「お嬢様、駅に着きました。行ってらっしゃいませ。お気をつけて」
「はい。行ってきます」
神崎さんが微笑みながら、そっと私をエスコートしてくれる。
そして、電車から降りた瞬間――。
私は、桜の甘い香りに包まれた。
そこは見慣れた校舎と、見慣れた制服を着た生徒がいた。
でも、セーラー服が固くて、なんだか着心地が悪い。
それに、私の隣には両親がいる。これってもしかして……高校の入学式かしら?
私はまたイジメられることを恐れて、同じ中学校から通う生徒がほとんどいないような高校を選んだ。
通学が大変でも、いじめられるよりは全然マシだ。
(これで楽しい高校生活が過ごせる)
新しい環境と新しい仲間。きっと、もうこれでイジメられることなんてない。
私の心は喜びに満ち溢れていた。
でも、人生なんてそんなに上手くいかないものね……。
私は入学早々イジメのターゲットにされてしまった。
「キモイ」
「キショい」
「こっちに来るな」
聞きお覚えのある言葉を、また聞く羽目になってしまった。
しかも、高校生になってからのイジメの方が、中学生だった頃のイジメより陰湿だった。
SNSって本当に残酷よね。
一瞬で私はSNSの晒し者になってしまった。
クラスの仲良し同士のグループLINEにも勿論入れてもらえない。それどころか、きっと私をけなして喜んでいるんでしょうね?
どこに行っても、結局同じだって思い知ったの。
やっぱり『普通』ではない私は、仲間から排除されてしまう。
(何も悪いことなんてしてないのに……)
環境と仲間が変わっても、私の立場は全く変わらなかった。
(これが私の運命なのかな……)
最近よくそう思う。
アルビノにさえ生まれてこなければ、こんな思いをせずに生きてこられたのに……。
悔しくて、悲しくて。制服のスカートをギュッと握りしめる。
それでも、勇気を出して「一緒にお弁当を食べない?」って声を掛けようと思ったこともあったの。でも、断られることが怖くて……。
私は教室の近くにある空き教室に一人で向かった。
お弁当箱を開けると、彩り豊かなおかずが詰められていて……。それを見たら悲しくなってしまい、涙が頬を伝った。
きっと母親が朝早く起きて、一生懸命作ってくれたはずだ。そのお弁当を、まさか一人で泣きながら食べているなんて、思いもしないだろう。
私は涙を拭って、厚焼き玉子を口に放り込む。
母親が作った厚焼き玉子は甘くて美味しいはずなのに、泣いていたせいか鼻が詰まってしまい、味がしない。
それでも、涙が止まることはなかった。
月日は流れ、高校二年生になった。
私が通っている高校は、二年生で修学旅行に行くことになっている。今年はアンケートをとった結果、沖縄に行くことに決まったようだ。
でも私は憂鬱だった。
修学旅行になんて行きたくない。なんとか行かなくてすむ方法を、あの手この手で考えていた。
そんな時に、ある問題が起こったの。
それは修学旅行での班決めのとき――。
仲のいい友達なんていない私は、当たり前のように、どこのグループにも入ることができない。かと言って、「こっちのグループにおいでよ」と声をかけてくれる人もいない。
私は、ただ黙ったまま床を眺めていた。
元々仲良しグループがいる人は、とっくにグループが決まり「どこに行きたい?」と盛り上がっている。
(どうしたらいいんだろう……)
私は呆然とその光景を眺めていた。
その時、トラブルが起きたの。
修学旅行の班は全部で五人。まだ四人しかメンバーのいないグループが、私の押し付け合いを始めた。
「椎名さんは、そっちのグループのほうがいいんじゃない?」
「そんなことないよ! そっちのグループのがいいよ」
「えー! でもさぁ……」
自分を取り合うのではなく、押し付け合う仲間たち。
(なんて惨めなんだろう)
私は泣きたくなった。その場から逃げ出したい衝動にかられた。
最終的には、じゃんけんで一番負けたグループに、私は入ることとなった。
みんなとても嫌そうな顔をしていたけれど、とりあえず、どこかのグループに所属することができて良かった……。私は胸を撫でおろす。
どこに行きたいとか、あそこに行こうとか、みんな楽しそうに話していたけれど、私はそれをただ黙って聞いていた。
だって、誰も私の意見なんて聞いてくれないことなんて、わかりきっていたから。
まるで私は、空気のような存在だった。
そんな状態で修学旅行に行ったって、楽しいはずなんてない。
本当にお金の無駄だって思った。
でも一つだけ感動したことがあるの。
それは沖縄でも有名な水族館で、ジンベイザメを見ることができたことだった。
ジンベイザメがいる水槽は、上部から差し込む光でキラキラと輝いて見える。その中に巨大な影がゆっくりと、穏やかに回遊している。ジンベイザメだ――。
息を呑むような優雅さ。その動きはあまりにも淡々としていた。
青い水の中、魚たちは光を浴び自由に泳ぎ回るが、ジンベイザメの進む先は常に透明な壁に遮られ、すぐに元の場所へと引き返さざるを得ない。
この水槽は、世界で最も美しい牢獄だ。
(私と同じね……)
眩いばかりの光の下で、ジンベイザメは永遠に辿り着くことのない地平線を探している。
そして私は、辿り着くことのない、安住の地を探している。
その巨大な目が、一瞬、私と合った気がした。
深い海のような、寂しさと諦めを湛えた眼差し。
私は、この水槽を見つめながら、自由という言葉の重さの意味を知る。
どれだけ景色が輝いて見えても、そこから逃げられない命の儚さに、胸がしめつけられる。
悠々と泳ぐジンベイザメと、自分がダブって見えた気がした。
水槽に手を伸ばそうとしたとき――。
遠くから神崎さんの声が聞こえてきた。
「お嬢様、そろそろ発車の時間です。電車にお戻りください」
「はい、わかりました……」
私は後ろ髪を引かれながら、電車へと戻った。
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