はっきり言おう。そういう意味の好きとか、そうじゃないとかに関係なく、キスって慣れるもんじゃない。

「う、うわぁ……」
 夕暮れが差し込む、十二月の寮の部屋。
 付き合いはじめて一ヶ月の相手と、二段ベッドの下段に座り、仲良く喋っているというシチュエーション。
 キスをするタイミングとしては抜群だったかもしれないが、抜群すぎたとも言える。
 依人の唇が離れるなり、俺は自分の顔を押さえた。ほとんど反射である。
「なんか、……あれだね。照れるね。うん、照れる」
 なんというか、めちゃくちゃそわそわして落ち着かない。心境のまま呟いた俺に、依人はとんでもなく呆れた声を出した。
「なんで、そんなにうるさいんですか、マジで。毎回、いちいち」
「うるさいっていうか、心の声がだだもれになるんだって……」
 それに、ほら、あるじゃん。照れると叫びたくなる、この感じ。
 顔を覆ったまま反論したものの、じとりとした雰囲気に耐えきれず、俺は沈黙した。
 なにせ、「毎回、いちいち」とのチクチク言葉のとおり、はじめてのキスとか、二回目とか。そういったかわいい次元の話ではなかったので。
「いや、俺も、さすがにどうかと思ってるんだけど……。え? だって、十回は越えてるよね?」
「数えてるんですか、それ。毎回」
「そういうわけじゃないけど!」
 からかうトーンに、思わず顔から手を離す。そして。
「あ……、えっと」
 開けた視界で確認した、声音とは真逆の瞳に、俺は再びしどろもどろになった。
 ……なんか、最近、こんなのばっかだな。
 依人の言動や表情に過剰に反応して、心臓がデカい音を立てて。自分の情緒に呆れながら、弁明を試みる。
「依人。あの、その」
 嫌とかそういうわけじゃなくて、と続けるつもりだった台詞が、むにっと頬を掴まれたことで途切れる。
「……確認なんですけど」
「うん。あ、いや、はい。どうぞ」
 顔を掴まれると、さすがに違う意味でドキリとするなと思ったものの、俺はこくこくと目線で頷いた。
「嫌とかじゃないんですよね、本当に」
「ごめん、本当に違う。俺が慣れないだけっていうか」
「なら、いいですけど。べつに」
「本当の本当に本当! でも、あの、気をつける。本当に」
 気をつける方法は謎だが、依人を不安にさせたいわけじゃない。
 必死に言い募った俺に、依人はじとりとしていた表情をゆるめた。しかたないというそれが近づき、ふにっと唇が重なる。
「マジで、その顔」
「……え?」
「うるさすぎ」
 うわぁという声をどうにか呑み込んだ俺の頬を指で撫で、依人が笑う。場を和ませた、とかじゃない、完全に堪え切れなかった笑い方だった。
「ちょっと?」
 照れくささ半分で、語尾を跳ね上げる。
「必死にいろいろ我慢したんだけど、俺」
 唇が触れた感触とか、吐息がかかるくすぐったい感じとか。なによりも、その直後の俺を見る依人の瞳の温度とか。
 うわぁと叫びたくなる要素は、いつだって山盛りだ。そう、だから、三分の一くらいは、依人のせい。
「はい、はい」
 俺の訴えをさらりといなし、依人は指を離した。それと同じあっさりした態度で、言葉を続ける。
「我慢できたんだったらよかったじゃないですか。あと十回もしたら慣れるでしょ、たぶん」
「慣れるかなぁ……」
「慣れなかったら、もっとしたらいいんじゃないですか? 『やってみないとわかんない』んでしょ」
 あっけらかんとした返答にぺちりと腕を叩いたものの、依人は笑っただけだった。そのまま、腰かけていたベッドから立ち上がる。
 恋人っぽい雰囲気は終わり、というわかりやすい合図。
 それなのに、完全に切り替えた様子の背中に、続くことはできなくて。俺は手持無沙汰に膝を抱えた。顔が熱い気がして、膝小僧に押しつける。
 ……これもわかってるんだけどさ。俺が変に緊張しない言い方を選んでるってことは。
 ただ、わかっただけで自分の行動を変えることができるほど、俺は器用ではないのだった。
 おまけに、以前はあたりまえだったレベルの接触にも、無性にドキドキする始末。
 なんというか、と。ままならない溜息を呑み込む。
 この言い方が正しいかどうかもわからないけれど。なんだか、はじめての恋に、俺だけがわたわたしているみたいだ。