起点と終焉の駅 ―生きるか死ぬか、あなたはどちらの駅を選びますか?―


「お嬢様、駅に着きました。行ってらっしゃいませ。お気をつけて」
「あ、はい。行ってきます」
 神崎さんが微笑みながら、そっと背中を押してくれる。
 そして、電車から降りた瞬間――。


(なにこれ、凄く窮屈……。それに苦しい……!)


 私は何かに潰されながら押し出される感覚に、無意識に体を縮こまらせる。

 遠くのほうから「もう少しよ! 頑張って!」という声と、母親の苦しそうな呻き声が聞こえてきた。


(苦しい‼)


 私が体を大きく回転させた瞬間、目の前が突然明るくなる。今まで暗い所にいた私は、そのあまりの眩しさに、目が潰れそうだ。
 それにとても寒いし、周りがひどく騒がしい。
 消毒液と薬品の香りが充満しているここは、きっと病院だ。


「あ、ここ、私が生まれた病院(とこ)だ」
 その時、咄嗟にそう思う。


 十二月という、寒い季節に私は生まれた――。
 そして今、私は誕生したんだ。
 ようやく今、自分が置かれている状況を理解することができた。


「おめでとうございます! 可愛らしい女の子ですよ!」
「あれ? もしかしてこの子、アルビノじゃあ……」  
「それに先生、この子、呼吸が凄く弱いです!」


 生まれたばかりだというのに、私の周りは馬鹿みたいに騒々しい。
 それに、なんだか呼吸が苦しい。息を吸いたいのに、喉に何かが詰まってしまっているようで、息を吸うことも、吐くこともできない。


「吸引と人工呼吸器の準備を!」
「はい!」
 医師と看護師さんたちのやり取りが、遠くの方で聞こえてくる。


「赤ちゃんは!? 赤ちゃんは大丈夫なんですか!?」
 母親の泣き叫ぶ声を聞きながら、私は別室へと連れて行かれた。


 ジュジュッという音と共に、口と鼻の穴の中に管を入れられる。
(嫌だ! やめて苦しい!)
 誰かに助けを求めようとしても声も出ないし、体を動かすこともできない。
 きっと機械を使って、気管に詰まった異物を出そうとしてくれているんだろう。でも、それがとにかく苦しい。


(苦しい! 苦しい!)
 その苦痛に、私は必死に耐えた。きっと数分の出来事だったのだろうけど、私にはそれが何時間にも感じられた。


 その後、たぶん人工呼吸器だと思うんだけど、鼻から空気を送ってくれる装置をつけてもらう。それを付てもらった瞬間、息が楽に吸えるようになる。
 医師と看護師さんの適切な処置のおかげで、私はなんとか呼吸をすることができるようになった。


 私の小さな体に付けられた装置が、私の心臓の動きを波形で表してくれている。ピッピッピッという音が、私の心臓が動いていることを教えてくれた。
 私って、こんな大変な思いをして生まれてきたのね。知らなかった……。


 後になって、両親は医師から私の容態について説明を受けていた。私はそれを、近くで耳をそばだてて聞いていた。


 私は出生直後、ほとんど呼吸ができていなかったらしい。それは、分娩にかなり時間がかかってしまったこと。元々私の肺が弱かったことが原因だったようだ。命に別状はないってことだったわ。


 それから、私が『アルビノ』だって説明も両親は受けていた。
 我が子が二万人に一人の難病だと知って、最初は仰天していた。でも、私の姿を見た瞬間、二人とも「可愛い」って笑顔になったの。


 その後、二人で顔を見合わせて嬉しそうに泣いていた。
 私は、病院で赤ちゃんが使う、コットというベッドからその光景をずっと見ていた。
 それが、とても不思議な光景に見える。


(私は愛されて生まれてきたんだな) 


 そう感じた。 


 私の手は小さくて、目もぼんやりとしか見えない。
 体だって、思い通りに動かすことができない。
 赤ちゃんの体って、不便なのね。


 それから人工呼吸器は付けたままの私を、母親が抱っこしてくれた。父親は、目尻を下げながら私の小さな手を握ってくれる。
 母親の素肌と、父親の手が温かくて、思わず私は泣き声をあげたの。「生まれてきたぞー!」って言いたかったから。


 そしたら、両親が「ようやく泣いてくれた」ってまた泣き出してしまって……。三人で大泣きした。


 こうやってその時の光景を見ると、私はこんなにも大変な思いをして、この世に生を受けたのね。
 勿論、全然記憶なんてなかったけど――。


「お嬢様、そろそろ発車の時間です。電車にお戻りください」


 遠くのほうから、神崎さんの声が聞こえる。
「じゃあね、バイバイ。生まれたての私」
 私はそう別れを告げて、電車に戻った。 


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