月曜日。
週末の“正式デート(っぽい)”の余韻が、まだ胸に残っていた。
……残ってるのに、いつもの通知は容赦ない。
【神崎:起床】
【神崎:水】
【神崎:朝飯】
(彼氏になっても生活指導は健在)
僕はベッドの中で返信した。
【伊吹:起きた】
【伊吹:水飲む】
【伊吹:朝飯食べる】
既読。
【神崎:よし】
(言うなってば!!)
でも、今日はちょっとだけ許せた。
週末に、僕が“彼氏”って言えたから。あれだけで、なんだか強くなった気がして。
◇
昼。
講義の合間に、委員長から呼び出しが来た。
「伊吹くん、神崎くん、ちょっといい?」
場所は実行委員室。
学祭の反省会――の前の、軽い打ち合わせ。
……のはずだったのに、委員長は僕らを見るなり、ニヤっとした。
「で」
その一言が怖い。
「二人、付き合ってるの?」
直球すぎる。
僕は反射的に固まりかけて、でも線引きルールを思い出した。
(聞かれたら嘘はつかない)
神崎が先に答える。
「はい」
短い返事。相変わらず事実だけ。
委員長が「やっぱり〜〜!」と机を叩いて笑った。
「やっぱそうだと思った! 学祭の時の二人、空気が既に出来上がってたもん!」
「出来上がってない!」
僕が思わず叫ぶと、委員長がさらに笑った。
「出来上がってたって! 神崎くん、伊吹くんのこと守りすぎ!」
僕の顔がかっと熱くなる。
神崎は涼しい顔で言った。
「守ってないです」
「守ってたよ!」
「護衛です」
「護衛ってなに?! ただの友達を普通護衛なんかする? しないよね!」
そこまで言って、委員長は両手を上げると、急に真面目な顔になった。
「オッケーオッケー。冷やかすのはここまで」
……え、切り替え早い。
「で、確認したい。学内で変に噂が広がってて、二人が嫌なら、こっちも配慮するから」
委員長の声が、意外と優しかった。
僕の胸が少し楽になる。
「……ありがとうございます」
「どうしたい? 公表したい? 内緒にしたい?」
僕は迷った。
隠したいわけじゃない。
でも見られるのが恥ずかしい。
噂が燃えるのも嫌だ。
僕が考えていると、神崎が僕を見た。
「伊吹のペース」
それだけで、答えが出た気がした。
「……大々的には、しなくていいです」
僕は正直に言った。
「でも、聞かれたら嘘はつかない。そういう感じで」
委員長が頷く。
「了解。じゃあ“二人のことは二人に聞け”で、変に騒がない空気にしとく」
頼もしい。委員長、強い。
神崎が小さく言った。
「助かります」
委員長がニヤっとする。
「神崎くんが敬語だと、逆にレアだな」
「外面です」
「自覚あるんだ!」
僕がツッコむと、委員長が笑って、最後に言った。
「じゃあ、おめでとう。二人とも」
僕は小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
神崎は短く言う。
「ありがとうございます」
その並びが、なんだか変にくすぐったかった。
◇
実行委員室を出た瞬間。
「伊吹ーー!!」
廊下の向こうから、三木の声が聞こえてきた。
(……嫌な予感しかしない)
三木がこちらに走ってきて、ぱっと目を輝かせた。
「今、委員長と何話してた!? もしかして“公認”!?」
「声でかい!」
「で、どうなの!? お前ら、いつ結婚する!?」
「飛びすぎ!!」
僕が叫ぶと、三木が腹を抱えて笑った。
「いや〜、でもさ〜、神崎くんが伊吹を彼氏にする未来、濃厚すぎるじゃん」
僕の顔が再び熱くなる。
神崎が涼しい顔でさらっと言った。
「未来じゃない」
「え?」
「今」
三木の表情がピシッと固まる。
「……今?」
神崎は淡々と続けた。
「伊吹、俺の彼氏」
言った。
言っちゃった。
僕は神崎をジロリと睨んだ。
「……許可なく言わないルール!!」
神崎が一拍置いてしれっと言う。
「三木は例外」
「勝手に例外作るな!」
三木が「うわーー!!!」と叫んで、廊下の端で小躍りした。
「やば! やば! 俺、歴史の証人になった!!」
「証人になるな!」
僕が叫ぶと、神崎が小声で言った。
「大丈夫。三木は拡散するけど、悪意はない」
「拡散するって言った!!」
三木が耳ざとく反応する。
「拡散? 何を?」
「何も!」
僕が必死に誤魔化そうとすると、三木がニヤニヤ笑った。
「わかったわかった。内緒ね? 内緒……でもさ」
三木が神崎を見て、意地悪く聞いてきた。
「神崎くん、伊吹のどこが好きなの?」
僕が止めるより早く、神崎が間髪入れずに答えた。
「全部」
三木が「重っ!」と爆笑する。
僕は思わず頭を抱えた。
「神崎、余計なこと言わないって――」
「三木は例外」
「例外多すぎ!」
「三木は情報統制不可」
三木が笑いながらヒラヒラと手を振った。
「お前ら、ほんとおめでと! じゃ、俺バイト!」
三木は忍者みたいに去って行った。
廊下に残された僕は、再び神崎を睨んだ。
「……全部、って何」
「事実」
「恥ずかしい!」
神崎が少しだけ目を細める。
「伊吹、赤い」
「言うな!」
僕が叫ぶと、神崎が小声で付け足した。
「……かわいい」
「言うなってば!」
「言いたい」
「我慢する努力しなさい!」
「努力する」
神崎がそう言いながら、いつもの言葉を言いかけて止めた。
「……よ」
「言いかけた!」
「言ってない」
神崎の耳が赤い。僕より赤いんじゃないか?
僕はその顔を見て、思わず笑ってしまった。
(……公認手前って、こういうことかも)
みんなに大声で言うわけじゃない。
でも、隠して逃げるわけでもない。
近い人には、ちゃんと伝える。
それが、僕らのペースだ。
僕は小声で言った。
「……蓮」
「ん」
「次は、許可取ってから言って」
神崎が頷く。
「うん。許可、取る」
「よしって言う?」
「言わない」
「努力してる」
「努力してる」
神崎が小さく笑った。
噂に振り回された日々は、少しずつ落ち着いていく。
その代わりに残るのは、二人の“決めごと”と、“内緒の合図”。
たぶんこれが、大学生の恋の、等身大の形なんだと思う。
週末の“正式デート(っぽい)”の余韻が、まだ胸に残っていた。
……残ってるのに、いつもの通知は容赦ない。
【神崎:起床】
【神崎:水】
【神崎:朝飯】
(彼氏になっても生活指導は健在)
僕はベッドの中で返信した。
【伊吹:起きた】
【伊吹:水飲む】
【伊吹:朝飯食べる】
既読。
【神崎:よし】
(言うなってば!!)
でも、今日はちょっとだけ許せた。
週末に、僕が“彼氏”って言えたから。あれだけで、なんだか強くなった気がして。
◇
昼。
講義の合間に、委員長から呼び出しが来た。
「伊吹くん、神崎くん、ちょっといい?」
場所は実行委員室。
学祭の反省会――の前の、軽い打ち合わせ。
……のはずだったのに、委員長は僕らを見るなり、ニヤっとした。
「で」
その一言が怖い。
「二人、付き合ってるの?」
直球すぎる。
僕は反射的に固まりかけて、でも線引きルールを思い出した。
(聞かれたら嘘はつかない)
神崎が先に答える。
「はい」
短い返事。相変わらず事実だけ。
委員長が「やっぱり〜〜!」と机を叩いて笑った。
「やっぱそうだと思った! 学祭の時の二人、空気が既に出来上がってたもん!」
「出来上がってない!」
僕が思わず叫ぶと、委員長がさらに笑った。
「出来上がってたって! 神崎くん、伊吹くんのこと守りすぎ!」
僕の顔がかっと熱くなる。
神崎は涼しい顔で言った。
「守ってないです」
「守ってたよ!」
「護衛です」
「護衛ってなに?! ただの友達を普通護衛なんかする? しないよね!」
そこまで言って、委員長は両手を上げると、急に真面目な顔になった。
「オッケーオッケー。冷やかすのはここまで」
……え、切り替え早い。
「で、確認したい。学内で変に噂が広がってて、二人が嫌なら、こっちも配慮するから」
委員長の声が、意外と優しかった。
僕の胸が少し楽になる。
「……ありがとうございます」
「どうしたい? 公表したい? 内緒にしたい?」
僕は迷った。
隠したいわけじゃない。
でも見られるのが恥ずかしい。
噂が燃えるのも嫌だ。
僕が考えていると、神崎が僕を見た。
「伊吹のペース」
それだけで、答えが出た気がした。
「……大々的には、しなくていいです」
僕は正直に言った。
「でも、聞かれたら嘘はつかない。そういう感じで」
委員長が頷く。
「了解。じゃあ“二人のことは二人に聞け”で、変に騒がない空気にしとく」
頼もしい。委員長、強い。
神崎が小さく言った。
「助かります」
委員長がニヤっとする。
「神崎くんが敬語だと、逆にレアだな」
「外面です」
「自覚あるんだ!」
僕がツッコむと、委員長が笑って、最後に言った。
「じゃあ、おめでとう。二人とも」
僕は小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
神崎は短く言う。
「ありがとうございます」
その並びが、なんだか変にくすぐったかった。
◇
実行委員室を出た瞬間。
「伊吹ーー!!」
廊下の向こうから、三木の声が聞こえてきた。
(……嫌な予感しかしない)
三木がこちらに走ってきて、ぱっと目を輝かせた。
「今、委員長と何話してた!? もしかして“公認”!?」
「声でかい!」
「で、どうなの!? お前ら、いつ結婚する!?」
「飛びすぎ!!」
僕が叫ぶと、三木が腹を抱えて笑った。
「いや〜、でもさ〜、神崎くんが伊吹を彼氏にする未来、濃厚すぎるじゃん」
僕の顔が再び熱くなる。
神崎が涼しい顔でさらっと言った。
「未来じゃない」
「え?」
「今」
三木の表情がピシッと固まる。
「……今?」
神崎は淡々と続けた。
「伊吹、俺の彼氏」
言った。
言っちゃった。
僕は神崎をジロリと睨んだ。
「……許可なく言わないルール!!」
神崎が一拍置いてしれっと言う。
「三木は例外」
「勝手に例外作るな!」
三木が「うわーー!!!」と叫んで、廊下の端で小躍りした。
「やば! やば! 俺、歴史の証人になった!!」
「証人になるな!」
僕が叫ぶと、神崎が小声で言った。
「大丈夫。三木は拡散するけど、悪意はない」
「拡散するって言った!!」
三木が耳ざとく反応する。
「拡散? 何を?」
「何も!」
僕が必死に誤魔化そうとすると、三木がニヤニヤ笑った。
「わかったわかった。内緒ね? 内緒……でもさ」
三木が神崎を見て、意地悪く聞いてきた。
「神崎くん、伊吹のどこが好きなの?」
僕が止めるより早く、神崎が間髪入れずに答えた。
「全部」
三木が「重っ!」と爆笑する。
僕は思わず頭を抱えた。
「神崎、余計なこと言わないって――」
「三木は例外」
「例外多すぎ!」
「三木は情報統制不可」
三木が笑いながらヒラヒラと手を振った。
「お前ら、ほんとおめでと! じゃ、俺バイト!」
三木は忍者みたいに去って行った。
廊下に残された僕は、再び神崎を睨んだ。
「……全部、って何」
「事実」
「恥ずかしい!」
神崎が少しだけ目を細める。
「伊吹、赤い」
「言うな!」
僕が叫ぶと、神崎が小声で付け足した。
「……かわいい」
「言うなってば!」
「言いたい」
「我慢する努力しなさい!」
「努力する」
神崎がそう言いながら、いつもの言葉を言いかけて止めた。
「……よ」
「言いかけた!」
「言ってない」
神崎の耳が赤い。僕より赤いんじゃないか?
僕はその顔を見て、思わず笑ってしまった。
(……公認手前って、こういうことかも)
みんなに大声で言うわけじゃない。
でも、隠して逃げるわけでもない。
近い人には、ちゃんと伝える。
それが、僕らのペースだ。
僕は小声で言った。
「……蓮」
「ん」
「次は、許可取ってから言って」
神崎が頷く。
「うん。許可、取る」
「よしって言う?」
「言わない」
「努力してる」
「努力してる」
神崎が小さく笑った。
噂に振り回された日々は、少しずつ落ち着いていく。
その代わりに残るのは、二人の“決めごと”と、“内緒の合図”。
たぶんこれが、大学生の恋の、等身大の形なんだと思う。



