金曜日の飲み会の翌日、僕は起きた瞬間に「やばい」と思った。
身体が鉛のように重い。まぶたも同じくらい重くて開かない。脳が起動しない。昨日お酒は飲んでないのにどうして?
(学祭準備、今日もあるのに……)
枕元のスマホを見ると、通知が二つ重なって表示されている。
【神崎:水】
【神崎:朝飯】
(生活指導が朝から元気)
僕は布団の中から最小限の労力で返信した。
【伊吹:起きる】
【伊吹:水は飲む】
既読がついて、すぐに返事が返ってくる。
【神崎:よし】
(また言った〜〜!)
声に出してツッコむ気力もないのが悔しい。
◇
昼過ぎの印刷室にて。
広報班の作業は、もう「準備」って言葉が似合わない領域に入っていた。最終告知、当日の案内、誘導掲示、注意事項の掲示、ストーリー用の短文作成、写真の差し替え、QRコードの最終確認。
やることが、やることが、やることが多い。
「伊吹」
呼ばれて顔を上げると、神崎がいた。いつもの涼しい顔。いつもの手際の良さ。いつもの“僕だけ”に刺さる視線。
「……なに」
「顔、死んでる」
「死んでない」
「死んでる」
「うるさい……」
僕が机に突っ伏しかけると、神崎が僕の前にすっと長方形の紙パックを置いた。
「これ」
「……豆乳?」
「きな粉入ってるやつ」
「なんでそんなの常備してるの……」
「伊吹の顔が、甘いの欲しい顔になってたから」
「顔で栄養判断しないで!」
言い返しながらも、僕は無意識に紙パックを受け取ってしまう。悔しい。これで何回目だっけ?
神崎はキーボードを叩きながら、淡々と言った。
「今日はやること絞るぞ」
「絞れないよ。全部今日中に――」
「絞る」
口調が強い。僕はすかさず言い返した。
「神崎、決めつけ多い!」
「決めつけじゃない。優先順位」
「優先順位って、全部優先だよ!」
「それが問題」
神崎が僕をじっと見る。薄い外面じゃない、いつもの“僕用”の真剣な目。
「伊吹は、“全部”って言った時点で詰む」
僕は言葉に詰まった。図星すぎて反論できない。
そこへ、突然委員長がバタバタと駆け込んできた。
「やばい! 広報! これ見て!」
委員長が、慌てた様子でスマホの画面を掲げている。写っているのは学祭公式アカウントの投稿のスクショだ。
【一般公開 10:00 START】
「え、何か間違ってます?」
「開始時間が一時間ずれてる!」
「ええっ!?」
僕の背筋がビクリとこわばった。
委員長が焦って早口になる。
「ステージ側から時間変更の連絡が来たの、さっきで! 本当は11:00開始の開門10:30! ずれてる方がもう拡散されてて! コメントも来てる!」
胃がぎゅっと縮むような心地がした。
(うそ……最悪……)
とにかく、副委員長の責任を果たさなければならない。僕はさっと立ち上がると、委員長よりも早口になってまくしたてた。
「すぐ直します! 今から差し替えて、ストーリーで訂正入れて、固定投稿のコメントも――」
「伊吹」
神崎がすっと僕の袖を掴んだ。
「息」
「息してる!」
「してない。吸って」
神崎が淡々と、でもいつもより低い声で言う。
「まずは修正作業からだ。伊吹は文章。俺は画像と投稿。委員長はステージ班に念のため確認を取ってもらえますか?」
指示が速くて僕よりずっと的確だ。ムカつく。ムカつくくらい頼もしい。
委員長が「わかった!」と言いながらバタバタと走っていく。
僕はキーボードに指を置いて、訂正文を打ち始めた。急いでリカバリーしなければ。
――なのに、手が少し震える。
(間違えたらどうしよう)
(拡散されたらどうしよう)
(学祭、台無しになったらどうしよう)
僕の頭が、勝手に最悪の未来をつらつらと並べ立ててくる。
神崎が隣で、画面を見ながら僕に指示した。
「伊吹、文章短く」
「わかってるけど……」
「言い訳しない」
「してない!」
「してる」
「うるさい!」
言い返しても、心臓はドキンドキンと落ち着かない。
僕が打った文を神崎が一瞬で整えて、ストーリー用のテンプレに落とし込む。神崎の指は一切迷わない。
数分後、委員長から連絡が入った。
【委員長:時間これで確定! 訂正出してOK!】
「出す」
神崎が言って、即座に投稿ボタンを押した。
訂正のストーリーが上がって、固定投稿も差し替え、コメントにも訂正を付けた。
たった数分。なのに、僕の体感は数時間だった。
終わった瞬間、膝がふっと抜けそうになった。
「……はぁ」
僕が大きく息を吐くと、神崎が不意に僕の額に指を当ててきた。
「熱」
「え、ないよ」
「ある」
「体温計じゃないのに言い切るな!」
神崎は真顔で続ける。
「忘れたのか? 撤収班ルール第二条。伊吹は無理してはいけない」
「むしろよく覚えてたな!?」
僕が言った瞬間、スマホがブブッと鳴った。三木からだ。
【三木:昨日ありがとな! 学祭当日も差し入れ持ってくわ!】
ちょうど、修正作業が終わってホッとしたタイミングだったのもあって、僕はゆるく笑いながら返信しようとした。
その手元を、神崎がちらっと覗き込んだ。
「……三木?」
「学祭に差し入れ持って来てくれるんだって」
「ふうん」
声が低くて、圧がある。
(あ、今、嫉妬の芽が……)
神崎は飲み会の時にも、僕が三木と親しげにするのを嫌がっているような感じだった。
でも、既読スルーするわけにもいかないので、僕はすぐに三木に返事を送った。神崎の視線がチクチクと痛い。
【伊吹:助かる! でも無理すんなよー】
……その瞬間、視界が少し揺れて、画面の文字が滲んだように見えた。
(あれ?)
次に気づいたのは、机の冷たさじゃなくて、神崎の手の温かさだった。
「伊吹、座れ」
「……座ってた」
「違う。ちゃんと」
神崎が僕の肩を支えて、椅子に深く座らせた。なんだかいつもより声に余裕がない気がする。
「神崎……?」
「目、焦点合ってない」
「合ってる……」
「合ってない」
言い切った後、神崎が珍しくため息を吐いた。怒ってる時のため息じゃなくて、困ってる時のやつ。
「……伊吹」
神崎が、少しだけ声を落とした。
「副委員長だからって、壊れるまで頑張るな」
言葉が、素直にすとんと胸に落ちたけど、僕は反射で言い返そうとした。
(壊れてないし)
でも、喉の奥で詰まった。たぶん僕は今、ちょっとだけ怖かったんだと思う。
神崎が僕の目の前に、豆乳のストローを差し出してきた。
「飲め」
「命令形やめて……」
「……お願い」
また小さい声で言う。
僕は黙って飲んだ。思ったより甘い。糖分が脳に回って、少しだけ頭がシャキッとした。
神崎は僕の顔を見て、ほんの少しだけ眉を下げた。
「伊吹が倒れたら、俺が困る」
以前も聞いた言葉。
でも今日は、続きが来た。
神崎が、ほんの少しだけ口を開きにくそうにして、それでも言った。
「……護衛とか撤収班とか、ふざけてるみたいだけど」
僕から目を逸らしたまま。
「ふざけてない」
心臓が、またドキドキとうるさくなる。
「本音は?」
僕の口が勝手に動いた。
神崎は一呼吸置いて、それから短く言った。
「……好きだから」
世界が一瞬止まって、頭の中が真っ白になった。
「は?」
僕の声が間抜けすぎたせいか、神崎がわずかに眉根を寄せる。
「今、決めろって意味じゃない」
早い。逃げ道を用意するのが早い。
「でも、伊吹が倒れそうなのを見て、平気なわけない」
神崎の声は低いのに、変に優しい。
僕は、顔がしだいに熱ってくるのを感じた。
(え、待って。今、“好き”って言った?)
頭が追いつかない。
でも心臓だけが、理解してるみたいにバクバクとうるさい。
僕が何も言えずにいると、神崎が咳払いして、いつもの調子に戻ろうとした。
「……撤収班ルール第十条」
「今そのテンションでルール増やすの!?」
「伊吹は、今の言葉を忘れない」
「忘れないよ!?」
「……よし」
「よしって言ったーー!!」
僕がツッコむと、神崎の口角が少しだけ上がった。ずるい。ずるいけど、安心する。
僕はすうっと息を吸うと、やっとのことで口に出した。
「……神崎」
「ん」
「それ、ずるい」
「何が」
「好きって言って、すぐ撤収班に戻るの」
神崎は一瞬黙ってから、珍しく素直に言った。
「……逃げた」
「逃げたんだ」
「うん」
その「うん」が可愛く聞こえてしまって、僕はまた負けた気がした。
神崎が立ち上がって、僕の荷物をまとめ始める。
「今日は終わり」
「でも作業――」
「終わり」
「副委員長として――」
「副委員長は休むのも仕事」
神崎が僕のバッグを持って、当然みたいに続けた。
「送る」
「……護衛?」
「護衛」
一拍置いて、神崎はさらに声を落とした。
「……彼氏候補として」
プスンッ! と、自分の脳がショートする音が聞こえた気がした。
「な、なにそれ……!」
神崎はいつもの涼しい顔を取り繕おうとしていたけど、耳が赤いのはごまかせていなかった。
「撤収班ルール第十一条。伊吹は顔が赤くなったら素直に認める」
「赤くない!」
「赤い」
「うるさい!」
僕が叫ぶと、神崎が小さく笑った。
その笑顔が、今日いちばん、胸に刺さった。
学祭当日まで、あと少し。
間違いも、修正も、疲れも、きっとまだ増える。
でも――神崎の「好きだから」が、僕の中でずっと響いていて。
その音は、うるさいのに、全然嫌じゃなかった。
身体が鉛のように重い。まぶたも同じくらい重くて開かない。脳が起動しない。昨日お酒は飲んでないのにどうして?
(学祭準備、今日もあるのに……)
枕元のスマホを見ると、通知が二つ重なって表示されている。
【神崎:水】
【神崎:朝飯】
(生活指導が朝から元気)
僕は布団の中から最小限の労力で返信した。
【伊吹:起きる】
【伊吹:水は飲む】
既読がついて、すぐに返事が返ってくる。
【神崎:よし】
(また言った〜〜!)
声に出してツッコむ気力もないのが悔しい。
◇
昼過ぎの印刷室にて。
広報班の作業は、もう「準備」って言葉が似合わない領域に入っていた。最終告知、当日の案内、誘導掲示、注意事項の掲示、ストーリー用の短文作成、写真の差し替え、QRコードの最終確認。
やることが、やることが、やることが多い。
「伊吹」
呼ばれて顔を上げると、神崎がいた。いつもの涼しい顔。いつもの手際の良さ。いつもの“僕だけ”に刺さる視線。
「……なに」
「顔、死んでる」
「死んでない」
「死んでる」
「うるさい……」
僕が机に突っ伏しかけると、神崎が僕の前にすっと長方形の紙パックを置いた。
「これ」
「……豆乳?」
「きな粉入ってるやつ」
「なんでそんなの常備してるの……」
「伊吹の顔が、甘いの欲しい顔になってたから」
「顔で栄養判断しないで!」
言い返しながらも、僕は無意識に紙パックを受け取ってしまう。悔しい。これで何回目だっけ?
神崎はキーボードを叩きながら、淡々と言った。
「今日はやること絞るぞ」
「絞れないよ。全部今日中に――」
「絞る」
口調が強い。僕はすかさず言い返した。
「神崎、決めつけ多い!」
「決めつけじゃない。優先順位」
「優先順位って、全部優先だよ!」
「それが問題」
神崎が僕をじっと見る。薄い外面じゃない、いつもの“僕用”の真剣な目。
「伊吹は、“全部”って言った時点で詰む」
僕は言葉に詰まった。図星すぎて反論できない。
そこへ、突然委員長がバタバタと駆け込んできた。
「やばい! 広報! これ見て!」
委員長が、慌てた様子でスマホの画面を掲げている。写っているのは学祭公式アカウントの投稿のスクショだ。
【一般公開 10:00 START】
「え、何か間違ってます?」
「開始時間が一時間ずれてる!」
「ええっ!?」
僕の背筋がビクリとこわばった。
委員長が焦って早口になる。
「ステージ側から時間変更の連絡が来たの、さっきで! 本当は11:00開始の開門10:30! ずれてる方がもう拡散されてて! コメントも来てる!」
胃がぎゅっと縮むような心地がした。
(うそ……最悪……)
とにかく、副委員長の責任を果たさなければならない。僕はさっと立ち上がると、委員長よりも早口になってまくしたてた。
「すぐ直します! 今から差し替えて、ストーリーで訂正入れて、固定投稿のコメントも――」
「伊吹」
神崎がすっと僕の袖を掴んだ。
「息」
「息してる!」
「してない。吸って」
神崎が淡々と、でもいつもより低い声で言う。
「まずは修正作業からだ。伊吹は文章。俺は画像と投稿。委員長はステージ班に念のため確認を取ってもらえますか?」
指示が速くて僕よりずっと的確だ。ムカつく。ムカつくくらい頼もしい。
委員長が「わかった!」と言いながらバタバタと走っていく。
僕はキーボードに指を置いて、訂正文を打ち始めた。急いでリカバリーしなければ。
――なのに、手が少し震える。
(間違えたらどうしよう)
(拡散されたらどうしよう)
(学祭、台無しになったらどうしよう)
僕の頭が、勝手に最悪の未来をつらつらと並べ立ててくる。
神崎が隣で、画面を見ながら僕に指示した。
「伊吹、文章短く」
「わかってるけど……」
「言い訳しない」
「してない!」
「してる」
「うるさい!」
言い返しても、心臓はドキンドキンと落ち着かない。
僕が打った文を神崎が一瞬で整えて、ストーリー用のテンプレに落とし込む。神崎の指は一切迷わない。
数分後、委員長から連絡が入った。
【委員長:時間これで確定! 訂正出してOK!】
「出す」
神崎が言って、即座に投稿ボタンを押した。
訂正のストーリーが上がって、固定投稿も差し替え、コメントにも訂正を付けた。
たった数分。なのに、僕の体感は数時間だった。
終わった瞬間、膝がふっと抜けそうになった。
「……はぁ」
僕が大きく息を吐くと、神崎が不意に僕の額に指を当ててきた。
「熱」
「え、ないよ」
「ある」
「体温計じゃないのに言い切るな!」
神崎は真顔で続ける。
「忘れたのか? 撤収班ルール第二条。伊吹は無理してはいけない」
「むしろよく覚えてたな!?」
僕が言った瞬間、スマホがブブッと鳴った。三木からだ。
【三木:昨日ありがとな! 学祭当日も差し入れ持ってくわ!】
ちょうど、修正作業が終わってホッとしたタイミングだったのもあって、僕はゆるく笑いながら返信しようとした。
その手元を、神崎がちらっと覗き込んだ。
「……三木?」
「学祭に差し入れ持って来てくれるんだって」
「ふうん」
声が低くて、圧がある。
(あ、今、嫉妬の芽が……)
神崎は飲み会の時にも、僕が三木と親しげにするのを嫌がっているような感じだった。
でも、既読スルーするわけにもいかないので、僕はすぐに三木に返事を送った。神崎の視線がチクチクと痛い。
【伊吹:助かる! でも無理すんなよー】
……その瞬間、視界が少し揺れて、画面の文字が滲んだように見えた。
(あれ?)
次に気づいたのは、机の冷たさじゃなくて、神崎の手の温かさだった。
「伊吹、座れ」
「……座ってた」
「違う。ちゃんと」
神崎が僕の肩を支えて、椅子に深く座らせた。なんだかいつもより声に余裕がない気がする。
「神崎……?」
「目、焦点合ってない」
「合ってる……」
「合ってない」
言い切った後、神崎が珍しくため息を吐いた。怒ってる時のため息じゃなくて、困ってる時のやつ。
「……伊吹」
神崎が、少しだけ声を落とした。
「副委員長だからって、壊れるまで頑張るな」
言葉が、素直にすとんと胸に落ちたけど、僕は反射で言い返そうとした。
(壊れてないし)
でも、喉の奥で詰まった。たぶん僕は今、ちょっとだけ怖かったんだと思う。
神崎が僕の目の前に、豆乳のストローを差し出してきた。
「飲め」
「命令形やめて……」
「……お願い」
また小さい声で言う。
僕は黙って飲んだ。思ったより甘い。糖分が脳に回って、少しだけ頭がシャキッとした。
神崎は僕の顔を見て、ほんの少しだけ眉を下げた。
「伊吹が倒れたら、俺が困る」
以前も聞いた言葉。
でも今日は、続きが来た。
神崎が、ほんの少しだけ口を開きにくそうにして、それでも言った。
「……護衛とか撤収班とか、ふざけてるみたいだけど」
僕から目を逸らしたまま。
「ふざけてない」
心臓が、またドキドキとうるさくなる。
「本音は?」
僕の口が勝手に動いた。
神崎は一呼吸置いて、それから短く言った。
「……好きだから」
世界が一瞬止まって、頭の中が真っ白になった。
「は?」
僕の声が間抜けすぎたせいか、神崎がわずかに眉根を寄せる。
「今、決めろって意味じゃない」
早い。逃げ道を用意するのが早い。
「でも、伊吹が倒れそうなのを見て、平気なわけない」
神崎の声は低いのに、変に優しい。
僕は、顔がしだいに熱ってくるのを感じた。
(え、待って。今、“好き”って言った?)
頭が追いつかない。
でも心臓だけが、理解してるみたいにバクバクとうるさい。
僕が何も言えずにいると、神崎が咳払いして、いつもの調子に戻ろうとした。
「……撤収班ルール第十条」
「今そのテンションでルール増やすの!?」
「伊吹は、今の言葉を忘れない」
「忘れないよ!?」
「……よし」
「よしって言ったーー!!」
僕がツッコむと、神崎の口角が少しだけ上がった。ずるい。ずるいけど、安心する。
僕はすうっと息を吸うと、やっとのことで口に出した。
「……神崎」
「ん」
「それ、ずるい」
「何が」
「好きって言って、すぐ撤収班に戻るの」
神崎は一瞬黙ってから、珍しく素直に言った。
「……逃げた」
「逃げたんだ」
「うん」
その「うん」が可愛く聞こえてしまって、僕はまた負けた気がした。
神崎が立ち上がって、僕の荷物をまとめ始める。
「今日は終わり」
「でも作業――」
「終わり」
「副委員長として――」
「副委員長は休むのも仕事」
神崎が僕のバッグを持って、当然みたいに続けた。
「送る」
「……護衛?」
「護衛」
一拍置いて、神崎はさらに声を落とした。
「……彼氏候補として」
プスンッ! と、自分の脳がショートする音が聞こえた気がした。
「な、なにそれ……!」
神崎はいつもの涼しい顔を取り繕おうとしていたけど、耳が赤いのはごまかせていなかった。
「撤収班ルール第十一条。伊吹は顔が赤くなったら素直に認める」
「赤くない!」
「赤い」
「うるさい!」
僕が叫ぶと、神崎が小さく笑った。
その笑顔が、今日いちばん、胸に刺さった。
学祭当日まで、あと少し。
間違いも、修正も、疲れも、きっとまだ増える。
でも――神崎の「好きだから」が、僕の中でずっと響いていて。
その音は、うるさいのに、全然嫌じゃなかった。



