起点と終焉の駅 ―生きるか死ぬか、あなたはどちらの駅を選びますか?―


 皆さんこんにちは。神崎です。
 私は時々、電車に乗ったお客様のその後を、こっそり見に行くことがあるのです。
 今回は少し前に乗車していただいた、椎名紬お嬢様のその後を見に行こうと思っております。
 お嬢様にお会いしたのは、もう五年も前――。
 元気にされているといいのですが……。


 ということですので、このお話は『HAPPY END』を読まれた方だけ、読んでくださいね。
 ではこっそり、様子を見に行きましょう。


◇◆◇◆◇◆


 私は椎名紬。二十二歳。
 私は高校生の頃、不思議な体験をしたの。
 イケメンと空飛ぶ電車に乗って、過去と未来の自分に会いに行ったのよ。
 そして、私はその時、『起点の駅行き』の電車に乗って、『生きる』という選択をした。その選択は、とても勇気がいるものだったなぁ。


 でも、私は全く後悔なんてしていない。
 むしろ、今こうして生きていられることに感謝しているくらいよ。


 もう一度、神崎さんに会えたなら「ありがとう」って伝えたい。
 でも、もう私は彼と会うことはない。
 だって、今の私は生きていることが楽しくて仕方がないから。


 私は高校を卒業した後、美容師になるための専門学校に進学した。そこで勉強をして、見事、美容師免許を取得したの。
 今は東京でちょっと有名な美容院で修行中。と言っても、まだまだ見習い美容師だけれど。


 美容師の世界に飛び込んだ私は衝撃を受けた。
 だって、みんな髪の色はピンク色だったり、金だったり。青やグレーの髪色をした人もいて。
 だから私の髪色なんて、全然目立たないのよ。逆に「これが地毛なの!? 羨ましい!」ってみんなから羨ましがられちゃって……。もう、笑っちゃうでしょ?
 でも、私は髪を染めなかった。
 両親からもらったこの髪の色が、今は大好きだって思えるようになったから。


 それにね、この白い肌は、メイクがよく映えるのよ!
 先輩のメイクの練習台になるくらい。


 私がイジメられていたのは、私が住んでいた世界が狭かったから。ただ、それだけだったの。
 そのことに気付いてからは、私の世界は一変した。


 白髪だって言われた髪は、みんなが羨ましがる綺麗な金髪。
 死体みたいだって言われた白い肌は、メイク映えする綺麗な肌。
 私は普通だったのよ。やっとそれに気づくことができた。


 それから私は、俯くことがなくなった。
 誰とでも笑顔で話せるし、お腹を抱えて大笑いをすることもある。
 辛い思いをしてきた分、毎日がキラキラと輝いて見えた。


 今日も一日仕事が終わった。
 美容師の仕事は本当に激務だから、閉店の準備に取り掛かるのはいつも二十二時過ぎ……。
 私は店先の看板の電源を落とすために、店の外に出る。
「んー! 気持ちいい」
 久しぶりに感じる外の冷たい空気を思い切り吸い込みながら、大きく伸びをする。
 今日も一日頑張った、という充実感。そんな思いで看板の電源を落とそうとした時――。


「あの、すみません」
 そう突然男性に声をかけられる。
 咄嗟にお客様かな? と思った私は「こんばんは」と、その男性に笑顔を向けた。


 そのお客様は背が高くて、洋服を着ていてもわかるほど、全身に綺麗に筋肉がついていた。何かスポーツをしている人かな? って思ったものだ。
 しかも塩顔イケメンで、お店にいた女性従業員が、溜息をつくほど整った見た目をしていた。


「いらっしゃいませ。ご予約の方ですか?」
「あ、予約じゃなくて……」
「そうですか。でも、大変申し訳ないのですが、もう閉店の時間で……」
「はい、わかってます。すみません」
 その男性が顔を真っ赤にして下を向いてしまったから、私もなんて言葉をかけたらいいのか迷ってしまう。
(どうしようかな?)
 色々と試行錯誤をしていると、突然男性が顔を上げたの。
 私はびっくりしちゃって、思わず目を見開いた。


「椎名、わかる? 俺、倉木。倉木優斗だよ」
「倉木、君……」
「そう。中学が同じだったの。覚えてる?」
「う、うん。覚えてるよ」


 でも、なんで突然倉木君が私の職場に……?
 私は、今自分の身に起きていることがわからず、呆然としてしまった。


「俺、椎名にもう一度会いたくて。中学の知り合いに片っ端から椎名のことを聞いたんだ。そしたら、この美容院で働いてるって聞いて、急いで飛んできたんだ」
「わざわざ私のことを探してくれていたの?」
「あぁ。俺、椎名に謝りたいことがあって……」
「……謝りたいこと?」


 私は突然の倉木君の言葉にびっくりしてしまう。
 だって、私は倉木君に謝罪をされるどころか、お礼を言わなくてはいけない立場なのだから。
 中学生だったあの時、倉木君だけが私を庇ってくれた。
 それがどれほど嬉しかったことか……。何度「ありがとう」と伝えても足りないくらいなのに……。


「中学生だった頃、椎名がイジメられているのを知ってたのに、黙って見ていることしかできなかった。もし椎名を庇ったら、今度は自分がイジメられるんじゃないかって、怖かったんだ」
「倉木君……」
「椎名を守ってやれなくてごめん! 弱い俺でごめん!」
 椎名君突然私に向かって深々と頭を下げる。「ちょ、ちょっと、待って椎名君!」と私が声をかけても「ごめん!」とずっと繰り返すばかりで……。
 私は困ってしまった。


 でも、本当は頭を下げるのは自分のほうだ。「ありがとう」って何度伝えても、感謝しきれない。それくらい、嬉しかったんだから。
 ありがとう、倉木君。
 本当に本当にありがとう。


 その時、勢いよく倉木君が顔を上げたものだから、三度私はびっくりしてしまう。
 でも私を見つめる倉木君の目はとても真剣で、思わず吸い込まれそうになってしまった。


「それから、俺、椎名に伝えたいことがある!」
「え? 突然どうしたの?」
 倉木君の勢いに負けてしまいそうだ。
 思わず後退ってしまった。


「俺は、あの頃から椎名のことが好きだった!」
「えっ?」
「多分お前がコンプレックスに感じていた、その白い髪も、透き通るような肌も、青い瞳も……。その全てが、俺には世界で一番綺麗なものに見えていた」
「ほ、本当に?」
「本当だ! 俺は椎名にこの想いを伝えたくて、ずっとお前を探してた」
 今にも泣き出しそうな顔で、一生懸命想いを伝えてくれる倉木君。そんな彼を見ていると、胸が熱くなって、苦しくて。呼吸をすることさえ忘れそうになってしまった。


「でも、あの時俺はまだガキだったから、『好きだ』とも言えなかった。でも俺だって大人になった。今の俺だったら椎名を助けることだってできる。だから、今なら自信を持って言えるよ」
 あまりにも、真剣な表情で私を見つめる倉木君と視線が絡み合う。
(私もずっと倉木君のことが好きだったの) 
 そう伝えたいのに、胸がいっぱいになってしまい、言葉が出てきてくれない。
 途中で言葉がつかえてしまい、息ができないくらい苦しい。


 でも、凄く、嬉しい……。


「俺は椎名のことがずっと好きだ! 俺と付き合ってください」
「倉木君……」
「お願いします!」
 そう言って、彼はもう一度深々と頭を下げる。


 道行く人や、お店の中にいるスタッフが、そんな私たちのやり取りを興味津々と言った顔をして見ているけれど……。そんなことは関係ない。
 もうこの世界には、私たち二人しかいないように感じられたから――。


 倉木君の告白は、本当に突然だった。
 『ずっと好きだった』。その言葉を聞いた瞬間、私の心臓は体内で一瞬止まり、次の瞬間、体を突き破るような勢いで高鳴り始めた。
 さっきまで一生懸命ハサミを握っていた指先から力が抜け、膝が微かに震える。


「私も、ずっとずっと前から、倉木君のことが……」


 それ以上、何も言葉が出てこなかった。
 ただ熱いものが込み上げ、目の前の倉木君が揺らぎ始める。


「私も……倉木君が、好き……」


 次の瞬間、目の前の倉木君が、泣きそうな顔で笑った。


◇◆◇◆◇◆


 おやまぁ。運よくもう一つのHAPPY ENDを見ることができましたね。また一つ、新しい物語が始まりそうな予感がします。
 では、私はまた違う人の所に参るとしましょう。私のことを呼んでいる声がするのです。
 まさか、私のことを呼んでいるのは、あなた様ではないですよね?
 ふふっ。それは冗談です。


 でも、いつでも私のことを呼んでくださいね。
 その時は、急いで駆けつけますので。
 

 ――では皆様、どうぞ、素敵な旅を……。


【END】