少女漫画なんて知らないし。

「なぁ伊月、キャスト読んだ?」

体育倉庫からバレーボールの入ったキャスター付きのカゴをゴロゴロ引いて準備をしていた、今からの体育はバレーだから。ちなみにこれは体育係の健斗の仕事、暇だったから手伝ってた。

「読んだ!」

そしてあれからちゃんと買ってちゃんと読んだ、もうばっちり感想も言える。

「新連載おもしろかったな!やっぱ俺あの先生好きかも!」
「あれはもうしょっぱなからMAXだったな、来月も楽しみだ!あとやっぱりあの続きなっ!?」
「健斗好き過ぎるだろ」
「今1番キテんな、明日来月になってくれ」
「無茶言うなよ」

授業が始まるまで時間がある、何気なく健斗がボールを手にしてトスしたからアンダーで打ち返した。相変わらず喋りながら。

「でも読み切りのやつは微妙だったことね?」
「俺も思った!最後のオチなんかなー」
「だよな!伊月も思ったよな!?」
「ちょっと物足りなかった」

トンッとボールが飛んで来た。同じように軽く返して、チャイムが鳴るのを待った。
早く準備し過ぎてまだ時間があるっぽい。

「つーかなんで発売日に買い忘れたわけ?伊月のくせに」
「くせにってなんだよ、俺にもいろいろあんだよ!」
「あるって何が?」

これも話の流れで、何気なく話したつもりだった。
なんで忘れたかって、その理由が1つあったから。

「あ、そうそう今さぁ!少女漫画にもハマッてて…」
「はぁ!?」

トンッとトスで返した俺のボールをアンダーで打ち返そうとした健斗が思いっきりミスった。ぐわんっとボールが大きく飛んで行く、これは打ち返せないなっと思って軽く飛んでキャッチしようと…

「伊月そんなの読んでんの!?」

タンッと着地した音より健斗の声のが響いてた。目をかっぴらいて、顔をゆがめて俺を見て。

「少女漫画なんか読んでどうすんだよ!?」
「どうするって…おもしろいから読んでるんだけど」

おすすめの少女漫画を聞いたから、読んでみたらそれもおもしろくて続きが気になって。だから毎日読んでる、ただそれだけで。

「少女漫画なんて付き合って終わりだろ、何がおもしろいんだよ」
「付き合って終わりじゃないよ、あるんだよいろいろ!」
「何があんの?相手だって最初から決まってるのに」
「その過程がいいんだよ!付き合うまでの過程とか、付き合ってからだって…」

ついムキになってた、健斗と漫画の話をする時は意見がぶつかり合うことなんかなくていつも同じ気持ちで同じ考えのことしかなかったから。
でも森永の気持ちもよくわかってしまった、わかってるって思いながら自分が言われると結構きついってことが。

「伊月って少女漫画好きだったのかよ?」

試されてる気がして、自分の答え方によって何かが変わってしまうんじゃないかって思えて。

「…別に、そうじゃないけど」

好きなものを好きって言うって難しいんだな、もっと簡単だと思ってた。
俺だったら…とか思ってたのに、俺も言えなかったよ。


****


今日も長かった先生の話を経てホームルームが終わる。毎日毎日先生の話は長くて仕方ない、早く帰りたいのにさ。
おすすめされた少女漫画の続きが気になって、どこへ寄ることもなく家に帰ろうと思って…

「山上くん」

リュックを背負って立ち上がった時、森永が振り返った。
座ったままこそーっと見上げるようにして、周りを気にしながらスッとノートを差し出した。なんだその賄賂渡すみたいな渡し方は。

「…続き、出来たから」

めっちゃくちゃ小声で、俺にだって聞こえるか聞こえないような声で渡された。
でもこれはあれだ、ずっと待ってた森永が描いた漫画の続きだ。おすすめされた漫画より楽しみにしてたやつだ。

「マジで!?ありがと!」

すぐに受け取った、本当は今すぐここで読みたいところだったけど森永が早くしまってほしそうにしてたから我慢してリュックに入れた。
まぁまぁ気持ちはわかる、わかるようになっちゃったから。別に悪いことしてるわけでもないけど、なんとなく隠したい気持ちにはなる…よな。あんな言い方されると。


****


だから急いで帰って、真っ先に貸してくれたノートを開いた。
続きが気になって気になって、いつ読ませてくれるんだろ~ってワクワクしながら待ってた続きがやっと…

「……。」

…。

「…っ。」

……!

「わ…っ」

…、こうなるのか。
うわー、俺には想像できなかった展開…
うわっ、やっぱこれ…っ

「やば…!」

パンッと手を叩くようにノートを閉じた、勢い余っちゃって。
少年漫画じゃ感じたことのなかった胸がきゅーっとなってあぁ~!って枕に顔を埋めて叫びたくなるような感情が込み上げてくる。
感想が、言いたい…今すぐこの感想を誰かと話したい。
いや、話す奴なんて森永しかいねぇーんだけど森永にこの勢いで話したらまたびっくりさせる…

“少女漫画なんか読んでどうすんだよ!?”

「……。」

ベッドの上にぱたんっと寝転がった、健斗がおかしなものを見る目で俺のことを見てたことを思い出しながら。
健斗からしたらありえないことだったんだろうなと思う、健斗もたぶん少年漫画しか読んだことないから健斗の中ではすごく異質で…でもさ、やっぱそれは読んだことないからじゃないかと思うんだよ。
知らないからそんなことが言えるんだ、だって今の俺からしたらなんでわかんないんだって話で。こんなおもしろいのになんで伝わらないんだろうって、もどかしささえ感じてる。

「読んだら絶対ハマるのに、もっと読んでほしいよ」

森永が描いた少女漫画を。
もっとたくさんの人に読んでほしい、俺だけじゃもったいな過ぎる。
もっとたくさんの人が読んでくれたら、きっと変わると思うのにー…

「あ、あれだ!」


***


「嫌だよ」

まだ全部言い終わってない、イントロぐらいしか言ってないのに森永に断られた。いい案だと思ったのに。

「即答過ぎじゃん!?も少し考えてみても…っ」
「考えてみても嫌だよ、SNSに僕が描いた漫画載せるなんて」
「……。」

朝学校に来て、まずは貸してもらったノートを返すついでに引かれない程度に感想を言って本題に入った。
昨日思い付いた俺のプラン、SNSに載せたことないって言ってたけどだったらそこはあえて載せてみるのもありなんじゃないかって考えてみた。

「森永は自分の漫画が読まれるのが恥ずかしいって言ってたじゃん?」
「言ったけど…」
「でもSNSは不特定多数の誰かわからん人が見るものだし、何より森永って特定されないんだよ!」
「…うん」
「だから恥ずかしいとかなくない!?」

知ってる人に見られるから恥ずかしいわけで、どこの世界かも知らない人に読まれてもそもそもこっちだって誰かわからないんだから何も思う感情がないと…俺は考えた。
てことは森永が載せたくない理由が1つ減るよなって。

「いや、でも…載せたいとも思ってないし」
「なんで?そしたらたくさんの人に読んでもらえんだよ!?」
「読んでほしいって思ってるわけでもないし…」
「読んでもらおーぜ!」
「いいって、そんな上手くないし」
「上手いよ!!!」

あ、やばいまた声が大きくなってしまった。
ざわざわ人の声が騒がしい昼休み、ちょっとくらいの声じゃ誰も気にしないだろうけどあんまりここで目立つのはよくない。
いくら教室の隅っこ、前後の席でこそこそ喋ってたとは言え今ここで特定されることになったら困る。もう少し声のボリュームを下げて…でも気持ち的にはもっと高まってた。

「俺は森永の漫画をみんなに読んでほしいんだよ」

森永が思ってなくても俺が思ってて。

「だってすげぇおもしろいのに、俺しか読んでないなんてもったいない」

誰かと感想を分かち合いたくて、きゅぅっと心臓が掴まれるみたいな感情を共有したくて。
それはやっぱりこれしかないと思った。
だから今、すごいワクワクしてたんだ。これ以上に盛り上がることはないって。

「わかった、…そこまで山上くんが言うなら」
「え、マジで!?」
「うん、その代わり絶対僕ってわからないようにしてね!」
「おぅ、そんな簡単にバレねぇーから平気だよ」
「本当かな…?それならいいけど」

載せるのは漫画だし、場所とか人じゃないから特定もされにくいだろ。森永はSNSやってないなら尚更。

「で、もう登録はしておいたから!」
「……。」

ついでに漫画も1ページずつ写真を撮っておいた、なるべくキレイに見えるように加工して。
やっぱここはXが無難かと思って、登録は簡単だし見るのも気軽だし。
ノートに描いた漫画載せてる人だって結構いるし、森永の漫画はシャーペンで描いたのだって丁寧でクオリティー高いし何よりおもしろければ読んでくれるのがSNSだし。
だからあとはタップするだけ、これで世界中に森永の描いた漫画が広がっていく。

「本当にそれだけで読んでくれるの?」
「読んでくれるって!いきなりバズるのは難しいだろうけど…あ、もういいね付いた!」

ほらっとスマホを森永に見せた。投稿して数分、たくさんタグ付けしたおかげでさっそくいいねを付けてくれた人がいた。
いい感じの滑り出しじゃん?やっぱこれがSNSだよな、予想できないのがSNSだこれからもっとたくさんの人からいいねがもらえたりするかもしれねぇーじゃん、やっばワクワクしてー…


****


「1ヶ月経って162いいね、すごいたくさんの人に読んでもらえてる…」
「少ねぇよ!めちゃくちゃ少ねぇよ!!」

テスト返却期間が終わって森永とも席が離れた、もう前後の席じゃなくなったけど前後とか関係なくよく喋るようになっていた。席は遠くなったけど名簿順は前後、そーいえば掃除の班は一緒だった。
校舎裏の掃除は先生もあまり来ないからテキトーに掃除しててもバレないのがいい。

「十分だよ、こんなに読んでくれた人がいるんだし」
「少ないだろ、全世界だぞ!」
「でも日本語で描いてるんだから世界は無理だと思う」
「日本でも少ない!」

もっと読まれるかと思ってたんだけどなぁ、“高校生です”とだけプロフに書いたのもいいかと思ったんだけど。
でもフォロワーは多少増えたけどフォローは0だし誰とも絡んでもないのが取っつきにくい感じするよな…俺のアカウントで宣伝しようかと思ったけど、それだと身バレする可能性。
もっと同じ漫画描いてる人と繋がって、こっちも宣伝するからそっちもよろしくねスタイルでいくか。バズらせるにはバズらせるなりの礼儀ってやつもいるし、コツコツ更新してコツコツ広めていって…

はぁっと息を吐きながらほうきを掃いた、掃くだけ掃いてそれで終わりなのがここ校舎裏の掃除で。
じゃあ今日は帰ったらひたすら漫画描いてる人フォローして絡んで、こっちも読むからそっちも読んでねって流れ作ってそれで…

―ブブッ

制服のポケットに入ったスマホが鳴った。学校にいて誰かから連絡が来るなんてことよっぽどないんだけど、誰が…

「あっ!」

スマホを開くと、連絡じゃなくて通知だった。最近は滅多に来ない通知だったから忘れていた。

「森永、これ…!」

すぐに森永にスマホを見せた。
俺と違って真面目な森永はほうきで集めたゴミをちゃんとゴミ袋に入れてきゅっと結んでいた。だから隣にしゃがみ込んでスマホの画面を森永の方に向けた。

「引用されてる!」

しかも相手を見て震えた。

「超大手垢に!」

フォロワー30万人超えの漫画描きアカウントに。

「本当だ…」
「すごくね!?」
「あ、感想も書いてくれてる」
「きゅんきゅんです!って、わかるマジそうなんだよな~」
「……。」
「え、どうした?森永」
「…いや、嬉しいなって」

……。少しだけ頬を染めた、俺のスマホを見ながら。
ほらやっぱりそうじゃん、恥ずかしいって言ってたけど読まれたら嬉しいし感想を言われたらもっと嬉しくてそれが誉め言葉だったら噛みしめるほど心が満たされて。

な、載せてよかっただろ?
森永の漫画はおもしれぇーんだから。

「あ、またいいねついた!」

大手垢の効果は絶大でその直後からいいね祭りが始まった。
俺が地道なあいさつをすることなく、森永の漫画は勝手にX上に広まっていってバズりにバズった。遥かに予想を超えるスピードで。


****


「すげぇ…!」

相変わらず長い先生の話なんか聞いていられないホームルーム、もはやこの時間はSNSチェックに夢中だった。
さすがに通知はうるさくて切った、1日何百件も来たらスマホが熱くなって仕方ない。それも楽しかったけど、ちょっとした有名人になった気分で。

それにしても止まらないな、フォロワーも増えたしメッセ送ってくる人もいるし…SNSってどこで火がつくかわからないって言うけど本当にそうなんだな。
あ、またいいね増えた。見てるだけなのにどんどん増えていくのがわかる…これだからSNSはおもしろいんだよ。

「なぁなぁ森永!」

ホームルームが終わったからすぐに森永の席まで、ちょっと遠くなって話しかけにいくのがめんどいのがあれだけど。

「漫画の続きってまだ出来ないの?」
「山上くん!!!」
「え?」

すくっと立ち上がってキリッとした目でこっちを見るから。

「あんまり大きい声で言わないで」
「…悪い」

これだけSNSでバズってても漫画を描いてることは秘密で。こそっと小声で言われた、口元に立てた人差し指を添えて。
まぁ森永がそうしたいならいいけど、もうこれだけバズってんなら自慢したい放題だと思うけどな。俺ならしてるわ、大声で叫んでるね。

「あ、で続きは?」

でも森永がそう言うならって、一応こそっと聞いてみた。そしたらもっとこそっとした声で返って来た。

「まだ出来てないよ」
「まだ出来てねぇの?」
「そんなすぐ出来ないから」
「ふーん、そっか」

まだ、か。
結構時間かかってるんだな、そんなもんなのかな。
あんまり時間おくとあれだけど…出来てないからしょうがないか。

「じゃ、続き待ってるから!」
「うん」
「そしたらもっとバズるかもしれねぇーしな!」
「…。」

そんでもって森永の漫画をもっとみんなに読んでもらうのが俺の使命、俺に与えられた役割。
たくさんの人に読んでもらって、森永の漫画を有名にして、それはなんだか気分がよくて。
森永も喜んでるし俺も嬉しいし。

「これはこのまま書籍化とかあるかも…?」

そしたら俺は何?マネージャー的な?? 漫画家にマネージャーとかねぇか、担当者ってやつ?

「どこまでバズんのかな〜!」

だから、楽しくて。
毎日のSNSチェックが楽しくて、数字ばかりを目で追っていた。

「なぁ、森永はカラーとかは描かねぇの?」
「え…描くけど」
「じゃあ今度描いてよ!」
「…いいけど」
「そんで載せよ!ノートの漫画以外もさ、そしたら絶対反応あるって!」

夢中だった、SNSの世界に。

「そういえば山上くん、勧めた少女漫画はどうだった?」
「え?あー…まだ読み終わってないけど、おもしろかったよ」
「おもしろ…かった?」
「うん。あ、それよりさこれ見てよ!」 

だから、いつしかスマホしか見てなかった。

「次は何する?もっと盛り上がるのないかな〜!?」
「盛り上がるってそんな…」
「今チャンスだぞ!」
「何のチャンスなの、それ…」
「そりゃバズってるチャンス!」

なんでも人気のあるうちにって言うだろ?
コンテンツは連続的に出した方がいいんだよ。

「何も出来ないよ、漫画だってまだ描けてなしい」
「確かにそうだな、まずは続きだな!」

それはそうだ。
待ってますってコメントも多いし、まずは続きだ。
早く続き描いてくれないかな、もっともっとXに載せていいねがほしい。

そしたらどうなるのかな、このアカウントはどうなるんだろうー…

「ってなんだこれ!?」

あれから数日、変わらずバズっていた森永に不穏な空気が流れ始めた。いいねやおもしろかったとかキュンとしたとか思っていた感想じゃない言葉が並び始めた。  


「どうかした?」

気付けば森永と一緒にいることが増え、健斗にもなんで?って言われたけど名簿順が近いからで片付けていた森永との帰り道思わず声を出してしまった。

「あ、いや…っ」

咄嗟にスマホを隠した、つもりだった。でも隠しきれてなかった、森永に見られてた。

「あ、あのさ…!」
「……。」
「あの…」
「…。」

俺は純粋におもしろいと思ってた。だからみんなに読んでほしいと思ってたし、読んだらみんなおもしろいって言うと思ってた。
どこがよかったとか、ここがキュンとしたとか、みんなで言い合って…言いたかったから、それだけだったんだけど。そう思わない人も、いるんだって…思わなかった。

その想像力が俺には欠けてた。
だから、それは俺には想像出来てなくて。

「こうなるかなって思ってたよ」
「え…?」

森永はいつもと変わらず淡々としていた。特に悲しい顔も見せず、なんならいつも通りの顔で俺の方を見ていた。

「そんなに上手くないし」
「そんなこと…っ」
「逆にここまで拡散されたのがすごいよね、SNSって怖いなぁって思ったよ」
「え、怖い…?」

その意味が俺にはよくわからなくて、だってたくさんいいねがついたしいっぱい読んでもらえたし森永の漫画を知ってもらえたのは…いいことじゃなかった?
だって嬉しいじゃん、読んでもらえたら嬉しいじゃん。
みんなに注目してもらえて、ただノートに描いてるだけじゃ感じられない感覚があって、それはすごく…っ

「見せてよ、どんなことが書いてあったの?」
「いや、これはっ」

すっと伸びて来た手にスマホを取られた。その手を止められず森永はトントンとスクロールしていく、じっくり画面を食い入るように黙ったまま。
…これは、なんて言ったらいいんだろう?何か言った方がいいよな?
結構きつい言い方のもあったし、俺でもむかつくのあったし、つーか本当に読んだのかよ!って思わされるコメントだって…

「…ふぅ」

森永が息を吐く、急に空気が冷たくなった気がした。

「ありがとう」
「あっ…」

スマホが返って来た。
森永はどんな文章を読んだんだろう、すげぇ聞きづらいな。森永の顔を見ても特に変わった様子はなくて、ただ前を見て歩いてるから。

「思ったよりみんな読んでくれてるんだね」
「え…あぁ、結構いいね数ついてるからな」

しーんとする、スタスタ前を見て歩く森永が全くこっちを見ないから。急に空気が冷たくなったみたいで。
たぶん、これは傷付いてるよなー…なんか励ますこと言った方がいいよな。
…励ますことってなんだ?おもしろかったとか、キュンとしたとか、そんなの散々言ってきてるしそれは漫画の感想に過ぎない。
じゃあ他に励ます言葉って…?

「森永、気にするなよ所詮SNSだし」

何か、とりあえず何か言おうと思った。この冷たくなった空気を変えるために。

「所詮?山上くんがSNSがいいって言ったのに?」

だけど、違ったんだ。間違えたんだ。その場しのぎでどうにかしようとしたから、冷たい視線でこっちを向いた森永に動揺した。

「それはっ」

確かに、俺が言った。俺が載せようって…俺がすすめたから森永の漫画をSNSに載せることになった。

「でも俺は森永の漫画好きだし!おもしろいと思ってるし、だから…っ」

だから、何なんだろう?
俺は今何に必死になってるんだ?
森永を励ます言葉を探してるのか、それとも自分の失言を消すことに…

「でもわかってたから」

ふいっと前を向いた、ただその横顔を見ることしか出来なくて。
わかってた…?ってなんだ?
森永はここまで想定してたってこと?こうなることもわかってたってこと?
俺がSNSに載せようって提案をすべて見越して…

「少女漫画としてはありきたりな展開だし」
「え、ありきたり…?」

それはまた、俺の思ってることと違った。全然違った、森永が思ってることは。

「全然ありきたりじゃねぇーよ!」

だけど、そんなの俺が納得出来なくて。

「ありきたりじゃない!すげぇびっくりしたし、こんな漫画あるんだって俺はびっくりした!だってめちゃくちゃおもしろかったから!!」

道の真ん中で叫んでしまうほど、たぶん教室でも叫んでた。どうしてもこれだけは言いたかったから、SNSでなんと言われようとこれだけは絶対間違いないって。
俺は森永の漫画を初めて読んだ時からずっと、だからこれだけは励ますとか自分へのフォローとかじゃなく本当に思ってる言葉を伝えたかった…はずだった。

「山上くん、少女漫画読んだことなかったでしょ?」

振り返った森永の顔を見たら、次の言葉が息と共にすぅっと消えて行った。じっと見られてるこの状況にゴクリと息を飲んで。
読んだことはなかった。
だけど、初めて読んだんだけど、少女漫画ってやつを。
でもおもしろかったし、すげぇおもしろかったし…だから素直に気持ちを伝えただけだったのに。
無性に胸に来た。何も言えなくなるぐらい痛かった。
読んだことのない俺にはわからないって、急に追い出された気がして。

そりゃなかったけど、森永の描いた漫画を見て初めてこうゆうのなんだって知ったけど。

でも線の細い絵は繊細でふわふわした背景は感情を沸き立てるとか、近付いたり離れたりもどかしくて募っていく思いにドキドキして読んでるこっちまできゅーって胸が押さえつけられるような気持ちは…ありきたりなのか?

「じゃあ…他にどんなのがあんの?」

あれがありきたりって言うなら、何がありきたりじゃないんだ。

「それは僕にも説明出来ないけど」
「じゃ、じゃあ!ありきたりじゃない少女漫画を描けばいんじゃねぇの!?森永なら描けるだろ!?だってあれだけ絵上手いし、森永なら…っ」

あれ、俺は何を言ってるんだ?こんなことが言いたかったんだっけ?
俺が言いたかったのは…

「そんな簡単に描けるものじゃないから」

こんなことが言いたかったんじゃないのに。
だけどハッとしたんだ、森永の俺を見る視線に急に現実に引き戻された。

あんなにバズって有名になった気でいた。
だけど俺はただ森永の描いた漫画をSNSに載せてただけ、毎日いいねやコメントをチェックしていただけ。

それなのに少し勘違いしてた。
ううん、もっとたくさんいっぱい…勘違いしてた。

「山上くんは描いてないでしょ」

驚くほどの反響に、調子乗ってたんだ。