朝の十分〜友達よりも大切な彼〜

 それから俺たちは、思い切り遊んだ。
 香山の父に宣言したように、ゲームセンターに行って、カラオケに行って、バッティングセンターにも行った。何なら晩御飯まで食べて、既に二十時前だ。完全に日が落ちている。
 『連絡さえすれば自由にしていい』それが我が家のルール。他で通じないのは勿論承知の上で、今も帰路に着きながら後悔している。
「どないしよ……ごっつ怒られるよな?」
「怒られるのは同じって言ってたじゃん」
「せやけど、あの時は感情のままやったし……いざ冷静になるとなぁ……連れ回して悪かったな」
 香山は、隣で首を横に振った。
「ううん。楽しかった」
「ほんなら良かったけど」
「それに、どうせあの人達は帰ってこないんだから。僕は真希さんに注意を受けるだけだよ」
 真希さん……多分、お手伝いさんのことだろう。しかし、監視までする父親が帰って来ないとは一体? そして、母親は?
 怪訝な顔で首を傾げれば、香山が月を見上げながら言った。
「両親は、契約結婚なんだ」
「契約……結婚?」
「父は後継が欲しい。母はお金が必要だった。二人の間に愛はない」
「うわ、複雑。ほんで?」
「僕をあの家に置いて、二人はそれぞれ愛人の元に通ってる。だから、僕はあくまでも父の駒でしかないんだ。愛があって縛りつけてる訳じゃない」
「香山ぁぁぁ」
 ウルッときた俺は、香山に抱き付いた。
「ちょ、何!?」
「俺、そんなんドラマでしか見たことないわ。ほんまに、あるんやなぁ」
 香山は鬱陶しそうに押し退けながら、俺の腕から逃げ出した。
「ドラマを見ないから分かんないけど、そういうのってどうなるの?」
「えっとなぁ、俺の知っとるのでは大抵…………」
 過去のドラマの数々を思い出し、俺は香山の顔をじっと見つめた。
「な、なに!?」
「結局そういうのって、恋愛ドラマやん?」
「いや、知らないし」
「せやからな、こう」
 香山の両肩を持って、顔を近付ける。
「は、ちょ、冴島!?」
 残り十センチ。キスしようとしたら、パシンと叩かれた。
「痛ッ」
「な、何しようとしてんのさ!」
「いや、キスしたら丸く収まるんかなって」
「意味わかんないし」
 痛む頬をさすりながら、ムスッとしながら歩き出す香山を追いかける。
「ちょ、待って。冗談やって。大抵、恋人に心を癒されて、両親とは別の新たな人生歩むんやって」
「だからって、いきなりキスなんて」
「フリやで。さっきのはあくまでフリ。ほんまにする訳ないやん」
 それでも疑いの目は晴れない。けれど、香山は何かが吹っ切れたような顔をした。
「僕もさ、関西弁にしてみようかな」
「え? 急にどないしたん?」
「関西弁って馬鹿みたいだなって使わなかったけど」
「馬鹿って……お前、世の関西人に締めあげられんぞ」
 ごめんごめんと苦笑する香山は、続けた。
「でも、冴島の関西弁ってさ、聞いてるだけで心地良いって言うか……好きだなって」
「え、まさか俺のこと」
「ば、馬鹿! 顔を赤らめないでよ! 違うから!」
 照れる香山は、ちょっと可愛かったりもする。
「もう、そうじゃなくて、関西弁なら冴島がそばにいてくれてるみたいで、父にその……反論できるかなって」
 やっぱり可愛いかもしれない。
「香山ぁぁぁ」
 またもや抱きつけば、お腹を足蹴りされた。
「うッ、案外ガードが固いな」
「もう、鬱陶しいわ。それ、やめてくれへんかな」
「ヤバッ、香山の関西弁。良いかも」
「ほんまに?」
「ほんまほんま。弟が出来たみたいやわ」
「誰が弟やねん!」
 パシンと背中を叩かれた。思いのほか痛かった。
 香山は、関西弁になると攻撃力が強くなるようだ。
「でも、ちょっと照れるね」
 標準語に戻った香山も、それはそれで可愛いかったりもする。
 そうこうしていたら、マンションの近くまで帰って来ていた。
「「はぁ……」」
 現実に戻されたような気がして、溜め息が出た。ただ、同時に出たものだから、それが面白くて、もうひと笑いする。
 そして、角を曲がり、すぐそこがマンションというところで香山が立ち止まった。
「香山……? どないしたん?」
「……お父さん」
「え!?」
 そこには、キリッとした眉が印象的な四十代くらいの男性・香山父が仁王立ちしていた。
 そして、彼はズカズカ歩きながら、香山の前に立ち、今にも殴りそうな勢いで怒鳴った。
「奏多!!」
「はい!」
 その迫力が凄くて、思わず俺が返事をしてしまった。ここは笑うところだろうが、誰も笑わない。
「君か、奏多を連れまわして。うちの子に金輪際関わらないでくれ」
 お言葉を返したいところだが、目の前にこの威圧感、そして、今日のことは親として叱るのは当然のこと。返す言葉もない。しかし、謝ったら負けな気もする。
「あの、今日のことは俺の独断なんで、香山君のことは怒らんといて下さいね」
「冴島、良いよ。庇ってくれなくて。そもそも僕が海行きたいって言ったんだから」
「でも……」
 戸惑っていると、香山父は有無を言わさず香山の手を掴んで引っ張った。
「奏多。来なさい」
「ごめんなさい。お父さん、ごめんなさい……」
 今にも泣きそうな香山の声が夜闇に消えて行く。
「これだから友達は作るなと言ったんだ。そんなに欲しいなら、お父さんが言った相手と友達になりなさいって言ってるだろ」
「嫌だ。それは、嫌……それなら、僕……友達……作らないから」
「香山……」
 香山の手を掴もうとしたが、俺の手は宙を掴んで、それを掴むことは出来なかった。
 俺は一人、やるせない気持ちでその場に立ち尽くした——。