起点と終焉の駅 ―生きるか死ぬか、あなたはどちらの駅を選びますか?―


「お嬢様、到着しました」
「え? ここが『起点の駅』、ですか?」
「はい。お嬢様がこの電車を降りた瞬間、未来が大きく変わります」
「本当に未来が変えられますか?」
「はい。よく頑張りましたね」
 神崎さんの笑顔に、止まっていた涙が再び頬を伝う。


(これで、私は生まれ変わるんだ)
 そう、心に誓う。


「さぁ、お嬢様。電車をお降りください」
「あの、神崎さんは、また違う誰かのところに向かうんですか?」
「はい。その通りでございます。お嬢様のように助けを求めている方の下へ、私は向かいます。短い間でしたが、お嬢様の幸せを願っております。それでは、お降りくださいませ」
 神崎さんがそっと背中を押してくれる。


「では、お嬢様、素敵な旅を……」
「あ、神崎さん! ありがとうございました!」
 お礼を言おうと思い振り返ると、もうそこには神崎さんの姿も、電車もなかった。
 きっと、もう別の人の所に行ってしまったのだろう。


 あの人に会えたことで、あの電車に乗れたことで、私の人生は大きく変わった。
 これからは、前を見て生きていこう。
 イジメや仲間外れに屈することなく、強く、逞しく生きていくんだ。


 だって、私には、私のことを愛してくれる人が、たくさんいることに気付けたから。


「ありがとう、神崎さん」
 小さく呟いたとき、一瞬目の前の景色が歪み、見ている風景が変わった。


 『起点の駅』は、私がつい先ほどまでいた屋上だった。


 目の前には生まれ育った街が広がり、背中には冷たいフェンス。


「帰ろう。お父さんとお母さんと、お姉ちゃんがいる家へ。そして全てを打ち明けよう。自分がイジメにあっているって」


 私は街に背を向け、必死の思いでフェンスを掴む。
 今思えばこんな所によく来られたものだ。あの時は、きっとそれだけ追い詰められていたんだろう。


「よく頑張ったね」


 私は生まれて初めて、自分に労いの言葉をかける。ようやく自分を認めることができたのだ。


 今まで、数々のイジメに耐えてきたね。本当によく頑張ったよ。
 これからは、誰にもイジメられることなんてないだろう。だって、私は、たった今生まれ変わったのだから。
 担任の先生にも相談しよう。とても優しい先生だ。真剣に私の話を聞いてくれることだろう。


 体が震え、力が抜けそうになったから、私は叫んだ。


「私はやり直す!」


 自分を鼓舞するために、叫び続けた。


「もう、前を向くんだ!」


 必死にフェンスを掴み、指先が痛くなるほど、力を入れる。


「もう振り返らない。私は、生まれ変わったんだ!」


 フェンスを夢中で掴み、足をかけ必死に上った。


「私は、誰にも負けるもんか‼」


 一歩、二歩と足を踏み出し、フェンスの上に跨る。
 ぐったりとしながら空を見上げると、まるで宝石箱を開けたかのような綺麗な夜景が広がっていた。


「わぁ、綺麗……」
 

 街の灯りが無数の星のように輝き、遠くの川が銀の帯のように流れている。
 この景色を見ていると、生きる喜びが湧いてくる。
 それはまるで、自分の人生もまだまだ輝く可能性があることを、示しているように感じられた。


 その瞬間、全身を駆け抜けたのは勝利の喜び。私は、フェンスの天辺から飛び降りて、着地する。


(もう私は、フェンスの向こう側(あっち)には行くもんか)


 振り返ると、綺麗な夜景が広がっているが、今の自分にはそれ以上の美しさはない。
 この景色を見るために、自分は頑張ってこれた。
 それから、これからも頑張っていこうと、心に誓う。


 その時、突然屋上の扉が開き、担任の先生が血相を変えて飛び込んできた。
 屋上(ここ)まで走ってきたのだろうか、息が上がり、死んでしまうんじゃないかと心配になってしまう。


「もう、先生もいいおじさんなんだから」
 そう思うと、可笑しくなってしまう。
 先生は私の姿を見つけると、勢いよくこちらに向かって走って来た。


「椎名、ここにいたのか!? ご両親からお前が帰ってこないって連絡が来て、ずっと探してたんだ! よかった、無事で。本当によかった……!」


 それから勢いよく、私の肩を両手で叩く。
 「痛いよ、先生」と言ってやりたかったけれど、先生が今にも泣き出しそうな顔をしていたから、私はその言葉を呑み込む。


 こんな所にいたんだから、私が何をしようとしていたかなんて、先生にはきっともうバレているはずだ。
 でも、私のことを一生懸命探してくれていたことが、とっても嬉しかった。


(先生。こんなにも、私の心配をしていてくれたんだね……)
 胸に熱いものが込み上げてくる。


 神崎さんと一緒に、時間を越えることができる電車に乗って、生まれてから今までの自分に会うことができた。そこで、私は大きな発見をしたんだ。


 私はイジメを受けていたとき、いつも下を向いて黙っていた。ただ息を殺し、イジメに耐えていた。
 イジメの加害者に「やめて」とも言えなかったし、大人たちに「助けて」とも言えなかった。


 でも、それでは誰にも伝わらないんだよね。
 それに、私は気づいたんだ。


「先生、私の話を聞いてくれますか?」
「どうしたんだ、椎名? 先生が力になってやるから、何でも話してみろ! 先生は、椎名の味方だからな!」
 先生は私と真正面から向き合ってくれた。その真剣な眼差しに、心のそこから安堵する。


(もう、本当に熱血教師過ぎて、可笑しくなっちゃうよ)
 でも、この人は必ず私を助けてくれる――。先生を見て、私はそう思った。


「先生、実は私……」


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