起点と終焉の駅 ―生きるか死ぬか、あなたはどちらの駅を選びますか?―

「お嬢様、到着しました」
「え? ここが『終焉の駅』、ですか?」
「はい。お嬢様がこの電車を降りた瞬間、過去が大きく変わります」
「本当に過去が変えられますか?」
「はい。よくご決断されましたね」


 神崎さんの笑顔に、止まっていた涙が再び頬を伝う。


(これで、私の人生は変わるんだ)


 心の底から安堵し、全身の力が抜けていく感覚に襲われる。


「さぁ、お嬢様。電車をお降りください」
「神崎さんは、また違う誰かのところに向かうんですか?」
「はい。その通りでございます。では、お降りくださいませ」
 神崎さんがそっと背中を押してくれる。


 この人に会えたことで、あの電車に乗れたことで、私の人生は大きく変わった。
 今回の電車の旅で、私には、こんな私を愛してくれる人がたくさんいることを知った。
 でも逆に、自分がどんなに辛く、苦しい人生を歩んできたのかを振り返ることができた。


「もう、あんな苦しい思いなんてしたくない。生きていたって、いいことなんて何もないもの……」


 また涙が溢れ出す。
 もうイジメや仲間外れはごめんだ。


 もし、生まれ変わることができたならば……。今度は普通の体に生まれてきたい。
 そして、楽しい思いで修学旅行に行って、素敵な彼氏を作りたい。
 私が私でなくなれば、その夢が叶うかもしれない。
 これで、全てが終わるんだ――。


「ありがとう、神崎さん」
 小さく呟いた瞬間、一瞬目の前の景色が歪み、見ている風景が変わった。


 『終焉の駅』は私が生まれた病院だった。


 そして赤ん坊の私は、人工呼吸器をつけながらも、必死に生きようと呼吸をしている。
 どうやら一命を取り留めることができたらしい。


「今回あなたは赤ん坊ですので、自らお命を断つことはできません。なので、今回だけ特別に、あなたが赤ん坊の命を、自らの手で断ってあげてください」
「……私が、ですか……?」
「はい。あなたが、です」
 その言葉に少しだけ心が揺らいだけれど、頭を振って雑念を振り払う。


(もう決めたんだ。迷うな、私!)


 そんな私に、神崎さんがそっと声をかけてくる。


「では、お嬢様、素敵な旅を……」
「あ、神崎さん! ありがとうございました!」


 お礼を言おうと振り返ると、もうそこには神崎さんの姿も、電車もなかった。
 きっと、もう別の人の所に行ってしまったのだろう。


 心電図のモニターが、私の心拍の波形を刻んでいる。
 辺りを見渡すと今、誰もいない。


(今がチャンスだ)


 心臓が口から飛び出るほどドキドキして、手がガタガタと震え出す。
 もう一度辺りを見渡すと、やはり誰もいない。


「今、楽にしてあげるからね」 


 私は震える手に力を込めて、躊躇いを振り払うかのように、赤ん坊である私に付けられた人口呼吸器を外した。
人工呼吸器から流れ出す、プシューッという音が、やけに大きく響く。


 それと同時に赤ん坊の呼吸が、どんどん弱々しくなっていった。
 今まで規則正しく鳴り響いていた電子音が、甲高いアラームに変わる。しかし、そのけたたましい音も長くは続かない。ピッ、ピッ、ピッ、と感覚を失っていく心拍の波形は、やがてピーーーーーッという長い直線に変わった。


 画面に映し出された緑の線は、先ほどまでは綺麗な波形があった。でも今は、まるで定規で引いたかのように、まっすぐに線が伸びている。
 この部屋から、命が消えた瞬間だった。


(あぁ、これで全てが終わった)
 

 私は心の底から安堵し、ぐったりとしている赤ん坊の頭を、優しく撫でてやる。


「ごめんね、こんなことをして。でも、これがあなたの為だから……」


 アラーム音が聞こえたからか、周囲が一気に騒々しくなり、たくさんの足音がこちらに向かって近づいてくる。


 その時、私の体が眩い光となり、金の砂粒のように消え始める。
 まるでサラサラと落ちていく砂時計の砂のように、私の姿は消え去ってしまったのだった。




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