犬系男子は猫系男子に恋をする

 翌日の朝、怜の席は空いていた。

 それだけで、陽向の胸はざわついた。

「……休み?」

 独り言みたいに呟くと、後ろから声がした。

「怜なら、昨日倒れて保健室行ったよ」

 白石だった。
 カーディガンの袖を指でつまみ、少しだけ表情が硬い。

「……倒れた?」

 心臓が、嫌な音を立てる。

「放課後。文芸部で」

 その言葉で、全部繋がった。

 裏門にいなかったこと。
 連絡が来なかったこと。

「今は?」

「今日は休み。熱、結構高いみたい」

 陽向は、考える前に言っていた。

「……会いに行っていい?」

 白石は、一瞬だけ迷ってから頷いた。

「完全防備なら」

「もちろん」

 ――それからの行動は早かった。

 放課後。
 陽向はマスクをつけ、消毒液をポケットに突っ込み、白石と並んで歩いていた。

「三条の家、ここから少し遠いけど」

「どこでも行く」

 それが、嘘じゃないのが自分でも分かる。

 住宅街を抜け、車通りの少ない道に出る。
 やがて、目の前に現れたのは――

「……え」

 思わず、声が漏れた。

 門がある。
 塀が高い。
 でかい。

「……あー、知らなかった?」
 白石が、あっさり言う。

「三条の家って、この辺じゃ有名な三条グループの御曹司だよ」

 言葉が追いつかない。

「……怜が?」

「うん」

 門の前で、白石は立ち止まった。

「私はここまでね」

「え」

「怜、今は人少ない方がいいから」

 インターホンを押しながら、白石は続ける。

「飲み物と食べ物、渡してある。あとは……任せた」

 門が開く。

「じゃ、春日」

 白石は、少しだけ笑った。

「怜のこと、よろしく」

 背中を押される。

 ――気づいたら、引き返せなくなっていた。

 屋敷の中は、静かだった。
 案内された客間を抜け、階段を上がる。

 扉の前で、深呼吸。

 マスクを直す。
 消毒。

 ノック。

「……どうぞ」

 かすれた声。

 扉を開けると、ベッドに怜がいた。
 パジャマ姿で、顔が赤い。

「……春日?」

 驚いたように目を見開く。

 その瞬間。

 陽向の中で、何かが切れた。

「何で倒れるまで我慢するんだよ!」

 声が大きくなる。

「連絡、しろよ!
 昨日、どれだけ探したと思って――」

 言いながら、ベッドの横まで行く。

 怜は、少し困ったように視線を逸らした。

「……迷惑かけると思って」

「かけろ!」

 即答だった。

「俺に、かけろよ!」

 マスク越しでも分かる。
 息が荒い。

 大型犬。
 感情、全開。

「怜がいないと、調子狂うんだよ」

 言ってから、はっとする。

 でも、止まらない。

「倒れて、熱出して、それで……」

 声が震える。

「……怖かった」

 怜の目が、揺れた。

「春日……」

「陽向」

 名前で呼ばれて、胸がぎゅっと縮む。

 陽向は、ベッドの横にしゃがみ込んだ。

「無理するな」

 声を落とす。

「俺、強いとか言われるけどさ」

 自嘲気味に笑う。

「怜のことになると、全然だめ」

 怜は、しばらく黙っていた。

 それから、ゆっくり言う。

「……来てくれて、ありがとう」

 その一言で、全部報われた。

 陽向は、そっと立ち上がる。

「今日は、顔見たから帰る」

「……もう?」

「また来る」

 断言。

 扉の前で、振り返る。

「次は」

 一瞬、言葉を探す。

「ちゃんと元気なときに、話そう」

 怜は、小さく頷いた。

 廊下に出た瞬間、膝が少し震えた。

 ――知ってしまった。

 怜が、弱ること。
 守りたいと思う気持ちが、想像以上だったこと。

 マスクの下で、陽向は小さく息を吐く。

「……好きだな」

 誰にも聞こえない声で。

 大型犬は、一度走り出したら止まらない。

 この熱は、
 もう、引き返せないところまで来ていた。