ノイズ爆音につき注意

 スタジオのドアを閉めた瞬間、外の風が心地よく感じた。

「やっぱ、アンプ繋げるだけでテンション上がるわ」
「だな。音、気にせず出せるの最高だし」

 俺も思わず笑う。三時間なんてあっという間だった。

 スタジオの中では、何度も合わせて、失敗して笑って、また最初からやり直して。

 音が自分の思った通りに重なって、ギターと声がぶつかり合う感覚。
 生音とは比べ物にならない迫力だった。

「毎週来たいくらいだな」
「俺らの財布が終わるぞ」

 笑いながら歩く。
 夜の風が気持ちよくて、さっきまでの大音量が嘘みたいに静かだった。

「本番用にバンド名決めねぇーと」
「あー、忘れてた。バンド名ってなんか恥ずかしいな」
「でも、決めるとバンド感ましてよくね」

 凛音が腕を組みながら考え込む。

「どんなのにする?」
「やっぱ、かっこいいのがいいよな」

 少し考えてから、凛音がニヤッとする。

「じゃあさ」
「なに」
「ペンネえんぴつとか」
「お前それ、絶対ダメなやつだから」

 即答すると、凛音が不満そうに眉をひそめる。

「バレるか?」
「ほぼ丸パクリだろ」
「いや、微妙に違うし」
「どっちにしろ俺がいやだ」

 しばらく、いくつか名前を出してみるけど、俺たちのセンスがないのか、どれもしっくりこなかった。

「まだ時間あるし今度考えるか」
「そうだな」

 駅から少し歩いたところで、道が二つに分かれる。

「じゃ、俺こっちだから」

 凛音がギターケースを軽く持ち直して言った。

「おう。気をつけてな」

 背中が離れていくのを見送ってから、俺は家の方向へ歩き出した。

 家に着き、玄関のドアを開けた瞬間、ふわっといい匂いが鼻に届く。
 空腹が、一気に現実に引き戻された。

 リビングに入ると、テーブルの上にはもうハンバーグが並んでいた。
 湯気が立っていて、ソースの匂いがやけにうまそうだ。

「おかえり。ちょうど、ご飯できたところなのよ」
「ただいま。はぁー、お腹空いた」

 椅子に座ると、母が茶碗を持ってくる。

「ご飯、どのくらい食べる?」
「大盛りで」

 そう言うと、少し笑って、山盛りによそってくれた。

「いただきます」

 箸をつけると、母が俺を見て言う。

「最近、よく食べるわね」
「そうかな」

 ハンバーグを一口頬張り、すぐに米を掻き込む。

「ボーリング、楽しかった?」

 その一言で、箸が止まった。
 一瞬だけ。でも、すぐに動かす。

「楽しかったよ」

 今日のことは、友達とボーリングに行くことになっていた。

「帰り暗いから、気をつけてよ。最近、学校から帰るのも遅いけど......勉強は大丈夫なの?」

 心臓が、微かに嫌な音を立てる。

「居残って、自習してるんだよ。家より学校のほうが、集中できるから」

 なるべく何でもない顔で、箸を進めた。

「そうなのね」

 母は、安心したみたいに笑った。

 それからは、特に何も聞かれなかった。
 テレビの音と、食器の音だけ。

 なのに――

 さっきまで確かに美味しそうだったはずの味が、そのあと、よくわからなくなった。