神崎が帰ったその夜。
僕はレポの結論を書きながら、落ち着かなさに負けてスマホを何度も見てしまった。
通知が来てないか確認する自分が、情けない。
(……彼氏って、待つのが苦手になるのかも)
零時を回る直前、やっと通知が来た。
【神崎:弟、熱下がった】
【神崎:寝た】
【神崎:伊吹、レポ】
最後それ。
(この状況でも進捗管理するんだ……)
僕は思わず笑いながら返信した。
【伊吹:結論書いた】
【伊吹:弟さんよかった】
【伊吹:蓮も寝て】
既読。
【神崎:うん】
【神崎:……ありがとう】
短いのに、胸がじんとした。
◇
翌日。
神崎はいつも通りに大学に来た。
でも、いつも通りじゃないところが一つだけあった。
目が少しだけ眠そう。
でも、僕のことを見るときだけは、視線が柔らかくなる。
(昨日のこと、引きずってるの神崎の方だ)
僕が気づいた瞬間、神崎が小声で言った。
「伊吹」
「なに」
「……見ないで」
「え」
「顔、ばれる」
「何が」
神崎が一瞬黙ってから、ぼそっと言った。
「……弱かったの」
胸がぎゅっとなる。
「弱くない」
「弱い」
「弱い日があるだけ」
僕が言うと、神崎は視線をほんの少し揺らして、それから頷いた。
「……うん」
その一言だけで、今日は大丈夫な気がした。
◇
昼休み。
委員長が僕らを呼び止めた。
「二人、ちょっといい?」
場所は学食の端。
人が多いところを避けて、あえて端を選ぶ委員長は気が利く。
「噂の件、落ち着いてきたよ」
「ほんとですか」
僕が言うと、委員長が頷いた。
「うん。 “本人たちに聞け”って空気にしたら、騒ぐ人は減った」
ありがたい。
僕はほっと息を吐いた。
委員長が続ける。
「ただ、三木がさ」
嫌な予感。
「“証人になった”ってうるさい」
「やっぱり!」
僕が叫ぶと、委員長が笑った。
「でもね。うるさいだけで、拡散はしてない。そこは偉い」
意外。
三木のやつ、ちゃんと内緒にしてた。
神崎が小さい声で言った。
「三木は口が軽いけど、約束は守る」
「評価、ひどいのに信頼してるの何」
僕がツッコむと、委員長がうんうんと頷いた。
「そうそう。だから提案しようと思って」
「提案?」
委員長がにやっと笑った。
「三木には“内緒の責任者”になってもらう」
「責任者!?」
「口が軽い人ほど、役職つけると黙るのよ。“ 責任者”って言葉に三木は弱いでしょ?」
委員長の知恵が怖い。
僕が固まっていると、委員長がさらに続ける。
「あと、二人もね。決めといた方がいい。“どこまで公認にするか”」
僕は神崎を見る。
神崎は即答した。
「伊吹のペース」
前々からずっとそれ。
その言葉に救われる。
でも、僕も少しだけ前に進みたくなった。
「……委員長」
「ん?」
「完全に隠すのは、やめます」
委員長が目を丸くする。
「お、言った」
僕は、少しずつ考えながら言葉を続けた。
「聞かれたら答える。あと、実行委員の中で“近い人”には、ちゃんと伝えます。変に誤解されるのも嫌なので」
委員長が嬉しそうに笑った。
「いいじゃん。大人!」
「大人って言わないでください、照れる」
神崎が淡々と付け足してくる。
「伊吹、偉い」
「犬みたいに褒めるな!」
委員長が笑って、最後にパチンと手を叩いた。
「決まり! じゃあこっちの方でも、必要以上に噂話しないように空気作っとく」
「ありがとうございます」
僕が頭を下げると、委員長が急に真顔で言った。
「でさ」
怖い。
「二人、無理してない?」
……刺さる質問。
僕は一瞬黙って、それから正直に言った。
「無理、しそうになる時はあります」
「うんうん」
「でも、神崎が止めるし」
神崎がすかさず言う。
「止める」
「僕も、止める」
僕が言うと、神崎が少しだけ目を大きくした。
委員長が満足そうに頷く。
「うん。じゃあ、それが二人の“公認”の形ね」
委員長は大きく頷いてから立ち上がると、去り際に小さい声で言った。
「……おめでとう。ちゃんと、幸せになれよ」
胸がじんとした。
◇
その日の午後。
三木が案の定、僕らの間に飛び込んできた。
「伊吹! 神崎くん! 委員長から聞いたんだけど……」
「もう!? 早いな!」
「俺、“内緒の責任者”になった!!」
誇らしげに言うな。
「で、責任者って何?」
「えっと……」
「つまりは俺、信頼されてるってことだよね!?」
……都合よく解釈する天才。あながち間違ってないのが腹立つ。
神崎が淡々と無表情で言った。
「三木、拡散したら終わり」
「怖っ!?」
神崎は真顔だ。
「撤収班ルールの守秘義務」
「撤収班に守秘義務あるの!?」
僕が思わずツッコむと、三木が笑いながら僕の肩を叩いた。
「でもよ、安心しろ。俺、バカだけど味方だから」
バカは余計。
でも、その言葉は嬉しかった。
「……ありがとう」
僕が言うと、三木が驚いた顔をして、すぐにニヤけた。
「うわ、素直! やば! これは“公認手前”の顔だろ!」
「顔で判断する文化、神崎のがうつった!?」
神崎がぶすっとした表情で言った。
「うつってない」
「うつってるよ!」
三木が笑いながらヒラヒラと手を振った。
「じゃ、俺、守秘義務守るわ! 二人ともお幸せに!」
忍者……いや、嵐みたいに去って行った。
◇
夕方、帰り道。
神崎がぽつりと言った。
「伊吹」
「なに」
「昨日」
「うん」
「……ありがとう」
またそれ。
僕は小さく笑いながら返した。
「どういたしまして」
神崎が一拍置いて、珍しく言い足した。
「伊吹が彼氏で、よかった」
胸がドキンと高鳴る。
「……今それ言う?」
「今言う」
「調子乗ってる」
「乗ってない」
「乗ってる」
神崎が笑って、言いかけて止めた。
「……よ」
「言いかけた!」
「言ってない」
神崎の耳が赤い。僕のもたぶん、同じくらい赤い。
周りの空気も、噂も、少しずつ落ち着いていく。
残るのは、二人のペースと、内緒を守る人たち。
そして――次は、最後の一歩だ。
僕はレポの結論を書きながら、落ち着かなさに負けてスマホを何度も見てしまった。
通知が来てないか確認する自分が、情けない。
(……彼氏って、待つのが苦手になるのかも)
零時を回る直前、やっと通知が来た。
【神崎:弟、熱下がった】
【神崎:寝た】
【神崎:伊吹、レポ】
最後それ。
(この状況でも進捗管理するんだ……)
僕は思わず笑いながら返信した。
【伊吹:結論書いた】
【伊吹:弟さんよかった】
【伊吹:蓮も寝て】
既読。
【神崎:うん】
【神崎:……ありがとう】
短いのに、胸がじんとした。
◇
翌日。
神崎はいつも通りに大学に来た。
でも、いつも通りじゃないところが一つだけあった。
目が少しだけ眠そう。
でも、僕のことを見るときだけは、視線が柔らかくなる。
(昨日のこと、引きずってるの神崎の方だ)
僕が気づいた瞬間、神崎が小声で言った。
「伊吹」
「なに」
「……見ないで」
「え」
「顔、ばれる」
「何が」
神崎が一瞬黙ってから、ぼそっと言った。
「……弱かったの」
胸がぎゅっとなる。
「弱くない」
「弱い」
「弱い日があるだけ」
僕が言うと、神崎は視線をほんの少し揺らして、それから頷いた。
「……うん」
その一言だけで、今日は大丈夫な気がした。
◇
昼休み。
委員長が僕らを呼び止めた。
「二人、ちょっといい?」
場所は学食の端。
人が多いところを避けて、あえて端を選ぶ委員長は気が利く。
「噂の件、落ち着いてきたよ」
「ほんとですか」
僕が言うと、委員長が頷いた。
「うん。 “本人たちに聞け”って空気にしたら、騒ぐ人は減った」
ありがたい。
僕はほっと息を吐いた。
委員長が続ける。
「ただ、三木がさ」
嫌な予感。
「“証人になった”ってうるさい」
「やっぱり!」
僕が叫ぶと、委員長が笑った。
「でもね。うるさいだけで、拡散はしてない。そこは偉い」
意外。
三木のやつ、ちゃんと内緒にしてた。
神崎が小さい声で言った。
「三木は口が軽いけど、約束は守る」
「評価、ひどいのに信頼してるの何」
僕がツッコむと、委員長がうんうんと頷いた。
「そうそう。だから提案しようと思って」
「提案?」
委員長がにやっと笑った。
「三木には“内緒の責任者”になってもらう」
「責任者!?」
「口が軽い人ほど、役職つけると黙るのよ。“ 責任者”って言葉に三木は弱いでしょ?」
委員長の知恵が怖い。
僕が固まっていると、委員長がさらに続ける。
「あと、二人もね。決めといた方がいい。“どこまで公認にするか”」
僕は神崎を見る。
神崎は即答した。
「伊吹のペース」
前々からずっとそれ。
その言葉に救われる。
でも、僕も少しだけ前に進みたくなった。
「……委員長」
「ん?」
「完全に隠すのは、やめます」
委員長が目を丸くする。
「お、言った」
僕は、少しずつ考えながら言葉を続けた。
「聞かれたら答える。あと、実行委員の中で“近い人”には、ちゃんと伝えます。変に誤解されるのも嫌なので」
委員長が嬉しそうに笑った。
「いいじゃん。大人!」
「大人って言わないでください、照れる」
神崎が淡々と付け足してくる。
「伊吹、偉い」
「犬みたいに褒めるな!」
委員長が笑って、最後にパチンと手を叩いた。
「決まり! じゃあこっちの方でも、必要以上に噂話しないように空気作っとく」
「ありがとうございます」
僕が頭を下げると、委員長が急に真顔で言った。
「でさ」
怖い。
「二人、無理してない?」
……刺さる質問。
僕は一瞬黙って、それから正直に言った。
「無理、しそうになる時はあります」
「うんうん」
「でも、神崎が止めるし」
神崎がすかさず言う。
「止める」
「僕も、止める」
僕が言うと、神崎が少しだけ目を大きくした。
委員長が満足そうに頷く。
「うん。じゃあ、それが二人の“公認”の形ね」
委員長は大きく頷いてから立ち上がると、去り際に小さい声で言った。
「……おめでとう。ちゃんと、幸せになれよ」
胸がじんとした。
◇
その日の午後。
三木が案の定、僕らの間に飛び込んできた。
「伊吹! 神崎くん! 委員長から聞いたんだけど……」
「もう!? 早いな!」
「俺、“内緒の責任者”になった!!」
誇らしげに言うな。
「で、責任者って何?」
「えっと……」
「つまりは俺、信頼されてるってことだよね!?」
……都合よく解釈する天才。あながち間違ってないのが腹立つ。
神崎が淡々と無表情で言った。
「三木、拡散したら終わり」
「怖っ!?」
神崎は真顔だ。
「撤収班ルールの守秘義務」
「撤収班に守秘義務あるの!?」
僕が思わずツッコむと、三木が笑いながら僕の肩を叩いた。
「でもよ、安心しろ。俺、バカだけど味方だから」
バカは余計。
でも、その言葉は嬉しかった。
「……ありがとう」
僕が言うと、三木が驚いた顔をして、すぐにニヤけた。
「うわ、素直! やば! これは“公認手前”の顔だろ!」
「顔で判断する文化、神崎のがうつった!?」
神崎がぶすっとした表情で言った。
「うつってない」
「うつってるよ!」
三木が笑いながらヒラヒラと手を振った。
「じゃ、俺、守秘義務守るわ! 二人ともお幸せに!」
忍者……いや、嵐みたいに去って行った。
◇
夕方、帰り道。
神崎がぽつりと言った。
「伊吹」
「なに」
「昨日」
「うん」
「……ありがとう」
またそれ。
僕は小さく笑いながら返した。
「どういたしまして」
神崎が一拍置いて、珍しく言い足した。
「伊吹が彼氏で、よかった」
胸がドキンと高鳴る。
「……今それ言う?」
「今言う」
「調子乗ってる」
「乗ってない」
「乗ってる」
神崎が笑って、言いかけて止めた。
「……よ」
「言いかけた!」
「言ってない」
神崎の耳が赤い。僕のもたぶん、同じくらい赤い。
周りの空気も、噂も、少しずつ落ち着いていく。
残るのは、二人のペースと、内緒を守る人たち。
そして――次は、最後の一歩だ。



