七都の獣化が涙で解除されないと発覚して、留衣は急ぎ鏡子へ報告した。
部屋に足を運んだ鏡子だが、床でくつろぐ七都の獣化後の姿を前にしても驚く様子はなかった。
「あらまあ本当だわ。でも二十四時間後には元の姿に戻るから大丈夫よ」
「ですが、本日は七都様と私は別荘に戻る予定で……」
両親との顔合わせのために本邸にやってきた二人は、本日別荘に戻る予定だった。獣化の姿で帰ることもできるが、このままでは七都が好奇な視線に晒されるかもしれない。それは七都が最も苦手としている行為だ。
「そうだったわね。どうしましょう、もう一泊する?」
鏡子が尋ねると、七都は大きな頭でこくりと頷いた。続いて留衣にも問いかける。
「留衣ちゃんはどうしたい?」
「え?」
「帰りの車と運転手は手配しているから、別荘に帰ることもできるし七都と一緒にもう一泊することもできるけれど」
つまり獣化した七都はもう一泊することが決まったが、留衣は留衣で選択肢があるということだ。
七都が獣化したきっかけにも、解除されないことについても責任を感じていた留衣はもう一泊することを望んだ。
「私も七都様と一緒に――」
言いかけた時、七都が立ち上がって留衣の前にやってくる。青い目でじっと見つめたのち、首を横に振ったのだ。
それは留衣ひとりで別荘に帰れという意味だった。
「どうしてですか? 私のせいなのに……」
昨夜あんなお願いをしなければ七都が獣化することはなかった。こんなにも多大な迷惑と面倒をかけているのに、先に帰れと言われてすぐに納得はできない。ただ、七都がそう言うなら留衣はそれに従うしかない。
「……わかりました。では、一人で先に帰らせていただきますね」
納得はしていないが、七都にこれ以上の負担と心配はかけられないからだ。無理に微笑む留衣の顔を七都はじっと見つめた。
話がまとまったと判断した鏡子は、留衣の肩に手を添えて部屋の退出を促す。
「それじゃあ留衣ちゃん! 朝食にしましょう〜」
「あ、でも七都様は……?」
「この子、獣化中は食事しないしお腹も空かないから放っておいていいのよ〜」
扉が閉まる直前、留衣は部屋のなかに視線を向ける。そこには床におとなしく座り留衣を見送る七都の姿があった。
午前中に雪平の本邸を出発した車は、予定通り留衣のみを乗せて帝都の中心部を出た。
やがて別荘に続く林道に入り景色が変わった頃、後部座席にポツンと乗車する留衣はずっと考えていた。
(七都様に許可をいただいたから、別荘に着いたら李九さんと佐喜子さんにきちんと説明しないと。雪平家の歴史と涙の秘密、そして昨夜の出来事も……)
報告することがたくさんあって、ひとつひとつ頭のなかで整理する。一方で、留衣は大きな悩みも抱えていた。
涙で獣化が解除されなくなった理由が未だ不明で、今後どうなってしまうのだろうという不安。七都が留衣を一人で帰らせた理由は、涙で獣化が解除できなくなった自分と一緒にいても意味がないと思ったのかもしれない。
そもそも涙に秘められた力をきっかけに研究への協力や同居がはじまった。偽装婚約者をすることになったのも、両親からの疑いや鬱陶しい縁談話を避けるためだ。
涙の謎が紐解かれ真実を知ることができたなかで、七都の獣化が留衣の涙で解除されなくなったのだから、七都にとって留衣はもう――。
「不要……」
留衣は脳裏に浮かんだ言葉をそのまま口にした。途端、猛烈な恐怖感と孤独感に苛まれ、思わず自分の体をぎゅっと抱きしめた。
正午頃、別荘の門前に到着した。運転手にお礼を伝えて車を降りた留衣は、一人で正門をくぐる。
「ただいま戻りました」
正面玄関の扉を開け、中に向かって留衣が声をかける。すると広間に続く奥の廊下から佐喜子が走ってきた。
「おかえりなさいませ!」
「佐喜子さん……!」
ここまでの帰り道、七都が不在だったことでずっと心細かった留衣はようやく安心感を覚えた。
「先ほど奥様からお電話がありました。七都様はもう一泊すると」
「はい。私のせいでそのようなことに……」
そこへ前髪に寝癖をつけた李九が、大きなあくびをしながら姿を現した。
「やっと帰ったか……って、七都は?」
目を丸くして留衣の周囲を見渡し七都の姿を探す。遅く起きた李九は七都がいない理由をまだ知らなかったのだ。
早速広間に移動した留衣は、李九と佐喜子にソファへ腰掛けてもらい、すべてを説明する。
留衣の前世は八重という女性で、雪平家に獣力者を誕生させた人物。彼女は七都の曽祖父、真太郎の妻で雪平家に受け継がれる獣化の未来を案じていた。
結果、獣化からの解放を望んでいる七都だけに、八重の生まれ変わりである留衣の涙の効果が表れた。
だが、今朝になってその涙が突然無効化する。
李九と佐喜子の正面に座っている留衣が、深刻な顔で説明を続ける。
「涙に隠された力の理由がわかった途端、七都様の獣化が解除されなくなってしまいました」
「ふーん。なるほどねー」
一方の李九は足を組んで頬杖をつき、いつもの軽い調子で話を聞いていた。その隣に座る佐喜子がそっと留衣を励ます。
「もしかすると一時的かもしれませんし、そんな重く考えなくても良いと思いますよ」
「……そ、そうですか?」
「七都様のお考えもまだ聞けていませんから、考えるのはそれからにしましょう」
佐喜子の言うとおり、まだその件について七都と話ができていない。勝手に悩んで、勝手に不要な存在になってしまったと思い込んでいるだけだ。
しかし、それでも留衣の心は晴れなかった。
この日は李九に「ゆっくり休め」と言われてしまった留衣は、研究の手伝いはせずにのんびり過ごさせてもらった。
中庭に咲いている花を眺めたり、自室で読書をしたりと好きなことに時間を使ったため良い気分転換にはなった。ただし七都のいない食事風景を目にすると、心に穴が空いたような物悲しさを覚える。
就寝時間を迎え、ベッドに入り胸元まで布団を被った。静かな空間に一人でいると思考が働いてしまい、全然眠れる気配がない。
(……七都様の獣化がそろそろ解除される時間だわ)
机に置かれた時計を確認して七都の心配をしてしまう。
そして七都のことを考えると、自分の存在価値について考えてしまうという悪循環が生まれた。
佐喜子は獣化の解除がされなかったのは、一時的かもしれないと話してくれた。しかし留衣のなかではその逆もある気がしてならなかった。
獣化が解除される効果が一時的なものであって、今後このまま涙の効果が得られなくなってしまうのではと。
だとしたら、八重の思いはどうなってしまうのか。雪平家に生まれた子孫たちが、獣力者として苦悩するのを案じたことで効果があったはずなのに。
(もしかして、七都様自身がそれを必要としなくなった……?)
獣化からの解放を望む気持ち自体が、彼のなかで消えてなくなったのかもしれない。そう考えると辻褄が合う。
(……ああ。七都様にとっても、私は不要な存在になってしまったのね)
ぎゅっと布団を握りしめて、留衣は瞳を震わせながら辛い経験を思い出す。
誰にも必要とされない不安と恐怖は、以前にも味わったことがあった。従妹の菖と元婚約者の昇だ。血の繋がりがある菖にも、婚約を申し出た昇も、最後には留衣を不要とみなし裏切りの末に殺そうとしたのだ。
しかし今の留衣は気づいてしまった。命が奪われそうになったあの時よりも、七都に必要とされないことのほうが比にならないほどに辛くて悲しいことに。
(……寒い)
深夜を迎えても留衣の胸の痛みは消えず、心の状態は不安定なままだった。
*
翌日は朝から小雨が降っていて、もしかするとみぞれになるのではと心配するくらいに気温も低かった。
昨夜のうちに人間の姿に戻った七都は、すぐにでも別荘に帰りたい気持ちを抑えて朝まで待った。七都が案じているのはもちろん、一人寂しく帰らせてしまった留衣のことだ。
それには訳があった。慣れない場所と移動で疲れているであろう留衣を、心休まる場所に早く帰してあげたかった。もう一つは李九に真相を伝えて欲しかったからだ。
獣化した虎の姿では何も話せないため、留衣には不安な思いをさせたと反省している。心優しい留衣のことだから、一晩明けた今現在も涙で獣化が解除されなかったことを気にしているはず。
七都には、解除されないことに対して心当たりがあったのだ。
(帰ったら、留衣さんに伝えなくては)
玄関先で傘を開いた七都は、見送りに顔を出した両親に挨拶する。
「二日間お世話になりました。雪平家についても話してくださり感謝しています」
言いながら軽く頭を下げた。息子の見送りのために出勤時間を遅らせた蓮二が尋ねる。
「獣化の研究は続けるのか?」
七都が顔を上げると、複雑な表情の蓮二がいた。
「留衣さんの涙で獣化の解除がされなくなったのだろう? ならば彼女は解放してやるべきだ。偽装婚約者を続ける理由もない」
すると留衣を気に入っている鏡子は、蓮二の隣でにこにこしながら会話に割って入る。
「でも留衣ちゃんが望むのならこのまま別荘に住んでくれてもいいのよ〜」
「それは彼女の将来を狭めてしまうから駄目だ。もっと広い世界を見てほしい、八重さんの分まで……」
意見は違えど、蓮二も鏡子も留衣を思っての発言だった。そのことをよく理解している七都は、傘に落ちる雨音を聞きながら胸に秘めた思いを吐露する。
「……父さん母さん、心配してくれてありがとうございます。俺も昨日はずっとそのことを考えていました。この先の留衣さんとのか変わりについて」
傘を握る手に力が入る。思ったよりも緊張していた七都が深呼吸を挟んだ。
「今の時点でお二人に言えるのは……。俺にとって留衣さんが、特別で大切な女性ということです」
背筋を伸ばし、両親を真っ直ぐに見つめて宣言した。その瞬間、雨雲の隙間から太陽の光が差し込み、周囲に降り注ぐ雨粒をキラキラと輝かせる。
男としても成長を遂げたような一人息子に、蓮二と鏡子は胸を熱くさせた。
「……そうか。男に二言はないからな。お前を信じるぞ」
「七都、頑張ってね!」
両親の言葉に励まされた七都が「はい」と力強く返事をする。別れ際に一礼し、車が待つ門外へと姿を消した。
七都を見送り、胸を撫で下ろした蓮二が鏡子に本音を漏らす。
「今のうちに招待客の一覧を作っておこうか」
「うふふ。蓮二さんったらせっかちね。さすがに気が早いわよ」
「そ、そうだな……」
蓮二がぎこちなく返事をすると、鏡子がその腕をぎゅっと抱きしめて嬉しそうに話す。
「そうなることを願いながら待ちましょう」
やがて門の外で車が発車するエンジン音が聞こえた。
留衣に抱く気持ちをはっきりと自覚した七都は、留衣が待つ別荘へと急いだ。
雨が降り続けるなか、別荘へと戻ってきた七都は広間の暖炉前で冷えた体を暖めていた。
七都が帰ってきたというのに、佐喜子の出迎えがなければ留衣の姿も見えない。
建物内が静かなことに違和感を覚えていると、廊下の奥から扉が開く音が聞こえた。七都が目を向けると、広間にひょこっと顔を出したのは李九だった。
「あ、七都だ。戻ってたのか」
「李九。この時間に寝ていないなんて珍しいな。留衣さんから話は聞いたか?」
「昨日のうちに全部聞いた」
返答しながらソファに腰掛けた李九は、一枚の用紙を差し出してきた。
「もう必要ないけど一応渡しておく。血液検査の結果だ」
七都が受け取り目を通す。そこには七都と留衣の名前の記載に、さまざまな項目数値が比較されている。結果、血縁関係は認められないという一文が最後に書かれていた。
留衣が八重の生まれ変わりとわかった時点で、血縁関係の可能性は遠のいていた。ただし確証はなかった七都は、科学的にも証明されたことに深く安堵した。
「色々調べてくれて感謝する」
「別に七都のためじゃない。獣化という異能を深く知りたい俺が調べたかっただけだ」
「それでも本当に助かったよ」
数日間抱えていた緊張が解れ七都がふと笑みをこぼした。その雰囲気が以前よりも随分丸くなったように感じて、李九が目を細めながら問う。
「七都らしくないな。研究結果に礼を言うなんて」
「俺自身がもっと周囲の人たちに感謝しなければならないと考え改めたんだ」
「ふーん。それって留衣の涙で獣化が解除されなくなったことと関係してる?」
李九の指摘が的確で、七都は思わず息を詰まらせた。
昨日、留衣から話を聞き李九なりに一晩考えていたのだろう。そしてある要因に気づき、こうして含みのある質問を投げかけた。じっと見つめてくる琥珀色の目が七都をとらえて逃さない。
「……李九は本当に賢いな。だらしない性格と生活を送っているのに」
「褒めてんのか貶してんのか」
李九がじろっと睨みつけるも、七都はそれを微笑みながら受け流した。
「ところで留衣さんと佐喜子さんは不在なのか? やけに家の中が静かだが」
すると李九がはっとした表情をして焦りながら説明する。
「……悪い。作業に没頭していて忘れてたんだけど、実は」
「え?」
嫌な予感がして七都が眉を寄せた。
留衣の部屋の前までやってきた七都は、大きな音を立てないよう控えめにノックする。
しばらくして扉がゆっくり開くと、佐喜子が姿を見せた。
「七都様、戻っていらっしゃったんですね」
「つい先ほど。それで、留衣さんの容体は?」
李九から簡単に聞いてはいるが、その詳細は佐喜子のほうが知っているはず。七都が不安げに尋ねると、佐喜子は室内に視線を向けながら小声で話しはじめる。
「朝食時間になっても食堂にお見えにならなくて部屋を訪ねたら、留衣様が高熱にうなされていたのです。今はまた深い眠りに入りました」
「そうですか……」
部屋の外からベッドに目をやる。畳んだ手ぬぐいを額に乗せ、頬を紅潮させた留衣が眠っているのが確認できた。
その苦しそうな表情に胸が締め付けられた七都は、佐喜子に申し出る。
「俺に看病させてください」
「で、でもお疲れでは……?」
「大丈夫です。留衣さんのそばに、いたいので」
両者を心配する佐喜子だったが、七都の真っ直ぐな思いを知り直感する。
「なるほどっ、ではお願いします。佐喜子も時折様子を見にきますから」
「ありがとうございます」
七都と入れ替わるようにして部屋を退出した佐喜子は、ベッドに近づく七都の背中を温かい目で見送ったのち扉を閉めた。
屋根を叩く雨音と、熱にうなされた寝息だけが聞こえる室内。ベッドのそばに置かれた椅子に腰掛けた七都は、留衣の様子をそっと伺う。
悪夢を見ているのか、呼吸は浅く苦しそうだ。
できることなら代わってやりたいと強く願う七都が、赤くなった頬に手を伸ばす。起こさないように指先を触れさせると、じわりとした熱が伝ってきた。
思っていたよりも熱が高く、少しでもそれを分けてほしくて今度は手のひら全体を頬に添える。
「……ん」
眠っている留衣が小さく声を漏らした。同時にひやりと感じた七都の手のひらに縋るように顔を動かす。
そんな反応をされた七都の鼓動は、これまでにないほど加速した。
「っ……こんな気持ちは、初めてだ」
胸が締め付けられて苦しいのに心はずっと火照り続ける。それは友人の李九や両親に抱く感情とは別物であることを、七都はすでに理解していた。
特別で大切な人にだけ溢れてくる、抱きしめたいほどに愛おしい感情をなんと呼ぶのかを――。
留衣が眠りから覚めたのは、雨が止んだ夕暮れ時だった。夕焼け色に染まる天井に気づいて、ずいぶん長い時間眠ってしまったのだと反省する。
(……首裏が冷たくて、気持ちいい)
今朝、心配して部屋に来てくれた佐喜子が氷枕を用意してくれたのを思い出す。それが今時間になっても冷たいということは、眠っている間に何度か替えに来てくれたのだと察した。
鉛のように重くて熱かった体も少し楽になり、留衣がゆっくりと体を起こしかけた。その時、椅子の背もたれに寄りかかって目を閉じる七都の姿を目にした。
「……え、七都様⁉︎」
思わず名前を口にすると、七都はすぐに反応して目を開けた。ベッドの上で上体を起こしている留衣と目が合い、驚いた表情をする。
「留衣さん、起き上がって大丈夫なのか⁉︎」
「は、はい。熱は下がったようで」
「失礼」
七都は留衣の返事を待たず、椅子から立ち上がってその額に手を当てる。突然触れられて胸が高鳴った留衣は、恥ずかしそうに視線を落とし指先をもじもじさせる。
「確かに下がってきている。よかった」
「あの……お戻りになったのに出迎えられずすみませんでした」
本邸から七都が戻ってくるとわかっていたが、体調不良で出迎えが叶わなかった。そのことを留衣が詫びると、七都は安堵の笑みを浮かべる。
「気にしなくていい。留衣さんが元気になってくれるのが一番重要だ」
どこか甘さを含んだ七都の青い瞳に見つめられ、留衣の動悸が激しさを増す。同時に獣化が解除されなくなってからずっと考えていた不安も押し寄せてくる。
そっと目線を外した留衣は、布団を握りしめて平常心を保った。
「ご心配をおかけしました。もう大丈夫ですので……」
「病み上がりだから安静に過ごそう。食欲があるなら部屋で食べるといい。俺が取りに行ってくる」
言いながら七都が扉のほうを向いた。
「いいえ。あとは自分でできますから、七都様はお部屋に戻ってください」
留衣は申し訳なさそうに眉を下げて七都を止める。気遣いが癖になっている留衣を理解していた七都だが、今のはどこか遠ざけるような意図を感じた。
七都は再度椅子に座り、留衣の様子を窺う。
「……俺が、何か気に障るようなことをしてしまったか?」
「え⁉︎ いいえ。、そのようなことは……」
「では先日の、獣化が解除されなかった件を気にしているのか」
図星をつかれて留衣の心臓が縮まる。この話題からは逃れられないと思ってはいたが、七都に「不要」を突きつけられる覚悟はまだできていない。
留衣が沈黙していると、やはりそうかと言わんばかりに七都がその件について語りはじめる。
「留衣さんのせいではない。あれは、俺の気持ちの問題だ」
七都が弁解しようとした時、すでに予測済みだった留衣が先に言葉に出してしまう。
「獣化からの解放を望まなくなったのですよね」
意表をつかれたような七都の表情に、留衣は正解を引き当てたのだと落胆する。
「……七都様は獣力者であるご自身を受け入れ、その存在をお認めになった。獣化が解除されなかったのは、八重さんの魂を受け継ぐ私の涙が、七都様にとって“不要”になったから」
言い終えてぐっと唇を噛みしめた留衣は、返事を待つ時間が怖くてたまらなかった。
しばし静寂に包まれたのち、七都が神妙な面持ちで答える。
「留衣さんの言うとおりだ。もう……涙は不要だ」
ついに七都の声で“不要”と突きつけられてしまった。わかっていたのに、実際に言われると大きな衝撃が体を突き破り心がバラバラに砕かれたような感覚になる。
留衣にとって七都は命の恩人だ。その恩返しのことだけを考えていればよかったのに、いつの間にか彼と過ごすことに楽しさや安らぎ、そして余計な欲を持ってしまった。
それらは留衣が勝手に持っていたもので、たとえ悲しさや喪失感を覚えても七都には関係のないこと。
自分に言い聞かせていたのに、気づけば留衣の目からは涙が溢れていた。
「留衣さ――⁉︎」
「す、すみませ……! まだ少し、熱があるみたいで……」
体調不良を言い訳にして涙を拭うも、不要という言葉が何度も脳裏で繰り返される。うまく呼吸もできず、胸が苦しくてたまらない。
こんなぼろぼろな姿を晒したくなくて、留衣が両手で顔を隠そうとした。自ら視界を遮った瞬間、包み込まれるような感触と温もりを覚えて留衣が目を見張る。
ベッド端に腰掛けた七都が、涙を流す留衣を背後から優しく抱きしめていた。



