起点と終焉の駅 ―生きるか死ぬか、あなたはどちらの駅を選びますか?―


「お嬢様、駅に着きました。行ってらっしゃいませ。お気をつけて」
「はい。行ってきます」
 神崎さんが微笑みながら「行ってらっしゃい」と言ってくれる。
 そして、電車から降りた瞬間――。
 桜の花びらが風に乗り、空高く舞い上がっていった。


 私は背中に大きなランドセルを背負っている。
 ランドセルを買ってくれた祖父母からは「赤いランドセルがいいんじゃないか?」と言われた。でも私は最後まで考えを曲げず、薄紫色のランドセルを買ってもらったの。
 でもまだそのランドセルは私には大きくて……。ランドセルに体が隠れてしまいそうだった。


(あぁ、これは小学校の入学式だ)


 フリフリのレースとリボンを付けた洋服を身に纏い、両親に連れられて、小学校の正門をくぐったの。


 当時の私は小学校へ入学するのが楽しみで、スキップしながら教室へと向かった。
 教室に入ると、クラスメイトがたくさんいたわ。私が通っていた幼稚園は自宅から遠かったし、とても小さかったから、こんなにたくさんクラスメイトがいることに驚いてしまったの。
 でもその時の私は、とてもワクワクしていたし、ドキドキもしていた。


(友達を百人作るんだ!)
 って張り切ってもいた。


 そんな私に、信じられない言葉が投げ掛けられた。


「わぁ! 真っ白の髪のお化けだ!」
「気持ち悪ぃ!」
「こっちに来るな!」


 子どもって素直よね、それゆえ凄く残酷だ。
 私は今まで自分が「普通」だと思っていた。
 二万人に一人のアルビノだなんて知りもしなかったし、仲間外れに合う対象だなんて思ってもいなかった。
 だから突然言われたその言葉に、私は驚愕してしまった。


 全身の力が抜けて、お気に入りだったランドセルが床に落ちていく。それを拾うこともできなかった。


(私がお化け? 気持ち悪い?)


 突然投げつけられた言葉に、私は何も言い返せず呆然としてしまう。
 そんな私を見て、担任の先生が私のところに駆け寄って来たわ。それから、私に向かって酷い言葉を投げかけたクラスメイトに向かって、優しく「そんなことを言っては駄目よ」と指導してくれた。
 

 でも、私には何か起きたのかがわからなかった。
 ただ怖くて、泣きたかった。


 数日後、担任の先生がみんなにちゃんと説明をしてくれたの。私はアルビノっていう病気を持っているんだってことを。
だから、みんなと肌や髪、瞳の色が違うんだって――。
 そんなこと、私だって初めて聞いたから、まさに寝耳に水だった。


(アルビノってなに?)


 怖くなってしまった私は、その場でボロボロと泣いてしまった。
 だって、今まで自分は普通だと思っていたんだもの。急にそんなことを言われたって、小学一年生の私が理解できるわけがないじゃない?


 きっとその日から、私に対する差別や偏見が始まったんだと思う。


 私は肌が弱いから、日光に当たることができない。
だから、体育の授業や休み時間も、外に出ることができなかったの。そんなときは、いつも一人で保健室で勉強をしていた。


 夏でも肌を露出しないように長袖を着ていて、プールの授業も不参加。
 そんな私が目立たないわけがないじゃない?


「紬だけサボっててズルい」
「ちゃんと授業を受けなきゃ駄目だよ」


 クラスメイトに言われた言葉が、まるでナイフのように心に突き刺さる。


 でも、それは正論なのよ。
 体育の授業も、プールの授業も参加しなくてはならない。休み時間だって、元気に外遊びをしなくてはならないの。


 そう、それは間違ってない。
 でも、私にはそれができないの。


 そんなことを言っても、小学生に通じるわけがないよね。だから、私は何も言い返すことができずに、ただ黙って俯いた。


「私も仲間に入れてよ」
「ねぇ、一緒に折り紙しない?」
 何度もクラスメイトに声をかけようとしたけれど、勇気のない私にはそれができなかった。


 少しずつ出来上がっていく、仲良しグループに私は入ることができない。
 それが、とても寂しかった。


 でも、私が救われたのは、保健室の先生が優しかったこと。
 いつも泣きながら保健室に行くと、話を聞いてくれて、優しい言葉をかけてくれた。


 いつからか私は教室にいくことができず、保健室にいる時間が増えていった。


 保健室で過ごしていれば、心無い言葉で傷つくことは減った。でも、それに比例するかのように、クラスメイトたちとの溝は、どんどん深いものへとなっていったのだ。


「普通なクラスメイトたち」と「気持ち悪い私」。
 この頃から、私は他人に心を閉ざし、壁を作っていたのかもしれない。


「ねぇ、紬ちゃん。一緒に図書館に行かない?」
「ううん、行かない」
 時々、私を気遣って声をかけてくれる優しい子もいたけれど、心を開くことはできなかった。


『キモイ』
『化け物』


 その言葉で、私は心をどんどん閉ざしていく。
 

 それが六年間も続き、私は人前で笑わなくなっていった。
 いつも俯いて、できるだけ目立たないように……。
(このまま日光に溶けてしまえばいい)
 そう何度も思った。


 あんなに明るく元気だった私は、一体どこへ行ってしまったのだろうか?
 私は「普通じゃない」。それがとても悲しかった。


「お嬢様。そろそろ電車が発車致します。電車にお戻りください」


 遠くから神崎さんの声が聞こえる。
「はい。わかりました」


 でも、みんなの輪に入れず、一人で保健室にいる小学生の自分を置いてここを去ることは、心が引き裂かれるほど辛い。
 できることなら、ずっと一緒にいてあげたかった。


 けれど、神崎さんとの約束を思い出す。


『発車の時刻はきちんと守ってくださいね』
『発車時刻に間に合わなければ、この世のものとは思えない恐ろしい出来事が起こる、と言われてしますので』

 
(傍にいてあげられなくて、ごめんね)
 私の目頭が熱くなる。


「じゃあね。小学生の私」
 私は小学生の自分の肩を優しく叩き、電車へと戻った。


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