終焉の戦歌

終焉の戦歌
エーテリウムの痕跡
カクヨム





前のエピソード――静寂を切り裂く
エーテリウムの痕跡

ヴェルダ共和国の首都、鋼鉄の城壁に囲まれた軍司令部。

 会議室で、二人の男が地図を前に立っていた。



「ジョニーとレオンの動きは確かにあの城から始まった。奴らの狙いはあのエーテリウムだ。」



 指揮官の声は低く、しかし決意に満ちている。



「奴らを捕らえなければ、この国の未来は危うい。俺たちに任せてくれ。」



 隣の若い軍人は拳を握りしめ、目を鋭く光らせた。



「わかった。今回の任務は特別だ。失敗は許されない。」



 こうして、ヴェルダ共和国からの追跡者たちの影が動き出した。

 闇に紛れ、泥棒たちの足跡を辿る戦いが幕を開ける。



 薄暗い森の縁、エリオットとダリウスは慎重に足を進めていた。枯れ葉が踏みしめられ、かすかな音が二人の耳に響く。



木々の間を縫うように伸びる小径は、やがて廃墟へと続いているはずだった。



「ここから先は、地図にも載っていない場所だ」



 とエリオットが呟く。



「まさか、こんなに荒れているとはな……」



 ダリウスが視線を巡らせ、傷だらけの岩や倒れた木々を指した。

 2人は装備を整え、互いに目配せをして進む。暗く湿った空気が重くのしかかり、遠くでかすかに聞こえる獣の唸り声が緊張感を高めた。



「奴らの痕跡は……まだ先の方か?」



 エリオットが問いかける。

 ダリウスは地面に跪き、焦げた枝や足跡を注意深く調べた。



 「間違いない。ここから数キロの範囲内に、エーテリウムの反応がある。」



「そうか……じゃあ急ごう。」



 2人は更に足を速める。足元の岩や倒木に気をつけながら、崩れかけた石造りの橋を渡り、かつての栄華を思わせる建造物の遺構をかすめる。



「この辺りで何かが起きた。だが何だ……」



 エリオットが呟く。



 突然、遠くから鈍い爆発音が響き渡り、地鳴りのような振動が森の奥から押し寄せてきた。二人は身を低くして辺りを見回した。



「戦の残響か……?」



 ダリウスが言葉を絞り出す。

 エリオットは決意を固めるようにうなずいた。



 「――エーテリウムを巡る争いは、まだ終わっていない。」



 彼らは気を引き締めて進み続けた。

 森を抜けた先に広がっていたのは、焼け焦げた街の廃墟だった。



 焦げた瓦礫の街に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。



 焼けた木造の家屋、遠くから臭ってくる、火の匂い。ここには、かつて人が暮らしていたという痕跡がかすかに残るのみだった。



「まるで……地獄だな」



 とダリウスが呟いた。

 エリオットは黙って頷きながら、足元の灰を踏みしめた。その時だった。

 風が変わった。



 ピリッとした金属臭。空気中に漂うエーテリウムの反応が突如、濃くなる。



「伏せろ!」



 エリオットが叫んだ途端、爆音が廃墟に響き渡った。



 崩れた建物の陰から、装甲をまとった兵士たちが姿を現す。サルディア帝国。炎と鉄を信奉する、あの覇道の軍団だ。



戦争において妥協を知らず、敵を徹底的に叩き潰すことで知られている。



「数……30以上か」



 ダリウスが舌打ちする。



「引くか?」



 とエリオット。



「……もう、遅い」



 先に動いたのは帝国軍だった。鋼の弓から火矢が飛び、廃墟に火花が散る。エリオットとダリウスは背中合わせに構え、瞬時に応戦した。



 ダリウスは火を操る短剣使い。軽やかな動きで敵の間をすり抜け、赤熱した刃で鎧を焼き切る。



 エリオットは風のエーテリウムを纏った槍を使い、槍先の一閃で敵を吹き飛ばす。



「こいつら……尋常じゃねえな!」



「目的はなんだ……この廃墟に、何がある?」



 だが、数の差は歴然だった。

 次第に二人は追い詰められていく。



 やがて、ダリウスの肩を斬撃がかすめ、槍で突き出されたエリオットの脇腹にも深い裂傷が走る。



「くそっ……っ、まだ……!」



「エリオット、聞け」



 ダリウスが血を吐きながら立ち上がる。



 「ここは俺が引き受ける。お前は先に行け」



「ふざけるな。お前が1人で持つには多すぎる」



「行けって言ってんだ。……あの強盗たちが持ち出した核石がどれだけヤバいものか、お前が一番わかってるだろ」



 エリオットは歯を食いしばった。



「――無茶するなよ」



「それは無理だな」



 2人は、わずかに笑った。

 次の瞬間、ダリウスは地を蹴り、帝国兵の中心へ飛び込んだ。自らのエーテリウムを限界まで燃やし、廃墟の一部を崩落させて道を塞ぐ。



「今だ、行けぇぇっ!!」



 エリオットは振り返らなかった。火に包まれた街の裏手へ、闇の中へ、まだ先を急ぐために。



 廃墟の街を抜けた先、エリオットは倒れた建物の影にひそかに身を潜めた。



 崩れた瓦礫の間に続く微かな足跡。灰にわずかに残された靴の跡が、2人の存在を物語っている。



(間違いない……レオンたちだ)



 彼は深く息を吸い、そっと倉庫跡の扉に手をかける。

 錆びた鉄の匂い、崩れた壁の隙間から差し込むわずかな光。中は静まり返っていた。



「……ここに、いるんだろ?」



 低くつぶやいて踏み込んだ、その瞬間だった。



「よう、お疲れさん」



 背後。ひやりとした気配と共に、突然の声。

 振り返る間もなく、鋭い衝撃が脇腹に走る。



「くっ……!」



 エリオットの体がよろめく。刃が刺さったのだ。

 意識が一瞬飛びそうになるほどの一撃。壁に手をつき、なんとか踏みとどまる。



「見事にひっかかったな」



 声の主はレオン。足音もなく背後を取られていた。

 続いて、奥の暗がりからもう一人の男。ジョニーが現れる。



「けっこうやるタイプかと思ったけど、意外と甘いな」



 エリオットは肩で息をしながら、片膝をつく。それでも、眼差しは鋭かった。



「……君たちの逃げ場は、もうない。」



「おーい、聞いたか?まだ強がる元気はあるらしい」



 ジョニーが笑いながら言い、手にした小型の爆玉を指先で転がす。

 だがレオンは、それに答えず、じっとエリオットの目を見ていた。



「けどな……言葉より、体は正直だ」



 レオンは一歩踏み出す。エリオットはとっさに構えようとするが、痛みで体がついてこない。



 その隙を逃さず、レオンは再び懐に入り、胸部に短剣の柄を深く押し当てた。

 強い衝撃。呼吸が詰まり、エリオットは無言で後ろに倒れた。



 倒れながらも、彼の手は腰の通信機に伸びていた。

 その間に、レオンとジョニーは逃走した。

 

 血の気の失せた顔で、岩陰に身を隠したエリオットは、震える指で通信装置のスイッチを押す。



 ザーッという雑音の中に、指揮本部の声が微かに届く。



「……こちら、エリオット・ヴェイン……敵を追跡中、負傷。任務、一時中断を……要請する……」



 胸と腹が、ドクドクと音を立てて痛む。意識が遠のきそうになったその時。

 彼の視界に、白い布のような影が揺れた。



 それは、霧の中から現れた1人の女性だった。

 薬草の匂い。優しい声。



「……もういいわ、もうしゃべらないで」



 レアナ・シェイル。

 この地で人知れず暮らす、癒し手だった。

 

 レアナの小屋。

 ふたたびエリオットの目が開いたのは夜だった。



 天井の木目がゆっくりと見える。

 隣のベッドから、寝返りの音がした。



 レアナのもとに先に運ばれていた、あの青年。

 アーサーの夢を語った、あの男。



 エリオットが顔を向けると、彼もエリオットに視線を向け、微笑んだ。



「……君も、見たのか?彼の記憶を」



 エリオットは返事ができずにいたが、青年の言葉に奇妙な既視感を覚えた。



「……塔が崩れて……音のない光に、すべてが消えていく……。あれは……ただの夢じゃなかった。俺たちは……見せられてるんだ、誰かの記憶を」



 レアナは静かに薬草をすり潰しながら、彼らの会話を聞いていた。



「それがアーサーの記憶だとして……なぜ今、彼の記憶がこんな風に広がっているのか。それを突き止めなきゃ、また同じことが起きる。五百年前と……同じことが……」



 レアナは薬草をすり潰す手を止め、深くため息をついた。

 エリオットと青年は互いに視線を交わし、言葉にできない不安を胸に秘めていた。



「五百年前……あの時、何が起きたのですか?」



 エリオットが重い声で尋ねる。

 レアナはゆっくりと顔を上げ、静かな瞳で二人を見つめた。



「その封印は、五百年に一度だけ解ける。封印されし核石の力が暴走し、世界を滅ぼしかけたの」



 彼女の声は震えていなかったが、そこには深い悲しみがにじんでいた。



「アーサーは、その時代の生き証人の1人。彼の記憶は封印の鍵となる。今年、その封印が再び緩み始めている。だからこそ、争いが再燃しているのよ」



 エリオットの拳が震えた。



「もし封印が完全に解かれたら……またあの時の終焉が訪れるんだな」



 レアナは静かに頷いた。



「私たちは、あの悲劇を繰り返させてはならない。決戦はもうすぐ。私たちの力を合わせ、未来を守らなければ」



 部屋の空気が一層重く、鋭く引き締まった。



 「もうすぐ始まる……決戦が……」



 エリオットはゆっくりと立ち上がり、レアナに深く礼をした。



「ありがとう、レアナ。君がいてくれて本当に助かった」



「まだ油断はできないわ。傷が癒えたらすぐに動かなくちゃ」



 レアナは薬草を小瓶に詰めながら言った。

 青年が顔を曇らせて言葉を続ける。



「俺たちには時間がない。あの封印が解ける前に、サルディアもヴェルダもカドリアもセランも、それぞれのが絡み合う決戦の火ぶたが切られる」



「五百年に一度の封印……それを狙う者たちの目的はただ1つ、核石の力を手中に収めてこの世界を支配することだ」



 エリオットの目は燃えていた。



「私たちはその流れを止めなければならない。だが、どうやって」



 レアナは静かに問いかける。



「答えはあの場所にある。かつて封印が施された神殿……そこで真実が待っている」



 青年は決意の色を濃くした。

 エリオットは深呼吸をしてから言った。



「ならば、行こう。そこで何があったのか、そして何をすべきかを確かめるために」



 翌朝、まだ薄暗い森の中、エリオットたちは静かに出発した。

 傷は癒えきっていないが、時間は待ってくれなかった。



 レアナが小瓶を肩に掛けながら言った。



「この薬草は治癒を早める効果がある。でも無理は禁物よ」



「わかってる。だが、遅れればそれだけ封印の解除が進んでしまう」



 エリオットの声に焦りが滲んでいた。

 青年が地図を広げた。



「神殿はこの山脈の奥にある。五百年前に最後の封印が施された場所だ」



 3人は互いに頷き合い、険しい山道へと足を踏み入れた。



「五百年前、あの時代の人たちは何を恐れ、何を守ろうとしたのか」



 レアナは呟くように言った。



「争いを終わらせるために、誰かが大きな代償を払ったはずだ」



 エリオットも思いを馳せる。

 その時、森の奥から遠く鈍い轟音が響いた。



「奴らの動きは止まっていない。戦いはもう始まっているのかもしれない」



 青年が顔を硬くした。



「急ごう」



 エリオットは決意を込めて叫んだ。

 険しい山道を進みながら、彼らの心には1つの思いが重くのしかかった。

 五百年前に止められなかった終焉を、今度こそ止める。



 エリオットは険しい山道を一歩一歩進みながら、背後から響く仲間たちの足音を静かに感じていた。



「ここまで来て、諦めるわけにはいかない」



 胸の奥のその言葉が、やがて決意となって燃え上がる。

 しかし、その足取りには重さがあった。五百年前の終焉の記憶が、今も彼の心を深く締めつけている。



「また同じことが繰り返されるのかもしれない」



 そう呟いたが、彼は強く自分に言い聞かせた。



「でも今度は違う」



 隣を歩くレアナは静かな声で言った。



「あなたの傷はまだ癒えていない。でも、心の傷を癒すことも忘れないで」



 エリオットは小さく頷き、前方にそびえる険しい峠を見上げた。

 遠くの空には、サルディア帝国の軍旗が風に揺れているのが見えた。



 その姿は、彼らに迫る嵐の前触れのようだった。



 誰もが知っている。4つの国が交錯し、運命を賭けた戦いが始まろうとしていることを。

 エーテリウムを巡る争いは、もうすでに動き出していたのだ。