部屋にあったはずのものが、全部なくなっていた。
壁に立てかけてあったギター。
譜面台に挟まれていた、書き込みだらけの楽譜。
いつもそこにあったはずのものが、きれいに消えている。
まるで最初から存在しなかったみたいに、跡形もなく。
一歩、部屋の中に足を踏み入れる。
床のきしむ音が、やけに大きく聞こえた。
「......父さん?」
喉から漏れた声は、自分でも驚くほど小さかった。
そこだけが、ぽっかりと空白になっていた。
胸の奥が、じわりと冷えて、嫌な予感が、形を持って広がっていく。
何が起きたのか理解できないまま、俺は部屋を出て、リビングへ向かった。
カーテンの隙間から差し込む午後の光の中で、母は床に座り込んでいた。
散らばった段ボール。
引き出しだけが残された、空っぽの棚。
その光景を見た瞬間、頭の中で何かがすとんと落ちた。
――ああ、いなくなったんだ。
父が。
音楽と一緒に。
喉がひりつく。
呼吸の仕方を、忘れてしまったみたいだった。
「......悠真」
名前を呼ばれて、びくりと肩が跳ねる。
振り向くと、母が赤く腫れた目で俺を見ていた。
立ち上がろうとして、よろける。
次の瞬間、強く、強く抱きしめられた。
骨がきしむほどの力だった。
「悠真はお父さんみたいにならないでね」
耳元で、震える声が落ちてくる。
「音楽なんて人を幸せにしない。家族を壊すだけだから......」
その言葉が、胸の奥に突き刺さる。
違う、と言いたかった。
父のギターの音が好きだったこと。
一緒に歌った時間が楽しかったこと。
でも、何も言えなかった。
母の体は小さく震えていて、必死に俺にしがみついていた。
その温もりが、余計に言葉を奪った。
俺が何か言えば、母はもっと壊れてしまう気がした。
だから、黙って頷いた。
それしか、できなかった。
その日から、家の中で音楽は消えた。
テレビから流れる歌も、ラジオのメロディも、すぐに消された。
歌うことも、口ずさむことも、話題に出すことさえ、許されなかった。
俺の「好き」は、静かに封をされて、奥へ押し込められていく。
――俺は約束した。
歌わない。
音楽を選ばない。
父みたいにならない。
それが、母を守る方法だと信じて。
壁に立てかけてあったギター。
譜面台に挟まれていた、書き込みだらけの楽譜。
いつもそこにあったはずのものが、きれいに消えている。
まるで最初から存在しなかったみたいに、跡形もなく。
一歩、部屋の中に足を踏み入れる。
床のきしむ音が、やけに大きく聞こえた。
「......父さん?」
喉から漏れた声は、自分でも驚くほど小さかった。
そこだけが、ぽっかりと空白になっていた。
胸の奥が、じわりと冷えて、嫌な予感が、形を持って広がっていく。
何が起きたのか理解できないまま、俺は部屋を出て、リビングへ向かった。
カーテンの隙間から差し込む午後の光の中で、母は床に座り込んでいた。
散らばった段ボール。
引き出しだけが残された、空っぽの棚。
その光景を見た瞬間、頭の中で何かがすとんと落ちた。
――ああ、いなくなったんだ。
父が。
音楽と一緒に。
喉がひりつく。
呼吸の仕方を、忘れてしまったみたいだった。
「......悠真」
名前を呼ばれて、びくりと肩が跳ねる。
振り向くと、母が赤く腫れた目で俺を見ていた。
立ち上がろうとして、よろける。
次の瞬間、強く、強く抱きしめられた。
骨がきしむほどの力だった。
「悠真はお父さんみたいにならないでね」
耳元で、震える声が落ちてくる。
「音楽なんて人を幸せにしない。家族を壊すだけだから......」
その言葉が、胸の奥に突き刺さる。
違う、と言いたかった。
父のギターの音が好きだったこと。
一緒に歌った時間が楽しかったこと。
でも、何も言えなかった。
母の体は小さく震えていて、必死に俺にしがみついていた。
その温もりが、余計に言葉を奪った。
俺が何か言えば、母はもっと壊れてしまう気がした。
だから、黙って頷いた。
それしか、できなかった。
その日から、家の中で音楽は消えた。
テレビから流れる歌も、ラジオのメロディも、すぐに消された。
歌うことも、口ずさむことも、話題に出すことさえ、許されなかった。
俺の「好き」は、静かに封をされて、奥へ押し込められていく。
――俺は約束した。
歌わない。
音楽を選ばない。
父みたいにならない。
それが、母を守る方法だと信じて。



