犬系男子は猫系男子に恋をする

「これで、全部かな」

倉庫の奥に積まれた段ボールを見渡して、怜が言った。
文化祭の喧騒はもう遠く、校舎の中には片付けの音だけが残っている。

「……うん。たぶん」

陽向はそう答えながら、視線を床に落としたままだった。
視線を上げれば、すぐ隣に怜がいる。それがわかっているからこそ、見られない。

「じゃあ、行こっか」

怜の声は、いつも通り穏やかだった。
それが逆に、陽向の胸を締めつける。

二人は並んで倉庫を出た。
廊下を歩く靴音が、不自然なほど揃っている。

「……今日は、長かったな」

沈黙に耐えきれず、陽向がぽつりとこぼす。

「うん。文化祭って、始まると一瞬なのにね」

「……だな」

それきり、また言葉が途切れる。

下駄箱で靴を履き替える時も、どこかぎこちない。
屈んだ拍子に肩が触れそうになり、陽向は反射的に距離を取った。

その一瞬を、怜は見逃さなかった。

――距離、取られてる。

そう思った瞬間、胸の奥がひくりと痛む。
嫌だったのかもしれない。
自分が、踏み込みすぎたのかもしれない。

校門を出ると、空はすでに夕焼けに染まっていた。
文化祭の装飾がまだ残る校舎が、オレンジ色に照らされている。

二人は並んで歩き出す。
けれど、倉庫の時よりも、ほんの少しだけ距離がある。

(……漫画)

陽向の頭に浮かぶのは、それだった。

ページをめくるたびに苦しくなった胸。
自分を見透かされているような感覚。
それから――舞台の上。

暗転の直前、怜を見た時のこと。
何も考えられなくなった、あの瞬間。

(倉庫で……)

「嫌じゃなかった」

そう言われた時、心臓が跳ねた。
嬉しかった。
でも同時に、怖くもなった。

――俺、どうしたいんだ。

陽向は拳をぎゅっと握る。
怜の横顔が視界の端に入るたび、胸がざわつく。

一方、怜もまた、落ち着かないまま歩いていた。

(何か、変わった)

それだけは、はっきりわかる。
文化祭の前と、今とでは、確実に何かが違う。

陽向が、少し遠い。
近づけばいいのか、待つべきなのか、わからない。

「……夕焼け、綺麗だね」

怜が言う。

「……ああ」

それだけで会話は終わる。
言いたいことは山ほどあるのに、言葉にならない。

駅へ向かう道と、住宅街へ向かう道。
分かれ道に差しかかり、二人の足が同時に止まった。

「じゃあ……」

怜が言いかける。

「……うん」

陽向は頷いた。

ほんの数秒の沈黙。
その間に、二人とも同じことを考えていた。

――今なら、何か言えるんじゃないか。

怜は一歩、踏み出しかける。
口を開こうとして、閉じる。

(言ったら、どうなるんだろう)

怖い。
でも、言わなかったら、きっと後悔する。

「……」

結局、怜は何も言えなかった。

「……また、明日」

その声は、少しだけ小さい。

「……また、明日」

陽向もそう返す。

陽向は先に歩き出した。
数歩進んでから、背中に視線を感じる。

(……振り返りたい)

でも、振り返ったら、全部言ってしまいそうで怖い。

「……っ」

奥歯を噛みしめて、前を見る。

怜はその背中を見つめたまま、しばらく動けなかった。

(今日、何かが始まった気がする)

でも同時に、

(まだ……踏み出せない)

夕焼けの中、二人は背中合わせに離れていく。

同じ気持ちを抱えたまま、
言葉にできない余韻だけを残して。

――今日が、境目だった。

そう、二人とも気づいていながら。