十月も半分が過ぎ、長かった夏の終わりが見えたころ。爽青学園では、十一月に開催される文化祭の準備が始まりつつあった。
「依人はどうすんの? チケット、誰かに送る?」
一階の談話室から一足先にふたりで部屋に戻る道すがら、俺は談話室で出た話題を掘り返した。
うちの高校の文化祭は、入学志望者枠の例外を除きチケット招待制になっている。
在校生が招待したい相手にチケットを郵送するのだが、手紙を送るという行為のレアさも相まって、文化祭の前座イベント的な立ち位置になっているのだ。
「今日、チケット五枚ずつ配布されたでしょ。教室でも盛り上がってたんじゃないの?」
「なんでデジタルチケットじゃないんだって言ってるやつはいましたね」
「夢ないなぁ。手書きの手紙がいいんじゃん」
「好きそうですよね、先輩、そういうの。誰かに送るんですか? 親には別で行くって聞きましたけど」
「あ、うん。保護者には学校から行くはずだけど」
階段を上りながら、軽く首をひねる。
「俺はべつに送らないかな」
「そうなんだ。なんか意外。俺も送らないですけど」
「なんだ、一緒じゃん」
あっさりした調子の依人にあわせ、俺も笑った。
わざわざ言うつもりはないものの、俺も地元の友達はいないのである。
「じゃあ、先輩」
「ん? ――あ、ごめん」
耳に届いた話し声に、俺はほんの少し依人から距離を取った。「近すぎる」と評される心配のない、一般的なブラザーとしての距離。
階段を下りる滝くんたちを見送って、改めて依人に問いかける。
「ごめん、なんだった?」
「文化祭の自由時間、一緒に回んないかなって言おうと思ったんだけど。でも、べつに」
「え、回る! 回ろうよ、一緒に」
ぱっと笑顔を向けると、依人は少し戸惑ったふうに笑った。
「先輩がいいなら」
「え、……依人はいい、んだよね」
「うん」
さきほどとは違うあっさりさで話が途切れ、沈黙が流れる。
……張り切りすぎたのがよくなかったのかな。
ぐいぐい来られると引く、みたいな。
もやもやを抱えたまま、俺は依人の様子を確認した。
――俺だから駄目なのか、いいのかを知りたかった。
お試しお付き合いの真意を知った夜から、そろそろ一ヶ月。
仲良く過ごしているつもりでいるものの、たまにこういった空気が流れることがある。
……まぁ、たぶん、原因は俺なんだろうけど。
無言で廊下を進みながら、内心で自嘲する。
だって、今の俺は「お試しお付き合い」のいいところだけを享受している存在だ。
ブラザーの好きなのか、恋愛の好きなのか。お試しを続けていれば、違いがわかる日はくるだろうか。
どこかのんきに構えていたけれど、最近の俺は少し焦りつつあった。
中途半端は駄目とわかっているからだ。それなのに、不安の種みたいなものが消えない。
依人と一緒の好きじゃないという判断になったら、今の楽しい時間はなくなるのだろうか。
依人はべつの誰かを好きになるのだろうか。
気がつけば、そんなことばかりを考えてしまっている。勝手な自覚はあるけれど、その想像は、なんだかすごく嫌だった。
「依人はどうすんの? チケット、誰かに送る?」
一階の談話室から一足先にふたりで部屋に戻る道すがら、俺は談話室で出た話題を掘り返した。
うちの高校の文化祭は、入学志望者枠の例外を除きチケット招待制になっている。
在校生が招待したい相手にチケットを郵送するのだが、手紙を送るという行為のレアさも相まって、文化祭の前座イベント的な立ち位置になっているのだ。
「今日、チケット五枚ずつ配布されたでしょ。教室でも盛り上がってたんじゃないの?」
「なんでデジタルチケットじゃないんだって言ってるやつはいましたね」
「夢ないなぁ。手書きの手紙がいいんじゃん」
「好きそうですよね、先輩、そういうの。誰かに送るんですか? 親には別で行くって聞きましたけど」
「あ、うん。保護者には学校から行くはずだけど」
階段を上りながら、軽く首をひねる。
「俺はべつに送らないかな」
「そうなんだ。なんか意外。俺も送らないですけど」
「なんだ、一緒じゃん」
あっさりした調子の依人にあわせ、俺も笑った。
わざわざ言うつもりはないものの、俺も地元の友達はいないのである。
「じゃあ、先輩」
「ん? ――あ、ごめん」
耳に届いた話し声に、俺はほんの少し依人から距離を取った。「近すぎる」と評される心配のない、一般的なブラザーとしての距離。
階段を下りる滝くんたちを見送って、改めて依人に問いかける。
「ごめん、なんだった?」
「文化祭の自由時間、一緒に回んないかなって言おうと思ったんだけど。でも、べつに」
「え、回る! 回ろうよ、一緒に」
ぱっと笑顔を向けると、依人は少し戸惑ったふうに笑った。
「先輩がいいなら」
「え、……依人はいい、んだよね」
「うん」
さきほどとは違うあっさりさで話が途切れ、沈黙が流れる。
……張り切りすぎたのがよくなかったのかな。
ぐいぐい来られると引く、みたいな。
もやもやを抱えたまま、俺は依人の様子を確認した。
――俺だから駄目なのか、いいのかを知りたかった。
お試しお付き合いの真意を知った夜から、そろそろ一ヶ月。
仲良く過ごしているつもりでいるものの、たまにこういった空気が流れることがある。
……まぁ、たぶん、原因は俺なんだろうけど。
無言で廊下を進みながら、内心で自嘲する。
だって、今の俺は「お試しお付き合い」のいいところだけを享受している存在だ。
ブラザーの好きなのか、恋愛の好きなのか。お試しを続けていれば、違いがわかる日はくるだろうか。
どこかのんきに構えていたけれど、最近の俺は少し焦りつつあった。
中途半端は駄目とわかっているからだ。それなのに、不安の種みたいなものが消えない。
依人と一緒の好きじゃないという判断になったら、今の楽しい時間はなくなるのだろうか。
依人はべつの誰かを好きになるのだろうか。
気がつけば、そんなことばかりを考えてしまっている。勝手な自覚はあるけれど、その想像は、なんだかすごく嫌だった。

