犬系男子は猫系男子に恋をする

 夏休み最後の日曜日。

 住宅街の一角にある、静かなドッグカフェ。
 白い壁に木製の扉、控えめな看板。

「……ここ、思ってたより落ち着いてるな」

 怜はそう言いながら、扉の前で一度立ち止まった。

 今日の服装は、淡い色のシャツに細身のスラックス。
 清潔感はあるが、どこか控えめだ。
 隣の陽向はTシャツに薄手のパーカー、ジーンズという動きやすい格好。

「ほら、入ろうぜ」

 陽向が先に扉を開けた、その瞬間だった。

「わん!!」

「……え」

 低い声、高い声。
 一斉に響く足音。

 店内にいた犬たちが、まるで合図でもあったかのように——

 “全員、陽向に向かって突進した。”

「おっ、ちょ、待て待て!」

 大型犬が胸に飛びつき、
 中型犬が腰にまとわりつき、
 小型犬が足元で尻尾を振る。

「……」

 入口で立ち尽くした怜は、その光景を数秒、無言で眺めてから。

「……犬が、犬と戯れてる」

「誰が犬だ!」

 即座にツッコミが飛ぶ。

「否定材料が少なすぎる」

「ひどくない?」

 陽向は笑いながらも、自然な手つきで犬たちを撫でる。
 大型犬の首を掴んで体勢を整え、小型犬には指先を差し出す。

「……慣れすぎだろ」

「よく言われる」

 尻尾が一斉に振られる。
 完全に“仲間認定”されていた。

 その様子を見ていた怜は、少しだけ表情を緩めた。

「……楽しそうだな」

 その一言が合図だったかのように。

「わん?」

 一匹の犬が、怜の方を見た。

 次の瞬間。

「……え」

 今度は、視線が一斉に怜へ向く。

 ゆっくり。
 だが確実に。

 犬たちが、陽向から離れ、怜へと移動し始めた。

「ちょ、待て」

 怜が一歩下がる。

 しかし逃げ場はない。

 足元に座る犬。
 膝に前足をかける犬。
 顔を見上げる犬。

「……なぜ、俺も」

「怜」

 陽向は、腹を抱えて笑っていた。

「最強だな」

「笑うな……!」

 怜は完全に囲まれて動けなくなる。

「……助けろ」

「えー?」

 と言いつつ、陽向は近づいてくる。

「さっき言ってたじゃん」

「何を」

「犬が犬と戯れてるって」

 陽向は、怜の隣にしゃがむ。

「今は?」

 怜は、足元の犬を見下ろす。

「……磁石」

「否定できない」

 怜は恐る恐る、一匹の背中に触れた。

 その瞬間、犬の尻尾が激しく振られる。

「……温かい」

 その声に、さらに犬が集まる。

「ほら」

 陽向が言う。

「完全に気に入られてる」

「……意味がわからない」

「犬は正直だから」

 陽向はそう言って、怜の手の上に自分の手を重ねる。

「優しいやつ、わかるんだよ」

 怜は一瞬、口元を手で覆った。

「……そういうことを、さらっと言うな」

「照れてる?」

「……うるさい」

 店内は穏やかだった。

 犬たちの呼吸音。
 床を叩く尻尾の音。

 並んで座る二人。

「なあ怜」

「何だ」

「また来ようぜ」

 怜は少し考えてから。

「……条件がある」

「何?」

「次は、最初から一緒に入る」

「はは、了解」

 帰り道。

 夕方の風が、少しだけ涼しい。

「なあ」

 陽向が言う。

「今日さ」

「……何だ」

「俺、犬扱いされてたよな」

「事実だ」

「ひどい」

 怜は、ほんの少しだけ微笑んだ。

「……悪くなかった」

 その一言で、陽向は満足そうに笑った。

 夏休みの終わり。
 犬たちは、最初から最後まで正直だった。

 ——そして、その正直さは、二人にも確実に伝染していた。