犬系男子は猫系男子に恋をする

 休日の遊園地は、朝から賑やかだった。

 ゲートをくぐった瞬間、怜は少しだけ足を止める。
 遠くから聞こえる歓声と、機械音。
 楽しげな空気に、胸がざわついた。

「……人、多いな」

「土曜だしな」

 陽向は、いつもより少しだけきれいめな服装だった。
 白いシャツに薄手のパーカー、動きやすいパンツ。
 隣を歩く怜は、落ち着いた色のシャツに細身のパンツ。

 並んで歩くと、自然と視線の高さがずれる。
 陽向の方が、少し高い。

(……近い)

 意識してしまって、怜は目を逸らす。

「何から行く?」

「……任せる」

「じゃあ、あれ」

 陽向が指差したのは、ジェットコースターだった。

「却下」

「即答!?」

「高いのは……」

 怜は言葉を濁す。

「苦手だ」

「……ああ」

 陽向は、すぐに察したように頷いた。

「じゃあ、ゆっくり系な」

 メリーゴーラウンド、コーヒーカップ。
 怜が目を回し、陽向が笑う。

「……笑うな」

「いや、可愛——」

 途中で言葉を飲み込む。

「……大丈夫か?」

「……平気だ」

 そう言いながら、少しふらつく。

 陽向が、さりげなく距離を詰めた。

 昼を過ぎ、少し人が減ってきた頃。

 陽向が、観覧車を見上げる。

「……あれ、行かない?」

 怜の肩が、わずかに強張った。

「……高い」

「ゆっくりだし、揺れないぞ」

「……」

 怜は黙り込む。

 断りたい。
 でも、今日は。

「……一周だけだ」

「ほんと?」

「ああ」

 ゴンドラに乗り込むと、扉が閉まる。
 ゆっくりと、上昇が始まった。

 地面が、少しずつ遠ざかる。

「……」

 怜は、無意識に座席を握りしめていた。

「怜」

 陽向が、低い声で呼ぶ。

「大丈夫か?」

「……大丈夫だ」

 そう言いながら、声が少し硬い。

 視線を外に向けられない。

 高度が上がるにつれ、胸が詰まる。

(……怖い)

 理由は、分かっている。
 昔の記憶が、どうしてもよぎる。

 その時。

 そっと、手に触れるものがあった。

 陽向の手だった。

 指先が、迷うように触れてから、ゆっくりと絡む。

「……嫌なら、離す」

 囁くような声。

 怜は、一瞬だけ迷ってから。

 握り返した。

「……離すな」

 小さな声。

 陽向の手が、少しだけ強くなる。

「うん」

 それだけの返事。

 でも、それで十分だった。

 視線を上げると、窓の外に景色が広がっている。
 街が、小さく見えた。

「……綺麗だな」

「だろ」

 陽向は、怜を見る。

 花火の夜よりも、近い距離。

(……近い)

 心臓の音が、うるさい。

 観覧車が、頂点に差しかかる。

 揺れはほとんどない。
 それでも、怜の手は少し冷たい。

 陽向は、何も言わず、ただ手を握り続けた。

 無理に話さない。
 無理に笑わせない。

 それが、怜には心地よかった。

 やがて、下降が始まる。

「……助かった」

 ぽつりと、怜が言う。

「何が」

「……手」

 陽向は、少し照れたように笑う。

「なら、良かった」

 地上に戻り、扉が開く。

 それでも、手は離れなかった。

「……離さないのか」

「嫌?」

 怜は、口元を手で覆う。

「……嫌じゃない」

 その答えに、陽向の耳が赤くなる。

 夕方の風が、二人の間を通り抜ける。

 並んで歩く影は、
 少しだけ近く、
 少しだけ重なっていた。

 遊園地の一日が終わる頃。

 怜は思う。

 ——高いところは、今でも苦手だ。

 でも。

 隣に誰がいるかで、
 怖さは、少しだけ変わる。

 それを、初めて知った日だった。