ただただ勘違いをしていた。
どんどん広がっていく景色を見て、勝手に思い込んでた。
俺は何もしてないのに。
「伊月!これ知ってる?」
ぼぉーっと窓の外を眺めていたら健斗がスマホの画面を見せて来た。
席替えをしたから今は窓際の席で、騒がしい廊下側より全然快適だった。すっかり寒くなった12月でも教室の中は暖房が効いて温かいし、むしろうとうとするのに丁度よくて。
「!?」
だけど健斗のスマホを見て一気に目が覚めた。ふぁ~っと出かけたあくびも止まるくらい。俺のアカウント、じゃなくて森永の漫画を載せてたアカウントを見せられたから。
「え、…何これ?」
「見たことある?なんか超バズってんの」
「う、うーん…見たことあるようなないような…?」
「伊月、少女漫画ハマッてるって言ってたから知ってるかと思って」
「…。」
知ってるけど、超知ってるけど。
あれから健斗に少女漫画の話したことなかったからまだ覚えてたんだと思った、バカにされて忘れてほしいぐらいに思ってたし。
「で、それが何?どうかした?」
でもそんな健斗がわざわざ見せてきたんだ、それがどうかしたのかはちょっと気になって。まぁまた少女漫画なんかつまらないとか言うのかなーって、思ったんだけど。
「これ描いたのうちの学校の奴らしいぜ」
「なんで!?」
「は、なんで?」
あ、間違えた。
思ってもみないことを言われたから、食い気味に答えてしまった。
しかも“なんで!?”は“なんでバレたんだ!?”って言う、なんで。マジで!?とかすげぇ!とか感嘆な言葉を言っておけばよかった。
「あ~…っ、それちょっと見たことあるけどうちの学校とか全然わかんなかったなーって…なんで健斗はわかったんだろと思って」
身バレには細心の注意を払っていた、絶対バレないようにって。
だからなるべく余計なことは言わないように言い方とか場所を特定される発言はしないようにして、基本漫画が読めるアカウントにしてたつもりだった。
どこでそれがバレたんだ?しかもうちの学校まで…
「文化祭のポスター描いた人じゃないかって噂されてる」
うぉぉぉい、なんだそれは盲点過ぎるだろ。
文化祭のポスターって…こないだの文化祭?
そーいえばポスターがちょこちょこ貼られてたけど、そんなのちゃんと見てないしどんなのだったんだろ?それだけで特定されるものなのか?
「で、これがそのポスター!」
健斗が今度はポスターの写真をスマホで見せてくれた。
「……。」
「な、似てるよな!」
「…。」
「だからこいつじゃないかって言われてんだよ」
これは…、マジだ。間違いなく森永だ。
この輪郭とか目の描き方、指の感じとかめっちゃ森永だ…
読み過ぎるほどに読んでるんだ、森永の描き方の癖までわかってしまって。
「伊月はどう思う!?本人だと思う??」
「あー、俺は…ちょっとわかんないかも」
「えー?少女漫画読んでんのに?」
「言うほど読んでねぇからわかんねぇよ」
うん、まぁ確実に森永だとは思うけどな。
そんなの言えるわけないし。てゆーかこんなの描いてたんだ、知らなかった。
もうずっと話してないから、こんなことも知らなかった。
「つーかこれすげぇよな!この学校でこんなの描く奴いるんだな!」
トントンと慣れた手つきでスマホの画面をスクロールさせていく、それは目を通してるのかどうなのか。少し、聞いてみたくなった。
「…それ、読んだ?」
「読んだ!」
「どう…だった?」
「おもしろかった!」
「おもしろかったのかよっ」
ケラッとした顔で言われたから、思わずつっ込んじゃったし。どーせつまんないとかおもしろくないとか言うかと思ってたのに。
「読んでみたら少女漫画も意外とおもしれぇーな~!」
「なんだよ、あんなこと言ってたくせに!」
「伊月がハマるって言ってた意味もわからなくもねぇかって!」
ケラケラ笑いやがってよ、あの時と全然違うじぇねぇかよ。あれでもう健斗の前では少女漫画の話はしないって決めたのに…っ
「まっ、これがうちの学校の奴かどうかってことが気になるからってものあるけどな!」
「……。」
それは、読む理由にはなるかも。
俺でも気になって読んでると思うし…
これは森永知ってんのかな?学校でこんなに話題になってること。
つーかまたいいね増えてたし。久しぶりにこの画面を見てびっくりしたわ、最近開いてもなかったからまたこんなに増えてるとか…
すごいな、すごいよ森永は。なんかもう、他人事みたいだ。
****
「あ」
下駄箱で目が合った、森永と。
帰ろっかなってスニーカーに履き替えようとした時、パチッと目が合った。
名簿順前後なんだもんな、下駄箱だって前後なんだよな。あれからずっと話したことなかったから若干この空気は気まずい、がっつり合ってしまった目を逸らすのさえなんか気まずい。
でも言うこともないしな、一緒に帰るのも違うし…このまま見なかったフリして帰ろうかな。逃げるみたいであれだけど、だけど森永になんて話しかければいいのかわからなくて。
「森永くん!」
ふっと視線を逸らした時だった、森永の後ろから追いかけるように走って来た女子がいた。同じクラスの間宮だ。
「ちょっと聞きたいんだけど」
スマホを前に出して、指をさした。
気になってのぞき込むと…あ、あの漫画だ。あのアカウントの、あの漫画だ。
「これって森永くんが描いたんだよね!?」
スマホの画面を指さして、間宮も興奮してんのか声が大きかった。でもそれはさらにこの空間を気まずくさせる。
「ちがっ、違うよ!」
急な緊張感に、俺は何も言えなくて。
「本当に?私は森永くんが描いたと思ったんだけど」
「違うよ、それは僕じゃっ…ない!」
森永の焦る声に俺まで焦る、森永が間宮の方を向いてるせいで表情は見えないけど…たぶんめちゃくちゃ動揺してるよな俺でもしてるもん。
何か、俺も何か、でも何を言えばいいんだ?
俺が何か言ったらそれはそれで余計な一言になりかねない。
だけど森永が困ってるのはわかる、だから何か…あ、森永に一緒に帰ろうって言えばっ
「でも文化祭のポスターを描いたのは森永くんだよね?」
…、も少し早く一緒に帰ろうって言えてればよかった。漫画のことは否定出来てもそれは否定出来ない。言いかけた口がすぐに閉じてしまった。
「そ、それは…そうだけど」
あのポスターが決定打になったのは、俺でもわかる。
どこをどう見ても森永だったし。やっぱ絵上手いなーって思ったし。
でもそれは俺が何度も何度も森永の漫画を読んできたからで、他の奴らにわかるのかなって思ってた。
あんなちょっとじゃ判断つかなくない?だからみんな確認出来なかったんだろうし、それなのに間宮は堂々と聞いてくるからそれが少し気になってー…
「森永くんって“キュート”の投稿者じゃない?」
“キュート”…?ってなんだっけ?聞いたことある…
確かキャストと同じ会社から出てる雑誌だ。女子中高生向けの少女漫画雑誌キュートだ。
え、少女漫画?の、投稿者って…
気になって森永の顔を覗き込んだ。
「…っ!」
森永が今までに見たことないくらい顔を赤くした。
お前、そんなわっかりやすく顔に出したら誰にだってバレるだろ。
俺も間宮も聞かなくてもわかっちゃっただろ、少女漫画投稿してたのかよそんなに上手くないとか言って漫画投稿してたのかよ。
「やっぱりそうだよね!」
ほら、間宮が嬉しそうにぱぁっと表情を明るくした。
つーかやばい、確定してしまった。絶対身バレはさせちゃいけなかったのにやばい、絶対バレないようにが条件だったのに。ここからどうやって覆したら…
間宮に口止めするか?いっそ俺が始めたことを話してこっち側に…いや、それで森永が納得するかどうか。
つーか森永はどう思ってんの?このままでいいの?俺はどうしたらいいの?
また森永が嫌な思いさせるようなこと、また何か言われたら…っ
「私、森永くんのこと応援してる!」
…え?
さっき以上に嬉しそうな間宮が一歩森永に近付いた。
「私ね、キュート大好きなの!毎月買ってて、投稿者の欄も読んでて!」
あぁキャストにもあるよな、目指せ漫画家デビューみたいなやつ。俺もたまに見てはいるけど。
「だから気付いたの!このアカウント、キュートの投稿者さんじゃないかなって!」
…!
あ、そのパターン?そっちがあったのか…!
森永の漫画を読んでるのは俺だけだと思ってたけど、間宮も別の方法で森永の漫画を見てたってこと?
「あの漫画すごくおもしろかった!」
甲高い声で話す間宮は真っ直ぐ森永の方を見ていた。
後ろにいる俺のことなんか見てなくて、なんなら最初から見てなかったんだよ。
間宮は森永のことしか見てなくて、森永の漫画しか見てなかった。
今、森永はどんな顔してんのかなって気になった。
俺に背を向けてるから表情がわからなくて、でもそんなの見なくてもいいか。
帰ろう、さっさと帰ろう。最初からこの話に俺は無関係だった。
****
この日を境に、森永に対するみんなの認識が変わった。
今まで誰とも話してなくて、俺ぐらいだと思ってたのに気付けばクラスの中心にいた。主に女子たちの中心に。
「森永くん、すっごい漫画おもしろかったよ!」
「告白のとこめっちゃよかったよね!」
「あの居ても立っても居られない告白ね!!」
「キュンキュンだった~!」
「てかヒーローカッコよすぎスパダリすぎ!」
……。めっちゃ女子に囲まれてる。
森永が囲まれてる様子を自分の席から横目で見ていた。頬杖をついて目を細めて、気付かれないようにして。
楽しそうな女子たちはスマホを開いて、キャーキャー何か言っている。
そっか女子は少女漫画好きな奴多いんだ。そりゃ少女漫画だもんな読んでるのは女子のが多いよな。
間宮なんてまだなんか伝えてるし、ファンみたいじゃん。ファンみたい…だ。
「……。」
てゆーかなんだよ、それでいいのかよ。ありきたりな展開だの何だの言ってたくせに女子たちにおもしろかったって言われて、それはいいのかよ。
女子の意見は聞くわけ?読んだことのない俺にはわからないっていったのに、女子たちの話はさ…読んでる相手の話は聞けるんだ?
だって笑ってたから、森永が。笑うんだ、少女漫画の話して。
バカにされてきたって言ってた森永の悔しそうな顔を見て、もったいないって思った。
森永の描く漫画はおもしろくて、絵だってすごく上手くて、みんなに見てほしいって思った。そしたらみんなで共感したり、感想を言い合ったり、そんなことが出来るって…
今それが叶ってるんだよな。
俺がやりたかったことが叶ってるんだよ。
だからこれでいいはずなんだ、森永だってもう我慢しなくていいんだから。
なのに…悔しい。今度は俺が悔しい。
俺が最初に見付けたのに。
載せなきゃよかった、SNSなんかに。
****
そのまま冬休みに入って年が明けた。
テストもあったし、また森永と前後の席になることはあったけど一言も喋らなかった。向こうも話しかけて来ないし俺も話すことがないし。
もう3学期に入って、2年になったらクラス替えがある。そしたら森永と会うこともなくなって、ただ1年の時同じクラスだった奴になるのか。
まぁそれでも、そんなのもあるよ…でも少しだけ寂しいって思うのは何なんだろうな。せっかく仲良くなれたと思ってたのに、あの時間が俺は好きだったよ。
楽しかった、森永と話すのは。
あれからずっと少女漫画は読めてない。読んだらいけない気がして読めていない。
「伊月!今日キャストの発売日だぞ!」
「あぁ、わかってるし買って帰るし」
「忘れんなよ!」
「忘れねぇーよ」
帰りに本屋に寄ってキャストを買って帰る、そんで明日は健斗と感想を言い合う。たぶん2年になってもこれは変わらないかと思って、…ならまぁいいか。
変わらないものもあるし、これだって楽しいし。これでいいよな。
うん、よし、キャスト買いに本屋行くぞ…
「!」
って近くの本屋に寄ったら会った、森永に。
あぁー…使うよな、普通に使うよな。学校から1番近い本屋だもんな。
き、気まずい…あいさつとかする?
でも学校で全く喋ってないのに今喋るとかそれも違うよな、でも同じ漫画エリアにいるとなんかなぁー。
森永も俺に気付いてるし、クラスの奴らがいないここなら話しかけられるのかもしれないけど…いや、帰ろう。早く帰ろう。また余計なことを言う前に。
「山上くん」
迷う俺に話しかけてきたのは森永の方だった。キャストを手に取る俺の隣でキュートを手に取った森永がこっちを見る。
「これ買ってくれない?」
「なんで!?」
その第一声はなんだよ、思わず思いっきり突っ込んじゃったじゃねぇーか。意味がわかんねぇーよ。
「なんで俺がキュート買わなきゃいけないんだよ!?」
「だって言ってたから」
「はぁ!?何を…っ」
「買ってくれるんでしょ?」
え…?
意味がわからなかった、けど1つだけ思い出した。そーいえばそんな話をした、初めて森永の描いた漫画を読んだ時、感動して興奮して。
“森永が漫画家になったら買うわ!”
「マジで!!!?」
あ、やば。本屋だってこと忘れて大声で叫んじゃった。学校でもこんな声出したことない。
「え、マジで!?ほんとに!?森永本当に…っ」
「読んでよ、僕の漫画」
差し出されたキュートは大きな瞳の女の子が笑ってる表紙で、買うのはだいぶ勇気が入った。少女漫画なんて買ったことない。
読んだことだってあんまりないのに、これを買うのは…
「買いたくないなら」
「買う!全然買う!!」
「いや、いいよ買いづらいし僕がっ」
「買いたい!」
森永からキュートを引き寄せた。ぐっと掴んで、キュートを持った。
「読みたいから、森永の漫画…っ」
ずっと少女漫画は読んでなかった、読んじゃいけない気がして読めなかった。
でも気になってた、森永が描く漫画が。
続きが読みたいって、ずっと思ってたんだ。
「買ってくるから待ってて!」
キャストとキュートを持ってレジに向かう、いつもと変わらない本屋なのにドキドキして漫画を買うだけでドキドキしてた。セルフレジでちょっと助かったって思いながら。
****
そのまま近くの公園までやって来た。ここまで来るのに森永とは特に会話もなくて、小脇に抱えたキュートになぜかドキドキしてた。
じ、人生で初めて買った少女漫画…なんだこの緊張感は、ただ漫画買っただけなのに異様に落ち着かない。
普段は買わないレジ袋まで買っちゃったじゃん、持ち歩くのがちょっと恥ずかしくて。
まだまだ寒い2月、公園の人は少なくてブランコの近くのベンチに座った。
「僕、何か温かい飲み物買ってくるよ」
「あ、ありがと」
……。
で、森永の描いた漫画ってどれ?さっそく袋から取り出してみたけど、どれが森永の漫画なのか…あ、これだ。絶対これだ。もう表紙の絵でわかるもん、この絵の描き方は森永だ。
パラパラパラッとめくってすぐにたどり着いた。
すげぇ、マジで森永漫画家になったんだ。現役高校生デビューって書いてある…キャッチコピーすごいな、めちゃくちゃ直球じゃん。
「……。」
すぅーっと息を吸って1ページ目をめくった。漫画読むのにこんな緊張することねぇよ、漫画はもっと娯楽だろなんでこんなに…
「…っ」
……。
…。
また絵上手くなってる、線がすごいキレイだ。
…つーかこれ女の子と女の子の話?
2人の女の子が出て来て、男は出て来ない…
え、2人が付き合うの!?恋するの!?そんな展開もあんのか…っ
「…!」
あ、違う。これはそんな話じゃない、昨日まで接点のなかった2人がある日突然秘密を共有することになる…友情の話だ。
「山上くん、お茶でいい?」
「森永!」
バンッと本を閉じた、勢い余って思いっきり。買って来てくれたペットボトルのお礼より先に言いたくて。
「めっちゃくちゃよかった…!」
これ以上にないくらい目を大きくして森永の方を見た。そしたら少し驚いた表情をした後に、笑った。目を細めて笑ってた。
「てかこれって恋愛じゃないんだな!一瞬女子2人の恋愛ものかと思って」
「少女漫画は恋愛だけじゃないからね」
「え、そーなの?」
へぇ、こうゆう話もあるのか。
てっきり少女漫画って恋愛を楽しむ漫画かと思ってた。森永がノートに描いてたやつもすすめてもらったらやつも当たり前に男女の恋愛だったからそれが少女漫画なのかと思ってた。
こんな胸にグーッと刺さるような友情の話もあるんだ…やば、普通に感動した。超いい話だった。これ部屋で読んでたら泣いてたかも、それぐらいよくてまた森永の方を見た。
「すげぇおもしろかったよ!」
でも言った直後、ハッとした。しまったと思って右手で口を塞いだ。
「あ、悪い!俺何も知らないのにおもしろいとか…っ」
また余計なこと言っちゃったんじゃないかと思って、森永から視線を逸らしてしまった。
えっと別の感想を、おもしろい以外に…絵が上手いはどうなんだ?またそんなことないって言われるのか?
あ、じゃあ2人が初めて話すシーンにドキッとしたとか…いや、これはありきたりなの?
もはや俺には全然わからん、何を伝えらいいのか…もう1度、キュートを開いてみたけど。
「SNS初めはいらないと思ってた」
森永が隣に座った。それを言われてさらに何を言おうか迷った。
とりあえずも1回謝っておくべき、だよな。
「あの森なっ」
「山上くんが読んでくれるだけで嬉しかったから」
「え…?」
本当にごめん、って。
森永を傷付けたから、もう1回ちゃんと謝ろうと思ってたんだけど。森永が俺の方を見てから。
「それだけで十分だと思ってた」
じっと見つめられた瞳がゆっくり前を向く、静かに息をしてペットボトルのお茶をぎゅっと握りしめた。
「今まで誰にも見せたことなくて、自分が描いた漫画を誰かに読んでもらうって恥ずかしいし全然自信なかったし…でも山上くんに続きが読みたいって言われて嬉しかった」
それは、純粋にそう思ったから。この先どうなるんだろうって気になって仕方なくて、本当にそう思ったから。
「だからSNSになんか載せなくてもよかったんだ、山上くんが読んでくれたらそれでいいって」
「森永…」
森永はSNSに載せたくないみたいだった。俺が載せたいって言ったから、それで森永にも迷惑かけて…でもそんな風に思ってたなんて。
「だから山上くんから感想をもらえるのは嬉しいよ」
ふぅっと森永が息を吐いた。白い息が宙を舞う。
「でも自分でわかってたから平凡な話だなってことは」
「……。」
そんなことない、…って俺は思ってるけど語れるほど少女漫画を読んでない俺にはわからない。平凡って何なんだろうな、わかんねぇよ。
「だけどそれにも気付けたから」
一瞬俯きかけた森永が顔を上げて真っ直ぐ前を見た、その横顔を凛として遠くを見てるみたいだった。
「SNSでいろいろ言われて自分のダメなとこわかったよ」
ねって微笑むようにこっちを見た。その表情は清々しくて森永ってこんな顔もするんだなって思った。
「誰かに見てもらうって大事だね」
後悔してた、SNSになんか載せるんじゃなかったって載せない方がよかったって。
毎日増えるいいねの数やコメントにワクワクして、スマホを開くたび浮かれて、あんなに楽しくてしょうがなかったのに今は虚しくて。
「だからありがとう」
だってそれは森永のためでもなんでもない。お礼を言われるようなことなんかしてないんだ、俺がやりたかったから載せたまでで。
「山上くんに読んでもらってよかった」
だたの自己満足なんだよ。俺自身を満たすためのSNSだったんだよ。
「だからっ」
「森永!」
もう一度、だけどこれは本当に素直な気持ちだから。
「俺、今まで少女漫画なんて読んだことなかったし初めて読んだのが森永の描いた漫画だったからどんな展開がいいとかそーゆうの全然わかんねぇけど…っ」
漫画を読んだら言いたいじゃん、読んだ感想をさ。
「おもしろかった、森永の漫画!」
全部新鮮だったよ、俺の中での衝撃だったよ。
それは今でも思ってる。
あの時、拾ったノートから始まったこのワクワクは今だって続いてる。
漫画を読んであんなにドキドキしたのは初めてだった。
それだけじゃダメなのか?
おもしろいものをおもしろいって言ったらダメなのか?
俺は思ったことを伝えたいよ。
「俺、森永の漫画好きだから!」
ここは公園、めっちゃ外。特に声が響くこともなく寒過ぎる冬ってこともあってクリアに声が聞こえる。
どこまで響いたかわからない俺の声に森永がびっくりしてた。
あ、この顔久しぶり。つーか絶対驚くんだな、毎回俺が変な奴みたいになるのどうにかならないかな。
てか別に告白とかしてるわけじゃねーんだけど。
「あの、森永…これは変な意味でもなんでもなくただただ感想をね?伝えてるまでで…」
「ふっ」
「え?」
「山上くんっていつもおもしろいこと言ってくれるよね」
「おもしろい…!?」
え、俺がおもしろいの?どっちかと言えば森永の方じゃなくて??え、本当に俺…
「僕も、…山上くんにひどいこと言ってごめん」
「え、いや別に…それは事実だし」
“少女漫画読んだことないでしょ?”
読んだことなかったのは確かで、それなのにわかった風に言ってたし、それにあれは…
「でも考えてみたら読んだことない人がおもしろいって言ってくれるなんてすごいことだよね」
もらったペットボトルのお茶はすっかりぬるくなっていて、手の温度のが温かかった。
「そんな漫画をこれからも描きたいんだ」
でも少しだけ熱くなった胸が騒ぎ出す。
「だから次も読んでよ」
ワクワクとドキドキが入り混じって、これはどんな感情なのか自分でもよくわからない。
でもきっと楽しみなんだ、この先が。
まだ終わらないこれからが。
「僕のファン1号なんでしょ?」
ふっと笑った森永に、なぜか俺の方が照れた。
森永の思ってることはマジで読めない、でも…久しぶりに笑った、森永と話してて。来年も再来年も同じクラスじゃなくても、楽しかったらいいなって。
だから好きなだけびっくりすればいいよ。
「続き待ってますよ、森永先生!」
ページをめくるたび伝えるから。
どんどん広がっていく景色を見て、勝手に思い込んでた。
俺は何もしてないのに。
「伊月!これ知ってる?」
ぼぉーっと窓の外を眺めていたら健斗がスマホの画面を見せて来た。
席替えをしたから今は窓際の席で、騒がしい廊下側より全然快適だった。すっかり寒くなった12月でも教室の中は暖房が効いて温かいし、むしろうとうとするのに丁度よくて。
「!?」
だけど健斗のスマホを見て一気に目が覚めた。ふぁ~っと出かけたあくびも止まるくらい。俺のアカウント、じゃなくて森永の漫画を載せてたアカウントを見せられたから。
「え、…何これ?」
「見たことある?なんか超バズってんの」
「う、うーん…見たことあるようなないような…?」
「伊月、少女漫画ハマッてるって言ってたから知ってるかと思って」
「…。」
知ってるけど、超知ってるけど。
あれから健斗に少女漫画の話したことなかったからまだ覚えてたんだと思った、バカにされて忘れてほしいぐらいに思ってたし。
「で、それが何?どうかした?」
でもそんな健斗がわざわざ見せてきたんだ、それがどうかしたのかはちょっと気になって。まぁまた少女漫画なんかつまらないとか言うのかなーって、思ったんだけど。
「これ描いたのうちの学校の奴らしいぜ」
「なんで!?」
「は、なんで?」
あ、間違えた。
思ってもみないことを言われたから、食い気味に答えてしまった。
しかも“なんで!?”は“なんでバレたんだ!?”って言う、なんで。マジで!?とかすげぇ!とか感嘆な言葉を言っておけばよかった。
「あ~…っ、それちょっと見たことあるけどうちの学校とか全然わかんなかったなーって…なんで健斗はわかったんだろと思って」
身バレには細心の注意を払っていた、絶対バレないようにって。
だからなるべく余計なことは言わないように言い方とか場所を特定される発言はしないようにして、基本漫画が読めるアカウントにしてたつもりだった。
どこでそれがバレたんだ?しかもうちの学校まで…
「文化祭のポスター描いた人じゃないかって噂されてる」
うぉぉぉい、なんだそれは盲点過ぎるだろ。
文化祭のポスターって…こないだの文化祭?
そーいえばポスターがちょこちょこ貼られてたけど、そんなのちゃんと見てないしどんなのだったんだろ?それだけで特定されるものなのか?
「で、これがそのポスター!」
健斗が今度はポスターの写真をスマホで見せてくれた。
「……。」
「な、似てるよな!」
「…。」
「だからこいつじゃないかって言われてんだよ」
これは…、マジだ。間違いなく森永だ。
この輪郭とか目の描き方、指の感じとかめっちゃ森永だ…
読み過ぎるほどに読んでるんだ、森永の描き方の癖までわかってしまって。
「伊月はどう思う!?本人だと思う??」
「あー、俺は…ちょっとわかんないかも」
「えー?少女漫画読んでんのに?」
「言うほど読んでねぇからわかんねぇよ」
うん、まぁ確実に森永だとは思うけどな。
そんなの言えるわけないし。てゆーかこんなの描いてたんだ、知らなかった。
もうずっと話してないから、こんなことも知らなかった。
「つーかこれすげぇよな!この学校でこんなの描く奴いるんだな!」
トントンと慣れた手つきでスマホの画面をスクロールさせていく、それは目を通してるのかどうなのか。少し、聞いてみたくなった。
「…それ、読んだ?」
「読んだ!」
「どう…だった?」
「おもしろかった!」
「おもしろかったのかよっ」
ケラッとした顔で言われたから、思わずつっ込んじゃったし。どーせつまんないとかおもしろくないとか言うかと思ってたのに。
「読んでみたら少女漫画も意外とおもしれぇーな~!」
「なんだよ、あんなこと言ってたくせに!」
「伊月がハマるって言ってた意味もわからなくもねぇかって!」
ケラケラ笑いやがってよ、あの時と全然違うじぇねぇかよ。あれでもう健斗の前では少女漫画の話はしないって決めたのに…っ
「まっ、これがうちの学校の奴かどうかってことが気になるからってものあるけどな!」
「……。」
それは、読む理由にはなるかも。
俺でも気になって読んでると思うし…
これは森永知ってんのかな?学校でこんなに話題になってること。
つーかまたいいね増えてたし。久しぶりにこの画面を見てびっくりしたわ、最近開いてもなかったからまたこんなに増えてるとか…
すごいな、すごいよ森永は。なんかもう、他人事みたいだ。
****
「あ」
下駄箱で目が合った、森永と。
帰ろっかなってスニーカーに履き替えようとした時、パチッと目が合った。
名簿順前後なんだもんな、下駄箱だって前後なんだよな。あれからずっと話したことなかったから若干この空気は気まずい、がっつり合ってしまった目を逸らすのさえなんか気まずい。
でも言うこともないしな、一緒に帰るのも違うし…このまま見なかったフリして帰ろうかな。逃げるみたいであれだけど、だけど森永になんて話しかければいいのかわからなくて。
「森永くん!」
ふっと視線を逸らした時だった、森永の後ろから追いかけるように走って来た女子がいた。同じクラスの間宮だ。
「ちょっと聞きたいんだけど」
スマホを前に出して、指をさした。
気になってのぞき込むと…あ、あの漫画だ。あのアカウントの、あの漫画だ。
「これって森永くんが描いたんだよね!?」
スマホの画面を指さして、間宮も興奮してんのか声が大きかった。でもそれはさらにこの空間を気まずくさせる。
「ちがっ、違うよ!」
急な緊張感に、俺は何も言えなくて。
「本当に?私は森永くんが描いたと思ったんだけど」
「違うよ、それは僕じゃっ…ない!」
森永の焦る声に俺まで焦る、森永が間宮の方を向いてるせいで表情は見えないけど…たぶんめちゃくちゃ動揺してるよな俺でもしてるもん。
何か、俺も何か、でも何を言えばいいんだ?
俺が何か言ったらそれはそれで余計な一言になりかねない。
だけど森永が困ってるのはわかる、だから何か…あ、森永に一緒に帰ろうって言えばっ
「でも文化祭のポスターを描いたのは森永くんだよね?」
…、も少し早く一緒に帰ろうって言えてればよかった。漫画のことは否定出来てもそれは否定出来ない。言いかけた口がすぐに閉じてしまった。
「そ、それは…そうだけど」
あのポスターが決定打になったのは、俺でもわかる。
どこをどう見ても森永だったし。やっぱ絵上手いなーって思ったし。
でもそれは俺が何度も何度も森永の漫画を読んできたからで、他の奴らにわかるのかなって思ってた。
あんなちょっとじゃ判断つかなくない?だからみんな確認出来なかったんだろうし、それなのに間宮は堂々と聞いてくるからそれが少し気になってー…
「森永くんって“キュート”の投稿者じゃない?」
“キュート”…?ってなんだっけ?聞いたことある…
確かキャストと同じ会社から出てる雑誌だ。女子中高生向けの少女漫画雑誌キュートだ。
え、少女漫画?の、投稿者って…
気になって森永の顔を覗き込んだ。
「…っ!」
森永が今までに見たことないくらい顔を赤くした。
お前、そんなわっかりやすく顔に出したら誰にだってバレるだろ。
俺も間宮も聞かなくてもわかっちゃっただろ、少女漫画投稿してたのかよそんなに上手くないとか言って漫画投稿してたのかよ。
「やっぱりそうだよね!」
ほら、間宮が嬉しそうにぱぁっと表情を明るくした。
つーかやばい、確定してしまった。絶対身バレはさせちゃいけなかったのにやばい、絶対バレないようにが条件だったのに。ここからどうやって覆したら…
間宮に口止めするか?いっそ俺が始めたことを話してこっち側に…いや、それで森永が納得するかどうか。
つーか森永はどう思ってんの?このままでいいの?俺はどうしたらいいの?
また森永が嫌な思いさせるようなこと、また何か言われたら…っ
「私、森永くんのこと応援してる!」
…え?
さっき以上に嬉しそうな間宮が一歩森永に近付いた。
「私ね、キュート大好きなの!毎月買ってて、投稿者の欄も読んでて!」
あぁキャストにもあるよな、目指せ漫画家デビューみたいなやつ。俺もたまに見てはいるけど。
「だから気付いたの!このアカウント、キュートの投稿者さんじゃないかなって!」
…!
あ、そのパターン?そっちがあったのか…!
森永の漫画を読んでるのは俺だけだと思ってたけど、間宮も別の方法で森永の漫画を見てたってこと?
「あの漫画すごくおもしろかった!」
甲高い声で話す間宮は真っ直ぐ森永の方を見ていた。
後ろにいる俺のことなんか見てなくて、なんなら最初から見てなかったんだよ。
間宮は森永のことしか見てなくて、森永の漫画しか見てなかった。
今、森永はどんな顔してんのかなって気になった。
俺に背を向けてるから表情がわからなくて、でもそんなの見なくてもいいか。
帰ろう、さっさと帰ろう。最初からこの話に俺は無関係だった。
****
この日を境に、森永に対するみんなの認識が変わった。
今まで誰とも話してなくて、俺ぐらいだと思ってたのに気付けばクラスの中心にいた。主に女子たちの中心に。
「森永くん、すっごい漫画おもしろかったよ!」
「告白のとこめっちゃよかったよね!」
「あの居ても立っても居られない告白ね!!」
「キュンキュンだった~!」
「てかヒーローカッコよすぎスパダリすぎ!」
……。めっちゃ女子に囲まれてる。
森永が囲まれてる様子を自分の席から横目で見ていた。頬杖をついて目を細めて、気付かれないようにして。
楽しそうな女子たちはスマホを開いて、キャーキャー何か言っている。
そっか女子は少女漫画好きな奴多いんだ。そりゃ少女漫画だもんな読んでるのは女子のが多いよな。
間宮なんてまだなんか伝えてるし、ファンみたいじゃん。ファンみたい…だ。
「……。」
てゆーかなんだよ、それでいいのかよ。ありきたりな展開だの何だの言ってたくせに女子たちにおもしろかったって言われて、それはいいのかよ。
女子の意見は聞くわけ?読んだことのない俺にはわからないっていったのに、女子たちの話はさ…読んでる相手の話は聞けるんだ?
だって笑ってたから、森永が。笑うんだ、少女漫画の話して。
バカにされてきたって言ってた森永の悔しそうな顔を見て、もったいないって思った。
森永の描く漫画はおもしろくて、絵だってすごく上手くて、みんなに見てほしいって思った。そしたらみんなで共感したり、感想を言い合ったり、そんなことが出来るって…
今それが叶ってるんだよな。
俺がやりたかったことが叶ってるんだよ。
だからこれでいいはずなんだ、森永だってもう我慢しなくていいんだから。
なのに…悔しい。今度は俺が悔しい。
俺が最初に見付けたのに。
載せなきゃよかった、SNSなんかに。
****
そのまま冬休みに入って年が明けた。
テストもあったし、また森永と前後の席になることはあったけど一言も喋らなかった。向こうも話しかけて来ないし俺も話すことがないし。
もう3学期に入って、2年になったらクラス替えがある。そしたら森永と会うこともなくなって、ただ1年の時同じクラスだった奴になるのか。
まぁそれでも、そんなのもあるよ…でも少しだけ寂しいって思うのは何なんだろうな。せっかく仲良くなれたと思ってたのに、あの時間が俺は好きだったよ。
楽しかった、森永と話すのは。
あれからずっと少女漫画は読めてない。読んだらいけない気がして読めていない。
「伊月!今日キャストの発売日だぞ!」
「あぁ、わかってるし買って帰るし」
「忘れんなよ!」
「忘れねぇーよ」
帰りに本屋に寄ってキャストを買って帰る、そんで明日は健斗と感想を言い合う。たぶん2年になってもこれは変わらないかと思って、…ならまぁいいか。
変わらないものもあるし、これだって楽しいし。これでいいよな。
うん、よし、キャスト買いに本屋行くぞ…
「!」
って近くの本屋に寄ったら会った、森永に。
あぁー…使うよな、普通に使うよな。学校から1番近い本屋だもんな。
き、気まずい…あいさつとかする?
でも学校で全く喋ってないのに今喋るとかそれも違うよな、でも同じ漫画エリアにいるとなんかなぁー。
森永も俺に気付いてるし、クラスの奴らがいないここなら話しかけられるのかもしれないけど…いや、帰ろう。早く帰ろう。また余計なことを言う前に。
「山上くん」
迷う俺に話しかけてきたのは森永の方だった。キャストを手に取る俺の隣でキュートを手に取った森永がこっちを見る。
「これ買ってくれない?」
「なんで!?」
その第一声はなんだよ、思わず思いっきり突っ込んじゃったじゃねぇーか。意味がわかんねぇーよ。
「なんで俺がキュート買わなきゃいけないんだよ!?」
「だって言ってたから」
「はぁ!?何を…っ」
「買ってくれるんでしょ?」
え…?
意味がわからなかった、けど1つだけ思い出した。そーいえばそんな話をした、初めて森永の描いた漫画を読んだ時、感動して興奮して。
“森永が漫画家になったら買うわ!”
「マジで!!!?」
あ、やば。本屋だってこと忘れて大声で叫んじゃった。学校でもこんな声出したことない。
「え、マジで!?ほんとに!?森永本当に…っ」
「読んでよ、僕の漫画」
差し出されたキュートは大きな瞳の女の子が笑ってる表紙で、買うのはだいぶ勇気が入った。少女漫画なんて買ったことない。
読んだことだってあんまりないのに、これを買うのは…
「買いたくないなら」
「買う!全然買う!!」
「いや、いいよ買いづらいし僕がっ」
「買いたい!」
森永からキュートを引き寄せた。ぐっと掴んで、キュートを持った。
「読みたいから、森永の漫画…っ」
ずっと少女漫画は読んでなかった、読んじゃいけない気がして読めなかった。
でも気になってた、森永が描く漫画が。
続きが読みたいって、ずっと思ってたんだ。
「買ってくるから待ってて!」
キャストとキュートを持ってレジに向かう、いつもと変わらない本屋なのにドキドキして漫画を買うだけでドキドキしてた。セルフレジでちょっと助かったって思いながら。
****
そのまま近くの公園までやって来た。ここまで来るのに森永とは特に会話もなくて、小脇に抱えたキュートになぜかドキドキしてた。
じ、人生で初めて買った少女漫画…なんだこの緊張感は、ただ漫画買っただけなのに異様に落ち着かない。
普段は買わないレジ袋まで買っちゃったじゃん、持ち歩くのがちょっと恥ずかしくて。
まだまだ寒い2月、公園の人は少なくてブランコの近くのベンチに座った。
「僕、何か温かい飲み物買ってくるよ」
「あ、ありがと」
……。
で、森永の描いた漫画ってどれ?さっそく袋から取り出してみたけど、どれが森永の漫画なのか…あ、これだ。絶対これだ。もう表紙の絵でわかるもん、この絵の描き方は森永だ。
パラパラパラッとめくってすぐにたどり着いた。
すげぇ、マジで森永漫画家になったんだ。現役高校生デビューって書いてある…キャッチコピーすごいな、めちゃくちゃ直球じゃん。
「……。」
すぅーっと息を吸って1ページ目をめくった。漫画読むのにこんな緊張することねぇよ、漫画はもっと娯楽だろなんでこんなに…
「…っ」
……。
…。
また絵上手くなってる、線がすごいキレイだ。
…つーかこれ女の子と女の子の話?
2人の女の子が出て来て、男は出て来ない…
え、2人が付き合うの!?恋するの!?そんな展開もあんのか…っ
「…!」
あ、違う。これはそんな話じゃない、昨日まで接点のなかった2人がある日突然秘密を共有することになる…友情の話だ。
「山上くん、お茶でいい?」
「森永!」
バンッと本を閉じた、勢い余って思いっきり。買って来てくれたペットボトルのお礼より先に言いたくて。
「めっちゃくちゃよかった…!」
これ以上にないくらい目を大きくして森永の方を見た。そしたら少し驚いた表情をした後に、笑った。目を細めて笑ってた。
「てかこれって恋愛じゃないんだな!一瞬女子2人の恋愛ものかと思って」
「少女漫画は恋愛だけじゃないからね」
「え、そーなの?」
へぇ、こうゆう話もあるのか。
てっきり少女漫画って恋愛を楽しむ漫画かと思ってた。森永がノートに描いてたやつもすすめてもらったらやつも当たり前に男女の恋愛だったからそれが少女漫画なのかと思ってた。
こんな胸にグーッと刺さるような友情の話もあるんだ…やば、普通に感動した。超いい話だった。これ部屋で読んでたら泣いてたかも、それぐらいよくてまた森永の方を見た。
「すげぇおもしろかったよ!」
でも言った直後、ハッとした。しまったと思って右手で口を塞いだ。
「あ、悪い!俺何も知らないのにおもしろいとか…っ」
また余計なこと言っちゃったんじゃないかと思って、森永から視線を逸らしてしまった。
えっと別の感想を、おもしろい以外に…絵が上手いはどうなんだ?またそんなことないって言われるのか?
あ、じゃあ2人が初めて話すシーンにドキッとしたとか…いや、これはありきたりなの?
もはや俺には全然わからん、何を伝えらいいのか…もう1度、キュートを開いてみたけど。
「SNS初めはいらないと思ってた」
森永が隣に座った。それを言われてさらに何を言おうか迷った。
とりあえずも1回謝っておくべき、だよな。
「あの森なっ」
「山上くんが読んでくれるだけで嬉しかったから」
「え…?」
本当にごめん、って。
森永を傷付けたから、もう1回ちゃんと謝ろうと思ってたんだけど。森永が俺の方を見てから。
「それだけで十分だと思ってた」
じっと見つめられた瞳がゆっくり前を向く、静かに息をしてペットボトルのお茶をぎゅっと握りしめた。
「今まで誰にも見せたことなくて、自分が描いた漫画を誰かに読んでもらうって恥ずかしいし全然自信なかったし…でも山上くんに続きが読みたいって言われて嬉しかった」
それは、純粋にそう思ったから。この先どうなるんだろうって気になって仕方なくて、本当にそう思ったから。
「だからSNSになんか載せなくてもよかったんだ、山上くんが読んでくれたらそれでいいって」
「森永…」
森永はSNSに載せたくないみたいだった。俺が載せたいって言ったから、それで森永にも迷惑かけて…でもそんな風に思ってたなんて。
「だから山上くんから感想をもらえるのは嬉しいよ」
ふぅっと森永が息を吐いた。白い息が宙を舞う。
「でも自分でわかってたから平凡な話だなってことは」
「……。」
そんなことない、…って俺は思ってるけど語れるほど少女漫画を読んでない俺にはわからない。平凡って何なんだろうな、わかんねぇよ。
「だけどそれにも気付けたから」
一瞬俯きかけた森永が顔を上げて真っ直ぐ前を見た、その横顔を凛として遠くを見てるみたいだった。
「SNSでいろいろ言われて自分のダメなとこわかったよ」
ねって微笑むようにこっちを見た。その表情は清々しくて森永ってこんな顔もするんだなって思った。
「誰かに見てもらうって大事だね」
後悔してた、SNSになんか載せるんじゃなかったって載せない方がよかったって。
毎日増えるいいねの数やコメントにワクワクして、スマホを開くたび浮かれて、あんなに楽しくてしょうがなかったのに今は虚しくて。
「だからありがとう」
だってそれは森永のためでもなんでもない。お礼を言われるようなことなんかしてないんだ、俺がやりたかったから載せたまでで。
「山上くんに読んでもらってよかった」
だたの自己満足なんだよ。俺自身を満たすためのSNSだったんだよ。
「だからっ」
「森永!」
もう一度、だけどこれは本当に素直な気持ちだから。
「俺、今まで少女漫画なんて読んだことなかったし初めて読んだのが森永の描いた漫画だったからどんな展開がいいとかそーゆうの全然わかんねぇけど…っ」
漫画を読んだら言いたいじゃん、読んだ感想をさ。
「おもしろかった、森永の漫画!」
全部新鮮だったよ、俺の中での衝撃だったよ。
それは今でも思ってる。
あの時、拾ったノートから始まったこのワクワクは今だって続いてる。
漫画を読んであんなにドキドキしたのは初めてだった。
それだけじゃダメなのか?
おもしろいものをおもしろいって言ったらダメなのか?
俺は思ったことを伝えたいよ。
「俺、森永の漫画好きだから!」
ここは公園、めっちゃ外。特に声が響くこともなく寒過ぎる冬ってこともあってクリアに声が聞こえる。
どこまで響いたかわからない俺の声に森永がびっくりしてた。
あ、この顔久しぶり。つーか絶対驚くんだな、毎回俺が変な奴みたいになるのどうにかならないかな。
てか別に告白とかしてるわけじゃねーんだけど。
「あの、森永…これは変な意味でもなんでもなくただただ感想をね?伝えてるまでで…」
「ふっ」
「え?」
「山上くんっていつもおもしろいこと言ってくれるよね」
「おもしろい…!?」
え、俺がおもしろいの?どっちかと言えば森永の方じゃなくて??え、本当に俺…
「僕も、…山上くんにひどいこと言ってごめん」
「え、いや別に…それは事実だし」
“少女漫画読んだことないでしょ?”
読んだことなかったのは確かで、それなのにわかった風に言ってたし、それにあれは…
「でも考えてみたら読んだことない人がおもしろいって言ってくれるなんてすごいことだよね」
もらったペットボトルのお茶はすっかりぬるくなっていて、手の温度のが温かかった。
「そんな漫画をこれからも描きたいんだ」
でも少しだけ熱くなった胸が騒ぎ出す。
「だから次も読んでよ」
ワクワクとドキドキが入り混じって、これはどんな感情なのか自分でもよくわからない。
でもきっと楽しみなんだ、この先が。
まだ終わらないこれからが。
「僕のファン1号なんでしょ?」
ふっと笑った森永に、なぜか俺の方が照れた。
森永の思ってることはマジで読めない、でも…久しぶりに笑った、森永と話してて。来年も再来年も同じクラスじゃなくても、楽しかったらいいなって。
だから好きなだけびっくりすればいいよ。
「続き待ってますよ、森永先生!」
ページをめくるたび伝えるから。



