当たり前の言葉で救うから。

 今日、私はある失敗をした。

美梨(みり)、ブレスレット忘れたの?」
「うん、ごめん……」

 高校に入ってすぐ。どこかまだ気を遣っているグループで、その一つのミスは致命的だ。今日は放課後に新作のフラペチーノを手に持って、お揃いのブレスレットを入れた写真をSNSに上げるために撮る。そんな約束。
 新作のフラペチーノは来週には新作じゃなくなる。流行りの流れは早いから。だから私は笑顔を作って出来るだけ明るい声を出した。

「マジでごめん! みんなで行ってきて!」

 そして冗談めかした声で付け足す。

「出来たら映え写真は送って欲しいけど!」

 そんな言葉にみんなが笑って、固まっていた空気が動き出す。固まったゼリーが熱で溶けていくように。

「しょうがないから美梨に一番に写真送ったげるわ!」

 明るく相手が返してくれる。
 どこで間違ったかな。全く悪い子達じゃない。むしろノリに乗れない私が悪いんだと思う。

 


 誰もいなくなった教室で日付を確認すれば、12月24日。




 クリスマスイブに教室で一人、ちゃんと馬鹿みたいに涙を流している。

「あー、さびし」

 寂しいし、悲しいし、もうどうしようもない。
 フラペチーノも好き。ブレスレットも好き。でもなぜか上手くいかない。
 緊張しいなのは自分で、笑顔を作れないのも自分のせい。

 そんな時、ガラッと教室の扉が開いて担任が入ってくた。いつも当たり前の教師のテンプレートみたいなことしか言わないから、好かれても嫌われてもいない担任。

「相澤、帰らないのか?」
「今から帰ります」

 若干の涙声は見て見ぬふり。それが気遣いなのか面倒臭いと思っているのかは分からない。


「なぁ、相澤。今日、先生は偶然お前らの会話が聞こえた」


 その声に振り返れば、表情すら変わっていない先生が立っている。そしていつも通り当たり前のことを言葉にしていく。


「相澤、今日は12月24日だ。水曜日。フラペチーノは甘党なら一人で飲んでも別に美味しい。ブレスレットは一日忘れても無くならない」


 言葉は続く。




「相澤が泣きそうな顔をしながら明るく取り繕っても、相手は気づく。無理に笑えば、放課後に一人で泣くことになる」

「そして相手は相澤がこれ以上気を遣わないように、相澤が『フラペチーノ飲んできて』と言ったら飲みに行く」

「どちらも気を遣いすぎている関係はそのうち破綻(はたん)する」




 私はもう担任の次の言葉が気になっていた。







「ブレスレットで破綻する関係に価値はない。でも、ブレスレットで破綻しない関係には価値がある」

「したいことをするにはしたいようにするしかない。叶えたいことは自分で叶えるしかない」








 当たり前のことを言葉にした担任は、最後にまた当たり前の言葉を口にした。いや、この言葉をかけてくれる人はきっと当たり前じゃない。







「相澤、頑張るんだ」







 なんでこの担任今まで人気なかったんだろう、と純粋に思ってしまう。
 当たり前なことばかりを口にするから?
 まぁ、なんでも良いや。だって、きっとこの担任の人気は勝手に出るだろうし。





 じゃあ、私の人気は?





 ……自分で出すしかないよね。





 スマホを出して、いつものグループにメッセージを送る。







『今からブレスレットを家に取りに帰って追いつくから、フラペチーノ飲むの待ってて!!!』






 既読はすぐに着いた。






「待ってる!」






 見とけよ、クリスマスイブ。私だって満喫してやる。



fin.