夕暮れの境内は、提灯の灯りでじんわりと明るかった。
怜は淡い色の浴衣を着て、屋台の並ぶ参道を歩いている。
その隣で、陽向は完全にテンションが上がっていた。
「なあ怜、あれ食おう」
「……さっき焼きそば食べただろ」
「だから?」
即答だった。
たこ焼き。
からあげ。
チョコバナナ。
戻ってきたと思ったら、次は綿あめ。
「お前、胃袋どうなってる」
「祭り仕様」
にこにこと笑いながら、さらに射的の屋台へ向かう。
「……食べ物じゃないだろ」
「景品もらってから食う」
気づけば、陽向の両手は袋だらけだった。
「……ちょっと待て」
怜が袖を掴む。
「買いすぎだ」
「え?」
本気で不思議そうな顔をする。
「まだいけるけど」
「そういう問題じゃない」
怜は、陽向の手元を見下ろす。
「それ、全部いくらだ」
「えーっと」
少し考えて。
「三千……いや、四千くらい?」
「……」
怜は一瞬、黙った。
「……いくら持ってきた」
何気ない問いだった。
けれど。
「俺?」
陽向は首を傾げる。
「一万くらい?」
普通の答え。
「お前は」
「……五万」
空気が止まった。
「は?」
陽向が、完全に固まる。
「ごま……?」
「五万円」
淡々とした声。
「……ちょっと待て」
陽向は、怜の顔をじっと見る。
「夏祭りだぞ?」
「そうだが」
「屋台だぞ?」
「そうだな」
「……なんで五万」
「念のため」
あまりにも自然な返答だった。
「念のためってレベルじゃねぇ!」
思わず声が大きくなる。
周囲の視線を感じて、慌てて声を落とす。
「……そんなに使わないだろ」
「使う予定はない」
「じゃあ、なんで」
怜は少し考えてから言った。
「何かあった時に困らないように」
「……」
陽向は、頭を抱えた。
(やっぱり、世界が違う……)
そんなことを考えていると、怜の足が止まった。
「……」
視線の先に、見覚えのある人物。
スーツ姿の中年男性と、派手な服装の若い女性。
「……三条怜くん」
怜の表情が、わずかに硬くなる。
「西園寺社長……こんばんは」
その苗字に、陽向の胸がざわつく。
父の会社の取引先。
そして——縁談の相手。
「こちらは、娘の——」
「その話は、以前からお断りしているはずです」
怜の声は静かだが、揺るがない。
「私はまだ高校生です」
「結婚は考えていません」
花火の音が、会話を区切る。
「それに」
怜は続ける。
「私は、質素な暮らしを望んでいます」
娘の指輪が、花火の光を反射する。
「お金があれば何でも買ってしまう方とは、価値観が合わない」
きっぱりとした拒絶。
しばらくの沈黙の後、西園寺社長は肩をすくめた。
「……相変わらずだな」
二人は、人混みに消えていった。
「……お見合い?」
陽向が低い声で聞く。
「縁談、だな」
「前から?」
「ああ。何度も断ってる」
陽向は、拳を握る。
「……嫌じゃないの?」
「嫌だ」
即答。
「俺は、静かに暮らしたい」
花火が、夜空いっぱいに咲く。
「誰かと一緒にいるなら」
怜は、少しだけ間を置いて言った。
「……価値観が合う人がいい」
その言葉が、胸に刺さる。
(取られたくない)
はっきりと、そう思った。
花火が終わり、帰り道につく。
陽向の手には、まだ大量の屋台袋。
「……なあ」
陽向が立ち止まる。
「怜」
振り向いた怜に、一歩近づく。
「正直、嫌だった」
「何が」
「縁談の話」
視線を逸らしながら、吐き出す。
「お前が、誰かのもんになるみたいで」
一歩、近づく。
無意識に、壁に手をついてしまう。
——壁ドン。
「……っ」
「悪い」
でも、離れない。
「俺さ」
真っ直ぐに言う。
「まだ上手く言えないけど」
息を吸う。
「怜の隣にいるのが、当たり前みたいになってる」
夜風が、二人の間を抜ける。
花火よりも静かに、
でも確実に。
感情が、咲いていた。
怜は淡い色の浴衣を着て、屋台の並ぶ参道を歩いている。
その隣で、陽向は完全にテンションが上がっていた。
「なあ怜、あれ食おう」
「……さっき焼きそば食べただろ」
「だから?」
即答だった。
たこ焼き。
からあげ。
チョコバナナ。
戻ってきたと思ったら、次は綿あめ。
「お前、胃袋どうなってる」
「祭り仕様」
にこにこと笑いながら、さらに射的の屋台へ向かう。
「……食べ物じゃないだろ」
「景品もらってから食う」
気づけば、陽向の両手は袋だらけだった。
「……ちょっと待て」
怜が袖を掴む。
「買いすぎだ」
「え?」
本気で不思議そうな顔をする。
「まだいけるけど」
「そういう問題じゃない」
怜は、陽向の手元を見下ろす。
「それ、全部いくらだ」
「えーっと」
少し考えて。
「三千……いや、四千くらい?」
「……」
怜は一瞬、黙った。
「……いくら持ってきた」
何気ない問いだった。
けれど。
「俺?」
陽向は首を傾げる。
「一万くらい?」
普通の答え。
「お前は」
「……五万」
空気が止まった。
「は?」
陽向が、完全に固まる。
「ごま……?」
「五万円」
淡々とした声。
「……ちょっと待て」
陽向は、怜の顔をじっと見る。
「夏祭りだぞ?」
「そうだが」
「屋台だぞ?」
「そうだな」
「……なんで五万」
「念のため」
あまりにも自然な返答だった。
「念のためってレベルじゃねぇ!」
思わず声が大きくなる。
周囲の視線を感じて、慌てて声を落とす。
「……そんなに使わないだろ」
「使う予定はない」
「じゃあ、なんで」
怜は少し考えてから言った。
「何かあった時に困らないように」
「……」
陽向は、頭を抱えた。
(やっぱり、世界が違う……)
そんなことを考えていると、怜の足が止まった。
「……」
視線の先に、見覚えのある人物。
スーツ姿の中年男性と、派手な服装の若い女性。
「……三条怜くん」
怜の表情が、わずかに硬くなる。
「西園寺社長……こんばんは」
その苗字に、陽向の胸がざわつく。
父の会社の取引先。
そして——縁談の相手。
「こちらは、娘の——」
「その話は、以前からお断りしているはずです」
怜の声は静かだが、揺るがない。
「私はまだ高校生です」
「結婚は考えていません」
花火の音が、会話を区切る。
「それに」
怜は続ける。
「私は、質素な暮らしを望んでいます」
娘の指輪が、花火の光を反射する。
「お金があれば何でも買ってしまう方とは、価値観が合わない」
きっぱりとした拒絶。
しばらくの沈黙の後、西園寺社長は肩をすくめた。
「……相変わらずだな」
二人は、人混みに消えていった。
「……お見合い?」
陽向が低い声で聞く。
「縁談、だな」
「前から?」
「ああ。何度も断ってる」
陽向は、拳を握る。
「……嫌じゃないの?」
「嫌だ」
即答。
「俺は、静かに暮らしたい」
花火が、夜空いっぱいに咲く。
「誰かと一緒にいるなら」
怜は、少しだけ間を置いて言った。
「……価値観が合う人がいい」
その言葉が、胸に刺さる。
(取られたくない)
はっきりと、そう思った。
花火が終わり、帰り道につく。
陽向の手には、まだ大量の屋台袋。
「……なあ」
陽向が立ち止まる。
「怜」
振り向いた怜に、一歩近づく。
「正直、嫌だった」
「何が」
「縁談の話」
視線を逸らしながら、吐き出す。
「お前が、誰かのもんになるみたいで」
一歩、近づく。
無意識に、壁に手をついてしまう。
——壁ドン。
「……っ」
「悪い」
でも、離れない。
「俺さ」
真っ直ぐに言う。
「まだ上手く言えないけど」
息を吸う。
「怜の隣にいるのが、当たり前みたいになってる」
夜風が、二人の間を抜ける。
花火よりも静かに、
でも確実に。
感情が、咲いていた。



