打ち上げ会場――学食の一角は、いつもとは別世界になっていた。
ずらりとテーブルに並べられているのは、ジュースにチューハイにピザに唐揚げ。みんな謎のテンションで盛り上がってて、委員長の声が特にでかい。
みんな、疲れてるはずなのに笑ってる。むしろ疲れてるから笑ってるのかもしれない。
「伊吹くーん! 副委員長ー! 一言お願いしま〜す!」
委員長がマイク代わりのスプーンを振り回しながら叫んでいる。やめて。逃げ場をくれ。
「えっ、僕!?」
「そう! 今日のMVPは伊吹くんでしょ! 神崎くんも!」
周りが「うぇーい!」と騒いで、僕は顔がかっと熱くなった。
「えっと……えっと……」
何か言わなきゃいけない。副委員長として。
でも、口を開いた瞬間に頭に浮かんだのは、導線でもタイムテーブルでもなくて。
――好きだから。
(やめて。今それ思い出すタイミングじゃない)
僕が固まっていると、横から神崎がさらっと助け舟を出した。
「伊吹、今日はよくやった」
「えっ」
神崎が、みんなに向けて言った。
「副委員長がいたから回った。以上」
以上って何。一言がまじで一言すぎる。
でも周りはそれが逆にウケたらしくて「神崎クール!」とか言って盛り上がっている。
委員長が満足そうに頷いた。
「よし! 乾杯し直すぞー!」
(よしって言ったの、委員長なのに僕が反応しそうになった……)
神崎のせいで「よし」に敏感になってる。最悪。
◇
打ち上げは楽しかった。
楽しかった、けど――僕の脳内はずっと、別の予定のカウントダウンをしていた。
(約束……約束……約束……)
神崎はというと、外面モードで淡々としている。
なのに、僕の飲み物が空きそうになると、いつの間にか新しい水を置いてくれている。
誰かが僕の肩を叩きすぎると、さりげなく間に入る。
(護衛、仕事しすぎ)
僕が笑ってると、神崎の視線が一瞬だけ柔らかくなる。
それが、今日一番しんどい。
そして、事件は突然起きた。
「なーなー伊吹!」
三木がチューハイの缶を片手に近寄ってきた。既にだいぶ出来上がった顔をしている。うるさい陽キャが、今日も元気。
「学祭お疲れ! ほんと尊敬!」
「ありがと……」
「でさ、伊吹って、神崎くんとどういう関係なの?」
ぶふっ、と危うく水を吹きそうになった。
「ど、どういう関係って?」
「いつも一緒。ずっと一緒。今日もずっと一緒。もうそれ、答え出てない?」
周りの誰かが「確かに〜」って囃し立てる。やめろ。やめてくれ。
僕が赤くなる前に、神崎がスッと僕の前に出て来た。
「伊吹、帰るぞ」
「えっ、今!?」
「約束」
神崎の低い声が、その一言だけ妙に真面目に聞こえて、僕の心臓がドキッと跳ねた。
「え、帰るの!?」
三木が驚いた様子で、僕と神崎を交互に見た。
「二次会行こうぜ!」
「行かない」
神崎が即答する。
「なんでだよー!」
「伊吹が疲れてる」
「伊吹、まだ元気そうだけど?」
三木がすぐさま神崎から僕に視線を移した。僕はその目に反射的に応える。
「元気だよ!」
言った瞬間、神崎の視線が刺さった。
撤収班じゃない顔。本日二回目。
「……元気“そう”なだけ」
神崎が淡々と言って、僕の腕を取る。
(見抜かれてる……)
「早く帰ろう」
「ちょ、三木、ごめん!」
「えー! またなー!」
三木の声を背に、僕は神崎に引っ張られながら学食を出た。
廊下に出た瞬間、辺りが急に静かになって、僕の心臓の音だけがバクバクとうるさく響いている気がした。
◇
夜のキャンパスは、昼の喧騒が嘘みたいに静かだった。
屋台がすっかり片づけられて、通路に落ちた紙テープが風で転がっていく。
「……約束って」
僕が小声で言うと、神崎は歩きながら答えた。
「撤収班じゃない時間」
「ほんとに作るんだ」
「言った」
「言ったね……」
神崎が、少し間を空けてから淡々と続けた。
「伊吹、逃げないって言った」
ずるい。そんな風に言われたら、逃げられない。
僕は誤魔化すように笑った。
「逃げないよ。副委員長だし」
「副委員長じゃなくても」
神崎が即答する。
それで胸がぎゅっとなるの、いまだにちっとも慣れない。
ふいに神崎が足を止めた。
場所は、ステージの裏手。昼間はカオスだった場所。今は静かな影になっている。
「ここ、覚えてる?」
「当然。今日一番走った場所じゃん」
「走るな」
「今それ言う!?」
神崎が小さく笑う。
笑って、それから――少しだけ真面目な顔に戻る。
「伊吹」
「なに」
「……答え」
喉がきゅっとなる。
「……答えって?」
「俺の、“好き”の答え」
心臓が、どくんと鳴った。
(ずっと避けてたやつだ)
でも、逃げないって決めたのは僕だ。
「……神崎」
「ん」
「僕、さ」
言葉が震えそうで、僕はぎゅっと拳を握った。
「正直、怖かった」
「何が」
「好きって言われたの」
期待されたら、逃げられなくなる気がして。
神崎の目が少しだけ揺れる。
「……ごめん」
「違う。ごめんじゃない」
僕は深く息を吸って、言葉を続けた。
「僕、こういうの……鈍いし、遅いし、たぶん、すぐ“平気な顔”する」
「してた」
「してた……でも」
僕は神崎の顔を見上げる。
暗いのに、神崎の目の光だけがはっきりと見える気がした。
「今日、学祭がちゃんと“学祭”になってたの、神崎がいたからだよ」
「……」
「僕、何回も怖くなった。ミスしたら終わるって思った」
神崎が静かに言う。
「終わらない」
「うん。今はわかる」
僕は笑って、でも声は真剣だった。
「だって神崎が、直してくれたし、止めてくれた……隣にいてくれた」
神崎が一歩、僕の方へと近づく。
近づくだけで、息が詰まりそうになる。
「だから、僕も言う」
僕は、逃げないためにはっきりと言った。
「……僕も、神崎が好き」
言った瞬間、世界がしいんと静かになった気がした。
神崎が何も言わない。
でも、肩がふっと落ちて、力が抜けたように息を吐いた。
「……よかった」
その声が、子どもみたいに弱くて、胸が痛くなる。
「神崎、今の反応ずるい」
「ずるくない」
「ずるいよ」
神崎がじっと僕の顔を見てから、素直に言った。
「……嬉しい」
耳がじわじわと熱い。僕も、たぶん神崎もだ。
神崎が手を伸ばして――今度は迷わず、僕の手を握った。
温かい。自習室のときより、もっとちゃんと温かい。
「撤収班じゃない時間、これからも作る」
「うん」
「……彼氏、になる?」
胸が、今までにないくらいうるさい。
笑ってごまかしたいのに、笑えない。
「……なる」
神崎の指が、ぎゅっと強く僕の指を握った。
「……よし」
「言ったーー!!」
僕が叫ぶと、神崎が小さく笑った。
「努力するって言ったのに」
「努力した」
「結果がこれ!」
「……今は、言いたい」
その言い方が、なんだか可愛くてたまらなくて。
僕は負けた。
「……じゃあ一回だけ」
「一回だけ?」
「うん。今日だけ」
神崎がちょっとだけ目を細める。
「今日だけじゃない」
「急に強欲!」
「彼氏だから」
ずるい。ずるいけど、嬉しい。
僕は神崎の手を握ったまま、真っ暗な空を見上げた。
学祭の音はもう遠い。
でも、胸の中だけは、まだ明るい音楽がずっと鳴り響いている。
「ねえ神崎」
「ん」
「撤収班ルール、どうするの」
神崎が即答する。
「残す」
「残すの!?」
「第十四条」
「もう増えるの!?」
神崎が、真顔で言った。
「撤収班ルール第十四条。伊吹が笑ったら、撤収完了」
……それは、ルールじゃなくて。
僕は照れて、わざと乱暴に言った。
「……うるさい」
「うるさくない」
「うるさいよ」
「完了」
神崎は笑いながら、僕の手を離さずに言った。
「帰ろう、副委員長」
「今は彼氏っぽく呼んでよ」
言った瞬間、神崎が固まった。
「……」
「……え、無理?」
「無理じゃない」
神崎が咳払いして、耳を赤くして、小さい声で言った。
「……帰ろう、悠真」
僕の名前。
たったそれだけで、胸がいっぱいになった。
僕は、いっぱいになった胸から嬉しさをこぼすように、大きく笑った。
「うん。帰ろう、蓮」
呼んだ瞬間、神崎の手が、また少しだけ強くなる。
撤収班じゃない時間は、一日の中できっとそんなに長くはない。
でも――たぶん、これから何回でも作れる。
そう思えた夜だった。
ずらりとテーブルに並べられているのは、ジュースにチューハイにピザに唐揚げ。みんな謎のテンションで盛り上がってて、委員長の声が特にでかい。
みんな、疲れてるはずなのに笑ってる。むしろ疲れてるから笑ってるのかもしれない。
「伊吹くーん! 副委員長ー! 一言お願いしま〜す!」
委員長がマイク代わりのスプーンを振り回しながら叫んでいる。やめて。逃げ場をくれ。
「えっ、僕!?」
「そう! 今日のMVPは伊吹くんでしょ! 神崎くんも!」
周りが「うぇーい!」と騒いで、僕は顔がかっと熱くなった。
「えっと……えっと……」
何か言わなきゃいけない。副委員長として。
でも、口を開いた瞬間に頭に浮かんだのは、導線でもタイムテーブルでもなくて。
――好きだから。
(やめて。今それ思い出すタイミングじゃない)
僕が固まっていると、横から神崎がさらっと助け舟を出した。
「伊吹、今日はよくやった」
「えっ」
神崎が、みんなに向けて言った。
「副委員長がいたから回った。以上」
以上って何。一言がまじで一言すぎる。
でも周りはそれが逆にウケたらしくて「神崎クール!」とか言って盛り上がっている。
委員長が満足そうに頷いた。
「よし! 乾杯し直すぞー!」
(よしって言ったの、委員長なのに僕が反応しそうになった……)
神崎のせいで「よし」に敏感になってる。最悪。
◇
打ち上げは楽しかった。
楽しかった、けど――僕の脳内はずっと、別の予定のカウントダウンをしていた。
(約束……約束……約束……)
神崎はというと、外面モードで淡々としている。
なのに、僕の飲み物が空きそうになると、いつの間にか新しい水を置いてくれている。
誰かが僕の肩を叩きすぎると、さりげなく間に入る。
(護衛、仕事しすぎ)
僕が笑ってると、神崎の視線が一瞬だけ柔らかくなる。
それが、今日一番しんどい。
そして、事件は突然起きた。
「なーなー伊吹!」
三木がチューハイの缶を片手に近寄ってきた。既にだいぶ出来上がった顔をしている。うるさい陽キャが、今日も元気。
「学祭お疲れ! ほんと尊敬!」
「ありがと……」
「でさ、伊吹って、神崎くんとどういう関係なの?」
ぶふっ、と危うく水を吹きそうになった。
「ど、どういう関係って?」
「いつも一緒。ずっと一緒。今日もずっと一緒。もうそれ、答え出てない?」
周りの誰かが「確かに〜」って囃し立てる。やめろ。やめてくれ。
僕が赤くなる前に、神崎がスッと僕の前に出て来た。
「伊吹、帰るぞ」
「えっ、今!?」
「約束」
神崎の低い声が、その一言だけ妙に真面目に聞こえて、僕の心臓がドキッと跳ねた。
「え、帰るの!?」
三木が驚いた様子で、僕と神崎を交互に見た。
「二次会行こうぜ!」
「行かない」
神崎が即答する。
「なんでだよー!」
「伊吹が疲れてる」
「伊吹、まだ元気そうだけど?」
三木がすぐさま神崎から僕に視線を移した。僕はその目に反射的に応える。
「元気だよ!」
言った瞬間、神崎の視線が刺さった。
撤収班じゃない顔。本日二回目。
「……元気“そう”なだけ」
神崎が淡々と言って、僕の腕を取る。
(見抜かれてる……)
「早く帰ろう」
「ちょ、三木、ごめん!」
「えー! またなー!」
三木の声を背に、僕は神崎に引っ張られながら学食を出た。
廊下に出た瞬間、辺りが急に静かになって、僕の心臓の音だけがバクバクとうるさく響いている気がした。
◇
夜のキャンパスは、昼の喧騒が嘘みたいに静かだった。
屋台がすっかり片づけられて、通路に落ちた紙テープが風で転がっていく。
「……約束って」
僕が小声で言うと、神崎は歩きながら答えた。
「撤収班じゃない時間」
「ほんとに作るんだ」
「言った」
「言ったね……」
神崎が、少し間を空けてから淡々と続けた。
「伊吹、逃げないって言った」
ずるい。そんな風に言われたら、逃げられない。
僕は誤魔化すように笑った。
「逃げないよ。副委員長だし」
「副委員長じゃなくても」
神崎が即答する。
それで胸がぎゅっとなるの、いまだにちっとも慣れない。
ふいに神崎が足を止めた。
場所は、ステージの裏手。昼間はカオスだった場所。今は静かな影になっている。
「ここ、覚えてる?」
「当然。今日一番走った場所じゃん」
「走るな」
「今それ言う!?」
神崎が小さく笑う。
笑って、それから――少しだけ真面目な顔に戻る。
「伊吹」
「なに」
「……答え」
喉がきゅっとなる。
「……答えって?」
「俺の、“好き”の答え」
心臓が、どくんと鳴った。
(ずっと避けてたやつだ)
でも、逃げないって決めたのは僕だ。
「……神崎」
「ん」
「僕、さ」
言葉が震えそうで、僕はぎゅっと拳を握った。
「正直、怖かった」
「何が」
「好きって言われたの」
期待されたら、逃げられなくなる気がして。
神崎の目が少しだけ揺れる。
「……ごめん」
「違う。ごめんじゃない」
僕は深く息を吸って、言葉を続けた。
「僕、こういうの……鈍いし、遅いし、たぶん、すぐ“平気な顔”する」
「してた」
「してた……でも」
僕は神崎の顔を見上げる。
暗いのに、神崎の目の光だけがはっきりと見える気がした。
「今日、学祭がちゃんと“学祭”になってたの、神崎がいたからだよ」
「……」
「僕、何回も怖くなった。ミスしたら終わるって思った」
神崎が静かに言う。
「終わらない」
「うん。今はわかる」
僕は笑って、でも声は真剣だった。
「だって神崎が、直してくれたし、止めてくれた……隣にいてくれた」
神崎が一歩、僕の方へと近づく。
近づくだけで、息が詰まりそうになる。
「だから、僕も言う」
僕は、逃げないためにはっきりと言った。
「……僕も、神崎が好き」
言った瞬間、世界がしいんと静かになった気がした。
神崎が何も言わない。
でも、肩がふっと落ちて、力が抜けたように息を吐いた。
「……よかった」
その声が、子どもみたいに弱くて、胸が痛くなる。
「神崎、今の反応ずるい」
「ずるくない」
「ずるいよ」
神崎がじっと僕の顔を見てから、素直に言った。
「……嬉しい」
耳がじわじわと熱い。僕も、たぶん神崎もだ。
神崎が手を伸ばして――今度は迷わず、僕の手を握った。
温かい。自習室のときより、もっとちゃんと温かい。
「撤収班じゃない時間、これからも作る」
「うん」
「……彼氏、になる?」
胸が、今までにないくらいうるさい。
笑ってごまかしたいのに、笑えない。
「……なる」
神崎の指が、ぎゅっと強く僕の指を握った。
「……よし」
「言ったーー!!」
僕が叫ぶと、神崎が小さく笑った。
「努力するって言ったのに」
「努力した」
「結果がこれ!」
「……今は、言いたい」
その言い方が、なんだか可愛くてたまらなくて。
僕は負けた。
「……じゃあ一回だけ」
「一回だけ?」
「うん。今日だけ」
神崎がちょっとだけ目を細める。
「今日だけじゃない」
「急に強欲!」
「彼氏だから」
ずるい。ずるいけど、嬉しい。
僕は神崎の手を握ったまま、真っ暗な空を見上げた。
学祭の音はもう遠い。
でも、胸の中だけは、まだ明るい音楽がずっと鳴り響いている。
「ねえ神崎」
「ん」
「撤収班ルール、どうするの」
神崎が即答する。
「残す」
「残すの!?」
「第十四条」
「もう増えるの!?」
神崎が、真顔で言った。
「撤収班ルール第十四条。伊吹が笑ったら、撤収完了」
……それは、ルールじゃなくて。
僕は照れて、わざと乱暴に言った。
「……うるさい」
「うるさくない」
「うるさいよ」
「完了」
神崎は笑いながら、僕の手を離さずに言った。
「帰ろう、副委員長」
「今は彼氏っぽく呼んでよ」
言った瞬間、神崎が固まった。
「……」
「……え、無理?」
「無理じゃない」
神崎が咳払いして、耳を赤くして、小さい声で言った。
「……帰ろう、悠真」
僕の名前。
たったそれだけで、胸がいっぱいになった。
僕は、いっぱいになった胸から嬉しさをこぼすように、大きく笑った。
「うん。帰ろう、蓮」
呼んだ瞬間、神崎の手が、また少しだけ強くなる。
撤収班じゃない時間は、一日の中できっとそんなに長くはない。
でも――たぶん、これから何回でも作れる。
そう思えた夜だった。



