ノイズ爆音につき注意

 あの三日間の文化祭が終わって、学校はまた、いつもの通りに戻った。

 体育館を沸かせた俺たちだけど、世界が劇的に変わったわけじゃない。

 正直、ちょっとは期待した。モテるとか、噂になるとか。

 現実は、クラスの女子がたまに話しかけてくるようになったくらいで、それもすぐに日常に溶けていった。

 でも変わったこともちゃんとあった。

 拓也と、よくカラオケに行くようになった。
 マイクを握ると、まだ少し緊張するけど、あの日よりは、ずっと素直に声が出る。

 文化祭が終わると、みんな一斉に参考書を開き始めた。

 受験生としての現実が、静かに、でも確実に迫ってきていた。

 Noiseは、あの日から始まって、あの日に解散した。

 三年最後の文化祭。
 たった一度きりのステージ。

 それでよかった。

 凛音とは、毎日のように一緒に帰った。
 新しく出たバンドの話で盛り上がったり、帰りに楽器屋に寄って、何時間もギターを眺めたり。

 凛音は大学に進学して、軽音サークルに入って、ギターを続けるらしい。

「ぜっったいに有名になってやる!」

 そう言って笑う顔は、ステージの上と同じだった。

 俺はというと――
 母さんは、あの日ちゃんと見に来てくれていた。

 人混みの中、体育館の後ろのほうで。
 俺が気づかない場所で、ずっと。

 帰ってから、ぽつりと言った。

「......あんなに楽しそうに歌う悠真、初めて見た」

 その一言で、胸の奥がじんわり熱くなった。
 責められると思っていた。
 心配されると思っていた。

 でも、母さんはただ、嬉しそうだった。

 その夜、久しぶりにちゃんと向き合って話をした。
 将来のこと。
 音楽のこと。
 そして、俺が選びたい道のこと。

 俺は、音響エンジニアについて学べる学科がある大学を受験することに決めた。

 ステージの真ん中で歌うことはできなくてもいい。
 マイクの向こうで叫ばなくてもいい。

 音を作る側として、誰かの音を、最高の形で届ける側として。

 どんな形でもいいから、俺は、音楽に関わっていたかった。

 母さんは、少し考えてから、静かに頷いた。

「悠真が、自分で決めたなら」

 Noiseは、もう鳴っていない。
 でも、あの日鳴らした音は、確かに、俺の中で未来につながっている。

 雑音みたいで、不完全で、それでも確かに、生きていた音。

 俺は今日も、その音の先を、選んで歩いていく。

 この先なにかにぶつかって立ち止まってしまときがあるかも知らない。けど、あの瞬間さえあれば、俺たちはなんでもで来るような気がしんだ。