(※同じホストを指名している姫のこと)とは違う。私は担当の恋人だ! なんて……。笑っちゃうでしょう? 昼職しかしていない私が月に彼に使えるお金は限られている。
所謂『細客』ってやつ。
ホストが、見た目もキャリアも全て平凡な私なんかを、本気で相手にするはずがないのよ。
でも私は、頑張って貯めていた貯金を切り崩して、彼の為にホストクラブにも通ったし、高いシャンパンも入れたわ。
他の被りに担当をとられたくない。ただ、その一心だった。
高価なシャンパンを入れる度に、彼は私を褒めてくれるの。『ありがとう。頑張ったね』って。それが嬉しくて、被りに負けたくなくて――。私は必死にお金を使い続けた。
でも、ついにそれも限界を迎えたの。
今まで将来の為に、って頑張って貯めていた貯金も使い果たした。更には「病気になった」って嘘をついてまで、両親から借金をした。
だけど、そんなお金なんて、一瞬で溶けていってしまう。私の金銭感覚は、とっくの昔におかしくなってしまっていたわ。
(もう、夜の仕事を始めるしか……)
私は、ついにそこまで追い詰められてしまう。
太客と呼ばれる子たちは、当たり前のように夜の仕事をしていた。このまま昼職だけでホストクラブに通い続けていれば、きっと闇金にまで手を染めてしまうことだろう。
(でも、私は彼の彼女なんだ。だから彼を支えないと……!)
そんな衝動に駆られた私は、自分でも信じられないくらいの行動力を発揮した。
男性経験なんてほとんどないくせに、風俗のお店の面接を取り付けたの。
でも全然不安なんて感じなかった。むしろ、「これでもっと彼の役に立てる!」って誇らしい気持ちだった。
これでもう『細客』なんて言わせない。ううん。私は担当のエースになるんだ! 意気揚々と面接を受けに行く前日、事件が起きたの。
なんとある掲示板に、彼がラブホテルで眠っている写真が掲載されたの。
きっと被りが、「私は彼に枕をしてもらったんだ」と他の被りを牽制したのだろう。
私はその写真に、大きな衝撃を受けた。
その寝顔があまりにも可愛くて、私のプライドがズタズタに切り裂かれていく。
心の中の糸がプツンと切れたような気がしたわ。それから目の前が真っ暗になって、彼への愛情がガラガラと音をたてて崩れていくのを感じた。
(え? 一体この写真は何?)
(彼は、枕営業なんて一切しないって言っていた。それに私は、彼に抱かれたことなんてない)
(待って、ちょっと、待って。一体どういうこと? 彼は枕営業をしてるってこと?)
私の頭の中は真っ白になり、パニックに陥ってしまう。
過呼吸を起こしそうになり、その場にしゃがみ込んだ。
彼は、私が一番だなんて言いながら、被りと枕をしていた……。
ナンテ、ヒドイ ウラギリナノ?
もう一度その写真を確認する。間違いない。ラブホのベッドで寝ているのは私の担当だ。
「どうして? 私が一番可愛いって言ってくれたじゃない?」
涙がボロボロと溢れ出す。
(一体私は彼にいくら貢いだと思っているの?)
貯金だって使い果たしたし、夜の仕事を始めるために今まで勤めていた会社も辞めた。
(今の私には、何も残されていない……)
悔しさが大波のように押し寄せてくる。心はナイフで引き裂かれたかのようにボロボロだ。
でも、まだ担当を信じたい自分もいる。
「確かめに行こう」
私は着替えをして、簡単にメイクをする。
今の私にはオシャレをして、ばっちりメイクを決めて、担当に「可愛いね」って褒めてもらいたいなんて気持ちはない。
ただ、真実を知りたい。それだけだ。
心臓の奥底から、熱い血が絶えず流れ出ているような深い傷。その痛みは、息をする度に体中に走り、私の体を動けないほどに引きずり込む。
「彼に会って、真実を聞きたい!」
何度拭っても止まらない涙をもう一度手の甲で拭う。
バッグを掴み、パンプスに足を突っ込む。なかなか上手く履けなくて、更にイライラが募る。
「ホストクラブに行って確かめないと!」
私は無我夢中でアパートの扉を開けた。
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