「お帰りなさいませ、お嬢様」
「……はい」
「自分の記憶にない時代のご自分を見るのは、どうでしたか?」
「そうですね……」
私は神崎さんに手を引かれ、電車の座席に腰を下ろす。
古い電車だから座り心地もよくないし、やっぱり埃臭い。でもいつからか、この電車が私の帰る場所になっている気がした。
「子どもの頃の私って、みんなに愛されていたんですね?」
「そうでしたか……」
「今になってみれば、一人で大きくなったような……。そんな気でいました」
「お嬢様は、たくさんの人に愛されて成長されたんですね」
「……はい。そうですね……」
神崎さんは、まるで私の心の中を探るかのような質問をしてくる。
確かに幸せだったわ。
あの頃の私は――。
子どもの頃愛されていた実感は、記憶の彼方に消えてしまっていた。
でも、幼い頃の自分に戻ってみると、少しずつ私の知らなかった思い出が顔を出してくる。
記憶には残っていないけれど、心の奥の柔らかい場所が、その温かさを覚えている。
両親の腕の中にいたときの、陽だまりのような匂いと、私の名を呼ぶ姉の声。
それらが、今の私の骨格を作り、血となって流れている。私は自分の右手をかざし眺めてみる。
記憶にはないけれど、確かに私は愛という海に抱かれて、ここまで運ばれてきたのだ。
この世に生まれてきてしまったことは、悲劇だったと今は思っている。
でも私は、確かに愛されていたのかもしれない。
窓の外は吸い込まれそうなほど真っ暗で、ガタンゴトンという電車が揺れる音だけが響き渡る。その音だけが、今の私と、この世界を繋いでいるように感じられた。
私は生まれてきて幸せだったのだろうか?
それとも……。
一体どっちだったのだろうと考えた。
あれほど喉を焼いた苦しみも、胸を締め付けた悲しみも、確かにそこにはあったけれど……。
でも、手の平に残る温かな記憶も嘘じゃない。
私が生まれてきたことは幸せだったのか、不幸だったのか。
その答えは夜の闇に溶けたまま、私の心と座席だけが揺れていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……はい」
「自分の記憶にない時代のご自分を見るのは、どうでしたか?」
「そうですね……」
私は神崎さんに手を引かれ、電車の座席に腰を下ろす。
古い電車だから座り心地もよくないし、やっぱり埃臭い。でもいつからか、この電車が私の帰る場所になっている気がした。
「子どもの頃の私って、みんなに愛されていたんですね?」
「そうでしたか……」
「今になってみれば、一人で大きくなったような……。そんな気でいました」
「お嬢様は、たくさんの人に愛されて成長されたんですね」
「……はい。そうですね……」
神崎さんは、まるで私の心の中を探るかのような質問をしてくる。
確かに幸せだったわ。
あの頃の私は――。
子どもの頃愛されていた実感は、記憶の彼方に消えてしまっていた。
でも、幼い頃の自分に戻ってみると、少しずつ私の知らなかった思い出が顔を出してくる。
記憶には残っていないけれど、心の奥の柔らかい場所が、その温かさを覚えている。
両親の腕の中にいたときの、陽だまりのような匂いと、私の名を呼ぶ姉の声。
それらが、今の私の骨格を作り、血となって流れている。私は自分の右手をかざし眺めてみる。
記憶にはないけれど、確かに私は愛という海に抱かれて、ここまで運ばれてきたのだ。
この世に生まれてきてしまったことは、悲劇だったと今は思っている。
でも私は、確かに愛されていたのかもしれない。
窓の外は吸い込まれそうなほど真っ暗で、ガタンゴトンという電車が揺れる音だけが響き渡る。その音だけが、今の私と、この世界を繋いでいるように感じられた。
私は生まれてきて幸せだったのだろうか?
それとも……。
一体どっちだったのだろうと考えた。
あれほど喉を焼いた苦しみも、胸を締め付けた悲しみも、確かにそこにはあったけれど……。
でも、手の平に残る温かな記憶も嘘じゃない。
私が生まれてきたことは幸せだったのか、不幸だったのか。
その答えは夜の闇に溶けたまま、私の心と座席だけが揺れていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



