昼休みの始まりを告げるチャイムは、午前中のそれよりも軽い。
教室の空気が一段階ゆるみ、誰かが椅子を引く音があちこちで鳴る。
俺は机の上に弁当を置いた。
ブレザーを脱いで、椅子の背にかける。シャツの袖を少しだけまくった。
「今日も隣、いい?」
陽向が、いつものように聞いてくる。
「……席、動いてないだろ」
「気分の問題」
意味が分からない。
それでも、陽向は俺の隣に腰を下ろした。
背が高いせいで、座っていても肩の位置が少し上にある。
「怜の弁当、いつもきれいだよな」
「普通」
「俺のと交換しない?」
「……やめとけ」
陽向の弁当箱は、コンビニの袋とセットだ。
今日はパンとサラダ。相変わらず。
「なあ、少しでいいから」
「……一口だけだぞ」
箸で唐揚げを一つ、取り分ける。
その瞬間、陽向が目を見開いた。
「いいの?」
「……だから、一口」
「優しい」
「そういう意味じゃない」
陽向は唐揚げを口に入れて、少しだけ目を細めた。
「うま」
その一言が、妙に胸に残る。
そのとき、後ろから声がした。
「おー、春日」
振り返ると、田島が立っていた。
ジャージの上に学ランを羽織る、いかにも陸上部な格好。
「昼メシ一緒に食っていい?」
「いいけど」
田島は俺を見ると、にやりと笑う。
「……で、この人が噂の隣席?」
「噂にするな」
「いや、もう部内じゃ有名」
田島は俺に視線を向ける。
「春日が授業中、やたら静かになる原因」
「余計なこと言うな」
陽向が即座に否定する。
「静かって何だよ」
「集中してる顔してる」
「それ、褒めてる?」
「半分な」
俺は会話に入らず、黙って箸を動かす。
田島は俺を観察するみたいに見てから、陽向に小声で言った。
「……距離、近くね?」
「普通だろ」
「いや、普通じゃない」
どこかで聞いたやり取りだ。
昼休みの後半。
人が減り、教室は少し静かになる。
陽向は机に肘をついて、俺の弁当を覗き込んでいた。
「怜ってさ」
「……何」
「昼、こうやって隣にいるの、嫌?」
「……嫌なら断ってる」
それを聞いて、陽向は一瞬、言葉を失った。
そして――笑った。
子どもみたいに、嬉しそうに。
陽向の中で、何かが決定的に落ちた。
キュン、と音がした気がした。
怜が、自分から拒まなかった。
それだけで、胸がいっぱいになる。
陽向は無意識に、俺の袖を指でつまんだ。
「……なに」
「いや」
慌てて手を離す。
俺はその動きを見て、少しだけ視線を落とした。
照れているのが、分かる。
猫は、簡単に懐かない。
でも、隣に座ることを許す相手は、限られている。
田島が立ち上がる。
「じゃ、俺先行くわ。午後、練習あるし」
「おう」
去り際、田島は陽向の耳元で囁いた。
「それ、もう好きだろ」
「……うるさい」
でも、否定はしなかった。
午後の授業前。
教室に戻ると、席はそのまま。
陽向は椅子に座りながら、俺を見上げた。
「怜」
名前。
「……何」
「昼、ありがとう」
「……どういたしまして」
それだけの会話。
でも、隣席の距離は、確実に変わっていた。
陽向はもう、分かっている。
この感情が何なのか。
好きだ。
昼休みの隣席で、
それは、はっきりと形を持った。
教室の空気が一段階ゆるみ、誰かが椅子を引く音があちこちで鳴る。
俺は机の上に弁当を置いた。
ブレザーを脱いで、椅子の背にかける。シャツの袖を少しだけまくった。
「今日も隣、いい?」
陽向が、いつものように聞いてくる。
「……席、動いてないだろ」
「気分の問題」
意味が分からない。
それでも、陽向は俺の隣に腰を下ろした。
背が高いせいで、座っていても肩の位置が少し上にある。
「怜の弁当、いつもきれいだよな」
「普通」
「俺のと交換しない?」
「……やめとけ」
陽向の弁当箱は、コンビニの袋とセットだ。
今日はパンとサラダ。相変わらず。
「なあ、少しでいいから」
「……一口だけだぞ」
箸で唐揚げを一つ、取り分ける。
その瞬間、陽向が目を見開いた。
「いいの?」
「……だから、一口」
「優しい」
「そういう意味じゃない」
陽向は唐揚げを口に入れて、少しだけ目を細めた。
「うま」
その一言が、妙に胸に残る。
そのとき、後ろから声がした。
「おー、春日」
振り返ると、田島が立っていた。
ジャージの上に学ランを羽織る、いかにも陸上部な格好。
「昼メシ一緒に食っていい?」
「いいけど」
田島は俺を見ると、にやりと笑う。
「……で、この人が噂の隣席?」
「噂にするな」
「いや、もう部内じゃ有名」
田島は俺に視線を向ける。
「春日が授業中、やたら静かになる原因」
「余計なこと言うな」
陽向が即座に否定する。
「静かって何だよ」
「集中してる顔してる」
「それ、褒めてる?」
「半分な」
俺は会話に入らず、黙って箸を動かす。
田島は俺を観察するみたいに見てから、陽向に小声で言った。
「……距離、近くね?」
「普通だろ」
「いや、普通じゃない」
どこかで聞いたやり取りだ。
昼休みの後半。
人が減り、教室は少し静かになる。
陽向は机に肘をついて、俺の弁当を覗き込んでいた。
「怜ってさ」
「……何」
「昼、こうやって隣にいるの、嫌?」
「……嫌なら断ってる」
それを聞いて、陽向は一瞬、言葉を失った。
そして――笑った。
子どもみたいに、嬉しそうに。
陽向の中で、何かが決定的に落ちた。
キュン、と音がした気がした。
怜が、自分から拒まなかった。
それだけで、胸がいっぱいになる。
陽向は無意識に、俺の袖を指でつまんだ。
「……なに」
「いや」
慌てて手を離す。
俺はその動きを見て、少しだけ視線を落とした。
照れているのが、分かる。
猫は、簡単に懐かない。
でも、隣に座ることを許す相手は、限られている。
田島が立ち上がる。
「じゃ、俺先行くわ。午後、練習あるし」
「おう」
去り際、田島は陽向の耳元で囁いた。
「それ、もう好きだろ」
「……うるさい」
でも、否定はしなかった。
午後の授業前。
教室に戻ると、席はそのまま。
陽向は椅子に座りながら、俺を見上げた。
「怜」
名前。
「……何」
「昼、ありがとう」
「……どういたしまして」
それだけの会話。
でも、隣席の距離は、確実に変わっていた。
陽向はもう、分かっている。
この感情が何なのか。
好きだ。
昼休みの隣席で、
それは、はっきりと形を持った。



