終焉の戦歌

夢に、あの光がまた現れた。

 音のない炎。黒く染まる空の下で、ただ1人、剣を掲げる男。



 「……お前は、誰なんだ」



 問いかけても、影は何も答えない。

 だが、心のどこかで俺は知っている。

 あれが始まりだった。そして終わりでもあるのだと。



 ニコラス。目を覚ませ。

 遠くから声がした。



 まぶたを開けると、まだ薄暗い空の下、森の中で焚き火の赤がゆらめいていた。

 

 ニコラスが最初に剣を握ったのは、まだ10にも満たない頃だった。

 村が襲われ、家族が消え、彼の中に残ったものは守れなかったという痛みだけだった。



 その日から彼は、生き延びるために戦い、力をつけ、そしていつしか戦うことそのものが、自分の存在する理由となっていた。



 けれど、どこかで気づいていたのだ。



 剣は、誰かを守るためにあるはずなのに、振るうたびに何かを失っていく。



 血を流すのは敵だけではない。自分の心も、少しずつ冷たく濁っていく。



 あの時、彼は誓ったのだ。



 「もう誰も、失わせはしない」と。



 だが、誓いは破られた。

 仲間が倒れ、守れなかった命がまた1つ増えた日。



 ニコラスは、自分の無力を思い知った。

 そして、あの夢を見るようになった。



 空が裂け、世界が炎に包まれる。

 黒いマントの男が、一振りで数千の命を刈り取るその幻影。



 目を覚ました彼の手には、いつも血の気が残っていた。



 それが誰の記憶なのか、なぜ自分がそれを見るのか。



 答えはない。ただ、心の奥に焼きついて離れない。

 



 風が吹いた。

 朝焼けが山の稜線を照らしていた。



 ニコラスは黙って立ち上がり、肩にかけていたマントを揺らす。



「また、同じ夢か?」



 エリオットの声が、すぐ背後からした。

 彼は火の番をしていたらしく、うっすらと目の下に隈をつくっている。



「……ああ。もう何度目かもわからない」



 ニコラスは答えながら、焚き火の灰に目を落とす。

 赤くなった炭のように、心のどこかで何かが燻っていた。



「アーサーの記憶、だろうな」



 エリオットの言葉に、ニコラスは顔をしかめる。

 それが誰のものなのか、確証はなかった。だが、否定もできなかった。



「だとしたら……あれは、未来でもあるのかもしれない」



 その瞬間、遠くの山の向こうで何かが閃いた。

 雷ではない。あれは、火柱だ。



 エリオットが顔を上げ、表情を引き締めた。



「行くぞ。奴らが動いた」



 ニコラスは鞘から剣を引き抜く。

 風がその刃を撫でるように吹き抜け、彼のマントがはためいた。



「止める。今度こそ、間に合うように」



 夢の中のあの光景は、目覚めても瞼の裏から離れなかった。



 誰かの声が遠くでこだましている。悲鳴ではない。祈りでもない。



 ただ、ひとつの名前を呼ぶように何度も、繰り返し。



「ニコラス。大丈夫?」



 声に振り向くと、そこにはレアナの穏やかな表情があった。

 彼女は白い布をニコラスの額に当て、汗を拭っていた。



 外では風が変わりつつある。遠く、空気の匂いが鉄に染まり始めていた。



「うん……もう、大丈夫」



 そう答えたニコラスは、ゆっくりと体を起こした。

 レアナは微笑んだが、その目にはどこか憂いがある。



「あなた、またあの夢を見たのね」



 ニコラスは驚いたように彼女を見たが、すぐに小さく頷いた。



「なんで……わかるんだ」



「癒し手だから、ってことにしておいて。でも、あなたの中にあるものは、もう普通の記憶じゃない。誰かの声が流れ込んできてる。そうでしょ?」



 彼女の言葉に、ニコラスは息を詰めた。

 それはずっと、自分の中だけにあると思っていたもの。

 幼い頃から、あの夢は自分だけの呪いだと思っていた。



「誰かの記憶……って、まさか」



「ええ。たぶん、あなたが見てるのはアーサーの記憶。五百年前、世界を変えかけた男の、最期の記録」



 名前を聞いた瞬間、ニコラスの心に焼きついた映像が蘇る。

 雷鳴、崩れ落ちる塔。



 そして、膝をつく黒い影と、その周囲を埋め尽くす軍勢の光景。

 それが現実であるなら。あのとき、何が終わり、何が始まったのか。



「……俺が、それを知る必要があるのか」



「あなたしか見てないのなら、そうなるわ」



 レアナはそう言って、静かに立ち上がった。



「私たちは、彼の記憶の続きを知らない。でも、あなたが見ている。それは偶然なんかじゃないわ」



 ニコラスは黙っていた。

 でも、その心の奥ではすでに答えが出ていた。



 この先に待つものが戦いであれ、破滅であれ、それを見なければ前には進めない。

 そのとき、扉が開いた。



 冷たい風が吹き込み、灰の匂いを運んできた。

 立っていたのは、傷を包帯で覆ったエリオットだった。



「出るぞ。時間がない。各国が動き始めてる。セランの観測衛星が、カドリアの古代都市に異常エーテリウム反応を探知したらしい」



 ニコラスは頷き、上着を羽織った。

 もう、逃げる気はなかった。

 ただ、進むだけだった。



 霧の中、重い足取りでエリオットと並んで歩いていた青年。

 あれが、ニコラスだった。



 名もなき山間の道を進みながら、彼は黙って空を見上げた。

 空は鈍く曇っていた。遠く雷鳴のような音が響いているが、それが自然のものなのか、それとも戦の残響なのかは、誰にも分からなかった。



 ニコラスは、いつも夢を見ていた。

 幼い頃から、何度も、何度も。



 地面が崩れる夢。

 人々の身体が裂ける夢。



 黒い光が地を飲み込み、剣を持つ男が、ただひと振りで千の命を絶つ。

 それはやがて、ただの夢では済まされなくなっていった。



 大人たちは「そんな話は忘れろ」と笑って流したが、夢の中で彼が見ていた景色は、どこかで実際に存在するものだった。



 見たこともない神殿、知らない街の門、兵士たちの制服、そして、黒い炎。



 それらが現実の記録と一致し始めたとき、ニコラスはひとつの確信に辿り着いた。

 これは過去の記憶だ。



 自分のものではない。だが、誰かの記憶が、自分の中で息づいている。

 なぜ自分が、それを受け取ったのかはわからなかった。



 ただ、知ってしまった以上、見過ごせなかった。



 「このままでは、また繰り返される」



 その思いだけが、彼を突き動かしていた。

 旅を始めたのは、共和国西部にある鉱山町からだった。



 夢に導かれるように、東へ、北へ、地図にもない廃村を通り、やがて誰も知らない山中の癒し手の元へとたどり着いた。



 その癒し手。レアナ・シェイルが住む小屋は、風に削られた岩肌に寄り添うように建てられていた。

 傷ついた心と体を持つ者が、自然と流れ着く、不思議な場所。



 レアナは、ニコラスの顔を見てすぐに言った。



「あなた、見たのね。夢を」



「……どうして、それを」



「ここに来る人は、皆そう。夢に呼ばれ、記憶に追われて、ここへたどり着く」



 ニコラスは、自分の正気を疑う気持ちと、納得する気持ちの狭間で、ただ頷くしかなかった。

 それから数日、小屋の中で静かに過ごしながら、レアナと少しずつ言葉を交わした。



 そして、その静寂を破るように、嵐の夜がやってきた。

 扉が叩かれた。

 血に濡れた男が運ばれ、床に崩れる。



 それが、共和国軍所属の追跡者、エリオット・ヴェインだった。

 誰かが命を賭して運んできた彼を、レアナは迷わず受け入れた。



 ニコラスはその様子を、ただ静かに見ていた。

 そして、エリオットが目を覚ました夜。



 焚き火の明かりに照らされながら、彼らは初めて言葉を交わした。



「……君も、夢を見たのか?」



 エリオットの問いに、ニコラスは黙って頷いた。



「黒い剣の男。国の崩壊。……そして、終わる世界」



「それを……ずっと、見続けてきた」



「じゃあ、君もあの記憶に触れたんだな」



「記憶?」



「そうだ。アーサーの記憶だ。五百年前の、あの戦いの、な」



 エリオットの声には確信があった。

 ニコラスの中にも、それを否定する材料は何ひとつなかった。



「もしこれが、五百年前の記憶だとしたら」



 ニコラスは、手のひらを見つめながら言った。



「また、あれが来る。誰かがそれを呼び起こそうとしている」



 そのとき、遠くで雷が落ちた。

 小屋の壁がわずかに揺れた。

 エーテリウムがざわめいた。五百年前と、同じように。




 夜が明けた。



 霧に包まれた森の空気は冷たく、草葉の隙間に朝露がきらめいている。

 小屋の前で、エリオットは風を読むように目を閉じていた。



 軽装の外套に革のブーツ、腰には風のエーテリウムを宿した槍を携え、その姿にはもはや傷ついた兵士の面影はなかった。



 回復したわけではない。だが、動かねばならない理由があった。



 「準備できたわよ」



 レアナが、旅支度の袋を肩にかけて現れた。

 その後ろから、ニコラスが包みを抱えて出てくる。彼もまた、旅装に身を包んでいた。



 「エーテリウムの反応は……南西ね。古い文献によれば、スレイン渓谷の奥に、封印の転写台があるはず」



 「転写台?」



 ニコラスが聞き返す。



 「五百年前の戦争で、アーサーを封じる際、あらゆるエネルギーを3つに分割して、転写したの。そのうちの1つが……その場所に残されてる可能性がある」



 エリオットは頷きながら、遠くにそびえる山並みを見た。



 「なら決まりだな。まずはスレイン渓谷を目指す」



 「渓谷ってことは……道は荒れてそうだね」



 「問題ない。戦地を越えてきた足だ、少々の崖くらいじゃ止まらないさ」



 エリオットは笑ったが、その瞳は鋭い。戦いがすでに近いことを、誰よりも感じ取っていた。



 小屋の扉に鍵をかけながら、レアナが小さく呟いた。



 「ダリウスの痕跡、まだ見つかってないのよね」



 「……あいつなら、生きてる。そう信じるしかない」



 エリオットのその一言には、強い信念があった。

 戦火の中、命を賭して退路を作った仲間。生死は分からないが、彼はどこかで生きていると信じていた。

 

 数日前。共和国首都・西地区の訓練場にて。



「ニコラス」



「はい」

「これが最初の任務だ。お前の目に焼きつけろ。この世界がどうなっているのかを、全部だ」



 若き兵士、ニコラス。共和国軍に志願し、最初の命令を受けた日だった。

 かつて夢の中で見た終焉の情景、その真実を、自分の足で確かめに行くために……。



 その日、小さな山小屋から3人の影が森へと消えていった。

 向かうはスレイン渓谷。



 かつて封印の儀式が始まった場所。



 そして、そこには既に別の者たちの影が動き始めていた。

 サルディア帝国軍。



 彼らもまた、転写されたエーテリウムの欠片を求めていた。

 戦争の足音は、まだ遠くない。



 レアナの小屋の中。朝の光が差し込むと同時に、冷たい風が木の隙間から忍び込んだ。



 ニコラスはベッドに腰掛け、ブーツの紐をゆっくりと結び直していた。彼の目はまだ昨日の話の続きを追いかけているかのように、ぼんやりと曇っていた。



「出るんだろ?」



 振り返ると、エリオットが椅子に座って、冷めたお茶を口に含んでいた。左の肩にはまだ包帯が巻かれている。



「はい。でも、どこに向かえばいいのか、まだ……」



「じゃあ、一緒に来い。強盗を追ってたのは嘘じゃない。だが、今はそれどころじゃない。アーサーの記憶が本物なら……その塔の座標が現実のどこかにあるはずだ」



「……あの夢の中の光景か」



「そうだ。空が落ちる前に、塔が崩れていた。もしその塔が実在してるなら、なにかが始まる前に、俺たちが先に辿り着くべきだろう」



 ニコラスは小さく頷いた。自分が何者なのか、なぜ夢を見るのか、それを知るためにも、この旅に出るしかないのだ。



 レアナは窓際で薬草を干していたが、ふと振り向いて言った。



「あなたたちが向かうのは《廃都フェンリッド》。空中に浮かぶ都市……その真下。五百年前、アーサーが最後に立った場所のひとつよ」



 エリオットとニコラスは目を合わせた。



「知ってたのか」



「私は癒し手よ。傷だけじゃなく、記憶も、歴史も、ほんの少しだけ癒せるの」



「ありがとう。……世話になった」



 エリオットが立ち上がると、レアナは淡く微笑み、何かを差し出した。黒革の手帳だった。



「これは、かつてこの地に来た学者の記録よ。エーテリウムの反応を追っていた彼の旅路が書かれているわ。きっと役に立つはず」



「……助かる」



 二人は身支度を終えると、小屋の扉を開けた。

 朝霧が森を包み込んでいた。その奥に広がる山道の向こうに、フェンリッドへと続く古い街道があるはずだ。



 ニコラスは小屋の外に出ると、冷たい朝の空気を深く吸い込んだ。風はまだ冬の名残を感じさせ、木々の葉を揺らしていた。彼の胸には、レアナとの約束と、これから待ち受ける運命への覚悟が重くのしかかる。



「準備は整ったか?」



 レアナが声をかける。ニコラスは頷き、背負っていた小さな革袋を肩にかけた。

「行こう。俺たちは、あの封印が解けた神殿へ向かう。そこで何が起きているのか、確かめなければならない」



 エリオットも山道の入り口で待っていた。険しい旅路になることは誰もが理解していたが、それでも進まねばならない。



 4つの国を巻き込む大戦争の幕が上がるなか、彼らの小さな旅が世界を変える第一歩となる。



 山道は露に濡れていた。地面に伸びる影が長く、鳥のさえずりもまだどこか控えめだ。



 ニコラスは先頭に立ち、足元に注意しながら一歩ずつ進んでいく。エリオットがその背後を守り、レアナが間を取って歩いていた。3人の影が森の奥へと消えていく。



 静けさの中で、時折、エーテリウムの脈動が空気を震わせる。



 それは鼓動のように弱く、しかし、何かが目覚めつつあることを示していた。



 「このあたりに来ると……空気が変わるわね」



 レアナが足を止め、辺りを見渡す。

 ニコラスも立ち止まり、森の奥に目を凝らした。



 見慣れたはずの木々が、どこか異質な存在感を放っていた。枝葉の密度が妙に濃く、足元の土も不自然に柔らかい。



 まるで、大地そのものが何かを飲み込んでいるかのようだった。



 「この森は、かつて境界域と呼ばれていたそうだ」



 エリオットが静かに言った。



 「エーテリウムの流れが不安定で、生態系すら乱れる領域。五百年前、アーサーを封印するために使われた結界の残響が、まだこの地に残ってるんだ」



 「……その封印が、今になって揺らいでいる」



 ニコラスは呟いた。



 「アーサーの記憶が、そこに引き寄せられているのかもしれないな」



 再び歩き出すと、森はやがて途切れ、視界の先に石造りの古道が現れた。

 崩れかけたアーチと、苔むした道標。かすかに読める古代文字には、こう刻まれていた。



 

 「ここだ」



 ニコラスが息を呑んだ。

 空の色が変わっていた。灰がかった光が雲の合間から差し込み、世界の輪郭を曖昧にしていた。



 神域。それは、記憶と現実の境目だった。



 「先に進もう」



 エリオットが槍を握り直す。彼の背に宿る風のエーテリウムが、わずかに鳴いた。



 「神殿の中心に何が眠っているのか。それを見つけなければ……」



 その時だった。

 風が止み、空気が重く沈んだ。木々のざわめきが止まり、世界が息を潜める。



 ゴォン――。



 低く、鈍い音が地の底から響いた。



 「……今の、聞こえた?」



 レアナが不安そうに振り返る。



 「聞こえた。地鳴りじゃない……封印の軋みだ」



 ニコラスが即答する。

 その瞬間、空に雷鳴が走った。稲光は地平の向こうに走り、そして。



 山の稜線を越えて、一筋の黒い光柱が天へと突き抜けた。



 「エーテリウム反応、急激に上昇中……!」



 エリオットが結晶型の測定装置を見て叫ぶ。



 ニコラスは剣の柄に手をかけ、前を睨みつけた。



 「行くしかない……!」



 彼らの歩みは加速する。森を抜け、神域の中心へ。

 その背後では、既に別の者たちの気配が迫りつつあった。



 サルディア帝国の偵察部隊。カドリア王国の密偵。セラン連邦の空中観測機。



 4つの国が、水面下で封印の地へと向けて動いていた。



 そして、地の奥で確かに何かが蠢いている。

 かつて世界を滅ぼしかけた存在、ジェイコブ・アーサー。



 彼の記憶の深奥が、今、神殿を通じて現実へと流れ出そうとしていた。



 すべての始まりと終わりが、そこにある。



 神殿の中心古代フェンリッドの奥深くに位置する、かつて封印核と呼ばれた部屋。

 そこには、空間そのものが歪んでいるかのような、異様な気配が満ちていた。



 空中に浮かぶ数百のエーテリウム文字。

 そのすべてが、刻一刻と崩壊の淵へと傾いていた。中央には、灰色の結晶体。アーサーの記憶を封じた核が脈動していた。




 「これはもう、完全に抑えきれていない」



 エリオットが歯を食いしばりながら結界の亀裂を分析する。



 「あと数時間もすれば、封印は陥落する。だが……まだ再固定の余地はある。短期間だが、時間は稼げるはずだ!」



 「その短期間で、何が変わるの?」



 レアナの声が震える。空間の圧力が彼女の魔力を削っていた。



 「数ヶ月で、私たちは……世界は備えられるの……?」



 「備えさせるしかない。ここで崩れたら、全部終わりだ」



 ニコラスが剣を構え、核の前に立った。

 そのときだった。



 核の周囲から、黒い影が噴き出すように出現した。

 記憶の断片アーサーの精神に宿った破壊衝動が、形を成して顕現する。



 剣を持つ者、鎧を纏う者、かつての英雄の面影すらある幻影が、3人に襲いかかってきた。



 「来るぞ!」



 ニコラスが剣を振るい、最前線に飛び出す。

 影の剣と剣が交差し、火花が飛び散る。だがその質量は現実のそれに等しく、容赦なく彼の腕を痺れさせた。



 「ただの幻影じゃねえ……これは、アーサーの意志だ!」



 エリオットが風の魔力を凝縮し、後方から広域攻撃を放つ。風の刃が影を裂き、空気を震わせた。



 「レアナ!術式、始めてくれ!」



 「展開する!……できるだけ、長く保って!」



 レアナが魔法陣を展開した。複雑に組まれた呪式は、かつて封印を創ったセラン連邦の技術と、カドリアの神聖術の融合だった。



 彼女の手の中に、金と蒼の光が渦巻き始める。



 「こんなもの、持ちこたえられるかっての……!」



 ニコラスは影の一体の首元に剣を突き刺し、押し倒す。だが、倒したそばからまた次の幻影が立ち上がる。

 その数、無限にも等しかった。



 「全部は相手にするな!あくまで核を守れ、時間稼ぎだ!」



 エリオットの叫びが響く。

 そのとき、核が一際大きく脈動した。

 床が揺れ、天井が崩れ、光が逆流する。



 「だめ……もう限界……っ」



 レアナの魔力が尽きかけていた。



 「まだだ……まだ、終わらせない!」



 ニコラスが咆哮する。

 彼の全身が光に包まれ、古代の紋章がその体に浮かび上がる。



 剣が、一瞬、炎に変わった。

 刹那、幻影たちの動きが止まった。



 ニコラスの一撃が、核の外殻に刻まれた崩壊の紋を切り裂いたのだ。

 その瞬間、レアナの術式が完成する。



 「今よ……封神の結印……!」



 光が爆ぜた。核を覆う結界が再構築され、崩壊寸前だった空間が一時的に安定する。



 エーテリウムの反応が急激に収まり、黒い影たちが霧のように消えていった。

 静寂が戻る。



 だがそれは、完全な勝利ではなかった。



 レアナは膝をつき、肩で息をする。エリオットは結晶装置の針が安定したのを見て、苦笑した。



 「……数ヶ月。これで、何とか保つはずだ」



 ニコラスは剣を地面に突き立て、額から流れる血をぬぐった。



 「時間じかんは稼いだ。だが、戦いは、これからだ」