嫌がらせが人の形をして息をしている。何か問題でも?

 * * *
 
 ヘンリーがルイスに手渡しした紙包の中身は、なんの変哲もない砂糖であった。ひとことも、毒とは言っていない。
 それにもかかわらず、ルイスはついに尻尾を掴んだとばかりに喜んで、勢いのままミルズ侯爵に告げ口をしたのだった。
 ヘンリーが侯爵を毒殺しようとしている、自分は実行犯になるよう命じられてこのような毒を渡されたが、侯爵を裏切ることはないので勇気を持って告発をする! と。

 ルイスは取り押さえられ、紙包の中身はすぐにあらためられた。ヘンリーが「砂糖ですよ、ここで舐めます」と言って、身を持って潔白を明らかにしたのである。

 「なぜ毒と勘違いしたのか?」と問い詰められて、ルイスは「いかにも怪しい渡され方をしたのだ」と騒いだが、聞き入れられるわけがない。かえって「無害なものを渡しただけのヘンリーを不当に貶め、陥れようとした」として裁判所送りがその場で決まった。重い罰が予想され、どう転んでも侯爵家の跡取りとして迎え入れられる可能性は消え去った。

「お前さえ現れなければ! この世にいなければ! お前は、存在が嫌がらせのようなものだ……!」

 呪わしいものを見るようにヘンリーを睨みながら叫んだルイスに対し、ヘンリーはふっと息を吐き出して微笑み、穏やかに聞き返した。

「何か問題でも?」

 ルイスは引っ立てられて出ていき、オハラは仮面じみた笑みを浮かべたままのヘンリーの頬をつまみあげた。
 特に興味もなさそうにすべてを見ていた侯爵は、ヘンリーに向き直ると、ぼそりと言った。

「長い旅となるだろう。手紙は結構。息災であれば良い。口にするものにはよく気を使え、初めての食べ物や、信用ならない店での食べ物は、まずそこのオハラに毒見をさせるように」

「はい」

 親子の会話を聞き「ひでぇ」とオハラが本音めいた呟きをもらした。侯爵は特に咎めることなく「死んでも、詩のネタになるぞ」と言って、振り返りもせず出て行った。

「死んだらもう、詩は書けないんじゃないですかね?」
「それはそうですね。バラ色の人生も味わわぬまま死なないでください、先生」
「俺の人生はいつだってバラ色で、坊っちゃんの人生もバラ色です! さあ、広い世界を見てきましょう!」

 そして二人は、この屋敷で待つひとの元へ絶対に戻ると心に誓い、旅に出る。