犬系男子は猫系男子に恋をする

放課後の空は、朝から嫌な予感がしていた。

昼過ぎまでは曇りだったのに、下校のチャイムが鳴った頃には、窓の外が一気に暗くなっていた。
机を片付けながら、怜は窓越しに空を見上げる。

「……降りそうだな」

隣から聞こえた春日の声は、いつもより少し低い。

春日は制服の上着を羽織り、リュックを肩にかけて立ち上がっていた。
怜は同じように立ち上がり、鞄を持つ。

——その瞬間。

ざあ、と音を立てて、雨が降り出した。

「うわ、マジか」

春日が窓の外を見て、眉をひそめる。
怜は一瞬、鞄の中を探った。

(……傘、入れてない)

視線を上げると、春日が自分のリュックから折り畳み傘を取り出すところだった。

「一本しかないけど……一緒に行く?」

問いかけは、あくまで自然。
でも、その言葉に、怜の心臓が小さく跳ねた。

「……うん」

短く答えて、怜は頷く。

校舎を出ると、雨は思った以上に本降りだった。
地面に弾く雨粒が、靴先を濡らす。

春日は傘を開き、少しだけ怜の方へ寄せる。
一本の傘の下、二人の距離は否応なく近くなった。

肩と肩が、触れそうで触れない。

春日の制服は、少し湿った匂いがして、
それがなぜか、妙に意識を引っ張る。

(……近い)

そう思った瞬間、春日がほんの少しだけ、距離を調整した。

——離れたわけじゃない。
でも、“触れないように、必死で計算している”のが分かる。

歩き出すと、会話が自然と減った。

雨音が、やけに大きく感じる。
傘に当たる音が、二人の沈黙を埋めていく。

怜は、横目で春日を見る。

横顔はいつも通りなのに、どこか硬い。
口は結ばれ、視線は前だけを見ている。

(……最近、こんな感じだ)

思い返せば、ここ数日。

自分が誰かと話しているとき、
春日は必ず、少しだけ距離を詰めてきた。

何かを言うわけでも、咎めるわけでもない。
ただ、“そこにいる”。

それが、なぜか気になって仕方なかった。

「……春日」

呼ぶと、少しだけ驚いたように視線が向く。

「なに?」

声は優しい。
でも、その奥に、何か張り詰めたものがある。

「……濡れてない?」

どうでもいい質問だった。
本当は、聞きたいことなんて別にあるのに。

春日は一瞬、きょとんとしたあと、笑った。

「怜の方が濡れてる」

そう言って、傘をさらにこちらへ傾ける。

その動きで、肩がほんの一瞬、触れた。

——触れた、と思った。

春日の身体が、わずかに強張ったのが分かる。
すぐに距離を戻す、その動作が、あまりに分かりやすくて。

(……あ)

そこで、怜はようやく気づいた。

これは、偶然じゃない。
雨のせいでも、傘のせいでもない。

(春日……我慢してる?)

その理由が、胸の奥で、ひっそりと形になる。

——嫉妬。

そう思った瞬間、心臓が変な音を立てた。

嬉しい、なんて感情が先に出てしまって、
すぐに、それを否定する自分がいる。

(……違う)

そうであってほしい。
でも、そうじゃなかったら。

春日は、ふいに足を止めた。

「……怜」

名前を呼ばれる。
いつもより、少しだけ低く。

「なに?」

怜が振り向くと、春日は目を逸らした。

「……さっき、昼休み」

言いかけて、止まる。

「……いや、なんでもない」

雨音が、その言葉を飲み込んだ。

でも、怜は分かってしまった。

——自分が、誰といたか。
——誰と、話していたか。

それが、春日に引っかかっていること。

「……気にしてる?」

問いかけは、ほとんど無意識だった。

春日は、ほんの一瞬だけ固まる。

それから、小さく息を吐いた。

「……してない」

否定の言葉なのに、声が揺れている。

怜は、それ以上、何も言えなかった。

一本の傘の下。
触れそうで、触れない距離。

でも、心の距離は、
確実に——近づいている。

雨は、まだ止みそうにない。