起点と終焉の駅 ―生きるか死ぬか、あなたはどちらの駅を選びますか?―


「お嬢様、駅に着きました。行ってらっしゃいませ。お気をつけて」
「はい。行ってきます」
 神崎さんが微笑みながら、そっと背中を押してくれる。
 そして、電車から降りた瞬間――。


 その日は朝から母親が大忙しだった。
 ケーキを焼いたり、ご馳走を作ったり……。
 私はその様子を、小さな椅子に座って見ている。時々私が飽きてしまい、ぐずり始めると、二歳年上の姉が玩具を持ってきてあやしてくれる。
 そんな私たちの様子を見て、母親が嬉しそうに笑っていた。


(もしかして、これって……。私の一歳の誕生日?)


 壁に貼ってあるカレンダーを見ると、私が生まれた翌年の十二月とある。
 私の一歳の誕生日を祝うために、母親はご馳走の準備をしているのだろう。
 

 当の私は、椅子から立ち上がろうとすると、上手く歩けずまた椅子に座ってしまう。
 「お母さん」と声をかけようとすると、「マァマァ」と変な言葉しか話すことができない。
 それでもそんな私を見て、姉が「ゆーちゃんはお(はなち)がお上手ね」と優しく頭を撫でてくれる。


「さぁ、もうすぐパパが帰って来るわよ。ご馳走をテーブルへ運びましょう!」
「うん!」
 母親の言葉に姉が嬉しそうに頷き、危なっかしい手つきで、料理をテーブルに運び始めた。


 その時「ただいま!」と父親の声が玄関のほうから聞こえてくる。
 私が父親の声がする方を振り向けば、大きな荷物を抱えている。きっとあれは、私へのプレゼントだろう。
 でも私は、あのプレゼントが何かを知っているんだ。だって、高校生になった今でも、大切にしているのだから。


「パッパ」
「そうだよ、紬。パパだよ。ただいま。はい、お誕生日プレゼントだよ」
 父親に向かって声をかけると、目尻を下げて私の目の前にプレゼントを置いてくれた。


「まぁ、何かしら」
「なんだろうね」
 母親と姉がキラキラとした瞳で、大きなプレゼントを見つめる。
「じゃあ紬の代わりに、ママとお姉ちゃんで、プレゼントを開けるからね」
 そう嬉しそうに言った母親と姉が、丁寧にラッピングされたプレゼントを取り出し始める。


 電車通勤をしている父親が、こんなにも大きなプレゼントを持ち帰ってくるのは、きっと大変だっただろう。でも、想像すると可笑しくなってくる。


「わぁ、可愛いクマちゃんのぬいぐみだぁ!」
 姉が嬉しそうな声を上げる。


 そう。一歳の私の誕生日のプレゼントは、大きなクマのぬいぐるみ。そのぬいぐるみは、一歳の時の私よりも大きいのよ。
私は嬉しくて、そのぬいぐるみを抱き締めた。
 私はもう少し大きくなってから、そのクマに「リリ」って名前をつけて、高校生になった今でも大切にしているんだから。
 

 そんなことをしているうちに、ご馳走がテーブルに並べられた。そして目の前には大きなケーキ。一本だけ蠟燭が立てられていた。


「ハッピーバースデー!」


 みんながお祝いの言葉を言ってくれた後、蝋燭の火を消すように言われたの。
 でも私はうまく消すことができなくて、代わりに姉が蝋燭の火を消してくれたなぁ。
 私の一歳のお誕生日は盛大に行われた。


 少し遅れて、父方と母親の祖父母まで来てくれて、私はまるでお姫様みたいだった。
 みんなが来てくれたことが嬉しくて、私はついはしゃいでしまった。
 たくさんのプレゼントをもらった私は、疲れて眠くなるまで遊んだ。
 穏やかで、幸せな時間が流れていく。


 そしてその晩、私はリリに包まれるようにして眠った。
 本当に楽しい一日だった。
 だから、その時は思ってもいなかったわ。
この先の人生が、あんなにも苦しいものになるなんて――。


「お嬢様。そろそろ電車が発車致します。電車にお戻りください」


 遠くから神崎さんの声が聞こえる。
 気持ちよく眠っていたのに……と、少しだけ悲しくなってしまった。
「じゃあね。一歳の私」
 私は一歳の自分の頭を優しく撫でてから、電車へと戻ったのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆