「はぁ……えらいめにあったわ」
放課後……と言っても、夕方十六時半頃。なんとかお腹の調子が戻ってきた俺は、帰路に着く。
校門を出るなり、香山の姿がそこにあった。
「香山やん。なにしてるん?」
「なにって、君が勉強教えろって言ったんじゃん」
「え、もしかして、ずっとここで待っててくれたん!?」
「教室に行ったらいなくて、でも靴はあるし……何かあったのかと」
「え? なになに? 心配してくれたん? めっちゃ嬉しいんやけど」
率直な気持ちを伝えれば、香山は照れたようにそっぽを向いた。
「心配なんてしてないし。勉強……しなくて良いなら、僕は帰る」
香山が歩き出したので、俺も小走りでその横に並ぶ。
「ほんま勉強教えて欲しいんやって。夏休みの補習だけは免れたいねん。けど、今日はもう遅くなってもうたし、香山は帰らなあかんよな?」
「僕は……」
香山の顔が曇った。
「どないしたん?」
「いや、冴島は何時まで良いの?」
「俺は別に。連絡さえしてれば問題ないかなぁ。けど、明日がええよな?」
幸い今日はまだ水曜日。明日明後日で分からないところを教えてもらって来週に備えればどうにかなるはず。そう思っていたら——。
「じゃあ、うち来る?」
「え?」
「どうせ僕も帰って勉強するし、隣でしたら? 家、そんな遠くないでしょ」
「ええのん? 持つべきもんは同じ名前の奴やなぁ。奏多に悪いやつおらへんもんな」
横から香山に抱きつけば、鬱陶しそうに押し戻される。
「は、早く連絡したら」
「せやな」
俺はスマホを取り出し、早速電話をかけた。
「もしもし、お袋? 俺やねんけどな、今日友達んちで勉強して帰るわ。せやから、ご飯とっといてな。うん、じゃ」
プチッと電話を切って、香山にニッとピースサインを出した。
「これでオッケーやな。とにかく、俺の苦手な科目を教えてくれたら助かんねんて」
「君の苦手な科目って何? 数学?」
「まぁ、数学もやけど、古典と漢文、現代文に化学、物理に」
「ちょ、ちょっと待て。君、得意な科目は?」
「体育やけど? なに?」
「なに……って」
香山が、やれやれと首を横に振った。
「とにかく、どれくらい出来るのかレベル見させてもらうよ」
「え、まさかテストみたいなんするんちゃうやろな?」
「その方が早いから」
「えー、いややぁ」
「じゃ、勝手にすれば」
そう言いながらも、一緒に電車に乗り、一緒の駅で降りた俺たちは、香山の家へと向かった——。
◇◇◇◇
香山の家は、大豪邸……かと思いきや、俺と同じ賃貸マンションだった。
「は? ほんまにここなん?」
「ここの最上階」
「最上階って……まさか、このマンションの」
「うん、うちの母が引き継いでオーナーしてる」
「マジかぁ」
マンションは同じでも格差はあった。香山に足を向けて眠れないかもしれない。
「じゃあ、お父さんは何してるん?」
「医者」
「わ、マジ!? すげぇ」
どうりで学校に寄付金を入れて、生徒会室をも改装できるわけだ。
「さ、行こう」
「お、おう」
気を引き締めて、俺は最上階へと続くエレベーターに乗り込んだ——。
同じマンションとはいえ、さすがオーナーの部屋。中に入れば、我が家とは違って広かった。高級そうなインテリアが置かれたその家には、お手伝いさんまでいた。
「お帰りなさいませ。奏多様」
「「うん、ただいま」」
つい、反射で返事をしてしまった。
同じ名前は、こういう時ややこしい。
香山を見れば、若干口角が上がっている。
「香山、笑うなや」
「笑ってないよ。ちょっとしか」
「ちょっと笑ってるやん」
「ほら、上がって。時間勿体無いから」
ムッとしながら、俺はそこに置いてある客用のスリッパに足を通した。
「僕の部屋、奥だから先に行ってて」
「先にって」
「こちらです」
「あ、どうも」
お手伝いさんに案内され、それに続く。そして、部屋の扉をお手伝いさんが開ければ、モノトーンのこれまたオシャレで広い部屋が広がっていた。
「うわぁ、さすが金持ちや」
感嘆の声を漏らしていると、お手伝いさんが静かに言った。
「失礼ですが、奏多様とお付き合いするのは、今日限りにしていただけますでしょうか」
「は? なんやねん急に」
「旦那様に言われておりますので」
「香山の親父さんに? なんて?」
「奏多様に友達は不用です……と。ですから、これを」
お手伝いさんは、エプロンから三十万円と書かれた小切手を出してきた。
「手切れ金……言うやつか?」
「少ないようでしたら、金額を増やしますが」
「少ないわけないやろ」
三十万円なんて高校生からしたら、大金だ。うちのお袋も大喜びだろう。
しかし、金で解決……金で香山から友人を奪うそのやり口に反吐が出る。
「これまでも、何人もの人にこんなことしてんのかいな」
「本人にお渡しするのは初めてですね。前にお友達を連れてきた時は、奏多様も小学生でしたので、親御さんにお渡し致しました」
「エゲツな……」
「ちなみに、このことは奏多様には内密にお願い致します」
そんな話をしていると、香山が大きな紙袋を持ってやってきた。
「どうかした? 座りなよ」
「あ、うん」
お手伝いさんは、香山に見えないよう俺のポケットに小切手を入れた。
「ちょ、あんた」
「どうかなさいましたか? お茶をお持ちいたしますので、失礼致します」
平然と一礼して立ち去るお手伝いさんに文句を言いたいが、これを香山が知ったら……そう思うと、何も言えなかった。
香山は怪訝な顔をしながらも、紙袋からいくつか参考書を取り出した。
「僕が中学の時に使ってたやつ。多分、普通科の授業は今この辺りだと思うから」
「え、マジ!? 特進って、中学ん時に高校の勉強してんの?」
「違うよ。僕、家庭教師ついてるから」
「なるほど」
感心しながらも、ポケットの中に手を突っ込んで、俺は小切手をグシャリと握りつぶした。
放課後……と言っても、夕方十六時半頃。なんとかお腹の調子が戻ってきた俺は、帰路に着く。
校門を出るなり、香山の姿がそこにあった。
「香山やん。なにしてるん?」
「なにって、君が勉強教えろって言ったんじゃん」
「え、もしかして、ずっとここで待っててくれたん!?」
「教室に行ったらいなくて、でも靴はあるし……何かあったのかと」
「え? なになに? 心配してくれたん? めっちゃ嬉しいんやけど」
率直な気持ちを伝えれば、香山は照れたようにそっぽを向いた。
「心配なんてしてないし。勉強……しなくて良いなら、僕は帰る」
香山が歩き出したので、俺も小走りでその横に並ぶ。
「ほんま勉強教えて欲しいんやって。夏休みの補習だけは免れたいねん。けど、今日はもう遅くなってもうたし、香山は帰らなあかんよな?」
「僕は……」
香山の顔が曇った。
「どないしたん?」
「いや、冴島は何時まで良いの?」
「俺は別に。連絡さえしてれば問題ないかなぁ。けど、明日がええよな?」
幸い今日はまだ水曜日。明日明後日で分からないところを教えてもらって来週に備えればどうにかなるはず。そう思っていたら——。
「じゃあ、うち来る?」
「え?」
「どうせ僕も帰って勉強するし、隣でしたら? 家、そんな遠くないでしょ」
「ええのん? 持つべきもんは同じ名前の奴やなぁ。奏多に悪いやつおらへんもんな」
横から香山に抱きつけば、鬱陶しそうに押し戻される。
「は、早く連絡したら」
「せやな」
俺はスマホを取り出し、早速電話をかけた。
「もしもし、お袋? 俺やねんけどな、今日友達んちで勉強して帰るわ。せやから、ご飯とっといてな。うん、じゃ」
プチッと電話を切って、香山にニッとピースサインを出した。
「これでオッケーやな。とにかく、俺の苦手な科目を教えてくれたら助かんねんて」
「君の苦手な科目って何? 数学?」
「まぁ、数学もやけど、古典と漢文、現代文に化学、物理に」
「ちょ、ちょっと待て。君、得意な科目は?」
「体育やけど? なに?」
「なに……って」
香山が、やれやれと首を横に振った。
「とにかく、どれくらい出来るのかレベル見させてもらうよ」
「え、まさかテストみたいなんするんちゃうやろな?」
「その方が早いから」
「えー、いややぁ」
「じゃ、勝手にすれば」
そう言いながらも、一緒に電車に乗り、一緒の駅で降りた俺たちは、香山の家へと向かった——。
◇◇◇◇
香山の家は、大豪邸……かと思いきや、俺と同じ賃貸マンションだった。
「は? ほんまにここなん?」
「ここの最上階」
「最上階って……まさか、このマンションの」
「うん、うちの母が引き継いでオーナーしてる」
「マジかぁ」
マンションは同じでも格差はあった。香山に足を向けて眠れないかもしれない。
「じゃあ、お父さんは何してるん?」
「医者」
「わ、マジ!? すげぇ」
どうりで学校に寄付金を入れて、生徒会室をも改装できるわけだ。
「さ、行こう」
「お、おう」
気を引き締めて、俺は最上階へと続くエレベーターに乗り込んだ——。
同じマンションとはいえ、さすがオーナーの部屋。中に入れば、我が家とは違って広かった。高級そうなインテリアが置かれたその家には、お手伝いさんまでいた。
「お帰りなさいませ。奏多様」
「「うん、ただいま」」
つい、反射で返事をしてしまった。
同じ名前は、こういう時ややこしい。
香山を見れば、若干口角が上がっている。
「香山、笑うなや」
「笑ってないよ。ちょっとしか」
「ちょっと笑ってるやん」
「ほら、上がって。時間勿体無いから」
ムッとしながら、俺はそこに置いてある客用のスリッパに足を通した。
「僕の部屋、奥だから先に行ってて」
「先にって」
「こちらです」
「あ、どうも」
お手伝いさんに案内され、それに続く。そして、部屋の扉をお手伝いさんが開ければ、モノトーンのこれまたオシャレで広い部屋が広がっていた。
「うわぁ、さすが金持ちや」
感嘆の声を漏らしていると、お手伝いさんが静かに言った。
「失礼ですが、奏多様とお付き合いするのは、今日限りにしていただけますでしょうか」
「は? なんやねん急に」
「旦那様に言われておりますので」
「香山の親父さんに? なんて?」
「奏多様に友達は不用です……と。ですから、これを」
お手伝いさんは、エプロンから三十万円と書かれた小切手を出してきた。
「手切れ金……言うやつか?」
「少ないようでしたら、金額を増やしますが」
「少ないわけないやろ」
三十万円なんて高校生からしたら、大金だ。うちのお袋も大喜びだろう。
しかし、金で解決……金で香山から友人を奪うそのやり口に反吐が出る。
「これまでも、何人もの人にこんなことしてんのかいな」
「本人にお渡しするのは初めてですね。前にお友達を連れてきた時は、奏多様も小学生でしたので、親御さんにお渡し致しました」
「エゲツな……」
「ちなみに、このことは奏多様には内密にお願い致します」
そんな話をしていると、香山が大きな紙袋を持ってやってきた。
「どうかした? 座りなよ」
「あ、うん」
お手伝いさんは、香山に見えないよう俺のポケットに小切手を入れた。
「ちょ、あんた」
「どうかなさいましたか? お茶をお持ちいたしますので、失礼致します」
平然と一礼して立ち去るお手伝いさんに文句を言いたいが、これを香山が知ったら……そう思うと、何も言えなかった。
香山は怪訝な顔をしながらも、紙袋からいくつか参考書を取り出した。
「僕が中学の時に使ってたやつ。多分、普通科の授業は今この辺りだと思うから」
「え、マジ!? 特進って、中学ん時に高校の勉強してんの?」
「違うよ。僕、家庭教師ついてるから」
「なるほど」
感心しながらも、ポケットの中に手を突っ込んで、俺は小切手をグシャリと握りつぶした。



