遥か先を見つめるように沈みゆく夕陽を眺める恵衣くんの瞳が、ただ純粋に美しいと思った。なぜか目が合えばいいのに、なんてぼんやりと考えていると不意に視線が絡まり合う。
時間が止まったように目を逸らせなくて、いつの間にか息を止めていた。
「これ以上悪いことは起きない。そう言祝ぎを口にして、言霊にするんだ」
穏やかで、優しくて、本当に夢みたいに心地よい声だった。
「もし悪い夢を見たなら、俺が目覚めさせてやる」
仏頂面が標準装備な恵衣くんの唇が僅かに弧を描く。
顔が熱いのは、きっと夕陽のせいだけではない。
「……どうやって、悪い夢から起こしてくれるの?」
「引っぱたく」
「え、嘘でしょ?」
「嘘だよ」
顔を見合せた。数秒後、お互いに同じタイミングでプッと吹き出して肩を揺らした。
くくく、と控えめに笑う恵衣くんの横顔を見つめる。一番変わったことといえば、間違いなく恵衣くんだろう。
「うん……うん、そうだね。悪いことはもう起こらない」
「ああ。起こらない」
「悪い夢を見たら、恵衣くんが引っぱたいて起こしてくれる」
「ああ、容赦なく」
「恵衣くんが魘されてたら、私も引っぱたいてあげる」
「それはやめろ」
ずるい、と唇を尖らせたあとやっぱり二人して吹き出した。
おーい、と三人が遠くから私たちに向かって手を振っている。
なぜか頭からびしょ濡れになった嘉正くんと頭に海藻を乗せた来光くん、両手にカニを掴んだ慶賀くんが走ってくる。この数分で一体何があったんだ。
三人に手を振り返し「帰ろー!」と叫ぶ。
沈みゆく夕日をもう一度眺めた。今は私も恵衣くんと、同じところを見ているはずだ。



