高校二年生の夏――――友達と呼ぶには軽薄で、かといって恋人とはちょっと違う、大切な存在が出来た。
◇◇◇◇
いつもの改札を通り、いつもの七番ホームに向かう。そして、いつものように電車に乗り込み、いつも座る席に腰掛けた。このまま電車に十分揺られる予定。
――俺こと冴島 奏多は、高校二年生。一応、関西人。
関西にいるから面白い……なんてことはなく、普通だ。普通の高校生。友人がバカなことを言ってはそれにツッコむだけ。そんなことは、関西人じゃなくともやっている。知らんけど。
と、前置きはこのくらいにして、俺はこの日常に刺激が欲しい。何か刺激が……そう思い始めて早三か月。
二年生に進級したら環境が変わる為、刺激があると思った。しかし、そんなことはない。新たな友人を作り、授業が少しばかり難しくなる程度。行事は楽しいけれど、もっと、もっと何か、何かないんやろか……。
そんなことを考えていると、頭上から声がした。
「君、いつも思ってるんだけど、もっと端に寄れないの?」
辺りをキョロキョロと見渡せば、皆の注目がこちらに向いていた。
「ん? 俺か?」
「そう、君。ほんの五センチずれるだけで、もう一人座れるんだけど」
偉そうに説教を垂れる彼は、俺と同じ制服を着ていた。メガネをクイッと持ち上げる仕草が、まさに生徒会長。
「やなくて、副会長の方か!」
彼は、特進クラスの香山 奏多。高校二年生で生徒会副会長。背が低めだが、綺麗な顔をしたメガネ男子。東京育ちなようで、関西弁ではなく標準語。色々と俺とは無縁の人物だ。
ただ、皆も気付いたかもしれないが、名前が一緒なのだ。冴島奏多と香山奏多。苗字は違えど、同じ名前なのですぐに覚えた。そして、たまに間違えられることもあって、その度に『あ、ごめん。かしこい方の奏多探してんねん』なんて、言われることがしばしば。
(なんやねん、かしこい方って。まるで、俺がアホみたいやん)
「五センチ言うたかて、乗客おらへんやん。すっかすかや」
そう、俺の乗る電車は、いつも閑散としている。通勤・通学ラッシュの時間帯を敢えてズラして、早めに乗っているのだ。
「乗客がいなくとも、こう枠にはめていくと、君だけ少しずれてるんだよ。分からないかなぁ」
香山は、苛々したように腕を組みながら、人差し指を自身の腕の上でトントンしている。
「ずっと我慢してたんだけど、もう限界。ほら、五センチずれて」
「はいはい」
言うことを聞くのも癪だが、このまま数少ない乗客から注目を浴び続けるのも嫌だ。ほんの少し腰を浮かせれば、香山は俺を押しのけるようにして無理やり左隣に座ってきた。
「こんな空いてんのに、わざわざ隣座る必要ないやん。がり勉が移るやろ」
「君、バカなの? がり勉は移らないよ」
「――ッ」
殴っても良いだろうか。この生意気な口を縫い付けてやっても良いだろうか。
香山とは初めて喋るが、こうも人を見下してくるとは……。
怒りに震えていると、香山は何事もなかったように鞄から一冊の本を取り出した。カバーがしてあるから何の本かは分からないが、活字が沢山書いてある分厚い本。それを脚を組みながら静かに読み始めた。
座る場所を変えようかとも思ったが、何となく俺はそのままそこでボゥッと電車に揺られた。
——これが、いずれ俺の大切な存在になる香山奏多との出会いだった。



