犬系男子は猫系男子に恋をする

 ホームルームの終わり際。
 担任の先生が、チョークを黒板に置いて言った。

「さて、文化祭実行委員を決めるぞ。やりたい人、挙手な」

 教室が一瞬、静まり返る。

「……誰も手を挙げなかったら、強制的に先生が選びます」

 その一言で、空気が微妙に張り詰めた。
 視線が泳ぎ、誰かが挙げるだろうと互いに様子を見る。

 ――が。

 次の瞬間。

「はい!」

 一番元気な声が響いた。

 春日陽向だった。

 勢いよく手を挙げ、そのまま、隣に座っていた怜の手首を掴む。

「え、ちょ――」

「怜も一緒な!」

「なっ……!」

 半ば強引に、怜の腕が引き上げられる。

 教室に、どっと笑いが起きた。

 怜は顔を赤くし、口元を手で覆う。

「……春日、勝手に」

「いいじゃん、どうせ一人じゃやらないだろ?」

 黒板の前で先生が苦笑する。

「はいはい、春日と三条ね。他には?」

 少し間を置いて、今度は静かに手が挙がった。

 黒川恒一。

 真面目な表情のまま、躊躇いはない。

「クラス委員として、必要ならやります」

「助かる」

 さらにもう一人。

 白石紗和が、軽く手を挙げた。

「文芸部だけど、企画とかなら手伝えます」

「よし、これで四人」

 先生は教室を見渡す。

「……あと一人だな」

 しかし、誰も挙げない。

 沈黙。

「じゃあ」

 先生が名簿を確認し、一人の名前を呼ぶ。

「――佐倉。頼むな」

 突然の指名に、佐倉が目を丸くする。

「えっ、俺!?」

「決定。以上、五人だ」

 ざわめきが落ち着いたところで、先生が付け足すように言った。

「なお、この実行委員は、全校生徒恒例の“全校劇”にも出席してもらう」

 一瞬、間が空く。

「なので、実行委員の皆さんは、今日の放課後、体育館に集合してください」

 ――全校劇。

 その言葉に、怜の指先が小さく揺れた。

(……劇)

 隣を見ると、陽向は楽しそうに笑っている。

「面白そうじゃん」

 怜は、何も言えずに視線を落とした。

 放課後。

 実行委員だけが残った教室は、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
 机を寄せ、資料を広げ、役割分担の話が始まる。

 黒川は淡々と進行しながら、視線の端で二人を追っていた。

 陽向が無意識に怜の方へ身体を寄せる。
 怜が資料を覗くために近づく。

 そのとき。

 怜の指が、陽向のジャージの裾をつまむ。

(……今、掴んだ)

(無意識……)

(尊い……)

 黒川は内心で叫びながら、必死に表情を保った。

 資料を取ろうとして、自分の机を開ける。

 ――その瞬間。

「……あ」

 やってしまった。

 少女漫画、BL漫画、付箋だらけのノート。

 そして、それを見ていたのは。

「……黒川くん」

 白石だった。

「黒川くん、君実は少女漫画系好きだったりする?」

「……!?」

「なんでそれを」

「机の中、見えちゃったんだよね」

 黒川は一度目を伏せ、静かに言った。

「……あまり人には言わないで。
 気持ち悪がられるだけだから」
 白石は首を振る。

「まぁ、言うつもりはないけどさ」

 そう言って、教室の端を見る。

 陽向が怜に話しかけ、怜が照れて口元を覆う。

「あの二人、BLぽくて良いよね」

 黒川は、否定しなかった。

「……確かに。尊い」

 白石は微笑み、声を落とす。

「ねぇ、私たち手を組まない?」

「……手を組む? なんで僕に」

「――あの二人を主役にした物語にする」

 黒川の背筋が伸びる。

「そして、私がBL番っぽく書き直す。
 その時に、漫画好きの君の意見も取り入れたシナリオに書き換えようと思ってね」

 黒川は、一瞬だけ迷ってから、頷いた。

「……舞台成功のため、だな」

「うん。それと」

 白石は小さく笑う。

「尊いものを、ちゃんと尊くするため」

 その頃。

「なぁ怜、次何やる?」

 陽向の声。

「……それ、黒川くんに聞いて」

 そう言いながら、怜の指は、また陽向の服を掴んでいた。

 文化祭は、もう始まっている。

 気づいている者と、気づいていない者。
 それぞれの思惑を乗せて。

 物語は、静かに動き出していた。