山上伊月、高校入って半年が経った。
高校入ったら彼女出来ちゃうかなーって楽しみにしてたのに、実際は大学はどーすんだとか予習復習がどうのとか大しておもしろいこともなくてただただ学校と家を往復するだけの日々で。
もっとワクワクるんるんな高校生活かと思ってたのに、案外高校生活もつまんないんだなーって…
俺になんか才能とか?あったら違ったのかもしれないけど、特に何も持ち合わせてない平凡な高校生男子だしな。
「……。」
…でもちょっと気になることがあって、前の席の森永。
ずっと何か書いてるっぽいんだけど、ホームルームの最中にそんなに先生の話をメモることあるっけ?こないだ終わった中間テストの結果がどうのって話しかしてないのに、何をそんなにノート取ることがあるんだろ?
テスト週間からテストの答案返却期間までは名簿順の席になるから山上の俺は1番後ろで、その前が森永…前後の席になるけど未だ一度も話したことがない。
俺もそこまで喋るの得意じゃないから友達も多い方じゃないけど…森永は俺以上にいない気がする。
てゆーか友達いるのか…?
いや、よくないか。こんなこと勝手に思うのはよくないな、でも…授業中も放課もホームルームの時だって何かしら一生懸命書いてるんだよなぁ。
何してるんだろう?それが気になって仕方ない。
「…!」
あ、長かった先生の喋りが終わった。やっとホームルームが終わって帰れる。
何もない毎日だけど、今日は唯一の楽しみ大好きな漫画雑誌“キャスト”の発売日だからいつもより気分がいいんだ。
「伊月もう帰んの?」
先生のあいさつが終わった瞬間立ち上がったら隣の席の健斗が話しかけてきた。だけど急いでたから、そこはさっさと話を済ませて教室から出ようと思って。
「うん、キャスト買いに行くから!」
「だよな!俺も買って帰ろ~!」
考えることは2人とも同じだから話は早い、先月の続きが気になって1ヶ月ずーっとその話しかしてないんだから。
「じゃ、明日!」
「おぅ、明日はしたい話が…ぜってぇあの続きやばいしな!」
「どうなんのかな、あれ!でもそれも気になるけど新連載のさぁ」
「わかる!あの先生久しぶりだよな!?」
「そう!だから結構楽しみなんだよ!」
…なんて健斗と話してたらちょっと遅くなってしまった、健斗もキャスト楽しみにし過ぎてる。
でもこうしてるのが1番楽しい。好きな漫画を発売日に買って、次の日に友達と感想をあーでもないこーでもないって言い合って、だから別にこれと言って何もない平凡な日常でも十分楽しいっていうか…
「やば、体操服忘れた」
早く帰ってコンビニ寄ってキャストとお菓子買って帰ろうと思ってたのに、下駄箱まで来て教室に体操服を忘れたことに気が付いた。
マジかよ、めんどくさい。教室3階なんだよ、また階段上るのか…でも持って帰らなかったら怒られるし、思い出しちゃったからには取りに戻るしかないし。
「行くか…」
はぁっと息を吐いてまた階段を上った。
3階まで地味に遠い、もう帰る気だったからそれが余計に足を重くさせて…こんな時はキャストのことを考えるしか。
あの続きどうなんのかなー、ギリッギリの戦いだったよな。あ、でもあっちは最終試合が終わって珍しく平穏な日常送って、それはそれでよかったなー!だけどやっぱ新連載の、前のやつがおもしろかったから期待する!!…よし盛り上がて来た、自分で自分のテンション上げられた。
早く体操服回収して帰ろ…
「ん?」
もう誰もいなくなった教室、机の横にかけた体操服袋を取ろうとして落ちていた1冊のノートを見付けた。
誰かの忘れ物?席的に森永のやつ…ぽいけど、名前は書いてないし何のノートだ?
「なんだこれ…?」
ペラッと1ページめくってみた。
そこには見たことない…何コレ?漫画?やたらキラキラしてる。全部鉛筆で描いたみたいだけどふわふわしたシャボン玉みたいなのが飛んでたり、ダイヤモンドみたいなのが飛んでたり。異常に瞳が大きい女の子とスラッとし過ぎな男の子が出て来て、なんかいい感じに…これってもしかして少女漫画ってやつか?あ、たぶんそうだ。読んだことないからよくわかんないけど、そんな感じするキスしてるし。
「……。」
ペラ、ペラ、とページをめくっていく。読んだら次のページ、また次のページと気付けば座り込んで読んでいた。
なんだこれ、なんてゆーかこれって…
「何…っ、して…!?」
え?何?
誰か教室に入ってきたことにも気付かなかった。あぐらをかいたまま顔を上げる、誰の声かと思って。
目が合った瞬間、持っていたノートを奪われた…森永に。
「返して!」
返してってことはこれはやっぱ森永のノートだったんだ。森永の机の下に落ちてたんだ、そうかなとは思ってたけどそんなカッと赤くした顔で勢いよく奪い取られるとは。
そんなに見られたくなかったってこと?てことはもしかして…
「それって森永が描いやつ?」
ノートを指さした、さらに森永の顔がボンッと赤くなった。声に詰まった森永は明らかに動揺した表情を見せ、目をキョロキョロさせた。
「こ、これは…違う!」
いや、絶対そうじゃん。
間違いなくそうじゃん、この状況で違うは嘘じゃん?
「違って、僕が描いたわけじゃなくて…っ」
へぇー、そうなんだ。森永が描いたんだ。
マジか、こんなん描いてたのかよ。いつもごそごそしてるなって思ってたけど、これ描いてたってことか。
マジかよ、森永がこれを…
「誰にも言わないでほしっ」
「めちゃくちゃおもしろかったんだけど!」
抑えきれない興奮から大声で叫んでしまった。つい目を見開いて、教室中に響く声で叫んじゃったから森永が何を言いかけたのかもよく聞こえなかった。
でも言いたくて、森永を前にしたら森永の声を聞くより先に自分の声が出てた。
「俺少女漫画初めて読んだ!」
すぐに立ち上がって、森永の前に立った。
「それって少女漫画だよな?少女漫画って言うんだよな??え、違う!?」
「ううん、少女漫画だけど…」
「だよな!男女がすごい恋してたもん!」
「すごい恋って…」
こんな漫画もあるんだと思った。いつも戦ったり、部活したり、またにはタイムリープしちゃったり、そんな漫画しか読んだことなくてこんなそわそわする漫画初めて読んだ。
「少女漫画ってこーゆうのなんだ…!すっげぇドキドキしちゃった…!!」
見てる俺まで瞳がキラキラしちゃって。
少女漫画ってこんな感じなのかってドキドキしちゃった。
でもそれより何より、俺をドキドキさせたのはこの漫画を森永が描いてるってことだ。ただのクラスメイトだと思ってた森永にこんな才能があったとか、俺なんて漫画の描き方さえ知らないで読んでるのに。シンプルにすごいって感動した、漫画もおもしろかったけど。
「女の子がさ、迷ったけど思い切って手繋ごうとするあのシーン!?あれ、いいね!あとちょっとのとこでビビッちゃって避けちゃった手をさ、察した男の子が握ろうとするんだけごこっちもこっちで緊張してて嚙み合わないあの感じ何!?早く繋げよと思うのに、繋げない方がドキドキするんだな!?だってちょっと指先が触れた時…あ、ごめん語り過ぎ?」
しまった、漫画を読んだら感想を言い合うのが健斗との日常だったから癖で喋り過ぎた。息継ぎなしでここまで早口で喋っちゃったから、森永は案の定びっくりした顔をしてた。
そりゃそうだ、普段喋ったことない奴が急にすごい勢いで喋り出したんだから。目を丸くして俺の顔見て、何だこいつ?って顔してる。
やばい、このあと何言ったらいいかわかんねぇ。
えっと何か言わなきゃ、なんか言ってこのいびつな空気をどうにかしなきゃ…
「森永って絵上手いんだな」
とりあえず笑ってみた、当たり障りない感じで話そうかと思って。
「いや、そんなことは…普通くらい、だと思う」
「あれで普通はないよ!だってキスシーンの臨場感えぐかったし、キスってこんなんなのかなって…っ」
あ、しまった。秒で戻ってきてしまった。
あとついでに俺がキスしたことないこともバレた。ないけど、したことないけど。
また気まずい空間が流れて来る。
「……。」
「…。」
「……。」
……。
もう何言っても無理だ、諦めよう。もういいや、なんなら一刻も早く帰りたいしこの微妙な空気から離れるのが先決だ。
さぁ早く帰って、キャスト買って帰るんだ…
「よかったら、続き読む?」
半ば忘れかけていた体操服袋を持って、教室から出ようと思ってたのに森永にそんなことを言われて勢いよく振り返ってしまった。
「読む!」
実はめっちゃくちゃ続き気になってた。読んでる途中だったのに森永に持ってかれてちくしょーって思ってたんだよ、でも続きが読みたいだなんて言えなくて。
「…あ、じゃあよかったら」
「あぁ…、ありがと」
でもまた森永をびっくりさせてしまったけど。
さっきよりでかい声だったしな、でももういいか森永から言ってきたんだし。
****
朝から興奮してた。いや、昨日から興奮してた。
まず学校に着いたら、絶対最初に言おうって決めてたんだ。
「森永っ」
俺より早く学校に来てた、よかった来てなかったらまたそわそわして仕方なかった。危うく下駄箱で待ち伏せするところだった、流行る気持ちを抑えきれなくて。
「続きは!?」
実際、抑えきれてはなかったけど。
もっと言いたい感想とか、伝えたいシーンとかあったんだけど、第一声これが出てきてしまった。
「やばい、何あの最後…!!!どうなんの!?気になって全然眠れなかったんだけど!」
おかげでちょっと寝不足だった。だけどドキドキして眠れなかったんだよ、あんな終わり寝てる場合じゃねぇよ。
「ねぇ続きは!続き!?貸してよ!」
昨日はまでは続きを貸してほしいって言うのさえ躊躇してたけど、今日はもう読みたいのが先行してた。でも森永は全然貸そうとはしてくれなくて。
「続きは…貸せない」
「え、なんで!?」
「それは…」
「俺解釈違いだった!?昨日言った感想間違ってた!?」
「いや、そうじゃなくてっ」
「じゃあなんで!?」
気になってる漫画の続きが読めないことほど悲しいことなんてない、読者は続きをどんだけ楽しみに待ってるんだって話で。
だから今日森永に会うの、めっちゃくちゃ期待してたのに。
「続き、ないんだよ」
続きが、ない???
何度も言うが漫画の続きが読めないことほど悲しいことなんてない、休載と打ち切りの切なさは打ちひしがれることこの上なくて。
「え、ないって…なんで!?こんなおもしろいのに続きねぇの!?」
「いや、ないわけじゃなくてっ」
「じゃあ何!?」
教室に入って即森永に話しかけちゃったから、リュックも背負ったまま教科書も取り出してなかった。森永が座る席の前に立って、俺の席はその後ろなのに。
「まだ…描いてる途中だから」
…あ、そっか読んでるだけの俺はあたり前に続きがあると思ってたけどこれを描いてるのは森永で。
「まだ出来てなくて…」
漫画なんか描いたことないからわかんないけど、あれだけおもしろかった漫画なんだ簡単に描けるわけないよな。しかも学校でこそこそ描いてるぐらいだし。
「だから、出来たら貸す…から」
昨日ほどじゃないけど、顔を赤くした森永が少し俯いた。
「読んでほし」
「読む!」
また森永をびっくりさせるかなって思ったけど、もうそんなことどーでもいいかなって。
「絶対読む!!」
ただただ森永の描いた漫画の続きが読みたかったから。
好きな漫画に出会った時ってこんな感じだよな、ワクワクしてそのことしか考えられなくなって1日中楽しい~!みたいなあれ…
「伊月、キャスト読んだ?」
「え、キャスト?」
やっとリュックから教科書を取り出して机の中にしまっていると、朝からご機嫌そうな健斗が教室に入って来るとすぐに話しかけてきた。
で、そこで思い出した。昨日は何の日だったかっていうことを。
「忘れてた…!」
キャストの発売日だった。あんなに楽しみにしていたのに、今の今まですっかり忘れていた俺としたことが。
「はぁー!?忘れてたってなんだよ!?」
「買いに行くの忘れてたんだよ」
「何忘れてんだ!新連載超おもしろかったぞ!」
「マジで!?今日行く!今日買いに行くから!」
「ぜってぇ買えよ!」
キャストの発売日の次の日は、健斗と感想を言い合うのがいつもの流れだった。それが日常で、それが1番楽しかった。
だけど昨日はそれどころじゃなかった、大好きなキャストを忘れるくらい。
****
「なんで森永は漫画描いてんの?」
「……え?なんでって…」
「漫画家目指してんの?」
「……。」
「あ、目指してんだ」
顔を赤くして視線を逸らしたからそうなのかなって。
1時間目が終わった放課、いつもなら話すことなんてないんだけどせっかく前後の席だし昨日の今日だし話しかけてもいいかと背中を叩いてみた。そしたら案外振り返ってくれた。
「森永のおすすめ少女漫画ってある?」
「おすすめ?」
「森永の描いた漫画がおもしろかったから他のも読んでみたいなって思ってさ」
自分で探してみようと思ったんだけど、軽く検索したら山ほど出て来て何がいいかわからなかった。少女漫画初心者にはどれがいいのかもさっぱりで、だったら聞いた方が早いかと。森永の続きが出来るのを待つ間に。
「山上くんは漫画は好きなんだよね?」
「好き!少年漫画しか読まないけど」
「少女漫画は…好きじゃなかった?」
「んー、好きじゃなかったっていうか読んだことなかったから好きも何もなかったって感じだけど…」
キャストだってなんで読み始めたかと言えば小学校の頃、クラスで流行ってたからで。好きとか好きじゃないっていうより、みんなと話したくて読み始めたことがキッカケで俺が少女漫画を読むことがなかったのはそれだと思う。
「知らなかった、からかな」
知るタイミングがなかったんだと思う。
だから好きじゃない以前に知らなかったんだよな、少女漫画ってやつを。
「だから俺さ、基本バトル漫画しか読んでなかったの!それは好きで読んでるんだけど、森永の漫画見てあんな繊細な漫画あるんだーってマジでドキドキしちゃって!」
人の気持ちとか些細な表情とか、俺が読んでる漫画にはない部分だった。口の動きひとつで汲み取って、感情ひとつに動かされて、それが妙にビビビッと来ちゃったんだ。
「今まで少女漫画のこと知らなかったけどあれはハマるな!おもしろかったよ!」
だから改めてこれが俺の感想、今一度好きじゃなかった?って聞かれたら好きになりそう!って答えるのが正解かと思う。
だってまだ判断出来るほど知らないから。
って、俺なりの答えを出してみたんだけど森永は少し複雑そうな顔をしてた。なんで?
「山上くんにそう言ってもらえて嬉しいよ」
「そ?ただ感想言っただけなんだけど」
しかも評論家でも何でもないただの一般人読者の。
これが何の役に立つかって言ったら別に何もならない。
「…ずっとバカにされてたから」
森永が視線を落とした。振り返るように俺の方を向いていた森永が廊下側に背を向けて前を向いた、少し俯いて。
俺だってそこまで鈍感なわけじゃない、一応空気とか読めるし空気読めるから小学校のことキャスト買ったんだし。結果、俺にはそれが好きなものだったってだけで。
森永の好きなものが、少数派だったってだけなんだよ。
「俺だったら調子乗ってたけど?」
でもそれが悪いことみたいに思えるんだよな、なぜか。
「だってあんなおもしろい漫画描けるって相当すごくない?俺だったら自慢してたよ、だってあそこまで絵の上手いやついないしバカにされてもお前描けないだろって思うし!」
それは全部森永が好きだったから、少女漫画が好きだったから。
それの何が悪いんだ?って言ったらちっとも悪いことなんかない。だけどやっぱりびっくりして、その後笑ってた。
森永の漫画のキャラたちはよく喋るのに森永はあんまり喋らないんだな、もっと吹き出し作ればいいのに。
「あの漫画、どっか公開してんの?SNSとかで」
「してないよ、恥ずかしいし」
「え、漫画なのに?漫画って読んでもらってなんぼじゃん、恥ずかしいとかあんの?」
「あるよっ、描いてること誰にも言ってないんだから」
百歩譲って知り合いに読まれるのは恥ずかしいはわかるけど、SNSなんて不特定多数の誰かわからん相手に読まれて恥ずかしいって言ってたら漫画家になれなくない?だって漫画家目指してんでしょ?
「今多いじゃん、SNSからヒットするの。森永もやってみたらいいのに」
「いいよ、そんな上手くもないし」
「めちゃくちゃ上手いし!」
「それにSNSやってないから」
「マジで!?」
とことん少数派なんだ、森永は。
てことは誰も森永の漫画を読んだことがないってこと?
森永の漫画を読んだことがあるのは俺だけってこと?
それはつまり…
「俺、森永のファン1号だ!」
あ、やばいまたびっくりさせてしまった。脈絡のないことを口走ったばかっりにびっくりするどころか困惑してる。
「あ~…っ、そのそれ!漫画!俺しか読んだことないってことは俺が最初に読んだってことだろ!?」
「え、それは…うん」
「じゃあ俺が1番最初に好きになったんだからファン1号じゃん!?」
「……。」
マジでなんか言って、すごい気まずいから。せめて思ってることの吹き出しつけてほしい、この間が気まずくてしょうがないから…
「ふっ」
と息が漏れる音がした。
へぇ、そんな顔で笑うんだって思った。いつもぼそぼそって喋る森永がくすくすと笑ってた。
「恥ずかしいからやめて」
「思ってたセリフと違う!」
「何度も言うけど、そこまで上手くないし」
「超上手いからな、森永が思ってる5億倍は上手いよ」
今度はびっくりした顔じゃなくて、顔を赤くして照れくさそうに頭を掻いてた。
俺的には思ってることを言っただけなんだけど、なんだかその反応がおもしろくて俺の方が笑ってた。
「続き待ってますよ、森永先生!」
ポンポンと森永の肩を叩いて。
「森永が漫画家になったら買うわ!」
「なれないし、そんなに上手くないからね!」
高校入ったら彼女出来ちゃうかなーって楽しみにしてたのに、実際は大学はどーすんだとか予習復習がどうのとか大しておもしろいこともなくてただただ学校と家を往復するだけの日々で。
もっとワクワクるんるんな高校生活かと思ってたのに、案外高校生活もつまんないんだなーって…
俺になんか才能とか?あったら違ったのかもしれないけど、特に何も持ち合わせてない平凡な高校生男子だしな。
「……。」
…でもちょっと気になることがあって、前の席の森永。
ずっと何か書いてるっぽいんだけど、ホームルームの最中にそんなに先生の話をメモることあるっけ?こないだ終わった中間テストの結果がどうのって話しかしてないのに、何をそんなにノート取ることがあるんだろ?
テスト週間からテストの答案返却期間までは名簿順の席になるから山上の俺は1番後ろで、その前が森永…前後の席になるけど未だ一度も話したことがない。
俺もそこまで喋るの得意じゃないから友達も多い方じゃないけど…森永は俺以上にいない気がする。
てゆーか友達いるのか…?
いや、よくないか。こんなこと勝手に思うのはよくないな、でも…授業中も放課もホームルームの時だって何かしら一生懸命書いてるんだよなぁ。
何してるんだろう?それが気になって仕方ない。
「…!」
あ、長かった先生の喋りが終わった。やっとホームルームが終わって帰れる。
何もない毎日だけど、今日は唯一の楽しみ大好きな漫画雑誌“キャスト”の発売日だからいつもより気分がいいんだ。
「伊月もう帰んの?」
先生のあいさつが終わった瞬間立ち上がったら隣の席の健斗が話しかけてきた。だけど急いでたから、そこはさっさと話を済ませて教室から出ようと思って。
「うん、キャスト買いに行くから!」
「だよな!俺も買って帰ろ~!」
考えることは2人とも同じだから話は早い、先月の続きが気になって1ヶ月ずーっとその話しかしてないんだから。
「じゃ、明日!」
「おぅ、明日はしたい話が…ぜってぇあの続きやばいしな!」
「どうなんのかな、あれ!でもそれも気になるけど新連載のさぁ」
「わかる!あの先生久しぶりだよな!?」
「そう!だから結構楽しみなんだよ!」
…なんて健斗と話してたらちょっと遅くなってしまった、健斗もキャスト楽しみにし過ぎてる。
でもこうしてるのが1番楽しい。好きな漫画を発売日に買って、次の日に友達と感想をあーでもないこーでもないって言い合って、だから別にこれと言って何もない平凡な日常でも十分楽しいっていうか…
「やば、体操服忘れた」
早く帰ってコンビニ寄ってキャストとお菓子買って帰ろうと思ってたのに、下駄箱まで来て教室に体操服を忘れたことに気が付いた。
マジかよ、めんどくさい。教室3階なんだよ、また階段上るのか…でも持って帰らなかったら怒られるし、思い出しちゃったからには取りに戻るしかないし。
「行くか…」
はぁっと息を吐いてまた階段を上った。
3階まで地味に遠い、もう帰る気だったからそれが余計に足を重くさせて…こんな時はキャストのことを考えるしか。
あの続きどうなんのかなー、ギリッギリの戦いだったよな。あ、でもあっちは最終試合が終わって珍しく平穏な日常送って、それはそれでよかったなー!だけどやっぱ新連載の、前のやつがおもしろかったから期待する!!…よし盛り上がて来た、自分で自分のテンション上げられた。
早く体操服回収して帰ろ…
「ん?」
もう誰もいなくなった教室、机の横にかけた体操服袋を取ろうとして落ちていた1冊のノートを見付けた。
誰かの忘れ物?席的に森永のやつ…ぽいけど、名前は書いてないし何のノートだ?
「なんだこれ…?」
ペラッと1ページめくってみた。
そこには見たことない…何コレ?漫画?やたらキラキラしてる。全部鉛筆で描いたみたいだけどふわふわしたシャボン玉みたいなのが飛んでたり、ダイヤモンドみたいなのが飛んでたり。異常に瞳が大きい女の子とスラッとし過ぎな男の子が出て来て、なんかいい感じに…これってもしかして少女漫画ってやつか?あ、たぶんそうだ。読んだことないからよくわかんないけど、そんな感じするキスしてるし。
「……。」
ペラ、ペラ、とページをめくっていく。読んだら次のページ、また次のページと気付けば座り込んで読んでいた。
なんだこれ、なんてゆーかこれって…
「何…っ、して…!?」
え?何?
誰か教室に入ってきたことにも気付かなかった。あぐらをかいたまま顔を上げる、誰の声かと思って。
目が合った瞬間、持っていたノートを奪われた…森永に。
「返して!」
返してってことはこれはやっぱ森永のノートだったんだ。森永の机の下に落ちてたんだ、そうかなとは思ってたけどそんなカッと赤くした顔で勢いよく奪い取られるとは。
そんなに見られたくなかったってこと?てことはもしかして…
「それって森永が描いやつ?」
ノートを指さした、さらに森永の顔がボンッと赤くなった。声に詰まった森永は明らかに動揺した表情を見せ、目をキョロキョロさせた。
「こ、これは…違う!」
いや、絶対そうじゃん。
間違いなくそうじゃん、この状況で違うは嘘じゃん?
「違って、僕が描いたわけじゃなくて…っ」
へぇー、そうなんだ。森永が描いたんだ。
マジか、こんなん描いてたのかよ。いつもごそごそしてるなって思ってたけど、これ描いてたってことか。
マジかよ、森永がこれを…
「誰にも言わないでほしっ」
「めちゃくちゃおもしろかったんだけど!」
抑えきれない興奮から大声で叫んでしまった。つい目を見開いて、教室中に響く声で叫んじゃったから森永が何を言いかけたのかもよく聞こえなかった。
でも言いたくて、森永を前にしたら森永の声を聞くより先に自分の声が出てた。
「俺少女漫画初めて読んだ!」
すぐに立ち上がって、森永の前に立った。
「それって少女漫画だよな?少女漫画って言うんだよな??え、違う!?」
「ううん、少女漫画だけど…」
「だよな!男女がすごい恋してたもん!」
「すごい恋って…」
こんな漫画もあるんだと思った。いつも戦ったり、部活したり、またにはタイムリープしちゃったり、そんな漫画しか読んだことなくてこんなそわそわする漫画初めて読んだ。
「少女漫画ってこーゆうのなんだ…!すっげぇドキドキしちゃった…!!」
見てる俺まで瞳がキラキラしちゃって。
少女漫画ってこんな感じなのかってドキドキしちゃった。
でもそれより何より、俺をドキドキさせたのはこの漫画を森永が描いてるってことだ。ただのクラスメイトだと思ってた森永にこんな才能があったとか、俺なんて漫画の描き方さえ知らないで読んでるのに。シンプルにすごいって感動した、漫画もおもしろかったけど。
「女の子がさ、迷ったけど思い切って手繋ごうとするあのシーン!?あれ、いいね!あとちょっとのとこでビビッちゃって避けちゃった手をさ、察した男の子が握ろうとするんだけごこっちもこっちで緊張してて嚙み合わないあの感じ何!?早く繋げよと思うのに、繋げない方がドキドキするんだな!?だってちょっと指先が触れた時…あ、ごめん語り過ぎ?」
しまった、漫画を読んだら感想を言い合うのが健斗との日常だったから癖で喋り過ぎた。息継ぎなしでここまで早口で喋っちゃったから、森永は案の定びっくりした顔をしてた。
そりゃそうだ、普段喋ったことない奴が急にすごい勢いで喋り出したんだから。目を丸くして俺の顔見て、何だこいつ?って顔してる。
やばい、このあと何言ったらいいかわかんねぇ。
えっと何か言わなきゃ、なんか言ってこのいびつな空気をどうにかしなきゃ…
「森永って絵上手いんだな」
とりあえず笑ってみた、当たり障りない感じで話そうかと思って。
「いや、そんなことは…普通くらい、だと思う」
「あれで普通はないよ!だってキスシーンの臨場感えぐかったし、キスってこんなんなのかなって…っ」
あ、しまった。秒で戻ってきてしまった。
あとついでに俺がキスしたことないこともバレた。ないけど、したことないけど。
また気まずい空間が流れて来る。
「……。」
「…。」
「……。」
……。
もう何言っても無理だ、諦めよう。もういいや、なんなら一刻も早く帰りたいしこの微妙な空気から離れるのが先決だ。
さぁ早く帰って、キャスト買って帰るんだ…
「よかったら、続き読む?」
半ば忘れかけていた体操服袋を持って、教室から出ようと思ってたのに森永にそんなことを言われて勢いよく振り返ってしまった。
「読む!」
実はめっちゃくちゃ続き気になってた。読んでる途中だったのに森永に持ってかれてちくしょーって思ってたんだよ、でも続きが読みたいだなんて言えなくて。
「…あ、じゃあよかったら」
「あぁ…、ありがと」
でもまた森永をびっくりさせてしまったけど。
さっきよりでかい声だったしな、でももういいか森永から言ってきたんだし。
****
朝から興奮してた。いや、昨日から興奮してた。
まず学校に着いたら、絶対最初に言おうって決めてたんだ。
「森永っ」
俺より早く学校に来てた、よかった来てなかったらまたそわそわして仕方なかった。危うく下駄箱で待ち伏せするところだった、流行る気持ちを抑えきれなくて。
「続きは!?」
実際、抑えきれてはなかったけど。
もっと言いたい感想とか、伝えたいシーンとかあったんだけど、第一声これが出てきてしまった。
「やばい、何あの最後…!!!どうなんの!?気になって全然眠れなかったんだけど!」
おかげでちょっと寝不足だった。だけどドキドキして眠れなかったんだよ、あんな終わり寝てる場合じゃねぇよ。
「ねぇ続きは!続き!?貸してよ!」
昨日はまでは続きを貸してほしいって言うのさえ躊躇してたけど、今日はもう読みたいのが先行してた。でも森永は全然貸そうとはしてくれなくて。
「続きは…貸せない」
「え、なんで!?」
「それは…」
「俺解釈違いだった!?昨日言った感想間違ってた!?」
「いや、そうじゃなくてっ」
「じゃあなんで!?」
気になってる漫画の続きが読めないことほど悲しいことなんてない、読者は続きをどんだけ楽しみに待ってるんだって話で。
だから今日森永に会うの、めっちゃくちゃ期待してたのに。
「続き、ないんだよ」
続きが、ない???
何度も言うが漫画の続きが読めないことほど悲しいことなんてない、休載と打ち切りの切なさは打ちひしがれることこの上なくて。
「え、ないって…なんで!?こんなおもしろいのに続きねぇの!?」
「いや、ないわけじゃなくてっ」
「じゃあ何!?」
教室に入って即森永に話しかけちゃったから、リュックも背負ったまま教科書も取り出してなかった。森永が座る席の前に立って、俺の席はその後ろなのに。
「まだ…描いてる途中だから」
…あ、そっか読んでるだけの俺はあたり前に続きがあると思ってたけどこれを描いてるのは森永で。
「まだ出来てなくて…」
漫画なんか描いたことないからわかんないけど、あれだけおもしろかった漫画なんだ簡単に描けるわけないよな。しかも学校でこそこそ描いてるぐらいだし。
「だから、出来たら貸す…から」
昨日ほどじゃないけど、顔を赤くした森永が少し俯いた。
「読んでほし」
「読む!」
また森永をびっくりさせるかなって思ったけど、もうそんなことどーでもいいかなって。
「絶対読む!!」
ただただ森永の描いた漫画の続きが読みたかったから。
好きな漫画に出会った時ってこんな感じだよな、ワクワクしてそのことしか考えられなくなって1日中楽しい~!みたいなあれ…
「伊月、キャスト読んだ?」
「え、キャスト?」
やっとリュックから教科書を取り出して机の中にしまっていると、朝からご機嫌そうな健斗が教室に入って来るとすぐに話しかけてきた。
で、そこで思い出した。昨日は何の日だったかっていうことを。
「忘れてた…!」
キャストの発売日だった。あんなに楽しみにしていたのに、今の今まですっかり忘れていた俺としたことが。
「はぁー!?忘れてたってなんだよ!?」
「買いに行くの忘れてたんだよ」
「何忘れてんだ!新連載超おもしろかったぞ!」
「マジで!?今日行く!今日買いに行くから!」
「ぜってぇ買えよ!」
キャストの発売日の次の日は、健斗と感想を言い合うのがいつもの流れだった。それが日常で、それが1番楽しかった。
だけど昨日はそれどころじゃなかった、大好きなキャストを忘れるくらい。
****
「なんで森永は漫画描いてんの?」
「……え?なんでって…」
「漫画家目指してんの?」
「……。」
「あ、目指してんだ」
顔を赤くして視線を逸らしたからそうなのかなって。
1時間目が終わった放課、いつもなら話すことなんてないんだけどせっかく前後の席だし昨日の今日だし話しかけてもいいかと背中を叩いてみた。そしたら案外振り返ってくれた。
「森永のおすすめ少女漫画ってある?」
「おすすめ?」
「森永の描いた漫画がおもしろかったから他のも読んでみたいなって思ってさ」
自分で探してみようと思ったんだけど、軽く検索したら山ほど出て来て何がいいかわからなかった。少女漫画初心者にはどれがいいのかもさっぱりで、だったら聞いた方が早いかと。森永の続きが出来るのを待つ間に。
「山上くんは漫画は好きなんだよね?」
「好き!少年漫画しか読まないけど」
「少女漫画は…好きじゃなかった?」
「んー、好きじゃなかったっていうか読んだことなかったから好きも何もなかったって感じだけど…」
キャストだってなんで読み始めたかと言えば小学校の頃、クラスで流行ってたからで。好きとか好きじゃないっていうより、みんなと話したくて読み始めたことがキッカケで俺が少女漫画を読むことがなかったのはそれだと思う。
「知らなかった、からかな」
知るタイミングがなかったんだと思う。
だから好きじゃない以前に知らなかったんだよな、少女漫画ってやつを。
「だから俺さ、基本バトル漫画しか読んでなかったの!それは好きで読んでるんだけど、森永の漫画見てあんな繊細な漫画あるんだーってマジでドキドキしちゃって!」
人の気持ちとか些細な表情とか、俺が読んでる漫画にはない部分だった。口の動きひとつで汲み取って、感情ひとつに動かされて、それが妙にビビビッと来ちゃったんだ。
「今まで少女漫画のこと知らなかったけどあれはハマるな!おもしろかったよ!」
だから改めてこれが俺の感想、今一度好きじゃなかった?って聞かれたら好きになりそう!って答えるのが正解かと思う。
だってまだ判断出来るほど知らないから。
って、俺なりの答えを出してみたんだけど森永は少し複雑そうな顔をしてた。なんで?
「山上くんにそう言ってもらえて嬉しいよ」
「そ?ただ感想言っただけなんだけど」
しかも評論家でも何でもないただの一般人読者の。
これが何の役に立つかって言ったら別に何もならない。
「…ずっとバカにされてたから」
森永が視線を落とした。振り返るように俺の方を向いていた森永が廊下側に背を向けて前を向いた、少し俯いて。
俺だってそこまで鈍感なわけじゃない、一応空気とか読めるし空気読めるから小学校のことキャスト買ったんだし。結果、俺にはそれが好きなものだったってだけで。
森永の好きなものが、少数派だったってだけなんだよ。
「俺だったら調子乗ってたけど?」
でもそれが悪いことみたいに思えるんだよな、なぜか。
「だってあんなおもしろい漫画描けるって相当すごくない?俺だったら自慢してたよ、だってあそこまで絵の上手いやついないしバカにされてもお前描けないだろって思うし!」
それは全部森永が好きだったから、少女漫画が好きだったから。
それの何が悪いんだ?って言ったらちっとも悪いことなんかない。だけどやっぱりびっくりして、その後笑ってた。
森永の漫画のキャラたちはよく喋るのに森永はあんまり喋らないんだな、もっと吹き出し作ればいいのに。
「あの漫画、どっか公開してんの?SNSとかで」
「してないよ、恥ずかしいし」
「え、漫画なのに?漫画って読んでもらってなんぼじゃん、恥ずかしいとかあんの?」
「あるよっ、描いてること誰にも言ってないんだから」
百歩譲って知り合いに読まれるのは恥ずかしいはわかるけど、SNSなんて不特定多数の誰かわからん相手に読まれて恥ずかしいって言ってたら漫画家になれなくない?だって漫画家目指してんでしょ?
「今多いじゃん、SNSからヒットするの。森永もやってみたらいいのに」
「いいよ、そんな上手くもないし」
「めちゃくちゃ上手いし!」
「それにSNSやってないから」
「マジで!?」
とことん少数派なんだ、森永は。
てことは誰も森永の漫画を読んだことがないってこと?
森永の漫画を読んだことがあるのは俺だけってこと?
それはつまり…
「俺、森永のファン1号だ!」
あ、やばいまたびっくりさせてしまった。脈絡のないことを口走ったばかっりにびっくりするどころか困惑してる。
「あ~…っ、そのそれ!漫画!俺しか読んだことないってことは俺が最初に読んだってことだろ!?」
「え、それは…うん」
「じゃあ俺が1番最初に好きになったんだからファン1号じゃん!?」
「……。」
マジでなんか言って、すごい気まずいから。せめて思ってることの吹き出しつけてほしい、この間が気まずくてしょうがないから…
「ふっ」
と息が漏れる音がした。
へぇ、そんな顔で笑うんだって思った。いつもぼそぼそって喋る森永がくすくすと笑ってた。
「恥ずかしいからやめて」
「思ってたセリフと違う!」
「何度も言うけど、そこまで上手くないし」
「超上手いからな、森永が思ってる5億倍は上手いよ」
今度はびっくりした顔じゃなくて、顔を赤くして照れくさそうに頭を掻いてた。
俺的には思ってることを言っただけなんだけど、なんだかその反応がおもしろくて俺の方が笑ってた。
「続き待ってますよ、森永先生!」
ポンポンと森永の肩を叩いて。
「森永が漫画家になったら買うわ!」
「なれないし、そんなに上手くないからね!」



