撤収班ルールで、犬猿なはずのあいつと恋をする

 月曜日。
 週末の“正式デート(っぽい)”の余韻が、まだ胸に残っていた。
 ……残ってるのに、いつもの通知は容赦ない。

【神崎:起床】
【神崎:水】
【神崎:朝飯】

(彼氏になっても生活指導は健在)

 僕はベッドの中で返信した。

【伊吹:起きた】
【伊吹:水飲む】
【伊吹:朝飯食べる】

 既読。

【神崎:よし】

(言うなってば!!)

 でも、今日はちょっとだけ許せた。
 週末に、僕が“彼氏”って言えたから。あれだけで、なんだか強くなった気がして。



 昼。
 講義の合間に、委員長から呼び出しが来た。

「伊吹くん、神崎くん、ちょっといい?」

 場所は実行委員室。
 学祭の反省会――の前の、軽い打ち合わせ。
 ……のはずだったのに、委員長は僕らを見るなり、ニヤっとした。

「で」

 その一言が怖い。

「二人、付き合ってるの?」

 直球すぎる。
 僕は反射的に固まりかけて、でも線引きルールを思い出した。

(聞かれたら嘘はつかない)

 神崎が先に答える。

「はい」

 短い返事。相変わらず事実だけ。
 委員長が「やっぱり〜〜!」と机を叩いて笑った。

「やっぱそうだと思った! 学祭の時の二人、空気が既に出来上がってたもん!」
「出来上がってない!」

 僕が思わず叫ぶと、委員長がさらに笑った。

「出来上がってたって! 神崎くん、伊吹くんのこと守りすぎ!」

 僕の顔がかっと熱くなる。
 神崎は涼しい顔で言った。

「守ってないです」
「守ってたよ!」
「護衛です」
「護衛ってなに?! ただの友達を普通護衛なんかする? しないよね!」

 そこまで言って、委員長は両手を上げると、急に真面目な顔になった。

「オッケーオッケー。冷やかすのはここまで」

 ……え、切り替え早い。

「で、確認したい。学内で変に噂が広がってて、二人が嫌なら、こっちも配慮するから」

 委員長の声が、意外と優しかった。
 僕の胸が少し楽になる。

「……ありがとうございます」
「どうしたい? 公表したい? 内緒にしたい?」

 僕は迷った。
 隠したいわけじゃない。
 でも見られるのが恥ずかしい。
 噂が燃えるのも嫌だ。
 僕が考えていると、神崎が僕を見た。

「伊吹のペース」

 それだけで、答えが出た気がした。

「……大々的には、しなくていいです」

 僕は正直に言った。

「でも、聞かれたら嘘はつかない。そういう感じで」

 委員長が頷く。

「了解。じゃあ“二人のことは二人に聞け”で、変に騒がない空気にしとく」

 頼もしい。委員長、強い。
 神崎が小さく言った。

「助かります」

 委員長がニヤっとする。

「神崎くんが敬語だと、逆にレアだな」
「外面です」
「自覚あるんだ!」

 僕がツッコむと、委員長が笑って、最後に言った。

「じゃあ、おめでとう。二人とも」

 僕は小さく頭を下げた。

「……ありがとうございます」

 神崎は短く言う。

「ありがとうございます」

 その並びが、なんだか変にくすぐったかった。



 実行委員室を出た瞬間。

「伊吹ーー!!」

 廊下の向こうから、三木の声が聞こえてきた。
 
(……嫌な予感しかしない)

 三木がこちらに走ってきて、ぱっと目を輝かせた。

「今、委員長と何話してた!? もしかして“公認”!?」
「声でかい!」
「で、どうなの!? お前ら、いつ結婚する!?」
「飛びすぎ!!」

 僕が叫ぶと、三木が腹を抱えて笑った。

「いや〜、でもさ〜、神崎くんが伊吹を彼氏にする未来、濃厚すぎるじゃん」

 僕の顔が再び熱くなる。
 神崎が涼しい顔でさらっと言った。

「未来じゃない」
「え?」
「今」

 三木の表情がピシッと固まる。

「……今?」

 神崎は淡々と続けた。

「伊吹、俺の彼氏」

 言った。
 言っちゃった。
 僕は神崎をジロリと睨んだ。

「……許可なく言わないルール!!」

 神崎が一拍置いてしれっと言う。

「三木は例外」
「勝手に例外作るな!」

 三木が「うわーー!!!」と叫んで、廊下の端で小躍りした。

「やば! やば! 俺、歴史の証人になった!!」
「証人になるな!」

 僕が叫ぶと、神崎が小声で言った。

「大丈夫。三木は拡散するけど、悪意はない」
「拡散するって言った!!」

 三木が耳ざとく反応する。

「拡散? 何を?」
「何も!」

 僕が必死に誤魔化そうとすると、三木がニヤニヤ笑った。

「わかったわかった。内緒ね? 内緒……でもさ」

 三木が神崎を見て、意地悪く聞いてきた。

「神崎くん、伊吹のどこが好きなの?」

 僕が止めるより早く、神崎が間髪入れずに答えた。

「全部」

 三木が「重っ!」と爆笑する。

 僕は思わず頭を抱えた。

「神崎、余計なこと言わないって――」
「三木は例外」
「例外多すぎ!」
「三木は情報統制不可」

 三木が笑いながらヒラヒラと手を振った。

「お前ら、ほんとおめでと! じゃ、俺バイト!」

 三木は忍者みたいに去って行った。
 廊下に残された僕は、再び神崎を睨んだ。

「……全部、って何」
「事実」
「恥ずかしい!」

 神崎が少しだけ目を細める。

「伊吹、赤い」
「言うな!」

 僕が叫ぶと、神崎が小声で付け足した。

「……かわいい」
「言うなってば!」
「言いたい」
「我慢する努力しなさい!」
「努力する」

 神崎がそう言いながら、いつもの言葉を言いかけて止めた。

「……よ」
「言いかけた!」
「言ってない」

 神崎の耳が赤い。僕より赤いんじゃないか?
 僕はその顔を見て、思わず笑ってしまった。

(……公認手前って、こういうことかも)

 みんなに大声で言うわけじゃない。
 でも、隠して逃げるわけでもない。
 近い人には、ちゃんと伝える。
 それが、僕らのペースだ。
 僕は小声で言った。

「……蓮」
「ん」
「次は、許可取ってから言って」

 神崎が頷く。

「うん。許可、取る」
「よしって言う?」
「言わない」
「努力してる」
「努力してる」

 神崎が小さく笑った。

 噂に振り回された日々は、少しずつ落ち着いていく。
 その代わりに残るのは、二人の“決めごと”と、“内緒の合図”。
 たぶんこれが、大学生の恋の、等身大の形なんだと思う。