夕食当番の三人が台所でドタバタ食材と格闘を始めたのを聞きながら、残った私たち二人で居間の神棚に榊を挿した。彼は脚立からひょいと飛び降りる。
最後に会った時に比べて随分伸びた髪に目を細める。
「ありがとう、慶賀くん」
「お礼を言われる程のことじゃねぇって!」
白い歯を見せてニカッと見せて前と変わらない笑顔を見せた慶賀くんは、神棚を見上げて静かに手を合わせる。その隣で私も静かに目を瞑った。
慶賀くんは深く息を吸って、穏やかな口調で奏上を始める。
「────今ここに 榊聖仁の命の御霊を称え 謹みて誄み奏し奉る 命 幼き頃より学業に励み 聡明にして志篤く 常に同胞の規範とならせ給えり」
これが誄詞という弔辞だということは、聖仁さんの神葬祭で薫先生から教えてもらった。亡くなった人の生前の功績や徳行を称えて、その死を悼む詞らしい。
"できればこんな詞、作りたくないし覚えたくないけどね"
そう呟いた横顔は酷く悲しげで、今でも胸に強く残っている。
今日は聖仁さんが亡くなってひと月経った、一回目の月命日だ。
「────しかるに或るとき 友危難に遭うや 命みずからを顧みず 一すじの勇み心をもってこれを救い ついにその尊き命を捧げ給えり その行いの真は天地に通い その清明の魂は今 高天原に帰り坐して 永久に安らかに鎮まり給わんことを祈り奉る 命の|御霊(みたま) 安らかに鎮まりましませ……」
全ての奏上が終わったあと、慶賀くんはゆっくり顔を上げた。その瞳は悲しげに揺らいでいて、静かに神棚を見つめている。
「俺、聖仁さんが亡くなったって話、隔離施設の部屋で聞いたんだ。だから神葬祭にも出席できてないし、最後に会ったときも普通に"またな聖仁さん!"って別れたと思う。だから、まだ聖仁さんが亡くなったって実感がないんだ」



